嵐が過ぎる。
「タック、少しは食べて。アナタの好きなものだって作ってあるのよ。」
「うん。これを見てから食べるよ。ありがとうレイ。」
嵐が過ぎる。
「偶には外に出ましょう。もう6日も籠りっ放しじゃない。」
「今面白いところなんだ。終わったらカフェでも行こう。」
嵐が過ぎる。
「ねえ、別のものを観ない? 何回も同じもの見て飽きちゃうわ。」
「そうかな? ぼくは結構気に入ってるけど。」
「…これは楽しい?」
「うん。もう少しで終わるから、そしたらご飯にしよう。」
首に腕が回り柔らかな感触に包まれる。
「大丈夫よタック。私はずっと傍にいるから。アナタを守るから。」
ぼくはそれに答えず、ただテレビのノイズを眺めていた。
同窓会のお知らせ。
母の葬式から数日後、滞在しているホテルに荷物が届いた。差出人はお義父さんから。あの夜の仕打ちに爆弾でも寄越したのかと思ったけど、中身を開くと何てことはない1枚の葉書が同封されているだけだった。
その捻りの欠片もないタイトルの下には、集合場所と日時、必要な連絡先が記されているのみで、ゴミ箱に捨てる未来は決定していた。
元はと言えば葬式に出るために日本に戻ってきたのであって、すぐにでも帰ろうとしていたぼくが何で昼間からホテルに閉じこもっているのかと言うと、かかりつけのカウンセラーから気分転換に観光でもしろと勧められたからであった。
しかし住み慣れた国を観光しろと言われても、正直見るところなんてない。暇つぶしに映画館や新しくできた観光地に立ち寄ってもみたけれど、どうやら顔の傷がマイナスの印象を与えてしまい、これまでに3回は職質された。お陰で今では部屋の中で時計の針を眺めるのが日課だ。
唯一の退屈しのぎはイギリスにいるレイチェルとの電話で、彼女からは1日の出来事を必ず報告するように厳命されていた。軍を辞めた以上、無闇に部隊の人間に連絡は出来ない。
『同窓会?』
「うん。高校時代の奴らが企画したんだ。別に行く気はないけど、一応耳に入れようと思って。」
『いいじゃない。ちょうどいい機会だし行ってきなさいな。ホテルに入り浸りじゃ体に悪いわ。』
「とは言ってもぼくって機密情報の塊だよ。そんな奴が無闇に民間人に接触していいのかな?」
『アナタの言い分が通ったら世界中の兵隊は、基地から一歩も出られないことになるわよ。大丈夫。ドクターには私から話しておくから。タックはしっかりと楽しんできて。昔のお友達と会うなんて滅多にないもの。お母様が亡くなって気が滅入るのも仕方ないけど、いつまでも立ち止まってちゃダメよ。』
何分か会話を続けた後、もう一度葉書を手にする。立ち止まってちゃダメ、というレイチェルの言葉が再生されるが、残念ながら心配事は完全に別の方向にあった。
「そういうんじゃないんだけどな…」
どちらにしろずっと籠り切りは良くない。まずは気持ちを切り替えるために、ぼくは近場のジムに行くことにした。
そして当日。ありふれた繁華街の一角に2、30人ほどの団体が集まっていた。
「ミカ! ちょ~久しぶりだね。」
「お前ヒロシか? 見違えたぞ。」
「ワキサカはまだ? もう時間過ぎてるのにどこ行ってんだ。」
見知った顔が各々の旧交を温めてるのを遠巻きに見ていたぼくは、人だかりの中で1人の人物と目が合った。
「コガ? コガじゃねえか。久しぶりだなオイ。」
そう言って近づいてきたのは学生のときに、数少ない友人だったクリヤマその人だ。ぼくと比べて活発な彼は漫画が好物で、よく漫画のキャラの絵をねだって来たものだった。
「うん。そっちこそ元気そうだね。」
「まあな。それよりお前、今何してんだよ。同級生の中で連絡取れなかったのお前だけだったんだぞ。」
「ゴメン。仕事の都合で海外に行ってたんだ。」
「えっ、マジで!? お前働いてたのか。しかも外国!?」
「潜り込んだ職場がちょうど海外進出を狙っててね。人手が足りなくて単身赴任してるんだ。」
言ってることの大半は嘘だけど、やってることはあながち間違ってない。不審な目を向けたもののクリヤマもそれ以上追求することもなかった。
「ふうん。まあいいや。ところでコガよ、お前顔のそれどうしたんだ?」
クリヤマが左側から覗くガーゼを不思議そうに尋ねる。
「少し前に事故に遭っちゃってさ。大事には至らなかったから。」
これについては口が裂けても話すわけにはいかない。代わりにぼくはちょっとした疑問を投げてみた。
「そういえば今回は誰が企画したの? まだ卒業して1、2年じゃないか。」
「ああ、アイツだよ。」
そう言ってクリヤマが顎をしゃくった先には、見覚えのある人物が談笑していた。大きく丸い瞳にふっくらと整った目鼻。肌も血色が良く、前髪は横一直線に切り揃えられている。この前雑誌で目にした姫カットという髪型だろう。小柄な体格も合わさってモデルというよりアイドルに近い雰囲気を感じさせる容姿だ。
「相変わらず人気者だよな。」
頬を緩めながらクリヤマがボソッと呟く。するとこちらの視線に気づいた彼女は、人だかりを潜ってリスのようにぼくらに近づいてきた。
「ねえもしかしてクリヤマ君?」
「えっ! 覚えててくれたの?」
「やっぱり。何となく見たことあるなぁって思ったんだ。」
気さくにクリヤマに話しかけた女性、サナダ・シオリは屈託なく微笑んだ。快活な物腰でいつもクラスの中心にいた人気ぶりは学生時代から変わってなさそうだ。
「あれ? そっちの人は…コガ君? 久しぶり、元気だった?」
近年では珍しいくらいのお節介で世話焼き、誰にも区別なく接している姿勢は華やかな外見と共に、男子の間では最初に話題に上がる人物だった。あまり話したことはないけど、どちらかと言えば教室でも1人でいることが多かった地味なぼくの顔も覚えてくれていた辺り、物覚えも良いらしい。
「元気だよ。サナダさんが皆に声かけたの?」
「うん。普通ならまだ早いと思ったんだけど、私もうすぐ家の都合でアメリカに引っ越しするの。しばらくは帰ってこれないから、今のうちに昔の友達と会っておきたかったんだ。」
「へえ、そうなんだ。サナダさんは今何してるの?」
「大学生やってるよ。今は英語と格闘中で、講義の方はおざなりだけどね。」
「そっかアメリカにね。ところでサナダさん、彼氏とかいる?」
いきなりド直球の質問を投げたクリヤマ。いきなりそれを聞くのかコイツは。卒業以来の再会とはいえ、こういったところは何も変わってない。
「クリヤマ、急にそういうのは―」
「いるよ。」
最初からハイな問いに顔色一つ変えず、彼女はニコニコと言った。ふと人だかりの方に視線を移すと、数人がこちらを―正確にはサナダさんを―見ていることに気づいた。どれも男連中は今のクリヤマと似たような焦燥感を漂わせている。
「へ、へえ。やっぱりか。サナダさんて昔からモテたもんね。」
ある程度予想はしていたのだろうが、ショックは隠しきれない。そんな表情を浮かべたクリヤマにサナダさんは笑みを崩さずさらなる爆弾を投下した。
「フフッ、実はこの中にその人がいるの。宴会のときに紹介するつもりだからよろしくね。」
ふわりとスカートを翻して別のクラスメートに向かったサナダさんを見送ると、クリヤマと一緒に他の知り合いの許に歩いた。
「ビックリだったな。」
「うん。前より綺麗になってた。」
「違えよ。サナダに男がいたって話。前から思ってたけどアレはやっぱ無理だな。オレたちじゃ話しかけるので精一杯だ。…つーかお前、いいのかよ。」
「何が?」
「サナダだよ。お前確かアイツのこと好きだったんだろ?」
居酒屋の大広間を貸し切って行われた同窓会は、意外にも狭く感じた。サナダさんが出席すると分かっている男性陣だけでなく、女性の方も一人残らず参加していた。初回でこんなに集まるのも珍しいものだと感慨深くなる。
「気になってたけど、好きってわけじゃなかったよ。可愛いとは思うけどさ。」
「なるほどな。ま、そういうことにしといてやるよ。彼女はともかく他の奴とも喋れよ。コガって結構人見知りだけど、案外話せる奴らもいるんだぜ。同窓会で割と知り合いが増えることもあるから。」
ポンと肩を置くとクリヤマは別のグループに行ってしまった。それとなく周りを窺うと既にグループが出来上がっており、簡単に入り込めそうにない。クリヤマと違い話を盛り上げるのに長けてないぼくは、チビチビと酒を飲んでいた。
帰れば良かったと思う。正直こういった雰囲気はあまり得意ではない。部隊の仲間と偶にするドンチャン騒ぎで耐性は付いたけど、ここの状況はまた違った感じがした。前まではこうじゃなかった。普段ならもう少し周りと合わせる自信もあるし、高校時代のエピソードなら少しくらいストックはある。
問題は寧ろ自分にあった。現実がどうしても色褪せ、心の歯車が合わないのだ。原因も自分が巻き込まれた
アルコールで上気したクラスメートの顔も、空調で抑え切れない熱気も、耳に障る話し声と流れる店のBGMも、全てが疎ましいと感じてしまう。そして何より若い男女の人いきれが、
「ねえコガ君、コガ君ってば。」
瞼を閉じてその時の情景を追い出そうとしたとき、肩を叩かれてぼくの意識は現実に戻った。サナダさんが隣に居た。
「大丈夫? 辛そうな顔してたけど、酔っちゃった?」
「い、いや何でもないよ。ありがとうサナダさん。」
「そう? だったらこっち来て話そうよ。1人じゃつまんないでしょ。」
そう言って連れてこられたのは数人の男女の固まりだった。どれもセンスの良い小洒落た服に身を包んでおり、顔も悪くない。確かクラスの中でも目立っていた人間、いわゆる「上」の連中だ。無論、ぼくとはほとんど関わりのない存在だった。
「それでこの前彼氏がさー。」
「だから早くけじめ着けろって言ったろうが…ああ、シオリ。コイツまた男に―ってお前誰?」
ぼくに気づいた連中の一人が尋ねる。訝しむでも嘲るでもなく、純粋にぼくを知らない素振りだ。
「もうひどいよ。コガ君だよ。コガ・タクミ君。」
「コガ? コガ、コガ…アッ、お前シャラクか!」
思い当たった男子が昔の渾名で呼んだ。由来は簡単でぼくが単に絵を習っていたことと、某浮世絵画家を引っ掛けただけだ。逆に言えばそれ以外特徴がないとも言える。もっともぼくは浮世絵なんて描いたことは無いが。
「そう言えばいたなぁ、そんな奴。」
「ひっでぇ。顔くらい覚えてろよ。」
「久しぶり~。元気してた?」
元々オープンな性格らしく、意外にもぼくはすんなりと輪に入ることが出来た。と言っても喋るのは主に彼らであり、ぼくは適当に相槌を打つだけだったが。
「そろそろいいんじゃない?」
連中が勝手に話で盛り上がってた最中、女子の一人がサナダさんに話を振った。
「何が?」
「何ってシオちゃん言ってたじゃん。この中で彼氏紹介するって。」
「アッ、そうだったゴメンゴメン。」
わざとらしく舌を出すサナダさんはどこか垢抜けて見えた。少しイラっと来てしまい、内心自分に舌打ちする。
「では改めて紹介します。私の彼のシュウ君です。シュウ君こっち来て。」
サナダさんの呼びかけに応えたのは、別の友人と話していた人物だった。日に焼けた色黒の肌に180cm超えの筋肉質な体格。顔立ちも精悍さに満ち溢れ、身長差も考慮するとサナダさんとは美女と野獣の比喩がピタリと当てはまる。
「シュウ君も挨拶して。」
「いや、いいだろ別に。ここの連中知ってる奴ばっかだし…ん? お前ひょっとしてコガか?」
「えっ、シュウ君知り合い?」
「まあな。久しぶりだなオイ。」
隣にどっかりと座り込み、肩を叩かれた拍子に体がビクッとする。コイツのこの粗雑なところが苦手だった。昔された仕打ちが思い出され、身を縮こまらせる。ムラカミ・シュウ。「上」の同級生の中でもかなりの存在感を持っていた男子だ。抜群の運動神経で体育では負け知らず。部活でもバスケ部のエースとして全国大会にも入賞した実力者。
学園生活でも同グループではまとめ役として機能し、皆に慕われていたが下位グループ―特にぼくのような根暗―にはすべからく嫌われていた。何かと喧嘩っ早い傾向があり、実際かなり力があったムラカミは、適当に見つけた奴に用事を押し付けたり、人の物を勝手に取っていく悪癖があった。ぼくにも時々宿題を代わりにやらせたり、プロレス技の実験台をさせたりした。
「へえ、何て言うか安定の組み合わせだな。」
「でもシオリとシュウ君って前はあまり話さなかったよね。どうやって付き合ったの?」
「偶然同じ大学に通ってたの。飲み会で話したら面白かったから、そのまま遊んだりしたのがきっかけかな。シュウ君今バスケの日本代表候補に選ばれてるんだよね。」
「日本代表!? へえ、すっげー!」
再び盛り上がり出した渦の中から抜け出せなくなったぼくは、一層身を固くしてアルコールを含んだ。嫌だ。もう帰りたい。しかしここで背を向けたら、何だか負けた感じがして面白くないという変な意地も働き、結局は壁の花に徹して宴会が終わるのを待つことにした。
しかし見えない防壁を張っても、不快な体温と騒音は防ぎようがなく、徐々に自分の内側に圧が溜まるのを感じる。何でこんなところに居るんだろう。少なくとも以前の自分ならこうなることの判断はある程度出来たはずだ。なのに来てしまったのは、もしかして繋がりを求めたからだろうか。戦場から遠く離れた打算や裏切りのない、かつての日常に置いてきた健やかな関係を。
だとしたらおかしな話だ。その関係を全て捨て去り、断ち切ってしまったのは他でもない自分だというのに。同じ暑いにしても、イラクに居た頃は良かった。任務という建前はあったけど、それでもあの世界で交わした言葉や日々は本物だったと思う。そのお陰で素敵な仲間や女性と知り合えたのだから。
今でも彼らとの思い出はありありと思い出せる。砂漠の熱気、凄腕の双子スナイパーとの遭遇、『奪還者』との交渉、レイチェルとの安らかな一時。でも、決まって最後は―
「えーっ! シュウ抵抗軍に入ったのか!?」
どっと湧いた驚きの声に意識が引き戻され、ぼくは隣り合っているムラカミたちに目を移した。ジョッキ片手に自信のある笑みを浮かべ、滔々と語り出す。
「ああ。この先バスケだけで食ってけるほど世の中甘くないからな。今のうちに資格取っとこうって思いついたんだよ。軍なら援助付きって聞いたし。」
「でも戦争するんだろ。よくシオリが許してくれたな。」
「最初は嫌だったけど、シュウ君が自分で決めたんだもん。だったら私も応援するよ。それに絶対に帰って来るって約束してくれたしね。」
「訓練も大したことねえし、実際にターミネーターと模擬戦してみたが、あんまり強くなかったぜ。ガンツがあれば楽勝だな。」
「今どこに勤めてんだ?」
「ヨコスカ基地だけど。」
「マジ? じゃあジャップ・ザ・リッパー様には会った?」
女子のうちで派手なメイクの奴が、えらく興奮した様子で出した名前にぼくは思わずむせそうになった。幸いにも誰も気づいてない。
「ジャップ・ザ・リッパー? ああ、あのヘンテコなお面つけた野郎か。最近噂になってんな。」
「で、どう? 会った?」
「会ってねえよ。大体、顔も知らないのにどうやって見分けろってんだ。それに銃弾跳ね返すなんて与太話信じられる訳ねえだろ。馬鹿馬鹿しい。」
「ちょっとあの方を馬鹿にしないでよ。人類を救う救世主様なんだから。」
「見たこともないクセに反論するなよ。つーか、何でヨコスカに居る前提?」
するとギャル風のその子は携帯の画面を操作して、あるサイトを呼び出した。全体的にゴシック調の装飾が施され、ぼくもつい目を凝らした。
「The Rippers? 何だこの趣味の悪いHPは。」
「全国のファンが運営してる裏サイト。これでリッパー様がどうしてるのかが分かるってわけ。証拠にほら、今は…ウソ、近くにいるってさ!」
嬉々とした声音に冷や汗をかいてしまう。バレるはずがない。ぼくの正体は軍の中でも極秘事項で、ましてや一般人に知られているなんて有り得ないことだった。しかしチャットの内容は事実であり、現に彼らのすぐ傍にいる。恐らくは適当な書き込みだろうけど、偶然のヒットに驚かずにはいられなかった。
「ねえ行ってみよ。本物を見れるかもしれない!」
「アホかお前は。」
興奮で顔を赤くする女子を一瞥し、ムラカミがため息を吐く。
「年中戦争やってる英雄様が、こんな平和ボケした国に来る訳ねえだろ。そもそも興味ねえし。行くなら勝手に行け。」
「で、でも…」
「しつけえぞ。いい年こいて追っかけなんてやってるから、男も寄り付かねえんだよ。」
痛いところを突かれて押し黙った女子は、興味を優先したのか、居心地が悪くなったのか、部屋を飛び出してしまった。
「ちょっとシュウ君言い過ぎだよ!」
「良いんだよ。あれ位言っとかないと、アイツも出辛かっただろ。それよりよ、お前ら女とか出来たのか? 報告会しようぜ。ウチのクラスは陰キャラが多いから、多分居ねえだろうけど。」
クラスメート全員を見渡してヨロリと立ち上がったムラカミが、大きな声で捲し立てる。また悪い癖が始まった。大半の人間は目線を合わせずにやり過ごそうとしたが、取り巻きの連中が賛同するムードを作り上げてしまったため、拒否が難しくなってしまった。
「じゃあ時計回りに行こうか。まずはそこのデブオタ。」
「え? オ、オレ?」
「早くしろ。どうなんだ?」
「い、いません…」
「つまんねえな。そこは○○はオレの嫁とか言えよ。」
そんな調子で報告会もとい暴露大会は、順々に進んでいった。中にはいると言う輩もいたけど、そういう奴は写真も一緒に見せられて、大抵は「上」に好き放題言われて押し黙るパターンがほとんどだった。
「ふうん、まあまあだな。でも眉毛とか太くね? 両さんに見えるぞ。」
クリヤマがクラスのSNS上に送った画像には、大学に入って出来た彼女のツーショットが映っていた。流石に「上」の彼女はかなりハイレベルであり、どれもサナダさんに負けず劣らずだった。当の本人は何度か諫めたが、辞める気のないムラカミに呆れて、他の女子と一緒にお手洗いに行ってしまっている。
酷評する男どもに何か言い返そうとクリヤマは身を乗り出したが、そうすると殴り合いに発展してしまうかもしれなかったので、大人しく引き下がった。目線だけは恨み節満々だったけど。こうして一部の者には大変面白くない「他人の女をディスる会」はいよいよぼくに回って来た。
「ほら、シャラクの番だぜ。」
正直どう話そうか迷っていた。別に恥ずかしいとは思ってないし、嘘をついても構わない。だけど、学生時代の思い出を逡巡してみれば、ちょっとした悪戯心が湧きだした。「上」にはコケにされて幾星霜、少しくらいカウンターかましても良いんじゃないか? そんな幼稚な考えが浮かびさえした。
「オイ聞いてんのか。皆ゲロッてんのに自分だけだんまりか?」
「もしかして男か? 男のパターンか?」
「いるよ。」
うるさい外野を黙らせるために、少し語気を強めに告白する。するとオオッという歓声が上がり、画像の提供を要求される。ここに至ってぼくは自分の愚かさを自覚し、慌てて弁明を付け加えた。
「け、けど、ほとんど絶縁状態だし、付き合ってるって言えるかどうか…」
「うるせえな。いいから出せよ。」
自分から言い出したクセにこのままノコノコと撤退はできない。潔く観念することに決め、ファイルに保存している写真を送信する。瞬間、ざわめきが消えた。ある者は画面を凝視し、またある者は信じられないといった目でぼくを見る。少し前ならその予想通りの反応を楽しむことが出来たけど、今あるのは後悔ばかりだった。
「これ、お前の?」
クリヤマが恐る恐る尋ねるのに合わせて
「うん。」
とだけ言っておいた。途端にザワザワと周りが騒ぎ出す。
「すげえブロンドだ。」
「すっごい綺麗。ハリウッド女優みたい。」
口々に感想が飛び交う中で場を仕切っていた連中の1人が、まだ現状を把握してないような目で質問してくる。
「シャラクの彼女って外人…?」
「仕事先で知り合ったんだ。もう別れてるけど。」
1秒後には何人かの男が紹介しろ、番号を教えろと詰め寄って来た。分かっていたけど面倒だった。外人というラベルだけでも目立つのに、贔屓目を除いてもレイチェルはかなりの美人だ。「上」の女性のレベルを青年向けの週刊雑誌に出てくるアイドルだとしたら、レイチェルはVOGUE(世界的な最先端ファッション誌)で勝負できる。インテリジェンスに勤務しているだけあって能力も申し分なく、アラビア語は彼女から直接手解きを受けたほどだ。
外人で美しく気立ても良い。ぼくなんかには勿体ないくらいの女性だ。多分あの事件がなければぼくは彼女を選んでいただろう。それくらい魅力的だったのだ。そう、あの事件さえなければ。
「コガ、何この写真。ホントなの!?」
いつの間にかサナダさんと一緒に化粧室に行った女性陣が戻り、画面上の写真を指して詰問してくる。これ以上ややこしくなるのは嫌だったので、曖昧に笑って受け流した。しつこく連絡先を聞き出してくる手を制して、トイレに向かう際に、複数の暗い視線が突き刺さるのを感じた。