第参休戦目「航海日誌」
突然だが少し遡ろう。
絶対安静が解かれた頃、霧先は工廠長室で書類をカリカリと書いていた。
その傍らには「航海日誌」と書かれた表紙のノートが置かれていた。
「えーっと?あの日の状況は・・・・。」
そんなことを言いながらノートを開いて調べる霧先。
ノートにはびっしりと30分毎に状況が書かれていてその間に異変が少しでもあれば時間を記入した上で書きこんでいた。
それを確認した霧先は「報告書」と書かれた紙に文字を書いていった。
今霧先が書いているのは「W島攻略作戦」後にW島攻略艦隊から離脱しとった行動の報告書だ。
絶対安静が解かれた今、彼の最優先の仕事はこの書類の作成であった。
彼が書類を書いていると数人の女性が入って来た。
「工廠長、只今戻りました・・・・お仕事中でしたか。」
「艦長お邪魔します。」
「こんにちは工廠長さん。」
「あぁ、天城さんお帰りなさい。あと、みらいに如月?どうしたの?」
霧先は今日の秘書官の天城が戻って来たことに気づき挨拶をする。
そして天城と共に現れたみらいと如月に霧先は疑問符を浮かべる。
「如月ちゃんが艦長に申したいことがあるといって・・・・。」
「工廠長?お願いしたいことがあるの。」
霧先は相変わらず疑問符を浮かべるが如月の言葉を聞く事にした。
「何かな?僕にできる範囲でなら善処するよ?」
「それじゃぁ・・・・私も秘書艦にさせて下さい♪」
「へ?別にいいけど・・・・。」
あまりにもあっさりした願いに霧先は間の抜けた言葉を出してから快諾した。
「ありがとうございます、よろしくお願いね♪」
「う、うん。よろしくお願いするよ・・・・。」
いまいちテンションが戻らない霧先は何とも言えない表情で報告書作成に戻る。
「あら?工廠長、それは何かしら?」
ノートに興味を示した如月は霧先の「航海日誌」を覗き込んだ。
それを霧先は説明した。
「報告書作成のために記録しておいたノート。あの12日間を記録しておいたんだ。」
「そうなんですか。私、少し興味があるので教えてくれませんか?」
興味を示した天城が霧先にお願いする。
霧先も休憩がてら読むのもいいだろうと考えて天城の提案を承諾した。
「それもそうですね。では読みますね・・・。1542―――」
ここからは19日前の「W島攻略作戦」の時まで遡ることになる。
19日前 W島沖56㎞の海域
霧先は爆風によって飛ばされウイングの構造物に叩きつけられ意識がもうろうとしていた。
「うっ・・・・くっ・・・・・・・。」
手すりにつかまり周囲を見渡す。
まるで荒波に飲まれているような視界感覚にふらつきながらも前甲板の被害状況を確かめるために歩く。
左目を開こうとするが激痛が走り視界が塞がった状況だ。
だが霧先は歩みを止めずに前甲板の方へ歩く。
そしてたどり着いた霧先が見たのは主砲があった場所がメラメラと燃えていた光景だった。
「まずいな・・・主砲が使えないとなると今後の活動も制限される・・・。
霧先がそんな事を考えていると彼を呼ぶものがいた。
「艦長!ご無事ですか!!」
みらいだ。
顔を青ざめてウイングに現れた彼女は振り向いた霧先の顔を見て更に青くなった。
それもそのはず。霧先の左目は主砲の破片らしきもので潰されていたのだ。
「か、艦長!左目が!!」
慌てるみらいとは裏腹に霧先は落ち着いた様子で自分の左目付近を触り指に付いた血を少し眺めた後、みらいに言った。
「みらい、ここは戦場だ。上官の目がつぶれようとも戦場だ。今は如月の収容が先だ!内火艇の準備!」
「りょ、了解です!!」
霧先の言葉に押されたみらいは敬礼をした後内火艇の準備のために艦橋へ戻った。
霧先はウイングの手すりを持ちながら水平線を眺めていた。
「(僕は・・・・・・もう戻れないラインを超えてしまった。あの平和な時間を受ける平成日本人から大きくはみ出したんだ・・・・・。)」
自分の変化を感じた霧先は心で言葉にした後、ウイングから艦橋に戻った。
その後、自衛官妖精と霧先によって如月は収容された。
だが、みらいが被弾したときの爆風で飛ばされ岩礁に衝突。
機関が大破した上に頭も負傷していた。
霧先は早急に応急処置をするよう妖精たちに命じた後、通信のやり取りをした。
「夕張さん、救助の必要はありません。本艦だけで独立して帰還します。」
『ですが!主砲が無い今はみらいの攻撃手段は格段に低下しています!』
「だからこそです。今浮き標的と化しているみらいがあなた方に付けば余計な攻撃を受ける。なら『伊152』と『ゆきなみ』に護衛をさせた方がましです。」
『でも・・・・・。』
「軽巡夕張、これは命令だ。直ちに本艦を見捨てて帰投せよ!」
しつこく粘る夕張に霧先自身も声を荒げて言い放つ。
彼も彼なりに辛いのだ。
『・・・・・・・・分かり・・・・・・・ました・・・・・・・。』
夕張の無念な声がCICに響いた後、通信は遮断された。
「艦長、よろしかったんでしょうか?」
そう声を掛けたのは自衛官妖精の中でも幹部に入る「砲雷長妖精」、みらいの前世で砲雷長を務めた菊池雅行三等海佐の記憶を受け継ぐ妖精だ。
「砲雷長、僕だって辛い。だけどその辛さに負ければ、余計な被害を出す。指揮官である以上は余計な損害をこれ以上出せない。」
「・・・・・・・分かりました。イージスシステムはほぼ無事です。ですが・・・・右舷前部SPYレーダー、前部CIWS、前部イルミネーターレーダーは主砲の破片により損傷、主砲は跡形もなく吹き飛び使用不可能です。」
「なるほど・・・・・・前甲板VLSは?」
「問題ありません、いつでも発射は可能です。」
砲雷長妖精から聞いた霧先は少し考え込む。
そして結論を出してから告げた。
「SPYレーダーの出力を出来るだけ維持。航空機にはシースパローで対処。出来るだけ会敵は避けることに専念。」
「了解です。」
霧先は指示を出した後、治療のため医務室へと向かった。
医務室では霧先が「衛生士妖精」から治療を受けていた。
この妖精も衛生士を務めた桃井佐知子一等海尉の記憶を受け継ぐ妖精だった。
「はい艦長、もう大丈夫ですよ。」
「ありがとうございます。如月の容態は?」
「良くないですね、頭を強く打っているので・・・・今は安定していますがいつ急変するか・・・。」
「そうですか・・・・遠回りにはなりますが太平洋を大廻する形で航行する予定なのでお願いします。」
「分かりました。でも何故大廻する必要が?」
衛生士妖精が首を傾げるので霧先は丁寧に説明した。
「いくら深海棲艦でも地球の7割を占める海洋を全部把握するのは不可能。だからこそ広い太平洋では危険が少ないと考えたのです。」
霧先が考えるのはもっともだろう。
太平洋は広い。それは抜け目があるということ。
深海棲艦も某ポケットなモンスターのゲームの草むらから出てくるキャラのようにポンポン出てくるわけではない。
そのため広い海洋を大廻する方が島などの付近を航行し会敵するより確率は低いと考えたのだ。
「分かりましたが・・・・出来るだけ急いでください。」
「分かってます。如月さんを頼みますね。」
霧先はそう言い残して医務室を去った。
そしてその足は艦橋へと向かっていた。
数日後。霧先はCICに呼び出された。
「砲雷長、見て欲しいものとは?」
「これです。」
霧先を呼び出した砲雷長妖精は対空レーダーを指さした。
そこには両舷にそれぞれ一つずつ光る光点が映っていた。
それはいいのだ。しかしその光点の名称が問題だ。
表されていた名称。それは・・・・・。
「深海棲艦偵察機 Enemy」
これだった。
つまり接近してきているのは深海棲艦の偵察機なのだ。
「まずいことになった・・・・総員対空戦闘用意!」
「対空戦闘用意!!」
霧先の言葉をみらいが復唱し艦内に鐘が鳴る。
そして霧先も艦長席に座り指示を出し始めた。
「みらい、取り舵一杯!」
「取り舵一杯!!」
みらいの言葉の後、艦が左に回頭していく。
「砲雷長!敵偵察機の視認範囲をレーダーに映して。」
「了解、映します。」
映された輪は敵の視認できる範囲。つまりこの輪に入れば唯ではすまないのだ。
霧先は更に指示を出す。
「二機の予想コース表示!」
「予想コース表示します。」
その言葉の後レーダーには線が現れる。
その線を見た霧先は即座に判断しみらいに指示を出す。
「みらい!面舵10度!」
「了解!面舵10度!」
その言葉でレーダー上のみらいが少し移動する。
そしてある程度動いたところで次の指示が出る。
「機関停止!舵戻せ!」
「機関停止!舵戻せ!」
みらいの復唱の後、機関は停止し航跡も消えた。
CICにも緊迫した空気が漂う。
光点は少しずつみらいに近づく。
「(そのまま通り過ぎて・・・!そうすれば無駄な戦闘は起こらない!)」
自衛官妖精の一人が願いつつ光点を見つめるそして・・・・・・。
「敵偵察機本艦付近通過!!索敵されませんでした!」
その報告でCIC内の張りつめた空気は一気に取り除かれ全員が安堵する。
「数分後、機関始動!再び航行を開始する。」
「了解、敵偵察機転身、帰還します。」
報告を聞き終わった霧先は溜息をついた後、椅子に深く座り込んだ。
それを見たみらいは霧先を労った。
「お疲れさまです艦長。」
「ありがとう。と言いたいけれど戦闘はこの後起きるかもしれない。」
霧先はそう言い未だ神経を張らせていた。
「W島攻略作戦」から12日後、霧先は艦橋で地図に付箋やらメモやらをびっしり書き込んでいた。
それは全て何処でどんな深海棲艦の艦隊を発見したのかというものだった。
「艦長?随分書き込んでますね・・・・・・。」
「まぁ、書いておいて損はないからね。」
「そんなこと言ってもう12日目ですよ!?そろそろ休んだ方が・・・・。」
「二時間も睡眠をとってるから大丈夫。それで?どうしたの?」
話をそらすためにあからさまに話題を変える霧先。
みらいも多少ムスッとした顔つきになるが話した。
「あからさまに話題変えましたね・・・・いいですけど。対水上レーダーに
艦影を複数確認。さらに東京湾がレーダーに映りました。」
「それは良かった。その艦影は?」
「今スキャニングしています。もうそろそろモニターに表示されるはずですよ。」
みらはそう言いつつ艦橋内のモニターを見る。
それと同時に詳細が現れた。
しかしそれは一瞬で艦橋内を驚かせた。
「し、深海棲艦の艦隊です!敵爆撃機の発艦も確認しました!!!」
「鎮守府に総攻撃を仕掛ける気か!?対空、対潜、対水上戦闘用意!!最大戦速!!!!」
「対空、対潜、対水上戦闘用意!!」
霧先の言葉をみらいが復唱し妖精たちも配置につく。
戦闘を控えた妖精や霧先、みらいの顔は既に戦闘を何度も経験した軍人の顔つきになっていた。
「目標に向けてハープーン発射用意!!}
そしてこの一言が起死回生となるのだった。
「とまぁこんな感じですかね?掻い摘んでますけど・・・・。」
「工廠長にも困りました・・・・二時間しか寝てなかったら普通持ちませんよ?」
日誌を読み終えた霧先に天城は困り果ては表情で言った。
これだけ無茶をしていればそんな表情をされても仕方ないだろう。
「えー僕も頑張ったんですが・・・・・・。」
「その前に!!艦長は自分の身をしっかりしてください!!」
「は、はいぃ!!」
机をバン!と叩きながら講義してきたみらいに変な声を出しつつ答える霧先。
これではどっちが上官か分からない。
それがおかしいのか天城と如月は吹き出しみらいも連れられて笑う。
「そんなに笑わないでくださいよぉ~!!」
必死に霧先も抗議するがそれは聞き入れられなかった。
こんな風景が見られるのも霧先がいるからなのだろう。