ガンツソードは予想以上に扱いづらい代物だった。切れ味は申し分ないが、中途半端な斬り方ならばその鋭利さが裏目に出て、刃が食い込んで抜けなくなってしまう。また、ターミネーターはいくつもの複雑な部品でできているから、どこかに引っ掛かり、同じ目に遭うこともしばしばだった。
そうなるとお手上げで、手放すしかない。だから斬りまくった。
どんな状況で、相手がどんな種類で、どんな装備を持ち、どんな体勢なのか。
そのすべてを見極め自分がどの角度から、どの位置に、どれくらいの力で刀を振り下ろせばいいかをマザーとの対戦や、実地検証で体に染み込ませ続けた。
けど、そう易しいことではなかった。
198周目の昼の食堂で、ぼくは一人で遅い飯を食っていた。数えきれないほど口にしたランチのメニューは、舌が慣れすぎて最早何の味もしない。
でも、一番辛いのは周回ごとに増す頭痛だ。最初は気のせいと思っていたけど、今では痛さのあまりまともに眠れない夜が続いていた。
おかげで精神的疲労に寝不足が付いてまわり、戦場で意識が消えてベッドで目覚めるなんてことも珍しくなかった。
皮肉なことに、そんな状態でも習慣が身に着いた体は勝手に動き、気が付けば訓練してる始末だ。こうなるとターミネーターとほとんど変わらない。
「何しみったれてんだよ、相変わらず暗いやつだな。」
知ってる声が聞こえ、アキラがぼくをど突いて席に座った。
「こんな時間に珍しいね。航空部隊って綿密に作戦立てるって聞いたから、結構長引くって思ってたんだけど。」
「毎回そうってわけでもないわよ。今回は例の特務部隊もいるし。」
腕を目一杯伸ばしながらもアキラは不機嫌そうだった。プライドの高い彼女のことだ。たぶん自分の成果が取られるとでも思ってるのかもしれない。長年の付き合いでこういうときのアキラは愚痴りやすいと分かっていたけど、ぼくは少しうらやましかった。
彼女は仕事を終えた後にスコアに一喜一憂する暇があるのに、ぼくにはない。ただただ訓練と実戦の繰り返しで、今はウンザリして飯を食っている。
そんな風にトレーをぼんやり見ていると、アキラが顔を覗き込んできた。
「ちょっと大丈夫? すごくひどい顔になってるよ、アンタ。」
「え?」
言うや否やアキラの手がぼくの額に伸びた。ちょっとドキッとする。
「うーん、少し熱ない? 念のためドクターに見てもらった方がいいよ。」
「う、うん。」
そんなときだった。
「アッ、アキラ!何してんのアンタ?」
背後から嬌声が響き、程無くして管制官の制服を着た3人の女性が目の前に座った。どうやら知り合いらしい。電光石火のごとく離れたアキラもしまった、って顔してるし。
「何って、一緒にご飯食べてただけ。」
「ウソ、さっきおでこに手当ててたじゃん。」
何故か赤面したアキラにそのうちの一人が突っ込む。
「もしかしてこの子が噂の彼?」
「噂?」
思わず反応したぼくを見た三人組は、一瞬表情を凍り付かせしばらく耳打ちしあっていたが、端っこの女性が取り繕った顔で答えてくれた。
「ええ、以前アキラが得意げに話してたの。私には楽器がとっても上手な男の子の友達がいるって。」
「ちょっとエリ! 私そんなこと言ってないって!」
同感だ。昔からアキラはぼくを褒めたことは一度もない。ひどく慌てだした本人をよそに、エリと呼ばれた女性が続ける。
「何でも軍で兵隊さんやってるって言ってたから尋問したんだけど、この娘全然答えてくれないんだもの。ね、付き合ってるのアンタら?」
いきなりの無粋さに箸が止まったが、何とか顔に出すのは堪えられた。
「もうエリったらやめてよ。別にそんなんじゃないんだから。大体、何でこんな冴えない奴と…」
「あ~ムキになってるところが余計怪しくない?」
「確かに。いつものアキラじゃないもん。」
「冗談。第一私にとって最高の男はリーアム・ニーソンぐらいよ。」
勝手に始まったガールズトークに鬱陶しさを感じつつ、ぼくは味のしないスープを胃に流し込む。本当ならよそでやってほしかったが、彼女らに怒るのは筋違いだし、こんなことにいちいち腹を立てる自分がガキっぽい。
さっさと離れるに限る。そう結論して席を外す直前、テーブルがガタンと揺れた。
「よお、コガ。いい御身分だな。」
明らかに不満げな面持ちででかい手をトレーの隣に叩き付けたのは、何十周も前に因縁づけてきた仲の悪い連中の一人だった。分かりにくいから髪型からドレッドヘアと呼ぼう。
またか。どうして今回に限ってみんな絡んでくるんだ。頭痛とストレスでイライラしてるのに、勘弁してくれ。
「ああ、そうみたいだね。」
軽くうなづくと唐突に胸ぐらを掴みあげられた。
「じゃあ何でヤク中みたいなツラで飯食ってんだ!?」
引きずられた拍子にスープがトレーの中身に混ざる。良かった。誰も汁にかかってはいない。彼の怒声と三人組の悲鳴が重なって、食堂全体が凍り付いた。
「飯はオレたちにとっちゃ大事な楽しみだろ!てめえ見てるとマズくなるんだよ!」
これでもかと言わんばかりにぼくに顔を近づける。少し口が臭かった。カザマに聞いたことがあった通り、入隊以前の奴らは暴走族をやってたらしいけど、マンガで見たような脅し方にぼくは一種の感動を覚えた。
「止めろよオイ。ここ食堂だぞ?」
怯える三人を置いて、アキラが真っ向から抗議する。
「何だよ、アキラだって変だと思わねえのか、コイツの顔。」
そのセリフと最寄りの洗面台の鏡でぼくはようやく原因を知ることになった。
半開きの目とその下にできたクマ、不機嫌そうに下がった眉。ひどい顔、ヤク中。
なるほど、そう言われるのも納得だ。あの三人が固まるのも頷ける。
「はあ? タクミは元々変な顔だからいいけど、私はこの子たちが怖がってるから止めろって言ってんの! それにね、アンタ誰だよ? 初対面のくせにいきなりファーストネームって図々しいんだけど。」
ああ、余計なことを。止めるつもりが火に油の結果を招いたアキラに憤慨したドレッドヘアは、ぼくの腕を引っ掴み建物の裏まで連れてくが、大勢の野次馬が着いてくるものだから目立つのは避けられない。
このままだとぼくにとって最悪の展開になってしまう。流されるのはイヤだった。
「その、止めようよ。後で曹長にバレたら大目玉になっちゃうよ。」
穏やかな調子で和平会談を持ちかける。恐らくここでぼくをボコッてアキラに印象付ける目論見なんだろうけど、そうはいかない。
「うるせえ、だったら大人しく殴られろ!」
「こらノロタクミ! アンタ男だろ、たまにはやり返してみろよ!」
野次馬どもの最前線に女性陣を伴ってきたアキラが無責任なエールを飛ばしてきた。それに連られて周りからも野次や口笛が聞こえ、一層頭痛が酷くなってしまう。
いよいよギリギリに張りつめていた何かが崩れる音がした。ちょうどいい。だったら少しウサ晴らしさせてもらおう。
「おいタクミ、構うことないぞ。後でオレから言っといてやるから。」
いつの間にかカザマが背後から肩に手をかけてきた。後ろにエリさんがいることから、どうやら救援に呼ばれてきたらしい。ますます不快になったぼくはお椀と箸を持たせて、ドレッドヘアの前に進み出た。
群衆から歓声が上がり、試合のゴングが鳴る。
余裕の笑みを浮かべたドレッドヘアがすかさず怒涛のラッシュを繰り出す。けど、ぼくはそれをすべてかわすことが出来た。
有り得ない光景に一瞬空気が停止したが、直後にタクミコールが始まった。今度は蹴りが来たが、マザーの動きに何とかして追いつけるようになった身には、わずかな筋肉の動きで相手の次の挙動イメージがくっきりと浮かんでいた。ひょっとしたら目を閉じても気配で分かるかもしれない。
持ち前のパワーで押してくるから、全体的に大振りすぎる。お陰で力の流れが読みやすく、少しでも触れたら自分から派手に宙を舞ってくれるだろう。
「もっと脇を締めたほうがいいよ。」
アドバイスしてあげたら、もっと赤くなって拳を振り回してきた。ひどい奴だ。
なおやたらと出る隙を見つけては、ぼくは頭の中でドレッドヘアのキルカウントを数えていた。
「チクショウ、チョロチョロしやがって…」
痺れを切らしたドレッドヘアが渾身のストレートを放つ。訓練を受けた中々切れ味のある攻撃だが、素直過ぎる軌道がぼくにがら空きになった懐への逃げ道を教えてくれる。
後は脚を相手のそれに引っ掛け手で肩を固定し、反射的に退こうとする動きを利用しもう片方の手でおでこを軽く後ろに押せば、やや密着気味の姿勢から崩れたドレッドヘアは脳天を直接地肌にノックすることになった。2本の脚が天を向いて痙攣する様子は我ながらかなり悪意のあるカウンターだったと思う。
勝敗は決したのに、誰も何も言わなかった。いち早く我に返ったアキラが駆け寄ってきた。
「タクミ…」
けど、ぼくと目が合った途端、彼女はその場で固まってしまった。