特訓場で待っていたのはここ最近続けているパルクールではなく、珍しくサバイバルの訓練だった。所々に青痣を作って内心億劫になりながら、シャオリーは目の前でナイフで手際良くタクミに解体される蛇の末路を眺めていた。戦場では食えるだけでありがたいものだ、と説明を受けたが、年頃の少女としては皮を削いだり内臓を取り出す光景は、中々に忍耐を強いられる。山育ちで偶に父の狩猟に追いていくこともあったため、そこそこの耐性は出来たつもりだったが、やはり慣れるものではない。
「…こんなもんかな。よし、じゃあ同じようにやってみて。」
「は、はい。」
一通り処理が終わったらしく枝に蛇を刺して火にかざしたタクミが、ナイフともう1匹の蛇を手渡しする。まだウネウネと身をくねる仕草におっかなびっくりになりながらも、教わった通りに頭部を帽子のつばに咬ませて毒牙を折り、軽く切れ目を入れて皮を剥いていく。説明は簡単だが素人がやるとどうしても時間はかかる。どうにか済ませる頃には空も暗くなり、タクミも暇つぶしにペーパーバックを見ていた。
「終わりました。」
「どれどれ…うん、まあこんなものかな。食べていいよ。」
気軽に食事を勧められたがこの人は年頃の少女が、何の躊躇もなく蛇を口にできるとでも思っているのだろうか。しかし今回は食べるまでが訓練だ。故郷で食べさせられそうになった得体のしれない昆虫類よりマシだ、と自身に言い聞かせ意を決して齧り付くと、意外なことに美味しかった。やや骨が多いことを除けば鶏肉によく似た食感で、味も癖がなく淡白で食べやすい。腹が減っていたこともあってあっという間に平らげてしまった。
「良い食べっぷりだね…さて、おなかも膨れたところでビッグニュース! 何とシャオの特別選抜試験の参加が決定しました! おめでとう、パチパチパチー!」
強引に話を持ち出してあからさまに分かりやすい態度で拍手を鳴らす。パーティーで司会者にしたら失敗するタイプだと思った。間を開けて空気が白けるのもアレなので
「試験…ですか?」
「そう。実は昨日、試験のことで打ち合わせしていたらぼくの部下が君のことを…その、不適格だと訴えてね。新入社員にぼくらが付きっきりで訓練しているのが不公平って理由なんだけど、それだけで君を外すわけにはいかない。そこで! 良い機会だからこの際若い子たちで競争してもらうことになったんだ!」
試験の内容は追って説明する、と言われたがシャオリーにとっては自分が邪魔者扱いされていることの方がショックだった。当然といえば当然だ。モニカに聞いたことだがA.I.C.に所属する若手社員の一部は未成年だ。しかもその大半が戦災孤児や裏社会から保護された出自を持つ。戦争の激化に伴い慢性的な人員不足に陥った軍は徴兵年齢の引き下げを繰り返しているので、犯罪とはならないがその実GUNQLVERSの適合者を増やしたいという魂胆は見え見えだ。シャオリーもそんな世代に属するのだが、まだ戦場の右左も分からない子供に
「日時は1週間後。それまでに所定の訓練は消化しておかなきゃね。よし、今日は
何気ない動作でバックパックから拳銃を抜き、弾丸を装填して
一方、もう何度も繰り返された儀式だが、死という本能が拒絶する行為はいつまで経っても恐怖でしかない。銃殺なんかは痛みは一瞬で終わるが、最近は銃口を向けられただけで気を失いそうになるほど強張ってしまう。タクミは何度かリセットするために自分の頭をぶち抜くことがあるが、よくもあそこまで躊躇なく死ぬことが出来ると思う。練習のためにシャオリーもこめかみに銃口を押し当てたけど、いざ引き金を引く段階になるとどうしても出来なかった。
「あの…先生、どうしたらそんなに簡単に死ねるんですか?」
「急にどうしたの…ああ、なるほど。」
何か得心したタクミは銃を下ろし、そのまま焚き火をじっと見つめたまま話し始めた。
「リンゴを食べたことのない人がいます。その人はリンゴがどんな味か知っているでしょうか?」
「え…知らないと思います。」
「知識の上では甘いことくらい知っているだろう。でもどんな風に甘いのか、どれくらい甘いのかは分からない。だからどんなにリンゴの甘さを説明されても分かるわけがない。」
脈絡のない例え話が右から左に流れていく。正直言ってタクミが何を言いたいのかが分かるわけがない。パチッと弾けた火花が2人の間を舞い、空に吸い込まれていくのをよそにタクミは続ける。
「この仕事を続けて長いけど、やっぱり最初は怖かったよ。みっともない話、吐くわ漏らすわの連続でね。そんなぼくをマリナは救ってくれたんだ。君みたいな相談もした。どのみち死にまくったけど、あのとき色んな事を聞いておいてよかったと思ってるよ。お陰で今はあまり抵抗なくなったかな。」
「だったら相談なんですけど、一番楽な死に方って何ですか?」
「経験上は寝ているときに脳を撃ち抜かれたことだった。痛みとかほとんど無かったし。まあ、悩み事があるなら遠慮なく相談してくれていい。ループの苦しみは同じ痛みを知る者しか分からないんだから。」
「じゃあ最後に1つだけ…先生は今まで何回死んだんですか?」
「さあ? 4000回越えてからは数えてないや。」
そう言ってタクミはまた1つ薪を火にくべた。
そうこうするうちに期限の1週間が経過し、メールで知らされた集合地点の演習場に着いたシャオリーは、そこにいる人数に圧倒された。視界に入るだけでも50人はくだらない。年齢層は大半が成人以上だが、中には自分と同じくらいの少年少女も見受けられる。
「ここの人全員参加するの…?」
「そうだ。総勢86人…果たしてこのうちの何人が生き残れるか。」
無意識に出た不安に背後から答えが来た。そこには背の高い数人の若い男がいた。どれも今回着用を命じられた緑や土色を基調とした迷彩服をだらしなく着崩し、捲った袖から覗く肌には髑髏の刺青が睨みを利かせている。故郷でも見たことのある裏社会の人間だと見分けがついた。
「どちら様ですか…?」
「そりゃこっちの台詞だ。やっとこさ遊撃隊に入ってクソ面倒な訓練から抜けられっと思ったのに、何でお前みたいなド素人もいるんだか。ま、その様子ならちゃんと落ちるだろうけどな。」
完全にこちらを舐め腐っている物言いに、シャオリーの男に対する第一印象が原点を振り切り、マイナス領域に直行する。どちらかというと隠し事は苦手なので顔にすぐ出てしまうタイプなのだが、知ってか知らずか男は
「別にお前さんがどこでくたばっても結構だが、これだけは言っておくぞ。良いか、邪魔はするな。」
さっきまでのお茶らけた態度から180°変わって凄んでみせた男は、去り際にシャオリーの頭をやや乱暴に撫でていった。
「何なの一体…?」
「面倒な奴に目を付けられたな。」
手櫛ですぐに髪を直しているところに、別の男の声がする。その主もかなり若かった。シャオリーよりは年上だろうが、先程の男より上には思えない。2人ともやや肌が浅黒いのは同じだが、顔の作りはそこまで似ていない。同郷の人間でないことだけは確かだった。
「ルフィノ・ナバ・イ・バルデス。3年前からここにいる古株だ。裏社会の出身らしいが、詳しいことは不明。ただ、大勢の子分を従えているから油断していると何されるか分からないぞ。君は…確かチェン・シャオリーだろ。」
「へ? あ、はい…って、どうして名前―」
「いや、変な気はないぞ!? 訓練の途中で見かけて、随分珍しいなって思って…名前もコガ教官の話を偶々聞いただけだ。それより気を付けろ。この試験、下手したら死ぬかもしれない。」
「え!?」
「対策のために調べたんだが、遊撃隊は
背筋が震える感覚。タクミの訓練を受けているから分かることだが、月光を始めとする無人機や機械相手にガンツスーツなしに立ち向かうのは、無謀を飛び越えて自殺行為に近い。それでも命の危険を伴うというのに、生身の肉体で挑むなんて、初めから合格させる気がないとしか思えない。今から自分がその試験に挑戦することに至ると、背負っていたバックパックが急に3倍増しになった錯覚に陥った。
死ぬかもしれない。今日、ここで。またあの耐えがたい苦痛に見舞われる未来を想像するだけで、食道から何かが込み上げそうになってしまう。反射的に競り上がるそれを飲み込もうとして、誤って気管に入ってしまいシャオリーは猛烈に咳き込む羽目になった。隣の男が慌てて背中をさすり、水を飲ませて呼吸を整える。
「大丈夫か?」
「は、はい…もう平気です。」
「気分が悪いなら近くの監督官に言うんだ。無理して出ても怪我するだけだ。」
「私なら…平気です。ここで頑張らないと、もう戻れないから…」
「そうか…ならオレと一緒だ。」
少し雰囲気が変わった気がした。
「そろそろ時間だ。オレはもう行くよ。お互いベストを尽くして生き残ろう。」
「はい。色々とありがとうございました…あの!」
「ん?」
「名前、聞いてなかったから…」
振り絞ったなけなしの勇気とは反比例に、口から出たのは恥ずかしさでか細く出て来てしまった声だった。その行為自体にますます縮こまってしまうが、幸いなことに男が気付いた様子はなくごく自然に答えてくれた。
「ハリルだ。ハリル・スライマーン。
時刻は午前10時。いよいよ開始時刻というときに複数のA.I.C.採用の野戦服を纏った幹部が転送された。その中にはシャオリーを
「
クロッソン教官の鶴の一声で疎らに散らばっていた訓練生が、一斉に隊列を組み休めの姿勢になる。訓練ならば全員の動きが揃わなければやり直しとなるが今回は上手くいったようで、満足気に頷いたクロッソンはそのまま壇上から
「ではこれから試験概要を説明する。今回諸君に挑んでもらうのは、早い話がサバイバルだ。これから5日間、この第6演習場…通称『不帰の森』で君たちは殺し合いをすることになる。」
ザワ、と揺れる会場。しかしクロッソンはどこ吹く風と続ける。
「本当に殺す必要はない。開始前に配る武器類は全て
指示通りに薄膜上のナノレイヤーをデータリンクすると、現実の空間に幾何学模様のパターンが並び円形のホログラムを出現させた。どうやら今回の
「この森は10km四方に渡りドローンを置いて境界線を設定している。地形は北から東南東にかけて河川が、西は崖を含む山の中腹、それ以外は森林地帯だ。赤い点は各々の現在位置を示している。そして肝心のルールだが至ってシンプルだ。試験終了までに最も敵を撃ち落とした奴が勝者となる。無論、撃たれたり故意に殺傷またはそれに近しい行為を行った者、無断でフィールド外に出た者は即座に失格とする。それ以外は何をやってもらっても構わない。これは云わばバトルロワイアルならぬサバイバルロワイアルという訳だ。ただし途中からこちら側の特別ルールを追加する場合があるので留意するように。」
特別ルールの単語に個々の反応が飛び交う。ボーナスか? それとも妨害? いやいやもしかして1発合格なんてことも…様々な憶測が交錯するが、現状確たる情報は揃ってない。すると小声で話し合う訓練生たちの間を紙の束が滑っていく。紙面には同意書と書かれていた。
「今お前たちに配ったものはこの試験の受験票みたいなものだ。舞台となる
だがそんな脅し文句にすごすごと退散する人間は居なかった。経歴や年齢こそ違ってもここに居るのは経験を積んだ猛者ばかり。中にこの手の訓練を受けている者も居るかもしれない。全員をぐるりと見渡して辞退者が無いことを確認したクロッソンは咳払いして告げた。
「最後にアドバイスを。どんな状況になっても基本を忘れるな。教わったことを活かせば道は開ける。」
開始2日目でシャオリーは早くも脱落しかかった。オルタナの表示を信じるなら時刻は午後14時26分、現在位置は南西のやや起伏の大きい森林帯だ。鬱蒼と茂ったここなら簡単には見つからないし、下から来る敵に対して有利な条件で戦える。ただそれでもシャオリーは疲弊し切っていた。
同意書を記入し終えると受験者は1人ずつ仕切られたテントの中で得物と簡易装備一式を渡され、ガンツによって演習場のどこかにランダムに飛ばされた。初日はまだ我慢できた。問題は夜だ。冬でなくても山岳の夜というのはかなり冷え込む。普通なら火を使うところだがすれば最後、敵に気取られ即アウトだ。オマケに獣というのは夜になったからと言って人間と同様に寝るものばかりではない。寧ろそういった危険から身を守るための火でもあるのだけれど、ない以上は最小限の睡眠で済ませ警戒するしかない。
お陰で昨夜はろくに眠ることもままならなかった。さらに与えられた食料は1日分の干し肉のみ。余計なスタミナを消耗したせいで半分も食べてしまったからには、今後の食料の確保も問題となってくる。それに自分はまだ1発も撃ってない。唯一幸いなことはまだ他の訓練生に見つかってないことだ。だがいつまでも同じ場所に居ては接敵は必然だ。そろそろ移動しようと重い腰を上げた時だった。
『Special Mission』
オルタナに現れた文字列に垂れ下がっていた瞼の張力が蘇る。すぐに腰を落として内容を確認すると
『1430を以て第一の特別ルールを追加する。フィールド内に3体の仮想敵を配置。この敵性体は行動不能にすることでその者に10ポイントを加算する。なお敵性体も攻撃するので注意されたし。』
ボーナスポイントの追加。それも10人分。破格のサービスに思わず溜飲が下がる。こんな情報を見れば必ず動き出す人間が出てくる。そうなると1ヶ所に留まるのは危険だ。すぐに周囲に人影がないか確認し、UMPに弾倉を装填して物陰から物陰に移動する。
小さなアラーム。オルタナが特別ルール開始を通告した。髪の毛の先に至るまで神経を尖らせて警戒網を広げる。相変わらず緑林に変化はないが、それが逆に不安を駆り立ててくる。勝手に出て来た唾を呑み込み、深呼吸しようとした時だった。
少し周囲が陰った。何だろうと思った途端に物凄い力がシャオリーを持ち上げ、そのまま麓まで投げ飛ばされる。状況を確認する間もないまま、反射的に受け身を取ってダメージを分散した。もし力を抜いていなかったら落下の衝撃で呼吸もままならなかったかもしれない。地面が柔らかかった僥倖にも感謝しつつ坂上を仰ぐと、シャオリーは敵性体の正体を理解させられた。
シャオリーを放り投げたのはT-800、ターミネーターだった。どうして、と思う暇も与えられず、意思を半分無視した肉体が地を蹴り逃走に移る。プログラムの改良で走行を可能にしたT-800だが、パワー重視の設計が災いしその速力は常人と変わらない程度だ。さらに
このままでは逃げ道を失う。頭の片隅でもう1人の自分が囁き、前方に座した大きくよれ曲がった樹木に当たりを付けて飛び乗る。パルクールの基本は自身の身体能力と足場の危険性を正確に把握すること。死んでからも訓練で叩き込まれた教えに従い、細かく枝や幹の上を滑っていく。ここにある樹木は太く丈夫に育っているので、成人男性が乗っても折れることは無い。上下にも広がっている分、
目まぐるしく入れ替わる木々の中で青々と茂っているものに飛び込み息を殺す。すぐにその真下に機械特有の足音が届き心臓の音が聞こえないかふと心配したが、すぐにT-800は別の方向に向かったので杞憂に終わった。その安心感がマズかった。ズリ、という音が聞こえたと分かったときにはシャオリーは重力に囚われていた。悲鳴を上げる間もなく迫る硬い迫り出した岩。アレはきっと痛い。どこか他人事みたいに近づく死の瞬間。いつの間にか身に付いたのかリラックスして
衝撃は来た。だが思ったよりも柔らかいと感じたのは一瞬で、すぐに全身を隈なく痛みが襲った。二度、三度と視界が回転し最後に顔に地面が埋まってようやく泊まる。強く鼻を打ちつけたシャオリーは口に入った土をすぐにでも吐き出したかったが、出てくるのは浅い呼吸ばかりだった。
「おい…起きてるか…?」
千切れた思考が集まって来るのを待っている中、何かがシャオリーの視界を占拠する。逆光になって姿は分かりにくいが、まだ幼さが残るやや高い声には聞き覚えがあった。
「え…もしかしてハリル…さん?」
「良かった。死んではないようだな。」
ほっと胸を撫で下ろすのも束の間、目つきが厳しくなる。
「悪いがゆっくりしてもいられない。さっきの物音で敵がやってくるはずだ。立てるか?」
痛みを堪えてOKサインを出す。頷いたハリルは細かく左右に目配せしながら、シャオリーに肩を貸し足早にその場を後にした。
幸運にも追っ手は無かった。2人は道中で見つけた小さな洞穴で怪我の治療を済ませた。全身打撲と擦り傷で痛々しいものの、骨折はなく出血も簡単な処置で治まった。その日の夜は彼が確保していたクレソン、イタドリ、木苺と獲ったばかりの
「ハリルさんはどうして私を助けてくれたんですか?」
「あー、その…それは…」
気が抜けたところに喰らった一撃は効果的だったらしく、ハリルはしどろもどろになって頭を掻く。
「君が…妹とそっくりだったんだ。」
「妹さん…?」
「ああ、もう死んでしまったんだが、仕草とか妙に放っておけないところとか…アイツに似てたんだ。」
ベタ過ぎる答えに勝手に笑いが零れた。
「笑うなよ…」
やや傷ついた感じでハリルが肩を落とす。ただ、シャオリーとしては彼が悪い人間ではないということを実感するのには充分だった。とは言え出くわしたのは偶然だったらしい。特別ルールの仕掛けを確かめようと散策していたところでシャオリーとT-800の追いかけっこを目撃、追跡したという訳だ。
「すいません。でも、ありがとうございました。お陰で怪我もほとんど無かったし。ハリルさんは命の恩人です。」
「そう持ち上げるなよ。」
苦笑するハリルを見て再び笑みが零れる。初日がそうだったように夜は睨み合いが続く静かな戦いが繰り広げられる。入口を擬装していると言っても油断はならない。交代で警戒を続ける中、シャオリーは隙間から僅かに差し込む星の光が故郷でのそれと変わらないことを知った。
3日目の朝はオルタナに叩き起こされた。目が開くと『Special Mission』のアルファベットが並び、一足先に指示を読み取ったハリルが装備を整え飛び出していく。遅れまいと後に続いたシャオリーが辿り着いたのは南の森にだけある広場だった。
本部からの指示は『本日0825に指定するエリアで第二の特別ルールを与える。』という簡素な一文だけだったが、人を引き付けるには充分だったようでシャオリーは何度も他の訓練生と鉢合わせしそうになった。パルクールで木や岩を渡り、近くの高台に
「お待たせしました。でも新しい特別ルールって何でしょうね―」
「シッ!」
口を開くや否や大きな手の平が覆う。その意味を悟ったのは広場に野戦服に身を包んだ一団が陣取っていたからだ。20人近くで構成されたそのグループは大人も混じっていたが半分は20歳前後の若者だった。そしてその中には試験開始前にちょっかいを出してきた男―ルフィノが指示を飛ばしていた。
「あの人は…!」
「どうやらこの大所帯のリーダーみたいだな。しかしよくもこれだけの数を集めたもんだ。」
一方でハリルは感心もしていた。まさか奴もこの試験の
太陽が昇って3時間と少し。まだ辺りには濃霧が立ち込めている。何か仕掛けるには絶好の機会だ。もしかすれば昨日放たれたターミネーターが待ち伏せしている可能性もある。そのための逃げ道を計算しての陣地だったが、その心配はなかった。唐突に広場の一角に青白い光が現れる。全員が銃を構えると狙いの先には光が人型を形作り、霧散するとそこに立っていたのは白い髪の青年だった。
「コガ教官!?」
「先生!?」
驚きと訝しみが混ざった空気を気にもせず、堂々と一同の前に立つタクミ。後方で待機していたルフィノが人垣を割って出る。
「おはようルフィノ。朝早くから頑張ってるね。」
「これはコガ遊撃隊長。一体どうしたんスか? 確認しますけど今は試験中ですよね?」
「あれ? 聞いてなかった? 特別ルールの告知をしに来たんだけど。」
耳元で鳴る1回目と同じアラーム。ナノディスプレイに新たなウィンドウが出現し、コガのシルエットを赤く塗り替え、メッセージを表示する。
『これより仮想敵を1体追加する。この敵性体を排除した者は合格とする。なお敵性体も攻撃するので注意されたし。』
「行くよー。」
ウィンドウが閉じる頃には事態は動き出していた。足元の石ころを手近な部下に蹴飛ばしたタクミは、怯んでいる隙に距離を詰め背後を取って関節を極め盾代わりにした。味方を撃ってしまうのを恐れて手が出せないのは当然だが、この状況では命取りになる。一方、その心配がないタクミは人質のポーチから閃光手榴弾を抜き取り、軽く放った。空中で100万カンデラの輝きと高音を無遠慮に発揮し、相対していた者の感覚を一時的に奪う。
その有効時間は決して長いとは言えないが、次のアクションに移るにはお釣りがくるほどの余裕がある。ホルスターからM1911を拝借したタクミはまず人質を始末し、次いでに数人を仕留める。立ち直りが早かった1人がショットガンで狙うが
「撃つな!」
というルフィノの警告に一瞬硬直してしまった。同士討ちを回避したルフィノの指示は的確だが、正解とは言えない。一足先に察知したタクミが
「距離を取れ! 囲めば終わりだ!」
ルフィノの指揮も虚しく統率が取れなくなった烏合の衆に、タクミの快進撃は止まらなかった。
「1、2、3…あれ、足りない。いくつか零しちゃったかな…ま、良いか。」
地に伏せる骸からゴソゴソと何かを物色し森の中に消えるまで、シャオリーたちはひたすらに息を殺すのに努めた。少しでも動けば気取られると分かっていたからだ。その場を撤収したのはもう少し後のことだった。
しばらくの間、両者に会話はなかった。逃げるのに必死でそれどころではなかったからだ。枝々を跳び回ってようやく安全を確保すると、水筒を呷ったハリルからルフィノを探すという珍妙な提案が出され、訳も分からないまま後に従った。ハリルが彼の逃げた方向を見ていたので、発見に時間はかからなかった。
「チームを組みませんか?」
そして見つけてからの第一声がこれだ。これには流石のルフィノも目を丸くし、擬装のために葉や石をかき集める腕を止めた。
「話があると言われて聞いてみれば、何言ってやがるんだ。それともついさっきコガの野郎にボコボコにされたことの当てつけか?」
「冗談で言ってるのではありません。正真正銘この試験を潜り抜けるために提案してるんです。アンタだって分かってるんだろ? A.I.C.の連中が何を試しているのか。」
「だからってオレにはお前らと組む義理なんて毛ほどもねえよ。大体、そこのガキが使い物になるのか? あの様子じゃお前の言ってる意味の半分も理解してねえぞ。」
急にルフィノの疑惑とハリルの困惑が綯い交ぜになった視線が注がれ、さっきから何を言ってるのか皆目見当つかなかったシャオリーの頭はパンク寸前だった。ハリルの表情からするとこちらが事態を把握している前提で切り出したようだ。だが残念なことにシャオリーは最近までただの商人の娘で、この2人のように場慣れしている訳ではない。訓練してきたとは言え経験値の差は絶望的だ。
「…シャオリーは今回の試験、どこかおかしいと思わなかったか? 閉鎖された空間、互いを殺し合うよう仕向けられた点数制…まるでオレたちを孤立させようとしているとしか思えない。」
「で、でもこれが試験のルールなんじゃないですか? 別にチームを組めと言われてないし―」
何となく口にした自身の言葉に、奇妙な引っ掛かりを感じた。そう、チームを組めとは言われてない。だが組むなとも言われてない。つまりこのルールの本当の目的は―
「チームワーク…!」
「そうだ。圧倒的に足りない情報に乏しい物資、周りが敵だらけになれば誰だって余裕がなくなる。更には異常にハードルの高い特別ルール…こんな状況を個人の力で乗り切るのは絶対に不可能だ。クロッソンの旦那も言ってただろ? 基本を忘れるなってな。」
確かに無人島や災害現場でも1人で耐えるよりも、仲間がいる場合の方が格段に生存確率は上がる。これは人間に限らず動物にとっても常識だ。だが理性というものは時に誤作動を起こし、見えるものも見えなくすることもある。合点がいったシャオリーにルフィノが追加のピースを繋げる。
「早い段階で目論見に気付いたオレは勘の良い連中を集めてチームを組んだ。数は多いに越したことはないからな。実際、T-800も極力被害を押さえて制圧した。まあ、10点もらった奴はもうくたばっちまったが。」
「じゃあ先生の出現は警告じゃないでしょうか?」
「何?」
「数だけ揃えても駄目ってことです。力押しで勝てる戦いには限度があるってことを伝えるために、先生は敵役になって参加したんだと思います。その、ただの勘ですけど…」
「いや、あながち間違いじゃないかもしれない。あのときの教官は銃を持っているどころかほとんど丸腰だった。にも拘わらずあれだけの大立ち回りを演じる。アピールには充分じゃないか? 少なくともあの人に数の論理は通用しないことが分かった。」
「奴のせいで人数もだいぶ絞られてきた。ここからが本番ってことだな…よし。今からオレたちで
遊撃という聞き慣れない単語に首を捻る。実技面は何とか身に付いていっているが、戦術に関する教練はまだ先の話だった。いまいち呑み込めてないシャオリーに面倒臭そうに頭を掻き毟ったルフィノが詰め寄った。
「良いか? こうするのには理由がある。まずオレは鼻が利く。これまで7人は見つけた。小隊クラスの班長も経験してるからこの位置がベストだ。ハリルは先の遠征で
「こんな短時間で即席のフォーメーションを決めるなんて…」
「当たり前だ。参加する奴らの情報は一通り把握しているからな。」
この日、シャオリーは初めてルフィノに尊敬の念を抱いた。
半年ぶりの更新ですw
相変わらず駄文ですがお願いします