「ウワッ!?」
「おい、どうした。そんなにキツく振ってないぞ。」
「どうしたじゃないって。さっきの何なんだよ?」
「さっきの?」
「ぼくがアンタの攻撃をかわして打ち返した時だよ。何かこう…よく分からないけど、気が付いたら殺られてて―」
「ああ、アレか。アレはそうだな。相応しい言葉を使うとすれば、必殺技だ。…おい待て。何だその微妙に引きつった顔は。」
「いやマザーってさ、偶に似合わないこと言うなあって思って。で、教えてくれるの?」
「覚えるつもりなのか?」
「いや、正直言ってその歳で必殺技とか言っちゃうのには引いたけど、やっぱり男としてはそういうのに興味持っちゃうんだよね。ニュアンス的に。」
「なるほどな。だが、ハッキリ言って実用性はないぞ。忠告しておくと。」
「構わないよ。アンタには無駄なこともたくさん教えられたから。それに時間はいくらでもあるしね。」
「そうか。じゃあ1000ドルだな。」
「金取るの!?」
「可愛い弟子の頼みだから特別にタダで教授してやろうと思ったが、さっきの一言で気が変わった。元はと言えばこれは私が編み出したものだ。著作権が発生するのは普通だろう。お前はまだ未熟だから安くしてやる。」
「…出世払いでいい?」
広い通路の中をひた走る。と言ってもデカいお城の中の絨毯やら壁やらに、ネズミもどきのアイコンが付いているのはどこも同じで、自分が今どこを走っているのか分からなくなってくる。
右? 左? 北? それとも南? トイレはどこだっけ?
後ろから猛追してくる殺気を感じながら、走り続けること十数分。ぼくはかなりだだっ広い空間に出た。
どこかの教会ほどの高さの天井から1つの大きなランプが吊り下がり、ガラスもない格子の中で浮かぶ光が同じように吊り下がった色彩鮮やかな旗の数々と、壁に埋め込まれたステンドグラスの水晶のような表面を淡くなぞっている。
過去に核攻撃を受けたせいで生き埋めになった人間がいたらしく、割れた皿に群がるように横たわっている遺体の口には、骨が挟まっていた。鳥か人間かは判別できないけど。
そういえばここに迷い込む前に傾いた案内板の矢印に何たらのロイヤルテーブルと記してあるのを思い出した。ネーミングと部屋の装飾や散らかった残飯から察するに、この城の食堂だろう。
「どこに行くのかと思えば、中々に趣味の悪いところに逃げ込んだな。コガ・タクミ君。」
「今回はぼくのせいじゃない。でも、ようやく
やっと殺り合える。
身に染みついた動作で抜刀し、斬りかかる。ターナーも剣を合わせ数度打ち合い、ぼくが顔に振った剣閃をバックドロップで避け、仰向けに姿勢を崩したままぼくの胴に足を接触させ、後転の勢いを借りて天井に蹴り出した。
撞木をぶち込まれたような衝撃に見舞い、壁に激突しそうになったのでその前に空中で体勢を変え、背中がぶつかる代わりに足をくっつけたぼくは、蹴り出された衝撃を反作用させ再び―ただしさらに速く―ミサイルみたいに突っ込んだ。
受け止めたターナーの地面が陥没するほどの衝撃波がテーブルや椅子、死体を巻き上げる。それらが重力に捕らわれて落ちるまでに、ぼくらは無数の剣戟を繰り広げていた。剣で、拳で、脚で。己の持つあらゆる技術を投入して行われる死の演舞。
一方が殴れば一方は蹴り込み、当身を入れれば捕まって投げられる。ぼくは舌を巻かざるを得なかった。奴は強過ぎる。剣の腕はもちろん、反射神経、体捌き、予測力、全てが恐ろしく高いレベルに鍛えられている。才能だけでもマザーと同等、いやそれ以上かもしれない。告白しよう。滅茶苦茶やりにくかった。
「やはり君は戦いには向いてないな。」
ターナーの何気ない一言が心に刺さる。そうさ。とっくに分かってる。自分には素質がないってことくらい。ただがむしゃらに訓練と実戦を繰り返し、何度も痛い目に遭ってやっと生き残る術を、人間の予め持つ潜在能力を引き出したに過ぎない。
それこそ周りには、その道の神様に愛されてるとしか思えないほどの天才がウジャウジャいる。ぼくなんて水増ししても秀才止まりだ。いくら腕を磨いても、決して彼らの世界にはたどり着くことはない。
プロメテウス計画が本格的に導入されれば、ジャップ・ザ・リッパーなんて造り放題だ。志願兵に補欠で入ったぼくが成れたんだから間違いない。
臆病で、愚鈍で、優柔不断で、かっこ悪いぼく。強くて、圧倒的で、象徴的で、かっこいいジャップ・ザ・リッパー。一体ぼくはいつから変わってしまったんだろう。強さも名声も要らない。金持ちでも美人でも面白い奴でなくてもいい。ぼくはただ、誰かに見ててもらいたかっただけなのに。一体どこで間違ってしまったんだろう?
右斜めから2体殴りかかってくる。肌をチリチリと灼く感覚が告げた方向に、銃を何発か馬賊撃ちで発射すると、一拍おいて爆発が起こり巻き添えを食らったT-100が半分に分断される。その間にダイヤルで射程をイジッたアキラは、囲まれつつあることに気づいて跳躍した。
獲物が空中に移動したことで
だが当たらない。錐もみするような微妙な体幹の捻りで着弾面積を最小限に抑える。何発か掠りはしたが想定内だ。どだい、弾というものは当たらなければどうということは無い。
アキラが地下の実験室で何度も繰り返したのは概念検証用の試作型ソフトウェアによるものだった。ソースコードとなったのは抵抗軍の最高機密。機械戦争が勃発してからデータベースに集積し続けた膨大な戦闘記録を統計、解析することで数理学的に形成された
しかし、そのレベルに至るには一瞬で敵の位置を把握する空間認識能力と最適なポジションを策定する判断力、同時に回避と移動をするための並外れた運動センスが要求される。奇しくもトップガンと特殊部隊の素質を持つアキラが唯一の成功体なのだが、まだ完全に習得するほど慣れていない。そんなわけだから着地するときに危うく足首を挫きそうにもなった。
標的が再び地に落ちたことで、数による面制圧を掛けてくるターミネーターを、円を描いて踊るように仕留めていく。四方八方に乱射する2本の腕は常人では捉えられない速さで動き、目まぐるしく変わる状況の中で、最適のタイミングで敵を選択、捕捉、発射している。これもまた、人間の知恵のお陰なのだから恐ろしいものだ。
しかしまた、その知恵の産物はアキラに異なる
「まだアイツは…生きてるか。」
あのポッドを出て少し経ってからだろうか。未だ拘束されているだろうタクミを探す途中で、アキラは未知の感覚に囚われた。あっちの方向にタクミがいる。いつもの五感を駆使した結果の厳然とした事実ではない。ただの虫の知らせと言った方が正しい、
そして今もその感覚は消えていない。鉄の塊が絶え間なく飛んでくる中でも、アキラはタクミが生きていると何となく分かっていた。無論、彼がどういう状態でいるかは分からないが、ただ生きていることだけはハッキリと確信できた。
というか、どんどん近くなっている。それこそ分刻みなんてものではなく、走っても追いつかないほどの速度で気配が大きくなる。スーツの力を借りてるとしても異常なスピードだ。
「一体どこから―」
疑念が口から零れた直後、視界の中を猛スピードで何かが通り過ぎた。何かと言ってもレールの上を走ってる以上は、このパークのジェットコースターなのだが、アキラが注意を奪われたのは
足場もロクにない車上で、細かに重心を制御して悠然と立つターナー。口に刀をくわえながら、最後尾のシートのレールにしがみつくタクミ。ほんの一瞬しか映らなかったが、確かにそうだった2人の姿が1秒もしないうちに視界から消え去る。
「…」
何が起こったか知る由もないアキラは、ただそのままいれば開きそうな口を何とか閉じるしかなかった。
城の食堂で斬り合い続けて数十分。どんな紆余曲折を経たのか覚えてないまま、ぼくたちは旧サファリ・エリアの核施設の中を駆けずり回っていた。何かジェットコースターに乗っていたところは思い出せるけど、他はあやふやだ。
と言うのも、感覚が曖昧なのだ。さっきまで様々な色彩を伝えてきた視覚が、動くたびに発する音を捉える聴覚が、今はターナー以外の存在を認識しない。刀が物体を掠るときに出る火花さえもモノクロに映り、それが出るときの甲高い高周波音も聞こえない。最初は右目を潰された影響かとも思ったけど、隻眼のハンデである視野の狭さなど感じず、寧ろ両目のときより繊細に事象を捉えられるほどだ。
不思議な感覚だ。異常なまでに戦いに集中しているのに、体が全く力んでない。それどころか時が経つほど意識が先鋭になり、感覚という感覚が研ぎ澄まされ、全てが同時に知覚される。
刀身に映える火花の一粒一粒が、刀を振ることで生まれる空気の振動が、激しく動くターナーの汗の軌跡さえ。その心臓の音が聞こえないのが不思議なくらいだ。まるで―
「空気に溶けたみたいだ。」
ひどくゆっくりに動く太刀筋を予測し、腰を沈めてかわす。その次が来る前に同じ動作で刃を振るい、一瞬にして退く。剣はターナーの肩を裂いて皮の下にある血管を断裂させる。血が大気に触れたのを知覚したときには、また踏み込み胸に剣を刺し込んでいた。
が、ターナーは流石と言うか、寸前で剣を刎ねて逸らし、ぼくの刀を抑えたまま刃に沿って滑らせてきた。プロメテウス計画唯一の成功体は伊達じゃないようだ。でも、戦える。今までの死が、ここで味わってきた死が、ぼくを次の世界に導く。
まったく、マザーがぼくを未熟だと言っていた意味がようやく分かった。ぼくには覚悟がなかったんだ。誰かを守る覚悟も。恐怖に立ち向かう覚悟も。そして
「君の迷いと恐怖が伝わってくる。」
触れ合う刃に乗せてターナーが嗤う。
「やはり若いな。健気なものだ。ただ1日の邂逅が君を突き動かしている。誰が望んだわけでもないのに、血を流し続けて。」
「勝手に赤の他人が持ち出す評価ほど気持ち悪いものはないぞ。」
「気を悪くしないでくれ。こう見えて私は君を買っているんだ。」
一歩踏み込んだ勢いで呼吸と一緒にターナーの長身を押し飛ばす。しかし彼は無駄に抗うことはせず、その力を利用して一気に後方に飛び、瞬く間に乱立する配管の闇に溶け込んだ。
「分かるんだよ私には。経験からものを言ってるんじゃない。
「だから、それが気持ち悪いって言ってるんだ。死ねよ。」
それこそ聞き捨てならない話だ。エスパーじゃあるまいし、勝手に頭の中を覗かれては溜まったもんじゃない。プライバシーの侵害で訴えてやる。
「知らないのも無理はない。私も初めて体感したのでね。正直、今も少し戸惑っている。」
全然そう聞こえないターナーの声音が、配管の隙間から漏れ出る蒸気と一緒に拡散する。音の反響具合から相当広い部屋に出たようだ。ふと壁に掛けられた表示を見ると、1個の円を3つの扇形が綺麗に120°ずつ囲んでおり、その横にはドクロのアイコンがチカチカと点滅している。それが何のマークか示すように部屋の中央に、デンとそびえる大きなやかんみたいな装置。
ぼくはゲンナリとため息を吐いた。状況に夢中になるあまり、
「いや、そうなって然るべきと言うべきか。君は知ってるだろうが、ループにはガンツ、つまりエンリケの技術が関わっている。その1つがタキオン粒子だ。これはかなりの変わり者でね。他の原子と違って重さはないし、決して光速より遅くならない。エンリケはその特異性を応用し、タキオンが発する波長を対象者の脳に浴びせることで、ループに組み込ませているんだ。」
「それがアンタの読心術とどう関係があるんだ。」
「そうだな。前置きが長過ぎた。実はプロメテウス計画でも、このタキオン粒子を被験者の脳に照射してるんだよ。当然本物である君より弱いが、彼らもタキオンの波長を脳から発しているのさ。ループこそ出来ないが、君の脳波を感じ取ることはできるし、君がいつループしたかも知覚される。ほんの僅かではあるがね。」
なるほど、そういうカラクリか。道理で姿が見えなくても、奴の気配が認識できるわけだ。そういえばマスクズと戦ったときも、何となく直感的に動きが読み取れた気がする。思い返せばマザーも『この特殊波は同種の波長を放つ物質が近くにいるとき、非常に共鳴しやすい性質を持つ』って言ってたっけ。
だったらターナーのこの波長の強さは何なのか。マスクズを遥かに凌駕するプレッシャーが、津波の如くぼくに圧し掛かってくる。いや、ひょっとしたらマザーよりも…
「それからもう1つ君に知らせがある。悪い知らせだ。」
「何だかお知らせばっかりだね。アンタが段々保険勧誘員の回し者に見えてきたよ。」
大気が震えるんじゃないかと思うほどの重圧に、負けじと声を大にする。減らず口だと分かってるけど、
「とても大事な知らせなんだ。スロノムスキーのモノリスのことなんだが、現在特殊なデータを発信している。何故かというと君たちの脳内のチップを上書きするためのデータ送信波だ。しかし、厄介なことにこの波はタキオンを妨害する性質を併せ持っていてね。非常に不本意とは思うだろうが、君のループは使えなくなってしまった。」
本当に悪い知らせじゃないか。というか最悪。つまり現時点でぼくの絶対的な優位性は消え去り、事実上ガチで命を懸けなければならなくなったということか。今更ながらに、身体に震えが走る。
しかし、懐かしい気分だ。まだループに陥る前、
「だったらぼくはとっとと逃げればいいんだろうな。やっぱり死ぬのは嫌だし。」
「それが賢明な判断だが…どうも君の目はそう言ってはいないように思えるぞ。」
正解だ。ぼくは軽く屈伸して3mほど飛び、気配の源のところに降り立つと、返答代わりに思い切り振り下ろした。ギンッと金属が擦り合う音が響き、ユラリと暗闇からターナーの顔が浮かび上がる。
「その通りだよ。だって勿体ないじゃないか。折角いいところなのに、これでお開きなんて。」
「…まったく。狂ってるよ君は。」
狂ってる。確かにそうかもしれない。でも、構わない。この戦いがいつまでも続くのなら命だって差し出そう。狭い足場で長物は得策ではない。よって必然的にぼくらはガンツソードを縮めて互いを料理するために細かく斬り結んだ。呼吸が聞こえるほどの間合いで迫り来る刃先をナイフで受けるか素手で捌き、掴まれた腕を手刀で払い、僅かな隙間に刃を滑らせる。
後退=死という短剣格闘の
密閉された空間に切れ目が出来たことから、中の蒸気が一気に溢れ出し衝撃でパルプが弾け飛ぶ。白い煙で姿が隠れてしまうけど、道はこのパイプ1本だけだ。迷わず煙の向こうに進んだぼくは、しかしターナーを見つけることは出来なかった。
すると背後に凄まじい殺気が発し、首筋が粟立ったぼくは咄嗟に防御の姿勢を取ったが、幅10cm程度の足場で完全な準備が出来るはずもなく、これまでとは比べ物にならないパワーで吹き飛ばされた。回転しながら宙を舞った先にちょうどやかんみたいな装置があり、隔壁に亀裂が入るほど強かに打ちつけられ、地面を転がる。
とてもスーツの力だけとは思えないほどの膂力だ。恐らく彼も筋力の制限を取り払える―精神が肉体を凌駕している人間なのだろう。ループの試練を乗り越えた者だけが手にできる人体の限界を超えた力。
やはり強い。途轍もないほどに。モノクロの世界の中で優雅に降り立ったターナーだけが、鮮やかに色を放っている。まだ戦える。相変わらず痛みを知覚するだけの身体が、ダメージの具合を確認して戦闘続行の判定を下す。放射能漏れを検知したセンサーが騒々しく警報を鳴らす中で、2人は同じタイミングでぶつかり合った。
戦え。戦え。戦え。頭の中で叫び続ける衝動に身を委ねて、加速する本能が奥底から力を紡ぎ出す。刀が自分の体の一部になったみたいに、僅かな指先の動きだけで自在に弧を描く。こちらが太腿を斬りつければ、相手は胸を横薙ぎにしてくる。
浅く胸に入った切り傷から血が舞うのを、どこか他人事みたいに感じながらぼくは誇らしい気持ちになった。ターナーは凄い。マザーに技術を叩き込まれたぼくと違い、彼はたった1人でこれほどの強さを身に着けたのだから。
いや、多分これが人間が本来持つべき強さなのだろう。生への執着から生まれる純粋な意志の力。それを既に捨ててしまったぼくにはたどり着けない高みにターナーは登り詰めている。屍者と生者。捨てた者と足掻く者。奇妙なことに過程は全く異なるのに、得たものは全く同じという
数々の連撃の応酬が不意に途切れ、謀ったわけでもないのに全く同じ瞬間に同じ動作で振りかぶりの姿勢に入る。これまでと同じようにスローモーションに映るぼくの頭は、しかし敵の意外な手に判断を遅らせることになってしまった。
打ち落とし。剣術において打ち下ろしてきた相手の剣を、微妙に捻りを加えた同じ動きで斜めに反り落とし、打突に繋げる非常に難度の高い技だ。研鑽の果ての1つの到達点とされる現代剣道でも、使いこなせる人間は一握りしかいない。
ましてやそれを実戦で成功させるのだから、やられる方は狐に抓まれてしまうだろう。軌道を外された刀をさらに足で押さえられたぼくに、反撃する余地があるはずもない。辛うじて顔面への追撃をかわした自分の反射神経を褒めてやりたかった。
頬を少し掠って過ぎた刀身に連なっている腕を抱き込み、前屈みになっている相手の勢いに乗って後ろ向きに体勢を崩し、足裏を胸部に添わせて蹴り出す。しかしターナーはここでも尋常ではない反応速度で刀を薙ぎ、宙に浮いて無防備なところを狙おうとしたぼくの一撃を防いだ。
その間にもぼくの触覚は肩に刃が食い込んだことを知らせ、ターナーの額に切っ先が当たったことを伝える。そのまま背中から地に着いたターナーを、突き刺そうと飛び掛かったがかわされ、逆に衝撃で巻き上がった煙から現れた上段の攻撃を、柄頭で受け止める。
上からの力で地面に深く刺さった剣を手放さなくてはならなくなったぼくは、代わりにターナーのそれを蹴り上げ天井に突き刺してやった。互いに武器がなくなったからといって、オメオメと引き下がるわけもなく、ぼくらは1発1発がプロボクサーのジャブより強いスパーリングを始めた。
突き蹴りを複雑に駆使して攻防を入れ替える最中、同時に放ったストレートが互いの頬に突き刺さり、脳髄が耳からはみ出ると思うほどの衝撃を受ける。訓練の賜物か反射的に顔を突きに合わせて反らし、伸びた腕を受け止め肘関節を巻き込んで背中を向かせチョークスリーパーで落としにかかる。
しかしターナーは気管が潰れる直前に顎を腕に引っ掛けロックし、ぼくの頭を掴み投げて転ばせた。追撃の突きを紙一重で交わしそのまま三角絞めに移った。が、ターナーは頸椎を絞められながらも強引に持ち上げ、勢いを着けて放り投げた。
どうにか大地に踏ん張り急接近してくる敵の脇腹へ遠心力で加速した爪先を叩き込む。相手はツボに入ったらしく仰向けに倒れたが、とどめを刺そうと近づいたぼくの足を払い、逆に馬乗りになってボコボコに顔を殴りまくった。
ひょっとして腕が千切れるんじゃないかと思うほど殴られる中、ぼくは皮膚に血とは異なる熱と感触を持った液体が滴るのを感じた。ターナーの頬には一筋の滴の跡があった。何で
その通りだと思った。何で彼女が死ななければならなかったのか。もっと早く気付いていればあんな過ちは起こさなかったかもしれないのに。ターナー、アンタにはぼくを殺す権利がある。ぼくにも殺される責任がある。一度ならず大切な人たちが心から愛した人々を葬って来た。ぼく自身も愛する人をこの手で―
たまらなくなったぼくは自分でも意味不明な叫びを上げ、頭突きをかまし鳩尾にアッパーを決めて配管の上にまで放り投げた。グワングワンと響く頭を左右に振って、血塗れになって稼いだ時間で何とか手放した得物を引き抜く。
だがやはり生まれながらの戦士であるせいか、ターナーの立ち直りは異常に早く振り返ったときには、天井の剣をその手に収めぼくに襲い掛かっていた。もう回避に移れる距離じゃない。体を捻って入射角をずらしてスーツで受けようとも思ったけど、そのスーツも最早限界に近付いている。万事休す。半ば諦めて刀を握る手を緩めたときだった。
諦観を殺せ。マザーがかつて口癖のように酸っぱく聞かせて来た言葉が脳裏を過ぎった。最後まで足掻け。例え1秒後に弾丸が貫くとしても、何もしなければ確率は0のままなのだと。奇しくもその瞬間、ぼくは神を見た。
―来た。さっきから続いている肉体が今までにないほど研ぎ澄まされた現象が、遂に極限に達したという感覚。いよいよ音は完全に聞こえなくなり、ターナーの姿さえ掻き消え、映るのは黒く光る1本の刃だけだ。
もう考えてすらいなかった。直感的に動いた左腕が迫り来る刀に伸び、手の平にその先が入り込む。そのまま手を貫いた剣先は腕を通り抜け、肘先を貫通した。鍔まで刺し込まれた左手を大きく開いて残った握力でガッチリと固定する。これでもう逃げられない。右手でガンツソードの長さを調節して、脇差ほどのサイズに留める。
目線をよく見て、針を通すように正確に―。手が震えるほど反復練習しても習得できなかった動きが、今は完璧に描けている。見えざる手に導かれるように一直線に伸びた切っ先は、狙い違わず真っ直ぐにターナーの心臓を貫いた。
視界の闇が晴れた時、ぼくは決闘が幕切れになったことに気が付いた。モノクロだった光景に色が戻り、鼓膜には喧しいアラートが鳴り響く。そして目の前には胸から赤黒い血をボタボタと落とすターナーがいた。刀を引き抜くと血は一層激しく零れ落ちた。
「…何が…起きた…」
ゴボッと口から血を吐いたターナーが呟く。その目はまだ自分に起こったことを理解できてない様だった。
「君が私の手を掴んだ後…剣を避けようとしたら…剣が消えた。一体…何をしたんだ。」
息も絶え絶えに問うてくる敵に、言ってやった。
「…盲点だよ。」
「…何?」
「人間の眼は構造上、焦点が合わない点―盲点が存在する。ぼくはそこに剣先を合わせて刺しただけだ。」
「…馬鹿な。そんな
「この技はマザーから受け継いだものだよ。ぼくがまだ稽古を付けてもらってた頃に教わった。結局マスター出来なかったけどね。ぼくもまさか出来るなんて思わなかった。」
「…そうか。最後は…人に教わった者が勝つんだな。それにしても…こんな形で負けるとはな…。全く分からないものだ。」
精根尽き果てた様子で倒れ伏したターナーだったが、ぼくからすればこの場に勝者なんて初めからいなかった。そもそもこの戦い自体、何の意味があったというのだろう。
「戦闘は終わった。けどぼくには、まだ任務が残っている。」
ボソッと喋ったぼくは一息にターナーの四肢を切り落とした。絶叫を上げてもおかしくないのに、それをおくびにも出さない精神力は流石と言うしかなかった。
「これがアンタへの
「…好きにするがいい。だが一つ忠告しておこう。
聞き慣れない単語に訝しんだものの、その台詞を最後にぼくは史上最大の宿敵に踵を返した。『ゴールドスタイン』とやらについて問い質したかったけど、早くこの放射線が溢れた空間から脱出しなければならない。そのとき左腕に違和感を感じる。そう言えばずっと刺しっ放しだったな。
深く肉を裂いた刀をズルリと抜くが、腕に力は入らずブランと垂れ下がったままだ。試しに上腕に力を込めるけど、ウンともスンとも言わない。どうやら腕の腱が断裂してしまっているらしい。
余計なお荷物に舌打ちしたぼくは、仕方なく脇の下に刀を差し込み、一気に押し込んだ。ボトリと左腕が落ち、肩の切断面から盛大に血が飛び散る。早く止血しないと。手近なパイプに切れ目を入れて噴き出した蒸気に、肩口を当てて肉の部分を溶接すると、不思議なことにファミレスで出されるステーキと変わらない匂いがした。
2、3度軽く揺すってしっかりと傷口が塞がっていることを確かめる。その一方で火傷の痛みも感じないことに嘆息する。
「温痛覚もダメか。」
ガックリと肩を落としたのを最後に、ぼくは今度こそこの
随分と遅い設定ですが、各キャラのプロフィールです(・ω・)ノ
戦争中だから昇進スピードが速い速い
コガ・タクミ 21歳 172cm 特務曹長
ナルミヤ・アキラ 21歳 173cm 大尉
カザマ・ダイゴ 22歳 190cm 軍曹
シェリー・セシル 19歳 163cm 一等兵
ナイジェル・ケイヴス 24歳 176cm 伍長
マリナ・オーグラン 34歳(故) 177cm 少佐
グラハム・ターナー 33歳 185cm
エドワード・ワグナー 53歳 180cm 中佐
おまけ
レイチェル・ウルフリック 24歳 180cm
サイダモ・エイガー 41歳(第1部) 184cm 曹長(第1部)