GANTZ Repeat'   作:マルハン2

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52.A Stranger I Remain

「待っていたわ。ジャップ・ザ・リッパー。」

その女はまるで旧知に会ったかのように、ぼくに語り掛けた。歓喜とも憎悪とも取れない視線を向けて。無論、ぼくは彼女のことなど知るはずもなく、熱気を帯びた瞳で睨めつけられる理由もない。AKを構えたまま慎重に間合いを保つ。

「人違いだ。彼は死んだ。」

背を向けたまま女が嗤う。

「嘘はいけないわ。アナタが死ぬはずないもの。そう、アナタは不死身。どんな戦いでも必ず生き残ってきた。」

コイツは能力(ループ)を知っている。それだけでぼくの予感は確信に変わった。彼女はゴールドスタインだ。それもかなりの地位―幹部クラスは間違いない。作戦の価値が一気に跳ね上がる。この女を生け捕りにすれば組織の核心に大幅に近付ける。マスクの中の乾いた唇を舐め、相手の出方を探る。

「フィリモノフはどこにいる?」

チッチッチ、と苛立たし気に舌を鳴らしてぼくに向き直る。女はやはり混血だった。細かな人種は判別できないけど、アフリカ系にしては肌の色が若干薄い。自然の神秘を表す肌とは対照的に、片目を隠すほど伸びた髪はサーモンピンクに染まっており、女のアブノーマルな雰囲気を助長している。

「連れないわね。レディより男を選ぶの?」

「アンタはサイグリーの指揮官か?」

相手のペースに乗らず間を置かないで話す。簡潔にまとめることで自分の考えも整理しやすくなる。女は艶交じりの声音で名を名乗った。

「私はトリフェーン。3つの顔(トリフェイン)の名を持つ女。」

「3つの顔…?」

歌うように女―トリフェーンが続ける。

「アナタのことは聞いているわ。7年前、ヨコスカ防衛戦で伝説となった初年兵。戦いの申し子…いえ、殺戮の天才ね。罪もない子供たちを100人も殺したんだから。」

ハッ、とモニカが息を呑む挙動が伝わった。ズキンと胸の奥が痛んだがおくびにも出さない。

「…もう捨てた名だ。フィリモノフはどこだ?」

トリフェーンは意にも介さずに歌い続ける。まるでこちらを痛ぶるのを楽しんでいるかの如く、ゆっくりとターンを描いて。

「私はアルジェリア生まれよ。フランス人の血も半分入ってる。」

「アンタのルーツに興味なんてない。」

「90年代に内戦が始まってから、()()()()()()()()()()()。どう? 似てないかしら私たち。」

「アンタに何が―」

「私は家族も何もかも失った。」

誘うような口調が冷たく下がった。沈鬱な表情で唇を嚙み締める。しかし次の瞬間には影のある口元が、彼女の本性を表すかのようにニヤリと吊り上がり、拳をグッと握り締めた。その微笑みの残忍さと言ったら。

「ぶち殺してやったわ。犯人をね。それで気づいたの。私にも人殺しの才能があるということが。」

「自慢げに話すことか?」

ぼくは呆れ半分に言い返すとトリフェーンも幾分か落ち着いた様子になり、足元にすり寄って来た仔月光を拾い上げ、我が子にするみたいに愛し気に撫でた。

「ええ。そんな私をあの人が変えてくれた。あの人は私の生きる希望となった。」

「あの人? 誰のことだ。」

「アナタの師匠よ。マリナ・オーグラン。」

今度こそぼくは衝撃を受けた。急に視界が狭まり動悸が激しくなる。ライフモニターが警告を表示し、モニカが必死に呼んでいるがよく聞こえなかった。キリスト像の一段上にあるステンドグラスに彼女の最期が浮かび上がる。あの時の寒さや斬られた痛み、止めを刺した感触が手の平に蘇り、吐き気を催して口に手を当て何とか抑え込んだ。

「北アフリカで戦ってた時に出会ったの。今思えばあのときが人生で一番幸福だったわ。彼女は私を受け入れてくれた。理解してくれた。あんな人はもう二度と会えない。」

トリフェーンの台詞はそのままぼくにも伝わった。気持ちは痛いほど分かる。ループという絶望的な世界でマザーだけがぼくを見つけ出して導いてくれた。敵であるはずの女に、奇妙な形で出会った姉弟子に同情を覚えた。

「私は彼女を追ってREXに入った。作戦で直接関わることは無かったけど、マリナの部隊に居られるだけで十分だったわ。あの悲劇が起きるまでは。アナタが彼女を殺すまで。」

スッと目元が細くなり空気が震えるほどのプレッシャーが放たれる。憎悪。冷えた空間の中でトリフェーンの周りだけが、炎を纏ったかの如く揺らめいている。持っていた仔月光がペシャンコにされても、ぼくは小銃を保持して動かない。

「理由は分かってる。筋も通ってるわ。どちらにせよ、アナタは勝者の権利を得た。でもね、私にとって英雄とはマリナ・オーグランだけなのよ!」

トリフェーンの咆哮が合図になったのか、ぞろぞろと仔月光の群れが出現した。天井から、壁の隙間から、床下から、数えるのも億劫なくらいの大量の仔月光が彼女を取り巻いた。羽織っていたジャケットを脱ぎ捨てると、しなやかな体を包むガンツスーツの上に、見慣れないアーマーが装着されていた。

「部隊を離れた私は傭兵となって世界を回った。アナタを倒すために、死に物狂いで腕を磨いた。全てはこの日のために、私は生きていた。さあ、私と殺し合いましょう。ジャップ・ザ・リッパー。」

仔月光の腕を引きちぎり先端を接続すると、ダラリとぶら下がっていた関節が真っ直ぐに伸び、他の何本かも繋げて1本の棒になる。同時に仔月光がトリフェーンを食い尽そうと感じるほど勢いよく飛びつき、自分の腕を外して物々しいアーマーに繋げていく。背中から何本もの腕が生えている姿は、良くて東洋の仏像、悪くて蜘蛛を連想させた。

だからぼくは目の前の異形の戦士に目を奪われて、周囲の異変に気づけなかった。銃を構えていたサイグリー社の兵士たちが、呻き声を上げてバタバタと倒れ伏したのだ。ある者は泡を吹き、失禁し、嘔吐し、別の者は互いに馬乗りになって殴り合う。

「何だ!?」

『わ、分かりません! 計器類に異常は認められず!』

モニカの悲鳴に近い応答。トリフェーンが嗤いながら告げる。

「ちょっと大人しくしてもらうだけよ。折角1人で来てくれたんだもの。横槍は無粋でしょ?」

「ナノマシンの接続を切ったのか。」

自前の装備を許されている様子から、この女の権限は中々のものだろう。そうでなければ各兵士のシステムへのアクセス権を強制的に奪うのは不可能だ。どうやら昨今のテロリストには決闘の精神を持つ者もいるらしい。

「我らの理想のために死んでもらう。おいで、坊や。」

 

少女は震えていた。寒いわけではない。部屋は家主の地位に比例するように設備が行き届き、空調も暖かな空気を送り続けている。隙間を閉め切って1つだけのランプがぼんやりと壁や天井を照らす中で、毛布にくるまって怯える自分は、子ネズミとあだ名されるのにはピッタリだろう。

だが、本当に体が震えるのだ。防音対策が施された部屋に銃声や爆撃音が届くことは無いが、腹の底を震わせる振動は誤魔化しきれない。加えて気配を感じる。一方はマグマの如く怒りの思念を解き放ち、片方は焦りを滲ませながらも頭の芯を凍らせていた。

戦ってるんだ、と少女は思った。戦場であれ日常であれ、人は感情に従って動く生き物だ。それが激しいほど空間を伝って()が少女に圧し掛かる。昔からそうだった。父親が怒ったときや友人が泣いているとき、彼らが持つ感情が少女には明確に感じ取れた。父の背中から怒りの炎が噴き出ることもあったし、虐められた友達に触れたときは胸の奥から熱い塊が飛び出そうだった。

けど、この2つの思念は違う。殺意だ。憎しみを越えて個人が個人に抱きうる究極の感情。憎しみは愛情の裏返しと言うけれど、ぶつかり合ってるそれは完全に真っ黒なイメージしか感じられない。思い返せば今日もたくさんの黒いものがあちこちで出たり消えたりしていた。

いや、今日だけではない。物心ついたときから少女は何度も奇妙な夢にうなされた。どんな夢かは思い出せないけど、酷く怖いものだったのは覚えている。この黒いイメージは夢の中のそれと同じものだった。

まあいいか、と少女は諦めた。どうせ考え込んだところで自分に自由なんてないんだ。いつものようにここで主の帰りを待ち、ただ犬みたいに従うだけ。食事と寝床が与えられているだけまだ他の者よりマシだが、もう自分の人生に人並みの幸せが訪れることは無いと予感できていた。

また震えが来た。こわい、怖い、恐い。こういう時はいつも隣で母が手を握ってくれたものだけど、もういない者に思いを馳せても意味がないことくらい分かっていた。振動が一段と激しくなる。少女は薄い毛布の中で目を瞑り、ひたすら震えが収まるのを待った。

 

「いつまで隠れんぼを続けるつもりなの? 退屈させないでちょうだい。」

「クソ…!」

トリフェーンの心底うんざりした口振りに、悪態が出る。物陰に隠れて弾倉を交換して、チェンバーを引く。相手は予想以上に難敵だった。ふざけた見た目とは裏腹にトリフェーンはかなりの手練れで、仔月光の腕が組み合わさって出来た槍、エトランゼ-オルタナの解析によれば-を自在に操ってくる。

CNT筋繊維で構成された(ポール)の部分は鉄より硬くなり、関節の柔軟性を活かして鞭のようにしならせることもできる。この攻撃範囲を自在に変えられる戦法はガンツソードと似ていた。恐らくは彼女もGUNQLVERSで修練を積んだのだろう。

そして現状、最も厄介なのがトリフェーンの周りに群がる仔月光だ。正規品と異なり燃料電池に手が加えられているらしく、隙あらばぼくに組み付いて自爆しようとする。お陰でろくに反撃する暇もなく、AKで雑魚を撃ち落すのが精々だ。

「コントロール装置のハッキングはどうなってる!?」

『げ、原因不明! システム側のトラップが…ああ、もう!』

半泣き状態のモニカが必死にキーボードと格闘している様子が伝わってくる。向こうも必死なのだ。苛立ち混じりに怒鳴った自分を諌め、 ライフルで応戦を続ける。彼女を中継して送られてくる情報によると、現在の戦況は徐々に味方が前線を押し始めているらしい。ならばこそここで一気に叩き潰さなければならないのに、周到な物量作戦の前に足止めを食らっている。

「何を躊躇っているの? ジャップ・ザ・リッパー。早く剣を使いなさいな。」

不敬にも十字架に腰掛けて高みの見物を決め込んでいたトリフェーンが囁く。その言葉につい手がホルスターに触れそうになったが、寸でのところで思い留まった。

「どうしたの? このままだと死ぬわよアナタ。」

「…ぼくはこれを使うわけにはいかない。」

「へえ…どうして?」

「これはぼくがあの人から託されたものだ。その剣で元とはいえマザーの部下を斬りたくはない。」

スッとトリフェーンの目が細まった。つまらなそうにしていた物腰が急に険しくなり、手近な仔月光を投げつけてきた。ヒラリと地面に降り立ち唾を吐く。

「くだらない。今更何をヒューマニズムに浸ってるの? 散々殺してきたくせに。」

「もう戦線は崩れ始めている。大人しく投降しろ。」

「…あくまでも戦う理由が必要なのね。分かったわ。」

見下すように嗤ったトリフェーンが指をパチンと鳴らすと、奥の扉が開きぞろぞろと武装した仔月光が現れたが、それに続く人影にぼくは息を呑んだ。

「戦災孤児というのは便利なものね。死んでも誰も困らないし数も多いから、選択肢が多くて逆に困っちゃうわ。ちなみにこれは観賞用。その手のマニアに良い値段で売れたの。」

物々しい透明な円柱の中にはアルコール漬けにされた内臓が剥き出しの小さな遺体が入っていた。指先や膝の皮は破れ細くて白い骨が覗き、胴体からは収まりきらなかった腸が濁った液体の中でユラユラと漂っている。

「お前…!」

「そう。私の仕事はこういった哀れな子供たちに新しい価値を与えること。これで戦う気になれた? アナタのヒューマニズムは。」

怒りに任せて撃った銃弾は呆気なくかわされ、お返しに迫ったエトランゼの腕がAKに絡みつき、粘土細工みたいに簡単に機関部を握り潰された。咄嗟に銃を手放し大きく後退して距離を取る。

「さっさとこんな(オモチャ)は捨ててしまいなさい。さあ、殺る気になったかしら?」

残念なことにぼくは彼女の言葉を聞き取れなかった。それよりも目の前の白目を剥いた子供の亡骸を呆然と眺めていた。子供が死んだ。死んでオークションに出すために()()()()()()に加工されて出荷される。どこかで見たことがあった。

そうだ。モースルだ。ぼくが無垢な幼子たちの首を()()として切り飛ばした日の後、遺体は事件の混乱に紛れて回収され、重要な資料として解体された。死してなお弄ばれる命たち。その発端となった自分に彼女を裁く権利なんてない。

こんなときマザーならどうするだろうか。自分の部下を斬り殺せただろうか。いや、彼女のことだ。きっといつもの厳しい顔つきで、それでも誰よりも強く決意して刃を振るっただろう。ぼくは誰よりもマザーを知っている。それがぼくとトリフェーンの違いだ。

きっとアナタは彼女を許さないだろう。でもアナタはいない。ぼくが殺してしまったから。だからぼくが代わりに奴を殺そう。アナタが託してくれたこの刀で。ホルスターから柄を抜きスイッチを押すと、鈍く輝く深紅の刃が紫電を放って顕現した。トリフェーンのオーラが歓喜に満たされた。

「そうよ。ずっとこれを待ってたの…!」

背中の腕が湛えるように震える。同時に凄まじい殺気が届いてぼくの肌を粟立たせた。奴も本気だ。

「さあ、私を楽しませてちょうだい!」

 

「オラ、どんどん運べ! 仕事はまだ終わってねえぞ!」

銃声が途絶えても戦場ではやることがたくさんある。制圧した区域の撤去作業にかかる人々の中で、現場監督らしき男のダミ声がよく通った。遠くに聞こえる砲撃音とすぐ傍のクレーンの稼働音がない交ぜになった喧騒で、アキラは今回の作戦でアミュレットの責任者を任されたカザマと瓦礫の中を歩いていた。

「…だから、出撃するならちゃんと報告してくれ。書類に書いてあっても、たった1行じゃ見落とすかもしれないだろ。」

「手続きは正常だったんだ。それに口頭でも伝えただろ?」

「仕事日の3日前にな。今度はもっと早く伝えろ。味方部隊と調整取るのも一苦労なんだ。」

「悪かったよ。気を付ける。」

全く懲りた様子を見せない上司に嘆息したカザマは、落ちて来た鉄骨をヒラリとかわしながら

「それよりも、どうして今回はお前が出撃したんだ? 士気高揚じゃないことは分かるが…」

「ちょっと面白い奴が見つかったの。まだ青臭いガキなんだけどよ。筋は悪くなさそうだから少し試しに…ん? アレか?」

そう言ってアキラが踏み込んだのは、戦車級ハンターキラーの残骸が放置された旧市街の一画だった。誰かに撃破されたのか、ハンターキラーは頭が根こそぎ吹き飛ばされ、毛虫みたいに配線が散らばっていた。

「これはまた派手にやったな。」

「ああ、やったのはたぶんコイツだな。」

崩れた壁の下敷きから引っ張り出したのは、まだ年端も行かない少年だった。片足が捥げ、顔も半分人相がわからないが、スーツにあるアミュレットのロゴから身内だと判断はついた。体内のナノマシンに繋ぐと名前と個人情報が出現した。

「ハリル・アリー・スライマーン? ああ、この前のガキどもの奴か。」

「…あまり驚かないのな。」

「ん?」

「いや、アンタのことだから『未成年を戦場に連れ込むなんて国際法違反だ! 世間にバレたらどうするつもりだ!』くらい言うと思ったんだけど。」

するとカザマは呆れ交じりに肩をすくめた。

「終わったことに一々口出ししても始まらん。オレたちも旗揚げしたばかりのときは色々とグレーな仕事も請け負ってきたからな。それにお前のことだ。何か考えがあるんだろ?」

軽い感じで尋ねたつもりだったが、同じ態度で返してくると思っていたアキラは、予想に反して渋い顔を作った。

「…ここに来てから嫌な予感がしてるの。何だか息苦しいって言うか。」

「いつもの虫の知らせか?」

「かもな。でも、いつもと違う気がするの。まるで月でも降ってくるような圧迫感が―」

そこまで言いかけたとき、横たわっていたハリルが息を吹き返した。死んだとばかり思っていたボロボロの身体が、肺に酸素を送ろうと必死に胸を上下させている。コヒュー、コヒューとしぼんだ呼吸を繰り返す姿にアキラは安堵の息を吐いた。

「生きてやがったかこのガキ。大した生命力だ。」

「カザマ、ナイジェルに位置を連絡して。すぐに転送を始める。」

 

黒い手が握ったナイフの先が空気を深く切り裂いて伸びてくる。ぼくはそれを横から切り払って凌ぐと、無数の刃が襲い掛かったように、エトランゼが何度も叩き付けられた。軌道を読んで弾き続けるが、明確な殺意を上乗せして降りかかる連撃は、簡単に捌き切れるものではない。

ついでに仔月光のうざったい妨害行為で、動き辛いことこの上ない。斬っても斬っても湧いて出るのはまだ良い。面倒なのはデザートイーグルなんぞを持ち出して、梁の上から狙い撃ってくる奴だ。末端神経まで染み付いたプログラムが自動的に連射されるマグナム弾を切り飛ばすが、鞭が足元に巻きつくのに対処を鈍らせ建物を支える柱に叩きつけられた。

『隊長!』

ブラックアウトしかけた意識をモニカの叫びが呼び戻す。続けて叩きつけられる前に刀を伸ばしたぼくは、エトランゼの構造上脆い部分―諸手で握られたアタッチメントを斬り外した。遠心力から解放された体が支柱に当たる寸前で、体を捻りポールダンスを真似た動きで地面スレスレまでスイングしてトリフェーンにダイナミックに蹴りを入れる。

まともに食らって吹っ飛んだトリフェーンは、追撃を警戒して外に脱出する。ステンドグラスを突き破った背中を追って跳躍し、辿り着いた先は聖堂の屋根の上だった。

「気持ち良くなってきたわ!」

鞭をピシリと響かせたトリフェーンが接近し、矢継ぎ早に突きを繰り出してくる。重力を加えて振り下ろされた一撃を受け止め、刀の峰を蹴り上げて弾き飛ばし、コンマ数秒で生じた隙に回し蹴りを叩き込む。運動エネルギーを存分に乗せた脚力はトリフェーンを屋根の端まで飛ばすことに成功したが、ダメージにならないことは分かり切っていた。

長柄物の長所はリーチの稼ぎやすさにあるが、裏を返せば懐は無防備に近い。しかしそのリーチを自在に変えられ、さらには蛇みたいに巻き付いてくる武器を相手にしたとき、無闇に攻撃するのは危険だ。

苛烈な一撃一撃をどうにか防いでいる中で、ぼくは奇妙な感覚に囚われていた。教会に足を踏み入れる前から感じている圧迫感、いつの間にか巨人の手に捕まったような、静かでしかし重々しいプレッシャーが目の前の女からは感じられなかった。

「コイツじゃない…?」

「余所見をする余裕があるの?」

トリフェーンが仔月光の腕をもぎ取って、新しいエトランゼを手に突っ込んでくる。トリフェーンは優秀な使い手だった。槍の弱点である接近戦をカバーするために、頻繁に持ち手を変え隙間なく立ち回っている。だが白兵戦においてぼくは地球上の誰よりも場数を踏んでいた。

ガンツソードを短刀ほどに縮め、密着するほどの接近によってリーチを殺し、手数で絶え間なく刺突を繰り出す。インファイトに誘って正解だった。鞭は中距離の敵を攻撃するのに最も適した武器だけど、勢いと遠心力を利用する前提では、近接戦闘において威力を発揮できない。棒術はある程度の対処ができるけど、やはりナイフなどの小さな得物相手では、懐に入り込まれると長い形状が仇となってしまう。だからぼくは棒と腕の隙間や脇腹、背中から伸びる腕を次々と刺した。

「チッ…!」

腕を全て切り落とされたトリフェーンは不利を悟って、足元の仔月光を掴んでぶつける。過熱気味だったバッテリーが衝撃で暴発し、しかも零距離で食らったせいでハンマーよりも強烈な勢いに吹き飛ばされた。

「こっちよ。」

素早く腕を換装したトリフェーンがエトランゼを分割して、ワイヤー代わりに塔の上を駆け上っていく。その跡を追って跳躍したが待ち構えていたトリフェーンに鞭で拘束された。

「気持ち悪い。放せ。」

「やはり彼女の唯一の後継者だわ。戦い方がマリナとそっくり。」

赤い刃をうっとりとした手つきで撫で、羨望の眼差しで囁いてくる。ぼくをマザーと重ねているのだろうか。

「いいわ。凄くいい。」

彼女がカウボーイよろしくブンブンぶん回した先にあったのは、別の塔のてっぺんだった。背中が石畳に衝突し肺の空気が残らず吐き出される。チカチカする視界を覆うナノレイヤーが、スーツの耐久値の残り分を表示した。

「あと60%…あの女、なんて馬鹿力なんだ…」

ほんの数回食らっただけで半分近く削られてしまった。気を抜けばやられる。血が混ざった唾を吐き出して物陰に身を寄せると、後ろに別の気配を感じた。仔月光だった。自爆すればマズい。袈裟懸けで無力化しようとした直前に

『キャッ!? ちょ、ちょっと待ってください!』

と場違いな悲鳴が耳元に響き、仔月光が諸手を挙げて降参の意を示した。

「モニカさん?」

試しに呼んでみると目の前の丸い無人機がコクコクと首肯する。本物らしい。張り詰めていた息を吐き仔月光を抱えてその場を離脱する。

「何であんなところに居たの? もう少しで斬るところだった。」

『ローガンがモジュールを壊せって言ったからじゃないですか! 戦闘が始まってからは通信にも出ないし、かと言って私も離れるわけにはいかなかったから―』

「そういえばそうだったね。ゴメン。で、ハッキングの進捗はどうなってる?」

『まだ2割も届いてません。付近の無人機の動きを抑えるのが精一杯で…』

ウィンドウの中でシュンとしょげた表情のモニカ。自分があまり役に立ててないと思っているのだろうけど、ぼくはこのとき全く別のことを考えていた。

「動きを抑える…モニカさん、トリフェーンのことをどう思う?」

『え? そ、そりゃとんでもない女ですよ。仔月光(トライポッド)をあんな風に使って…母性本能はないのかしら?』

「母性本能? 仔月光(フンコロガシ)に?」

予想と真逆の答えに思わず聞き返すと、モニカは何故か怒った様子で画面いっぱいに詰め寄って来た。

『フンコロガシじゃありません! トライポッド! ちゃんと製品名があるんだから区別してください! まったく、あんなに可愛いのに…信じられない。』

「…君の感性は良く分からないな。ただの機械だよ?」

『そんなことないです! 女性ならみんなそうです!』

「わ、分かったよ…って、違う違う。ぼくが聞きたいのは奴の装備だ。上半身の仔月光の腕、アレは何のために着けてるんだ?」

『何って武器じゃないですか? 殴ったり掴んだり、あの槍の予備にも使えるでしょう。』

「だけどあれだけの数の腕を同時に動かすことは、人間の脳には負荷が大きすぎる。何か特殊なプログラムで―」

思考がそこまで至ったとき、閃いたものがあった。まだ仮説にしか過ぎないが、試す価値はある。ぼくは急いで通信回線を開いた。

 

まだ出てこない。先程ジャップ・ザ・リッパーが吸い込まれていった穴を観察していたが、一向に音沙汰がない。何度か殺気を放って挑発してみたが、漠然とした気配を感じるだけで敵は反撃してくる様子はなかった。

『おいトリフェーン、何をしている! さっさとあの白髪頭を片付けろ!』

無線に強制的に割り込んできたフィリモノフが、唾を飛ばしてがなり立ててくる。いい加減この男の相手も飽きて来たが、今回のクライアントには変わりないので一応の対応はしなくてはならない。

「うるさいわね。言われなくてもすぐ殺すから黙って見てなさい。それとマイクの感度を少し落として。鼓膜が破れちゃう。」

『もうここは保たない。1秒でも早く奴を始末しろ。死体を確認したらお前らのボスに繋げ。今回の仕事は言いたいことが山ほどあるからな。』

一方的に通信を切った無線機を見つめて薄く笑う。馬鹿な男だ。この戦争はサイグリーにとっては勝っても負けても関係なかった。最も重要なのはアミュレット(彼ら)が出向いてくること。そしてジャップ・ザ・リッパーの再来。長い間消息不明とされていた伝説の英雄を表舞台に引きずり出すことが、トリフェーンに与えられた任務の全容だった。フィリモノフは彼をおびき寄せるための餌に過ぎない。

しかしトリフェーンにとって、その任務自体もどうでもいいように思えた。純粋にこの戦いを愉しみたい。強さを追い求める者なら誰もが思い焦がれる快楽に魅せられていた。彼にはそれだけの価値がある。勝つために半分機械化を果たした自分でも食らいつくので手一杯だ。

刃を通して伝わった化け物染みたプレッシャーの奔流を思い出す。これまで何度か似たような戦士と戦ってきたが、この男は全くもって潜ってきた修羅場が違う。本当の戦場で本当の生死を繰り返してきた者しか辿り着けない境地。

「やはり()()()では本物には成り得ないか。」

仔月光を呼び寄せてコントローラーと接続し、教会に張り巡らせた50個近い監視映像を呼び出すが、目標の姿は見当たらない。あの男に限って敵前逃亡なんて手は使わないだろうが、些か妙な気配だ。誘い込まれてる気がする。

「けど、嫌いじゃないわ。そういうの。」

穴に飛び込み意識を集中し大気に五感を拡散させ敵の位置を探る。微かな名残を手掛かりに道を進み、首筋にチリチリと爆ぜる寒気を頼りに距離を詰めていく。内部は執務室から祭器の保管庫まで調べ尽くし、最後に着いたのは裏手の墓地だった。

「隠れんぼは終わりよ。出てらっしゃい。」

優しく諭すように呼び掛けると薄闇から仄かな赤い刃先が揺らめいて出た。不気味なマスクが余計に不気味に歪み、墓地(ここ)に埋められた罪人たちの怨念が実体を纏ったようだった。

「随分と遠回りしてきたわね。何かいい作戦でも思いついた?」

「ああ、アンタを殺すとっておきをね。」

言うや否や、一歩で距離を詰めたマスクの男が怒涛の連撃(コンボ)を繰り出した。息をもつかせない猛々しい斬撃の数々。まるで獣だ。エトランゼの最高硬度を以てしても、二の腕が痺れるほど一撃が重い。確実に相手を殺そうとする鋭い太刀筋が、エトランゼとそれを支えるサブアームを真っ二つに分断した。

「良い。良いわ! 最高よアナタ。」

武器を失っても喜悦を隠さないトリフェーンは、仔月光を爆弾代わりに蹴り飛ばす。火球と化した仔月光を敵が飛び回って回避する間に、新たなエトランゼを組み合わせ真っ直ぐに鞭を伸ばした。狙い違わず標的に絡みついたそれを引っ張り、逆さに吊るしガンツソードを仔月光が奪い取る。赤い剣を手に取り2、3度振って感触を確かめた。握った柄を通して彼女(マリナ)の意識が流れ込んでくるようだった。

「ああ、ようやく…ようやく誓いを果たせました。」

歓喜の余りに喉が震え、目頭が熱くなる。後はもう、コイツを始末すればいいだけだ。

「本当に獣のようね。見世物にするために捕らわれたチンパンジーみたい。」

「殺しが生業の人でなしには言われたくないね。それにぼくを殺しても無駄だ。アンタの負けは変わらない。」

「もちろん殺さないわ。アナタは生け捕りにしろって命令されているもの。でも、飼い主に逆らうようならお痛が必要よね。」

刃を首筋に沿ってゆっくりと引き抜くと、赤黒い筋が頬を濡らした。ここからは戦いではなく狩りの時間だ。この男の命の綱は自身を吊るしている鞭よりも細い。だが、ジャップ・ザ・リッパーはマスクで唯一隠されてない左目でニコリと微笑んで見せた。

「だったら忠告だ。獣は狩られた瞬間が最も危険なんだよ。」

その途端、きつく巻きついていた鞭の切っ先が鎌首をもたげ、たった今意思を得たかのように機械特有の冷酷さと正確性で、トリフェーンの左目を奪った。予想だにしなかった。まさか自分の武器が主人に刃向かうなど考えられなかったからだ。

痛覚抑制でナノマシンが溢れ出る刺激信号を遮断するが、流れ出る血は止まらない。混乱で膝を突いた彼女の前に拘束を解かれたジャップ・ザ・リッパーが悠然と立ちはだかった。

「形勢逆転だね。」

「貴様、何をした…」

息も荒く睨みつけるトリフェーンに微笑を崩さず

「ちょっとそちらの可愛い仔月光(ペット)に細工しただけだよ。アンタは気づかなかっただろうけど、ここにある仔月光は全部ウチの改造品にすり替えた。制御モジュールも掌握済みだ。」

「馬鹿な…この短時間では不可能だ…」

「そうでもないさ。1台でも作り変えたら後はガンツでコピーすればいい。生憎とこっちには優秀なエンジニアが居るんでね。」

「このクソガキが!」

渾身の力を込めて殴り掛かろうとしたが、鼻先に触れる前に拳は止められてしまった。それも阻害したのは目の前の男ではなく、アーマーに装着していた副腕だった。押さえ込まれた腕はそのまま関節を極められ、敵の足元に倒れ伏した。

「もちろん、その腕もウチのものだ。よくよく考えたら2本の腕を使うことが当たり前な人間の脳が、急に増えた自分の手足を簡単に動かせるはずがない。そこでモジュールを漁ったらアンタの電気信号を読み取るチップが仔月光の腕に内蔵されていることが分かった。さて、勝負は着いたから喋ってもらおうか。ゴールドスタインについてあることないこと全部を。」

トリフェーンがうつむいてボソボソと口を動かすのを見て、座り込んで顔を寄せると頬に唾が当たった。トリフェーンは嘲笑の笑みを刻んでいた。

「舐めるなよガキ。」

しばらく唖然としていたジャップ・ザ・リッパーは仕方ないといった様子になると、指をパチンと軽く鳴らした。すると押さえ込んでいた副腕の締め付けがきつくなり、スーツの方が耐え切れなくなって骨に変な音が立ち激痛が走った。

「これでも話す気にはならない? まだ折れる箇所は200本以上あるけど。」

このとき、トリフェーンは彼のマスクの意味を理解した。これはヒーローが着けるような人々に希望を与えるものではない。敵に恐怖を植え付けるためのものだ。白い髪と対照的に黒いマスクから覗く左目が妖しく光り、目の前の男を悪魔的に見せた。

「…クソくらえだ。」

 

結局あれから10分以上()()を続けたけど、トリフェーンが折れることはなかった。お陰で足元には全身の骨を砕かれ息も絶え絶えな死に損ないが転がっている。放っておけばまず間違いなく死ぬだろうけど、このままにするのも可哀想なのでぼくは仔月光どもを呼び寄せ、トリフェーンに取り付かせて墓場を後にした。数十秒後に大きな爆破が起きたけど、そのときには頭から敵の顔は綺麗さっぱり消え去っていた。

「モニカさん、この辺にタキオンの波長は検出されてない?」

『…いえ。あの、ローガン…さっきの人…』

「ああ、もう口が利ける状態じゃなかったから処理したよ。証拠になるようなものも見つからなかったし。」

『でも、ジュネーブ条約では捕虜は丁重に-』

「別に死んでいい奴だったから大丈夫だよ。どのみち生かすつもりもなかったし。」

『…』

少ししてモニカは教会の地下にそれらしき反応があることを発見した。中に戻って祭壇を動かすと階段があり、呑み込まれそうな暗闇が待ち受けていた。

「壁は遮蔽素材で出来ている。なるほど、そういうからくりか。」

『ローガン? さっきから何を…』

オルタナの暗視機能を引き上げて地下に降りていく。複雑に入り組んでいて進みにくい構造だけど、ぼくは迷いなく歩を進めることが出来た。何よりも降りていくほどに空間の密度が濃くなったような錯覚に陥るのがその証拠だ。この(スミロア)に来てからいつも感じていた違和感。動かざる巨大な一枚岩を前にしたような圧迫感が、この通路の奥から発している。

慎重に進みレーダーがゴールを告げる位置に着くと、何もないただの壁が縦に分割され、眩い光が網膜を灼いた。敵の待ち伏せかと予感しすぐに身を伏せたが、予期していた攻撃はなくぼくはゆっくりと頭を上げた。

光の源は天井に吊るされた小型のシャンデリアだった。警戒を維持したまま部屋に踏み込むと、虎皮の絨毯やマホガニー製の執務机、革張りの大きなソファが鎮座していた。しかしそこでぼくの注意を引いたのは、隅の小さなベッドで丸まっている塊だった。濃密な大気の中でこれから一際強いプレッシャーを感じた。

刀を構えたまま息を殺して近づき、毛布を剥いで狙いをつける。ところがぼくは中身を見た途端に動けなくなってしまった。まさかと思いたかった。ゆっくりと体を離し目を合わせる。唾を呑み込んで尋ねた。

「君の名前は?」

「…チェン・シャオリー。」

両腕で膝を抱いてうずくまった少女は、細い声でそう答えた。




トリフェーンですが武器や外見から分かるように、MGRのミストラルの名前を変えてそのまま出しました(笑)
題名もミストラル戦のBGMのテーマです
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