「お願いします。自分も連れてってください!」
「そうは言ってもな…」
日課のトレーニングを終わらせ各部署の調整会議に向かう途中で、誰かが言い争ってるのが聞こえそっと伺ってみると、職員の1人に青年が詰め寄っていた。何だかひどく慌ただしい。物陰で良く分からないが少なくともここでは見ない顔だった。
時刻を確かめ余裕があるのを確認したアキラは、興味を引かれて立ち寄ることにした。足音を聞いた職員がこちらに気づいてサッと敬礼する。一方の少年は決まり悪そうに顔を横に逸らしていた。
「お疲れ様です姐さん。」
「社長だ…どうした?」
「それがこのガキが今度の遠征にどうしても行かせろって聞かないんです。」
青年はかなり若かった。まだ少年と言っていい。短くまとまった黒髪の下は小麦色の肌に覆われ、きりりと吊り上がった目は細面の輪郭とマッチして、少年の眉目秀麗な顔立ちを際立たせていた。舞台に上げたら主役が務まるくらい二枚目だ。
へえ、かわいいじゃん。
少し優しめに尋ねてみた。
「新入りさん? けど今期の募集人員にアラブ系なんていたかしら?」
すると少年は背筋をピシッと伸ばして折り目正しく敬礼してみせた。中々どうして堂に入ったものだ。
「申し遅れました。自分はハリル・アリー・スライマーンと言います。
なるほど。タクミが連れて来た連中の1人か。現在治安が泥沼状態のリビアは、
「ハリル君ね。歳はいくつ?」
「17であります。」
「あら、そうなの。その歳で少尉さんに任命されるなんて、よっぽど活躍してきたんでしょう。すごいじゃない。」
「…いえ、実戦経験はありません。自分はずっと後方で先任方のお世話をしていました。」
悔しそうに渋面を作り拳を握り締める。
「そうなの? だったら悪いけど答えはノー。いくら階級があったって戦い方を知らない人に命を預けるわけにはいかないの。別に君は社員じゃないし、本当なら然るべき機関でカウンセリングを受けるべきよ。」
「し、しかしコガ教官はアミュレット社に来れば、いくらでも戦わせてやると…!」
同行の口実を探そうと必死になるハリルに、微笑を崩さないままアキラは胸の中で舌打ちした。あのバカ、口から出まかせ言いやがって。
「GUNQLVERSで200時間は訓練しました。スコアテストも要求値をクリアしています。戦わせろなんて言いません。見るだけで良いんです。決して邪魔はしませんからどうか―」
全部言い終わらないうちにハリルは顔の中心が潰れた感触を味わった。アキラがジャブを放ったからだった。クラクラと頭が揺れて膝が勝手に地面に着く。ピチャピチャと漏れる鼻血を抑えながら、アキラを睨むとさっきまでの穏やかな目はどこにもなかった。
「ハイ、死亡。私がターミネーターだったら、アンタ首が無くなってるよ。」
「…話の途中で殴られるなんて普通思わないでしょう。」
「そう、その普通って思ってる時点でアンタは犬死に確定なの。戦場ではいつどんな危険が来るか分からない。工事現場に突然放り込まれたのと一緒。ウロウロしてたら鉄骨が落ちてきて、死んでしまうかもしれない。目の前の奴がいきなり殴りかかるかもしれない。そういう危機感を最低限持ってないと、1分もせずあの世行き。少なくともここの連中は同じことしたら、防いで反撃くらいはしてくるよ。」
何も言えず俯く頭にポン、と手を重ねて続ける。
「分かったらもう戦いたいなんて言わないで。辛い過去があるかもしれないけど、アンタはまだ若いんだから。私の知り合いに体力のある子が欲しいって人がいるから、そこを紹介してあげる。ちゃんとした堅気の仕事だし、信頼できる会社だから安心して。」
「ほら立て。行くぞ。」
傍らの職員が腕を引っ張って立ち上がらせる。まだ下を向いたままの頭にもう一度手を乗せて踵を返したアキラは、その瞬間首筋がチリチリと灼けるのを感じた。踏み出した足をそのまま反転させて、手持ちのボードを顔の前に持ってくると、ガツンという感触が伝わった。ハリルの拳が当たったのだ。
「…何のつもり?」
ハリルは俯いたまま答えない。荒く上下する肩が次第にしゃくり上げるようになり、頬に伝わった涙が地面に落ちる。ハリルは大きく振りかぶって打ちかかってきた。子供とはいえ、力はそれなりに強い。勢いに任せてがむしゃらに迫る攻撃を受け流されながら
「オレには帰る場所がない! 父も母も妹も、皆アイツに、あの男に殺された…!」
「それで家族のいないハリル君はどうしたいの?」
「強くなりたい…! 強くなって取り戻したい!」
そう言って打ち込み続けるハリルに、アキラはある何かを感じていた。その凄まじい決意はもちろん、拳の振り方が変わってきた。プロの殴り方には程遠いが妙に良いポイントにパンチを持ってくるのだ。感情が昂ってるときにこんな体の運び方が出来るのは、この少年に宿る才能の片鱗なのかもしれない。これ以上は面倒なので迫る拳に手を添えて軽く引くとハリルの体は鮮やかに一回転した。
「ったく、鼻息の荒いガキが一丁前に…タクミの奴、また変なの連れ込みやがって。コイツを手当てしてやって。終わったらセシルに連絡を。新しい玩具が見つかったぞ。」
その日、他の兵士と同じように装甲車の奥に詰め込まれたぼくは、中空を見据えたまま動かなかった。ただ意味もなくボーっとしていたわけではない。目に点した点滴タイプのナノレイヤーから形成された
4年前の自爆テロ以降、世界中で
銃を捨てようという反戦キャッチコピーから、鉄ではなく自然由来の物を使おうというエコキャンペーンまで。日常非日常問わず呼びかける効果は次第に熱を帯びて、昨年は各国の鉄鋼産業の利益高が平均で2%減少というかなりの大打撃を与えている。
しかし未だ生活の大部分を支えている機械類は、そう簡単に消えることは無い。ぼくが傍らに立て掛けているAKはもちろん、どこかの家庭では今日も洗濯機が回っているし、エアコンが室温を快適に保っている。明日の御飯を用意するために母親たちが使うフライパンも、金属製が多いのに変わりはない。
一方で反機械運動の影響で急成長する業界があった。
その最たるものの一つがぼくの使っている
「オッさん、おいオッさん。」
一番見どころの場面で聞こえた別の音源がぼくを現実に引き戻す。動画で見えない向こう側―ぼくの真向かいに座っていた若い男が威嚇するように睨んでいた。
「さっきから何こっち見てんだよ。オレの顔に何か付いてんのか?」
「ああ、いや、すまない。歳なのか物思いに耽ることが多くてな。」
「…次にオレと目を合わせてみろ。殺すぞ。」
ぼくがオヤジ呼ばわりされるのは、顔に被っている変装マスクのせいだ。特殊な複合素子で出来たそれは事前にテクスチャを入力することで、多種多様な顔を表面に映し出せる優れもので、本来は諜報用に開発されたものだった。今のぼくは現地の民兵として参加した流れ者だ。大手のPMCと違って書類審査も杜撰なものだった。
決して座り心地が良いとは言えない装甲車の中は、兵士たちの吐き出すタバコの紫煙に満ちていた。どいつもこいつも虚無と恐怖を半々に宿した双眸を虚空に据えたまま動かさない。彼らはもうすでに戦っているのだ。これから対峙するであろう狂気に。腸をミキサーみたいに掻き回す銃弾に。1秒後にはやって来るかもしれない爆弾の衝撃に。それらに委縮してしまう自分自身に。
彼らの装備の大半は旧時代の軍隊がそうだったように、かさばって動きにくい防弾チョッキに、中国やロシアで大量にコピーされた突撃銃で、この装甲車も最新の衝撃吸収材が織り込まれている先進国のそれとは違い、昔ながらの化石燃料で動く鈍重な鉄亀だ。
抵抗軍が正規採用しているガンツウェポンは見当たらない。いくらガンツが民間に普及していても、武器類の取り扱いは厳しく制限されており、運用には相応の資金力と深い知識が不可欠だった。現在戦場で最先端のファッションとして流通しているナノマシンにしても、彼らが用意できるほど安いものではない。
ガタガタ響く兵員室の中で遠くからヘリの羽ばたく音が聞こえた。政府側の偵察機だろう。今頃は相手はもう送られた情報を基に万全の布陣を敷いているはずだ。案の定、装甲車が戦場の廃墟に到着して扉が開いた数秒後に、乗り合わせていた何人かが粉々に砕け散った。
政府側に雇われたPMCの攻撃だ。破壊力からしてガンツの武器だった。この作戦にはアミュレット社も政府軍に加勢している。ぼくの行動を知り得るのは上層部のみなので、
少しでも撃たれる確率を下げるために、どさくさに紛れて最寄りの遮蔽物に身を隠す。パーティー会場はすでに先客で一杯だった。首から上が宙を舞い、手足を貫かれた体が絶妙にターンして横臥する。そういえばここに着く前に、いくつかの死体に野鳥が列を成していたのを思い出した。
さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい。ここだけの大決算セールだよ。胃腸、心臓、肝臓、腎臓、膵臓に胆嚢。今ならサービスで膀胱も付いてくる! そこのカラスの奥さん、ちょっとこの角膜味見しないかい? 曇天の下で堂々と取引される秘密の商売。良いのか悪いのか銃火がリピートされまくる現在地では望むべくもない。
Xガンの透視能力をやり過ごすために配布された灰色の擬装フードを目深に被り、空を仰ぐと使い古されたティルトローター機とエアバイクが制空権を巡って撃ち合っていた。数の上では反政府軍に利があるが、性能差は圧倒的だ。
秒単位で落とされていくローター機の中で運良く掻い潜った1機が、ハッチからコンテナを投下した。鈍い地響きを立てて落ちたそれから出て来たのは、ターミネーターの一群だった。過去の戦闘で鹵獲したものだろう。次々と人体が破裂していく戦場に足が竦んでしまう人間を尻目にT-600が行軍していく。ビンゴだ。間違いなくこの紛争にはゴールドスタインが関わっている。
ぼくは形だけでも応戦するために黒いプラスチック製のライフルを構えて引き金を絞る。着弾したのとは別の地点から鋭い気配を感じ飛び退くと、さっき頭があった箇所を一条の熱い塊が貫いた。敵の狙撃手―正確には味方だけど―は中々巧妙な位置に陣取っている。素早く射程から逃れると、今度は奇妙な鳴き声が聞こえた。蝉のような牛のような、しかしどちらにも聞こえない不思議な声。
その意味を悟ったぼくは瓦礫の下に身を潜らせ、気配を消して鳴き声の主が現れるのを待った。そいつはすぐにやって来た。オリーブドラブの袋にソーセージの如くパンパンに詰まった人工筋肉の二本足に、不釣り合いなほど小さい四角いコンピュータの塊を乗せて。圧倒的な跳躍力で建物の谷間を飛び越えて、ぼくの目の前に降り立った。
「ヤモリだ…!」
そう言って叫んだ1人は二本足の俊敏すぎる回し蹴りを食らって、全身を奇妙な角度に捻じ曲げられて瓦礫の向こうに消えた。悲鳴を上げて撃ちまくる民兵を、まるで蟻のように蹴散らしていく無人の二足歩行兵器。有機と無機が混在した不気味なデザインは見る者を畏縮させるのに的確なサイズに設計されている。
これも抵抗軍の軍縮の賜物だ。現在の戦場に投入される兵士の命というのはひどく高価であり、金持ちの軍隊ほど他国への派兵に世論は消極的だ。そこで削減された戦力を補填するために生み出されたのが、高度な自律プログラムを搭載し、遺伝子調整された人工筋肉を兼ね備えた無人機だった。
このヤモリ―商標登録上の名称はIRVING―もその1つだ。兵器開発事業において代表的な
「航空支援を要請しろ!」
「ダメだ! まだ撤退が完了してない!」
「各自散開しろ! 地下に潜れ!」
銃声と怒号が織り成す殺戮の嵐の中で、ぼくも無線を開く。
「ローガンより
『こ、こちらCP! 要請を確認。少々お待ちください。』
「あれ? 見ない顔だね。新人さん?」
通信と同期したオルタナが
『は、はい! 本日付で観測班に配属されたモニカ・ペレイロと申します。今回の任務でアナタの専属オペレーターを務めさせていただくことになりました。』
「ケイブス技術科長は?」
今回のような仕事でいつもサポート役に徹するウィザード級ハッカーの姿が見当たらない。モニカ嬢はあたふたと通信履歴をスクロールして
『主任は戦術情報の整理で現場の指揮官と討議中です。お、お繋ぎしますか?』
「いや、良いよ。戦況の方はどうなってるの?」
『えーと、政府軍の
「ん? 何だい?」
『私、今回が初の実戦なんです。ケイブス主任には大丈夫だって言われたんですけど、やっぱり不安で。ついさっきもやけ食いでパイを2切れも…アッ、ゴ、ゴメンなさい! 任務中なのにこんなこと―』
バタバタと腕を振って弁解するモニカだったが、その仕草が逆に可笑しくて口元が緩んでしまう。
「心配しないでペレイロさん。ナイジェルが太鼓判を押したんだったら、ぼくはアナタを信頼するよ。緊張するのは仕方ないけど、最初は皆そんなものさ。君のところの上司だって出撃前日に倉庫の酒をかっぱらおうとしたんだから。」
『そ、そうなんですか?』
「うん。でもバレちゃって体罰食らっちゃったんだけどね。ぼくも巻き添えに。」
あちゃあ、といった苦笑いを浮かべたモニカに連られて、ぼくも苦笑する。相変わらず外はうるさいが、今のところは動かない方が良さそうだ。ぼくは彼らの味方ではないし、どちらの正義にも与するつもりはない。どだい、戦争に正義なんてないのだから。
「ともかく君は必要な情報とナビゲートを頼みます。自信を持って。ナイジェルはいい加減な理由で采配するような人間じゃない。彼はペレイロさんに期待してるんだよ。もちろんぼくも。訓練通りにやればいい。」
安心させるように落ち着いて言い聞かせる。無論、言ってることは本当の事だ。いつもと違ってこの作戦はぼくらの目的上、非常に大きな意味を持つ。そこにこんな子をサポートに回すのだから、恐らくは相応の技術を持っている―または持たせる価値のある存在だ。網膜に映った不安に沈んでいた表情が少し明るくなる。
『ありがとうございます。それと私のことはモニカで結構です。でも意外。遊撃隊長さんって割とお茶目なんですね。見た目はおじさんっぽいのに。』
1日で2度もオジン呼ばわりされるのは勘弁してもらいたかったぼくは、懇々と自分が25歳のうら若き紳士であることを彼女に説いた。
数日前―
黒い玉が青い光を吐き出すと、折り目正しくスーツを着込んだ一団が姿を表す。上下黒のビジネススタイルに隙なくネクタイを締めた姿はとても無頼な傭兵集団には見えない。他にも似たようなのがちらほらと、ここスミロア共和国の最前線基地に集結していた。
「雇われ兵さんたちは時間には正確なようですな。」
「彼らは傭兵ではなくPMCの
4WDに乗って会話しているのは共和国国防軍の少佐と中尉だった。しかし皮肉げに呟く中尉もたしなめる少佐も似たり寄ったりな口調だ。
「あくまで文明人を気取るのは分かりますがね。呼び方が変わっただけで、中身は大して違いないでしょうに。」
「だが彼らのお陰で今回の作戦を遂行できるんだ。そのことに異論を挟む余地はない。」
事実そうだった。反体制派の半数以上がこの国の元軍人で構成されているのに対し、新政権の下で再編成された国防軍の大半はほとんど実戦経験のない新兵ばかり。その指導役にも他国のPMCを招いているところからして、この国の懐事情が窺い知れるというものだ。経験がある者にしても少佐である自分を含めても、ほんの少数なのだから情けない。
これまでは散発的なゲリラ戦で終始していた反政府勢力との戦いは、ガンツの制御権限を握っていた国防軍と払い下げられたAT社製の無人機で対処できていた。しかしかの悪名高いフィリモノフが背後に立ったことで、戦況は一変した。ガンツを保有する有力なPMCの参戦と禁止されているはずのターミネーターの投入。性能の差が埋まってしまえば数と経験で押し込まれるのは目に見えていた。
そこで暫定政府の出した結論は、国連の協力を仰ぎPMCを招聘して、大規模な討伐作戦を展開することだった。仕方のないこととはいえ、背に腹は代えられない。国の窮地に誰もが納得した答えだったが、少佐は国連の提案したこの作戦が、当初から
PMC―Private Military Company―民間軍事請負企業の事業拡大は著しい。直接的な戦争遂行業務のみならず、兵器の整備と管理、正規軍への訓練や相談、医療品や弾薬の輸送、治安維持に必要な行政府庁舎、戦争犯罪者の収容所、元民兵たちの社会復帰キャンプの設営に警備。衛生面でも食堂で働く調理スタッフやクリーニングを請け負うサービスも存在する。
今や戦争に関する全ての分野にビジネスがあり、夥しい金の流れが氾濫している。その莫大な経済効果はあっという間に右肩上がりになり、留まるところを知らない。最早世界は戦争で回っていると言ってもいい。戦争を生業にする国際経済の立役者。それが一般的なPMCへの認識だった。
そんな連中にこの国の未来を任せる。軍のお偉方の算盤勘定は差し置いて、個人的な見解からすれば全くもって面白くない話だった。
「奴らも元々は血税で食っていた連中でしょう? そこからドロップアウトして腕を切り売りするなんて…自分は好きになれません。」
「聞こえるぞ。フラットになれ。」
ハンドルを切って格納庫に入る。何故かというとここに転送される者たちが少佐の担当するPMCだからだ。専用に宛がわれた舎内にはまだ人はおらず、外の乾いた寒風がゴウゴウと入り込んでくる。
「遅いですね。」
「事前に連絡は受けている。構わんさ…っと、来たようだ。」
眼前のガンツが一筋の光を放射し、人型の跡を形作る。眩い光が辺りを包み込むと、視界に飛び込んだのはA.I.C.のロゴを肩に刻んだガンツスーツに身を包んだ集団だった。その先頭に立っていたビジネススーツの人物がきびきびとした動作で歩み寄り、サングラスを外す。
「遅れて申し訳ございません。アミュレット・インターナショナル・コンサルティング代表、ナルミヤ・アキラです。」
涼やかな声と笑みで片手を差し出した女性社長に、一瞬気圧された少佐は我に返って握り直す。
「初めまして。貴社のお世話をさせていただくエフゲニー・ナザロワ少佐です。この度は我が国の支援にご協力いただき感謝します。」
「同じくラビ・カリャカ中尉です。どうぞお見知りおきを。」
「こちらこそお願いします。良いビジネスになるよう尽力いたします。」
華奢に見えて意外に堅い手の平に驚くと同時に、ある直感が閃く。確かめるために切り口を開いてみた。
「しかしこうして目の前にしても信じられませんな。こんな女性が特殊部隊上がりだなんて。」
「必要上の開示という奴です。実際にはすぐに辞めましたから。」
やはり噂は本当のようだ。アミュレット・インターナショナル・コンサルティング社。PMCブームに沿って設立された数多ある新興企業の一つ。実働部隊のほぼ全員が特殊作戦要員で構成され、抜群の練度と技量でどんな困難な依頼でも完遂してきた同世代の企業で最大の成長株。最近では設立4年にして、とある政府高官の視察中の警護を任され、同国の国家元首に謁見を許されたらしい。規模こそ中堅クラスだがこの業界に居る者として、その名を知らない人間はいないほどの有名企業だった。
「ですが社長自らお出でなさるとは恐縮です。」
「国連が直接依頼してきた仕事ですから。テロの脅威を再確認するためにも、私自身の目で戦場を見据えたいのです。」
「それは…」
「私もこの作戦に参加します。」
そして作戦当日、アキラは宣言通りに鎮圧部隊に混ざって、戦場を駆けていた。からりとした灰色の空の下、灰色の廃墟の谷間を、爆撃と銃雨を潜り抜けて敵陣に突入していく。後続の小隊長がZガンで障害物を潰しながら
「数が減ったからといって油断するな。確実に進んで行くんだ!」
「
「何だ? もうママのパンケーキが恋しくなったか?」
「その、何故社長が自ら先陣を切っているのですか? 普通指揮官は後方で陣取っておくもんじゃ…」
不安げに尋ねる部下に小隊長は鼻で笑う。
「何だ貴様。ウチの
「ええ、そりゃあヴァイオレットとか大層な渾名があるのは知ってますけど。でも、どんな意味なんすか?」
眼前で爆発が起こる。敵の高射砲に当たってエアバイクが墜落したのだ。爆風に巻き込まれないように身を伏せた部下は、巻き上がる炎の中で黒い影が空を躍るのが見えた。その影-アキラは両手に携えたYガンから射出されたアンカーを器用に操り、立体的な軌道を描きながら敵中のど真ん中に着地した。
あまりに鮮やかな登場に思わず見惚れてしまった民兵は、アンカーに絡めとられると同時に「上」に転送された。一拍遅れて事態に追いついた仲間たちがAKを派手に撃ちまくるが、アキラはカンフーかバレエのような動きであらゆる弾丸をかわし、死角に回るたびに二挺のYガンを撃ち1人、また1人と転送し、芸術的とも言える体術で戦闘不能にしていく。
「凄い…!」
前線司令部の一画、アミュレット社に割り当てられた区画で、ハリルも上空のドローンが中継する映像を前にして唾を飲み込むのを忘れていた。目の前で起こっていることが信じられない。この紛争に立ち会ってから数十分、並み居るPMCでも強豪揃いなアミュレットだったが、この社長と呼ばれる女は別格だ。比較にならないというより、比べること自体がおこがましい。
「お、やってるな。」
後ろからナイジェルが寄り掛かってくる。むさ苦しい髭の先が頬に当たって苛立ったハリルだったが、文句を言ってこの場を外されたら堪らない。1秒もしないうちに我慢という結論を導き出したハリルは
「どう訓練したらあんなに戦えるんですか?」
「何だ社長みたいになりたいのか坊主。だったら止めときな。アレは努力云々でたどり着ける領域じゃねえ。真似したら最後、怪我しておっ死ぬのがオチだ。」
「噂は本当だったんだ。」
「噂?」
「凄腕の二挺拳銃使いヴァイオレット。どんな鉄火場に放り込んでも残らず殲滅する
そう言いながらもハリルは彼女の戦いぶりに引っ掛かりを覚えていた。敵地の制圧時間が速過ぎる。通常のYガンならアンカーボルトを対象に撃ちつけた後でもう1回トリガーを引いて転送するプロセスを経るはずなのに、アキラのそれは命中した瞬間に転送が終わっている。
「社長の使っている銃、何か変わってませんか?」
「おお、よく気付いたな坊主。その通りだ。あのYガンはオレが社長に頼まれて改造した特注品よ。ボルトと銃本体の発射機構を改良して、自動的に転送する仕様に作り変えた。他にも真ん中の銃身にアンカー発射器を増設して、歩兵の移動能力を飛躍的に向上させた。まさにガンツが生み出したスパイダーマンって奴だな。」
誇らしげに胸を反らすナイジェルにもう一つの疑問を尋ねてみる。
「何でヴァイオレットなんです?」
「…あー、その話をすると社長は怒るんだが…お前さん、ミラ・ジョヴォヴィッチって知ってるか?」
「海賊販売のログは見たことがあるので一応は。」
「その女優が出演してた作品にウルトラヴァイオレットってのがあってな。社長の戦闘スタイルが映画で使われたアクションにそっくりなんだよ。それでいつの間にか主人公の名前を頂戴したのさ。」
「…随分といい加減な由来なんですね。」
「ニックネームってのは存外適当な理由なのが多いのさ。ウチの会社にもその手の輩がごまんといるからな。」
「ブエックシ!」
『ど、どうかしましたか?』
「いや、何でもない。誰かが噂でもしてたのかも。」
どこかで感じたことのある懐かしい
「フィリモノフが現地入りしてから丸6日が経ってる。」
神秘的な声音で横から差し出されたマグカップを受け取り、コーヒーの苦みを味わう。熱く黒い液体が夜風に冷えた体に行き渡った。声の主であるシェリー・セシルも同じものを一口含む。戦術科でぼくと同じ戦術教官の肩書を持つ彼女は同科の第2部隊の隊長の顔もあるが、今回は部下たちを率いて戦線に参加するのではなく、先遣隊としてサイグリー社の動向を探っていた。
「ここ最近はいつもこの女と一緒にいる。人相はハッキリしないけど、体格はあるしスーツを着てるから戦闘員には間違いないと思う。」
彼女の提供してくれた画像データでは、フィリモノフ本人とフードを着込んだ人物が話し合っていた。ピントがボケて判別しにくいけど、定例会議でカザマが配った資料に映っていた女性と特徴が一致している。問題はまた別のところにあった。
「これは…子供?」
画面の端に周りと比べてえらく背の低い影があった。カーソルを合わせてピンボケを修正すると、予感は当たっていた。まだ幼い繊細な容貌にみずぼらしい服装が数えるだけで8人ほど。重なって見えない分も合わせると、まだいると分かる。
「サイグリー・エクストラ社。調べてみたけど中々きな臭い会社よ。登記上は南アフリカにあるけど、現地員が訪ねてみたら築40年の木造テナントがあっただけ。ペーパーカンパニーの性質を利用してやりたい放題。立ち直り始めた国に火種を撒いて戦いを再燃させ、復興に回されるはずの資金を絞り取る。麻薬や
「アウトロー同士が手を組んだってことか。類は友を呼ぶとはよく言ったものだね。」
軽蔑というより嫌悪が滲む横顔からカーテンの隙間に視線を転じてオルタナの各遠視機能を最大化する。常闇に溶けてほとんど見えなかった建造物の遥か先には、特徴的な5つのとんがり帽子が軒を連ねていた。中世に建てられたカトリック聖堂。奴らの根城だ。
「それはそうとローガン、また定期診断サボったでしょう?」
これまでと全く趣旨の異なる発言が、軽くぼくの動揺を誘った。ここですっ呆けても仕方ないので、早めにゲロった。
「だって面倒なんだもん。注射でナノマシン入れられるのも気味悪いし。」
「だからって代わりにアングラ経由のダミーを走らせていい理由にはならない。仮にもアミュレットの一員なら規則は守って。」
「ハア、四六時中監視される規則のどこが良いんだか。ぼくは御免だよ。他者に体を制御されて戦うなんて。」
「もちろん私だって必要最小限の規格しか承諾してない。だけどそれだけでも味方信号の確認は出来るの。そうしてくれれば私の仲間がああして失神することもなかった。」
シェリーが顎をしゃくった先には、先遣隊の隊員が1人寝込んでいた。というのも、ぼくが部屋に入り込んだ際に武装解除しようと銃を突きつけた彼を、逆に無力化してしまったからだ。いくら接敵時の基本とはいえ、条件反射で脳震盪を起こさせてしまったことについては深く反省している。
「…まあ、昔気質のアナタにこれ以上言っても無駄ね。コーヒーに仕込んでおいて正解だった。」
さらりと爆弾発言を繰り出したシェリー。ぼくはすぐに詰め寄った。
「仕込んだって何を!?」
「代替用のナノマシン。ナイジェルが改良したものをほんの少しだけ。GPSと体内コンディションのモニタリング機能しか付いてないから、戦闘に支障はないはず。モニカ、データは受信されてる?」
『え!? あ、はい。現在座標、水分量、カロリー消費量、血圧、脳圧、心拍数、血糖値…オールグリーンです。』
やられた。モニカの可愛らしい声が告げる可愛らしくない宣告にがっくりと項垂れる。これじゃあ何のためにシステムの制御下から逃れて、イスラエルくんだりまで行って高価な改造分子群を入手したんだか。
「冗談じゃない。すぐに外してくれ。」
でなければせめて抑制剤を、と思っていたがシェリーは
「無理。社長命令だから。」
という二言でぼくのあらゆる希望を断ち切った。
見たことのある人はお気付きかもしれませんが、全体的な描写はMGS4、MGRを踏襲しました。オルタナについても虐殺器官を引用してます。