GANTZ Repeat'   作:マルハン2

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47.回想―反逆準備―

きっかけは一通のメッセージだった。

『みんなに大発表!(^^)! ジャップ・ザ・リッパー様を発見! すぐに来るべし!!!』

宴会の途中で全員に送信されたそれは、ついさっきまでムラカミに言い負かされて出ていった女子のものだった。最初は皆無視したがクラスのマスコット的存在であるサナダさんの

「1人だけ仲間外れなんてダメだよ。それにシュウ君もちゃんと謝らなきゃ。」

という鶴の一声でこの迷惑な送り主を探すことになったのだった。

「なあ、どうやってゲットしたんだよ?」

隣のクリヤマがコソコソと聞いてくる。またか、とため息をついたけど親友を邪険にするわけにもいかず、少しだけ口を開いた。

「だから仕事で知り合ったんだって。」

「じゃあその仕事を教えろよ。すぐに転職するから。」

鼻息を荒くしたクリヤマは肩を回して、熱心に食い下がって来たけどぼくは

「お前には彼女いるだろ。」

とだけ返しておいた。もしこの先ハローワークに勤めることになったら、ぼくは絶対に兵隊は薦めないだろう。大事な友達をあんな危険な職場に放り込みたくはない。それにレイチェルとの経緯を明かすことは公的にマズいことであり、私的にも気分が悪くなるから嫌だった。

「いい加減離れた方が良いよ。見られてる。」

背後には折角の宴会をぶち壊したぼくを、白い目で睨むムラカミ一行が歩いている。今は何もないが少なくとも良い感情を持ってないことは確かなので、可能な限り接触は控えていた。まだ目的地には少しあるので、ちょっとした好奇心からクリヤマに聞いてみた。

「ところでさ、大学はどうなの? 楽しい?」

「何だよ急に...まあ、授業は面倒だけど楽しいぞ。サークルの連中と馬鹿やったり、彼女と旅行したりな。」

さり気なく惚気てくるクリヤマを見て微笑ましくなる。もし親の離婚で自棄にならなかったら、ぼくも送っていたかもしれないありふれた人生。きっと似たり寄ったりな奴らと連んで、夜通し飲んだり遊びに繰り出したりしたに違いない。それこそループに巻き込まれず、恐怖や苦悩に関係ない日々を。

「行ってみたかったな、大学。」

「そういやコガもかなり良いところに合格貰ってたろ。何で進学しなかったんだよ?」

誰にも聞こえないはずの呟きを、この友人はしっかりと聞き取っていたようだ。そこでぼくはいつもの嘘を口ずさむ。

「お金の都合でね。仕方ないから就職したんだ。お陰でほとんど成長してないけど。」

「そうか? 随分と雰囲気違うと思うけどな。」

首を捻りながらシゲシゲと観察する彼に、こっちも頭を傾ける。

「一見するともやしっぽいのは変わんねえけど、何か全体的に引き締まった感じがあるんだよな。それに顔つきも少し鋭くなったような...コガ、どんな仕事してんだよ?」

小さい頃から地味だのボーっとしてるだの言われてきた身としては少々慣れない評価ではあった。何だかんだで勘が鋭いところがある親友に悟られないように嘘を塗り重ねる。

「海外に売り込むセールスマンだからね。攻める側だから絞られたのかも。」

その後も互いの近況を口にしながら歩いていくと、いつの間にか郊外の河原まで来ていた。辺りに人気はなく民家もない。どうやらここが()()の発見場所らしい。

「スズナ~どこ~? シュウ君連れて来たよ。」

サナダさんの鈴のような声が水面に木霊するが、返事が聞こえない。河川敷に配置された照明は僅かであり、50m先はもう真っ暗だった。一向に現れない本人に苛立って取り巻きの何人かが帰ろうとする。

「どうせデマだったんだよ。腹いせにオレたちを呼び出して、自分だけ帰りやがったんだ。」

「あの子はそんなんじゃないよ。それにスマホのGPSだってここだって言ってるし…スズナ?」

薄情な連中を言いくるめていた彼女が何か見つけたようだ。灯りの下に人影がある。全体は分からないけどシルエットからして女性のようだ。ベンチに腰掛けて俯いている。サナダさんはすぐに駆け寄っていった。

「スズナ! どこ行ってたの。心配したんだよ? 駄目じゃないこんな夜中に出歩いちゃ…」

肩を掴んで責める手がピタリと止んだ。ユラリと傾いた女性の体は一切の受け身を取ることなく地面に倒れた。

「スズナ、スズナ!? ねえどうしたの? しっかりして!」

何事か叫ぶサナダさんに気づいた数人が、異常を察知して走っていく。ぼくは動けなかった。彼女に後ろから忍び寄る人影を見てしまったからだ。ぼんやりとしか光が当たってないのでよく分からないが、とてもデカい。軽く見積もっても2mはある。

暗闇に溶け込みやすい黒の上下に、目深に被った帽子のせいで人相が判別しづらい。肌は皺やシミは全くなく、それでいてゴムのような質感を持っているようだ。しかしぼくはそいつと目が合った時点で何者かが分かってしまった。赤かった。ブラウンでも青でもなく真っ赤な目だった。しかも夜でも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「逃げろシオリ!」

ぼくが警告するより早くムラカミが叫んでいた。彼も勘付いたらしい。だがそんな彼の背後にも一対の赤い目が浮かんでいた。それも1つじゃない。2つ、3つ、4つ…気が付けばいくつもの赤い光点にぼくらは囲まれていた。

「万事休すか。」

ぼくは一番早くに両手を上げた。

 

次に目を覚ましたのは鉄格子の中だった。最初は独房かと思ったけど、周りに同級生が押し込められていることから案外広い造りだと分かった。どうやらぼくらは捕まったらしい。ブルリと寒さを感じ肩を抱くと、直接肌を感じた。何てこった。上半身は丸裸だ。衣服はそのままだったが、所持品は全て―ネイルの塗装まで―綺麗に没収されていた。ついでに全員の手首には手錠が掛けられている。

「よお、起きたか。」

聞き慣れた声が話しかけて来た。クリヤマだ。傍らにやって来る。羽虫が舞う微かな照明で詳しくは分からないけど、目立った外傷はない様だ。クラスメートにも怪我人はいる様子はない。

「ここは?」

「分からん。気が付いたら皆一緒に眠ってた。最悪なことに夢じゃないことは確かだな。」

「警察とかに連絡できないの?」

「無理だ。全員携帯は没収された。他にも機械関係の物は全部。」

「時間は分からない? 大体で良いんだけど。」

「オレもそこまで覚えてないが、最低でも1日は経ってるぞ。」

無慈悲な宣告に頭を垂れるしかなかった。ループは無意味。通信手段もない。畢竟、八方塞がり。遠慮することなくため息を吐きたかったけど、気分が落ち込むだけだ。皮肉なことにこういった状況に何度も放り込まれているせいで、思考が回復するのに時間は掛からなかった。

まずは情報収集。気休めかもしれないが何も知らないよりマシだ。立ち上がって鉄格子に触ってみると、ザラリとした感触があった。赤錆だった。湿っぽい空気からして水気もある。それに天井から響く何かの重々しい音。地下水の出る場所に無理矢理建てたのだと分かった。

鉄製のパイプは太いが長い間放置されているらしい。靴裏の隠し鋸なら切断して脱出できたかもしれないが、残念なことに今はない。筋力のリミッターを外しても壊せるほどヤワな代物じゃないことは分かる。仕方なくガシャガシャ揺さぶってみたものの、まったくもって無駄な行為だった。

「オイうるせえぞ。殺されてえのか。」

音に反応した同級生の1人が苛立った声を上げる。ムラカミだ。隣にはサナダさんがピッシリと寄り添っていた。その顔は明らかに憔悴している。無理もないと思った。楽しいはずの同窓会が一転、身ぐるみ剥がされてこんなブタ箱に入れられたのだ。常人なら3日も保つまい。大人しく元の場所に戻った。

「ぼくが気を失ってる間、何か変わったことは?」

他に情報がないかクリヤマに探りを入れてみる。少し黙考して彼は答えた。

「2時間くらい前に食事を運んできた奴らが居た。確かオレらを気絶させたのと似ていた。少しして何人か連れ出されたが、まだ戻ってない。」

淡々と告げる声音は自分たちの置かれた境遇を信じ切れずに、外界との接触をシャットダウンしているせいだ。他の同級生も同じ様に下を向いたまま動かない。

「チクショウ、何でオレがこんな目に遭うんだよ!」

突然声を荒げた男子が立ち上がって、壁を蹴り上げた。それに女子の悲鳴が相乗して聞くに堪えない不協和音を作り出す。ついに我慢できない輩が出始めたせいで、沈黙を保っていた集団が各々勝手に騒ぎ出す。

「明日バイト入ってるのに、これじゃ減給だよ。」

「まだいいだろ。こっちは補習受けなきゃいけないんだぞ。」

「EXILEのチケットの抽選今日が締め切りなのに…」

「怖いよヨウスケ君…」

溜まったフラストレーションが徐々に上昇し、一触即発の事態になりつつある。マズいと思ったそのとき

「黙れ!」

と激昂する声が大気を震わせた。あまりの大声に全員その通りになった。ムラカミがこめかみに血管を浮かべて怒っていた。上下する肩を押さえてどっかりと座り込む。

「…まずは状況の整理だ。オレたちは例のバカ女に誘い込まれてまんまと攫われた。連絡方法はなし、場所は不明。救助も期待できない。」

ぼくは内心で舌打ちした。バカが。わざわざ気分を落ち込ませてどうする。

「んなこと分かってるよ。どっちみち逃げられないんだ。」

「ただしオレたちをここにぶち込んだ奴らは見当がついてる。」

その一言にクラスメートたちの頭が上がる。当然の如く仲間が驚いた。

「本当か!? 一体アイツら何なんだ?」

「アレは恐らくターミネーターだ。体格からしてT-600だな。上手く偽装しているようだが、あれじゃバレバレだ。」

「タ、ターミネーター!?」

「以前軍で教習を受けたの思い出したんだよ。奴らの中には偶にああして人間に化ける個体があるらしい。」

「で、でもターミネーターって人間は必ず殺すんだろ? どうしてオレたちは捕まってるんだ?」

「知らねえよ。ともかくオレはこんなとこ絶対に脱け出してやる。」

悔し気に歯噛みするムラカミを見て、密かに感心した。本人はまだ訓練生だと言ってたけど、中々どうして敵をよく観察してるじゃないか。彼の決意に感化された同級生たちの間に熱意が広まっていく。訳も分からず殺されてたまるか。必ず生き残ってやる。そんな意志を感じたときだった。

牢屋の外に例の黒ずくめが立っていた。服の裂け目から覗く金属骨格など、河原のときは見え辛かったT-シリーズの特徴がよく分かる。

『Go out. It's the time.』

人間らしさの欠片もない機械的な音声で、ロボットそのままのぎこちない動作のままターミネーターは鍵を外した。次はぼくらの番らしい。武器もなしに拘束されたままでは抵抗も出来ないので、素直に従うことにした。悲しいことにぼくは一生この殺人マシンから離れられないようだ。

 

連れてこられたのは不思議な場所だった。コンクリート敷の重苦しい空間に2体のT-100が歩哨のように警戒の視線を振り撒いている。全員が入ったところで扉が閉じ、同時に正面のゲートが開放されると、その先には想像を絶する光景が待ち構えていた。

そこは地面が赤かった。夥しい量の血で染まっていたのだ。双方の空間が繋がった途端に凄まじい臭いが鼻を突いた。これは…処刑場だろうか?

『Go ahead.』

頭上のスピーカーが厳かな重低音を響かせ、T-100の砲台がこちらにセットされる。ガシャンと弾が送り込まれた音に女子の悲鳴が重なった。どっちみち移動場所は限られている。全体の流れに乗って隣の部屋に行こうとしたが、ここで1人の男子が反対方向に駆け出した。

「嫌だ! ぼくは死にたくないよママ! ママ!」

ぼくはすぐに閉じた扉をガンガン叩きながら喚くそいつに近づいて引き剥がす。ターミネーターは命令を忠実に実行し、イレギュラーを発見すると即座に排除対象と見なす。命令通りにしてないと彼は殺されてしまう。

「止しなよ。喚いたって何にもならないってば。」

「うるさい! もうウンザリだ! あんな部屋に行くくらいなら牢屋の方がいい!」

そうこう言って揉み合ってるうちに、首筋に寒気を感じた。忘れようのない、あの感触だ。ぼくらをターミネーター共が撃ち殺そうとしている。かわすのは簡単だけどそれでは羽交い締めにしている彼が命を差し出す羽目になってしまう。最善の選択肢とは言い難い。何よりこんなつまらないことで死ぬという事態は情けなくてしたくなかった。

必死にもがく男子Aを連れて行こうとするが、激しく抵抗して上手くできない。早くしないと撃ち殺されるのに。苛立ちが焦りを生んだのか、偶然暴れるAの腕が当たってバランスを崩してしまった。普通なら受け身に入れるはずなのに、この時ばかりは反応できなかった。ああ、ぼくが撃たれるのか。仕方ない。1回死んで対策を検討して―

しかし予想に反して痛みはなかった。焼けた棒で叩かれたような衝撃もない。そしてぼくの前には両手を広げて崩れ落ちる人影があった。その人はぼくが良く知る人物だった。

「…クリヤマ?」

撃たれたのはぼくじゃなく、身を挺して庇った親友だった。何が起きたのか理解できず、いつの間にか抱き留めた体をゆっくりと横たえる。胸に4発食らってる。助からない。状況を受け入れられない一方で、軍人の習性で怪我の度合いを確かめる。それすらもどこか他人事に感じた。震える手が伸び無意識に掴み取る。

「コガ…生きろ…」

たった一言、浅い呼吸の中で呟いた言葉が親友の最期だった。気が付けば彼の目から光が消え去っていた。クリヤマ。クラスでもムードメーカーだったクリヤマ。時々イジられてるぼくを助けてくれたクリヤマ。入学したばかりでクラスに馴染めなかったぼくに声を掛けてくれたクリヤマ。日本に居た頃に一番親しいと断言できるぼくの大切な友達がたった今、死んだ。

少し遅れて悲鳴が響き渡った。けどこのときのぼくには、耳に入ってこなかった。どうしてぼくなんかを助けたんだ。死ねばまた目覚めるだけなのに。助けられる価値もない屑のような存在なのに。どうしてお前は―

直後、銃声が木霊しぼくの身体は粉々に砕け散った。

そこからはループの繰り返しだった。クリヤマを死なせないために何回も死んだ。しかしどんな手段を尽くしても彼は生き残れなかった。ターニングポイントだろう。昔マザーに教わった、未来を決定する分岐点って奴だ。どうやら捕まった時点でクリヤマの運命は決まっていたらしい。

「コガ…生きろ…」

飽きるほど聞いた遺言を残して、クリヤマはまた旅立った。至るところから血を流す彼の目を閉じる。後ろでは群衆が恐怖と混乱で我先にゲートに逃げ込んでいた。

『Go ahead.』

警告として足元に撃ち込まれた弾丸を眺め、最後に穏やかな顔で横たわった友達の亡骸を見つめた。

「さよなら。」

生きろ。親友の思いを反芻し扉を潜る前に一度深呼吸をする。この先の事態に対処するために頭を冷静にさせる必要がある。涙は出なかった。

 

次に入った部屋はむせ返るような生臭さに満ちていた。血、汗、尿その他諸々。加えて薬品のような刺激臭も混じっている。死体の臭いに慣れてるぼくでさえ思わず鼻をつまんだのだ。先に来た連中は残らず吐いていた。

「何なんだよここは…」

えづく仲間の背中をさすりながら男子が呟く。部屋の中は真っ暗で詳細は分からない。声の反響具合から相当に広いことは想像が出来た。クラスの全員が入ったのを確認し部屋に入ると、扉はすぐに締まり同時に照明が灯る。薄暗く開けた視界に飛び込んできたのは、無数のベッドだった。

しかしその大半は清潔で白いシーツではなく、赤黒く乾いた手術用のカバーで覆われていた。雑然と並べられた手術器具と腐臭の源である人間の体と一緒に。大量の死体がそこにはあった。アジア、ヨーロッパ、アフリカ。様々な国の様々な人種が集められ、様々な形で解体されていた。全ての指を切り落とされた者、手足をバラバラに繋ぎ合わされた者。中には顔面を割れたスイカみたいにされた者もあった。そこは人間の尊厳を残さず駆逐する場所だった。

臓器売買の闇手術にでも立ち会ったかのようなグロい空間に、思わず立ち往生していると数体のT-600が現れた。もしターミネーターと分からなければ、ここにいる死人たちの怨霊と思ったかもしれないほどの不気味さを醸して。

「え、何? ちょっと止めて、離して…!」

所々血がこびり付いた金属の腕を女子生徒の1人に伸ばし、問答無用でパイプベッドに抑えつける。それでも抵抗する女子は足をバタバタ動かしたが、T-600が容赦なく突き刺した鉄串でベッドに固定され悲鳴を上げたきり大人しくなった。

「イヤ、やめて…来ないで…やだ、やだ、イヤイヤイヤイヤァ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさ…ギャアアアアァァァァァ!」

洗面器に置かれたメスを手に取り、冷酷に腹に突き刺して内臓を取り出していく。洪水のように血が噴き、腸管(ダルム)を抜き取られる様は、まるで寄生虫でも駆除しているようにも見えた。だがまあ、ここまでは()()()()()()()()。部屋を逃げ惑う同級生を放って、一歩進み出たぼくは自分から手前から3番目のベッドの上に横たわった。

「おいお前何やってんだ! 死ぬ気か!?」

それ以上だよ。級友の叫びに悪態をついて無視する。その振る舞いに訝しむ様子もなく、別のターミネーターが手錠をパイプに引っ掛け、メスをぼくの腹に近づける。冷たく鋭い切っ先があと数cmで届こうかというとき、ぼくは傍にある布切れを蹴り上げ、T-600の顔に被せた。突然の奇襲に意表を突かれたターミネーターが硬直した一瞬で、腹筋を使って跳ね上がりベッドのパイプを握って後ろに回転して枕側に着地する。

その頃には布を剥ぎ取ったT-600が拳を振りかぶる姿が見えたけど、ぼくは頭を微妙に引っ込める。紙一重の死が交差する瞬間、パイプベッドを盾にして衝撃に備えると、すぐに鉄同士のぶつかる音が響き手首の圧迫感が消えた。長い間の酷使で疲労が蓄積したパイプが破損し、ついでに手錠の鎖も千切れたのだ。

囚人の拘束が解かれたことに気づいたT-600は、取り押さえるべく躊躇いなくぼくに掴みかかる。突出する体勢に合わせて自ら前進し距離を詰める。敵の屈み具合と踏み込みの角度差から合気道の要領で懐に潜り込み、圧殺しようと覆い被さる体に膝を沈めて足元に体当たりすると、小石に毛躓いたように転がってしまう。突っ込んで凹んだ解剖台を押し退けるターミネーター。文字通りの鉄拳が首を飛ばす前に片手で捌き、ついでに軽く円を描くと鈍重な身体が同じ軌道を飛んで倒れ伏した。

いくら奴らが銃弾も効かない化け物でも、人型である以上格闘技術が通用しないわけではない。もっとも打撃なんて論外なのでこうして投げに徹するしかなく、決定打にはなりにくい。よく漫画では女子供が大男を軽々と放り上げるが、長い修練を積まなければ不可能な出来事だ。それこそ力の流れを読み取れるまでにならなければ。

起き上がったT-600の動きを利用して前方に投げ飛ばした。常人より遥かに優れた耐久力を持っていても、3桁を超える重量だからこそ、立て続けに衝撃を与えられれば一時的に隙は生まれる。僅かなチャンスを狙って転がっていたメスを頸椎に突き立てた。ブルリと身震いしたターミネーターは赤い双眼を明滅させると動かなくなった。

異変を察知した別の機体がぼくを追跡する。死体の中を掻い潜って使えそうなものを漁り、ベッドをひっくり返して相手の進行を阻害する。覆い重なった死体を煩わし気に放り飛ばしたT-600の死角から、頭をシーツで覆い拘束用のロープで足を引っ掛け、キャスター付きベッドを追突させると同時にロープを引くと簡単にバランスを失って転んだ。無造作に転がっていた大きなプラグを拾い上げる。先端に血糊が付いていることからAEDの代わりにしていたのだろうそれを、最大出力で流し込むと機能保護を優先し駆動を停止した。もう動いている者はいないはずだ。無言でこちらを見つめる級友たちを除いては。

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