沈黙を破る竜使い   作:マカロン

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帝都から

その日、帝都に流星が落ちたという。

そんな馬鹿げた話があるか、と下町の住人は鼻で笑う。星が降るだなんて有り得ない。

だが、騎士団や貴族たちは風聞する。あたかもその瞬間を見たと言わんばかりに。

しかし、やっぱりそんなことを全く信じない人は、あくび交じりにその事を馬鹿にするのだ。

その筆頭であるユーリ・ローウェルは、冷たい床に寝っ転がりながら言う。

 

「って事で、この城にその流星が落ちたそうだがアンタらは信じるか?」

「ほぉー、そんなことがあったのか。最近は華やかだねぇ。おっさんついて行けないわ」

「あら、ロマンチックね。でも少し現実味に欠けるわ」

 

帰って来た返答は二つ。

気だるげそうな声の中に好奇心が入り混じる中年男性の声と、妙齢の女性の艶やかな声だった。

ここは、帝都《ザーフィアス》の牢屋。

漆黒の長髪をかき上げながらユーリは上半身だけ起こす。

なぜ彼らが牢屋に居るのかユーリには分からないが、ユーリが捕まった理由は紆余曲折あって今は捨てられた貴族の屋敷に侵入した際、運悪く見つかってしまってそのまま御用と言う訳だ。

物取りで入ったわけではないが、この世界には不法侵入と言うものがあり、それに引っかかった。

 

「まぁ、確かに現実性がないよな。実際に流星なんぞが落ちたら城なんか吹き飛んでそうだし」

「確かに言われてみれば城が潰れてそうよね。あ、でも確か城の屋根は結構えぐれたんじゃなかったっけ?」

「そうなのか?よく見てなかったから知らねぇけど、よく屋根だけで済んだよな」

「それだけ大きさが小さかったのでしょう。星じゃなくてもっと別の物だったのかも知れないわね」

「そうなると、その別の物が何だったのかも気になるな」

 

とりとめのないことを、名前も顔も分からない連中と話し合う。

まるで顔を知った知り合いの様な気軽な流れであるが、彼らは全くの初対面以下である。

 

「確かに、流星の正体も気になるのだけど、私はこの牢屋から出られる方法なんかも知りたいわ」

「あぁ、確かにな。下町の事も気になるし、一辺出たいな俺も」

 

そして不穏な流れにもなっていく。

 

「お二人さん、不法侵入か何か知らないけど数日すれば出してもらえるでしょ。それまで待たないの?」

「数日待ってたら下町が大きな湖になっちまうよ」

「そう言えば、兵士さん達が噂してたわね。下町の水道魔導器(アクエブラスティア)が壊れた、とか」

「壊れたって言うか、魔核(コア)を盗まれたんだよ。この辺りの街灯も結構やられてるぜ。手癖の悪さは保証する」

「ふふ、それを保証されても困るのだけど」

 

耳を擽る笑い声は、やはり艶のあるものだった。

ユーリは、そのまま鉄格子の隙間から廊下を覗いてみるが、人が来る気配はない。

そもそも、看守は爆睡中だ。ザル警備もここに極まれ、と言ったもんである。

 

「で、どっちかここから出る方法知らね?」

「知ってたらもう出てるわよ。私もこんなところに長く居るつもりは無いわ」

「あんちゃんが急ぐ理由は分かったけど、お嬢さんはどうしてだい?」

 

男の探りを入れる様な声に女性は涼やかに答える。

 

「お風呂に入れないところに長居したくないだけよ」

「乙女!圧倒的に乙女!」

「うるせぇぞ、おっさん」

 

二人は鉄格子から顔を出そうとしていないので、その表情は全く分からないが、声だけで判断するのであれば特におかしい所は無い。声から感情を隠せる存在なのだろうとユーリは思った。

この状況、風呂一つのために脱獄という罪を犯すはずもない。だが、あえてそれの疑問点を隠そうともしない女性の妖しさには、惹かれる様なものを感じる。

 

「………ん?」

 

だが、そんな牢屋としてどうかと思われるほどほのぼのとした空間に固い足音が響く。

看守の交代だろうかと、ユーリが音のする方を見るとそこに居たのは、この帝国騎士団、いや帝都《ザーフィアス》に住んでいて知らない人などいないのではないか、と思われるような人物だった。

 

銀の髪は、跳ねているが決して身だしなみが成っていない訳ではなく、きちんと整えられており精悍な顔立ちを更に引き出たせる。鋭い眼光は幾多の戦場を潜って来たのだろう。間近で見ればその冷たさを如実に感じる。

既に三十代は過ぎていると思われるその体には衰えが見えず、引き締まっているのが服の上からでも分かった。

威圧と威厳を兼ね備えたその人物に、思わずユーリは目を見開き、

 

「騎士団長アレクセイ…………!」

 

思わず声を上げた。

ユーリの呆然とした驚きの声を無視して、彼は奥の牢屋の前に立つ。

 

「…………ここ、結構居心地よかったんですけどね」

 

どこか嫌気のある声で中年の男が言うが、当のアレクセイはそれを気にした様子もない。

ただ、感情の読めない目で牢屋の奥を見る。

 

「早く出ろ」

 

そう言って牢屋の鍵を開け、中に居た人物を連れ出す。

出てきたのは、声で予想した通りの中年程の男だった。

ぼさぼさの髪を後ろで無理やりひとくくりにして、髪が不規則に跳ね、アレクセイと違って清潔感と言う点では大いに劣る。その眼も気力に満ちているわけではなく、少し気だるげで寝転がっている姿の方がしっくりくるというものだ。服も着崩しているのが目立ち、品の良さは伺えない。

一体そんな彼に騎士団長がどんな用事があるのか。

それは誰だであっても疑問に思う所である。

 

「………おっとと!」

 

アレクセイの後ろを歩く男が、ユーリの牢の前で躓いた拍子にしゃがみ込むその瞬間、何かをユーリに向かって投げた。

それはちょうど振り向いたアレクセイには見えなかった。

 

「何をしている。早くしろ」

「あぁ、悪いね。ちょっと鈍ったみたいで」

 

適当に答え返した間にユーリは小声で問う。

 

「おい、おっさん。騎士団長直々って、アンタ何もんだ?」

「女神像の下。その先に道はある」

 

だが彼はそれだけ言うと、すっと立ち上がりえっちらおっちら騎士団長の後に続いた。

そして、二人が見えなくなりその気配も全くしなくなった頃、ユーリはようやく重たいため息をつく。

 

「はぁ、そりゃ出る方法無いかって聞いたけどよ……」

 

その手にあったのは、『鍵』だった。

そう、この牢屋の鍵である。

 

「マジであのおっさん、何者なんだよ」

「騎士団長、ねぇ。……ねぇ、お願いがあるのだけど、私も出してもらえないかしら?」

「いいけど、脱獄っていう罪が一個オマケで付いてくるぜ? それでもいいのか」

「もちろんいいわよ。アナタに迷惑はかけないわ」

 

そう言って女は声で微笑んで見せた。

ユーリは、鍵を使って外に出ると一番奥の牢まで行く。

そこに居たのは、目麗しい一人の女性だった。

 

尖った耳に人間ではありえない、後頭部から生える長い尾の様な毛。

その特徴はクリティア族。彼らは温厚で争いごとを好まない種族として有名であり知識に長けた賢人とも聞く。

青く長い髪を一纏めにし、その赤い眼は意志の強さを表したかのように鋭い。

自分のプロポ―ジョンを自覚しているのか、肌の露出が多い。布面積は極端に少なく、艶めかしい曲線をこれでもかと見せつける様な衣服は下着や水着と大差ないだろう。

 

一瞬、そのたわわに実った胸に視線を奪われそうになったが理性で吹き飛ばし、ユーリは鍵を開ける。

 

「よし、これでいいか。せっかくだ、このままさようならって言うのもなんだし一応な、俺はユーリだ」

「ありがとう。私はジュディスよ」

「ジュディスか。それじゃ、呼びにくいからよろしくジュディ」

「えぇ、いいわよ」

 

彼女は牢から出ると詰め所に保管されている槍を一本手に取る。どこにでもありそう、とまでは言わないがそこそこ出来のいい槍だ。

ユーリは没収された武醒魔導器(ボーディブラスティア)を腕に付け、適当に放置されていた自分の愛刀を取った。

 

「あった。よし、ちょっと下町の様子見てくるか」

「見たらまたここに戻るのかしら?」

「あぁ、流石にこれ以上罪上乗せしてたら下町にも澄み辛くなるしな」

 

そう言って急ぎ足気味に外に行こうとする背を見てジュディスは微笑む。

 

「でも、見つかるかもっていう危険を冒してまで見に行くだなんて、よっぽど心配なのね?それとも大事な場所だから?」

「両方だよ」

「なら直の事急いで見に行きましょう」

 

二人が足並みそろえて牢屋のある場所から出る。

白色が目立つ城は、清楚や清潔感だけではなく荘厳な雰囲気まで漂う。

由緒正しい王族の住む場所だからだろうか、ユーリのように一般市民の暮らしをしてきたものにとってこの空間はあまり居心地のいい場所ではなかった。

どこかのおっさんのように、まだ牢屋の方が居心地がいいと感じる。

 

周囲に気を配りながら歩いていると、頭上から猛烈な勢いで何かが降って来るのを感じる。

 

「ジュディ!」

「…………ッ!」

 

ユーリの声に反応して彼女もまた大きく後方へ下がる。上から降って来たのは、刺激的な赤い頭髪の黒の衣服をまとった男だった。

 

「ぐはッ!」

 

彼は最初から傷つき、ギリギリで受け身を取ったがその手は震えて獲物が上手く握れていない。

だが体を起こすと、ユーリたちには目もくれず上に向かって吠えた。

 

「フレン・シーフォォォォォォォォォオオオオオ!!!!」

 

その音量は何も考えていないのか城中に響き渡る。

 

「フレンだって?」

 

その中でユーリは思わず、この馬鹿が、と言おうとした思考が塗りつぶされる。

この男が口にした名前は、そうユーリがよく知る人物の名前だった。

急いで上を見上げると、ちょうど上の廊下からもう一人、誰かが降って来る。

その風貌は、やはり。

 

「フレン、お前!」

 

フレン・シーフォその人だった。

彼は危なげなく着地をすると、抜いていた剣を鋭く構える。

 

「ユーリ、君がどうしてここに居るのか色々聞きたいけど、こっちも今忙しいんだ。用事なら後にしてもらうよッ!」

 

最後の言葉と共に鋭く踏み込む。

迷いなく振るわれた一撃は、相手の剣戟を弾く。金属同士が激しくぶつかり合い、火花が散る光景は戦いである事を強く実感させる。

 

「いい、イイぞ! これが俺が求めていたものだ!! クッハハハハ!」

「くッ、こいつ!!」

 

だが、男は先ほどの弱弱しさが演技だったのかと疑うほど、力強く剣を振るう。それは、まさしく正確無比。

相手の素早い一撃が、フレンの剣を押していく。

 

だが、ユーリはいつでも加勢が出来るように構えていたのを解く。

既に勝負はついていた。男は一心不乱に、だが呼吸を確かに乱しつつフレンに食らいつく。

対照的にフレンはその呼吸を一切乱していない。相手の剣筋を見極め確実に防ぎ相手のスタミナ切れを狙っていた。戦いに夢中になる男は、それを分かっていても性なのだろう、止まらない。

 

「もっと俺を楽しませろ! フレン・シーフォッ!」

「残念だけど、僕は君を楽しませるために闘っているわけでは、ないッ!」

 

そしてフレンが勝負を仕掛けた。

闘気を獅子の形に具現化させそれを男にぶつける。それは強烈な衝撃破となって男を壁まで吹き飛ばす。

そのまま窓を突き破っても、男は立ち上がらなかった。

それを訝しんだフレンが窓際まで行くと、既に男の姿はない。どうやら逃げを選んだのだろう。

思わず窓にぶつけてしまった後悔を滲ませながらフレンはユーリに振り向く。

 

「ユーリ、どうして城なんかに。……それに、そちらの女性は?」

「ジュディスよ。よろしくね」

 

親友の傍らに居た女性について問えば本人が握手を求めながら自己紹介をする。

律儀な彼は、背筋を正し応えた。

 

「フレン・シーフォです。えっと、二人はどうして?」

「ちょっと野暮用。なにすぐ戻るよ。そんじゃ、お勤めご苦労さんフレン」

 

まだ言及しようとするフレンが口を開こうとした瞬間

 

「きゃぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

少女の声が響き渡った。

その声に、血相を変えたのフレンが二人を置いて走り出す。

 

「エステリーゼ様!!」

 

全力で走っていくフレンを見送りながらユーリは胸をなでおろす。

あのまま詰問攻めされていたら、そのまま牢屋に輸送されていただろう。それを思うと、先ほど大きな悲鳴を上げてくれたエステリーゼという人物には感謝だが、悲鳴を上げた理由はんだったのだろうと不安になってしまう。

出来ればフレンが間に合ってくれれば、と思いつつユーリは件の女神像を目指して歩き始めて数分後の事だった。

 

 

「脱獄犯ユーリ・ローウェル!どこだぁぁぁぁぁ!!」

「出てくるのでアール!」

「御縄に付け!」

「馬鹿もん!声が小さい!!!」

「る、ルブラン隊長は声が大きすぎるのでアール……」

 

こんなショートコントが聞こえ始めた。

 

「げ、デコボコ。それにルブランまで居やがる。急いで逃げないとな!」

「あらあら、人気ね」

「分けてやろうか?」

「結構よ。私じゃきっとあの人達を満足させてあげられないもの」

 

こちらは余裕の会話をし始める。

その声に交じって、フレンの声が聞こえてきた。

 

「脱獄とはどういう事だユーリィィィィ!!」

 

これには流石のユーリも苦い表情をする。

 

「げぇ、フレン……。あいつにだけは見つかりたくねぇなぁ。何が何でも逃げるぞ!もう脱獄犯上等だ!」

「何が何でも逃げたいならいい方法あるわよ?」

「なんだ?他に何かあるのか?」

 

城の中を全力で走る中ジュディスは外を指さす。

 

「一度、外に出て街の外まで出ましょう」

「帝都の外出るくらいなら下町に行く方が断然早いぞ!」

「大丈夫、言葉で説明するのが面倒だから体感してほしいのだけど、絶対に上手くいくわ。丁度夜だし」

 

そう言って彼女は、走るのを止め窓を開ける。

夜の風が心地よく二人を撫でた。

そのまま広い中庭にジュディスはユーリに有無を言わさせず連れ出す。

彼女は中庭の中央に付く前に懐から何かを取り出して耳に当てると、そのまま空に向かって声を上げた。

 

「バウル!」

 

その透き通るような声は、良く響く。

そして、さらによく響く音が空から降ってきた。

 

不思議な響き。それは人が二人跨がれるだろうと言う大きさの魔物だった。

翼は無いが空を飛び、その巨体を地面すれすれに持ってくる。その光景に驚いているユーリの手を引きジュディスは、その魔物の上にひらりと跨る。

 

「早くした方がいいわよ。アナタのファンクラブがすぐそこよ」

「それは、困るって言うかなんていうか、あぁ畜生!乗るよ!」

 

一進一退極まったユーリは腹を括ってその魔物の上に跨る。

そのままどこを掴もうか悩んでいると、ぐん、と体が下から持ち上がった。突然の事でジュディスの腰にしがみ付く。巨体は軽々と空を舞い、夜空に吸い込まれていった。

上昇スピードにユーリが歯を食いしばって耐える。そして、ふっとその上昇が解けた時には帝都の明かりが真下にぽつぽつと広がる光景があった。

生きていても一生拝むことのできないであろうその光景に、ユーリは唖然とし、同時にこの高さから落ちたらと思うと思わず腰に回した手に力が入る。

 

だが、やはり恐怖心よりもこの幻想的な光景に心が動いた。

 

「綺麗だ………」

「そうね、まるで地上に瞬く星の様だわ」

「いいな、それ」

 

地上から空に向かって輝く。

これも一種の星の様だと言われて、納得しユーリは噂になっていた流星があながちウソではなかったのかもしれないと思った。きっと人々にはそう見えたのだ。

この地上の星々も、実際は星じゃない。星のように輝く魔導器(ブアスティア)や炎の明かりだ。ただ見る角度の差でそれが星に見えているだけ。

 

きっと城に落ちたという流星も、星じゃないがきっと星の様なものだったのだ。

 

そして一番美しく輝く城を指さしジュディスが言う。

 

「なら、差し詰めあの星が凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)かしら?」

「凛々の明星?」

 

ジュディスの言葉にオウムで返せば彼女もまた少し困ったように答えた。

 

「私も知っているわけではないのだけど、言い伝えと言うかおとぎ話なのだけど大昔とある災厄に立ち向かった二人の兄妹がいたの。戦いが終わって兄は、天からこの地上を照らし続けよう。そう言って星になり妹は地上に残って空を見上げて過ごしたそうよ。世間では、一番星としてなじみ深いのではないかしら?」

「あぁ、そうか。あの星の事か」

 

紡がれたおとぎ話。

あまり耳になじまなかった御話ではあったが、一番星と言われれば今空に煌々と輝く一等星がある。

あれのことなら誰もが知っている。

おとぎ話には興味は無いが、ユーリも星の事なら知っていた。

 

「あれが、凛々の明星」

 

そう思うと少し、いつもは身近に感じていたのが少しだけ、遠く感じる。

 

「さぁ、街に戻りましょう。バウル、お願い」

 

あの不思議な響きの鳴き声を上げて、バウルがその身を下に降ろしていく。

ゆっくりと街からちょっと離れた場所に降りていくとき、街が近づく。遠くの光が近づくころには、見慣れた明かりに変わっていた。まるで夢から現実に来たかのようなその移ろいにユーリは、人間の感性は勝手だなと思いつつも受け入れる。

 

二人でこっそり下町に戻ると、噴水は水を出し尽くしたのか、今ではしん、と静まり返っていた。

人も居ない。騎士団の居る気配がないのをいいことにユーリは、酒場の二階へ行く。ここがユーリの住んでいる場所だ。ただ家に帰って来ただけなのに悪いことをしている気分だった。

 

「さて、これからどうすっか」

「あら、答えは決まっているんでしょう」

 

悩んでいるふりをしているユーリにジュディスは現実を突きつけた。

 

「脱獄犯になった時に、心は決めたんでしょう? このままここに来ても迷惑かけるくらいなら魔核(コア)を探して取り戻しに行く。その為に荷物を取りに来た。違う?」

「驚いた。ジュディはエスパーか?」

「いいえ、私だったらそうするからよ。それに迷っている様には見えなかったもの。それよりも挨拶していかなくていいの?」

 

ジュディスの言葉にユーリは鼻で笑う。

 

「止めろよ柄じゃねーんだから」

「そう?きっと心配するわよ」

「どうかな?どっちかって言うと厄介払いで来たと思われるだろうぜ」

「素直じゃないのね」

「どっちが」

 

言い合いながら二人が扉を開けると、そこには一匹の犬がいた。

 

「ワンッ!」

「忘れてねぇよラピード。よし、行くか!」

 

ユーリは片目が傷つき開くことのできない犬の頭を撫でると荷物を持って階段を降りる。

そして誰もいない街に向かってその手を振った。

 

「そんじゃ、行ってきます」

 

静けさは、彼の声を吸い込むばかり。

何も答えはしない。だが、むしろそれに満足しユーリは、一人と一匹と共にこの住み慣れた帝都から出る。

 

 

 

 

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