沈黙を破る竜使い 作:マカロン
気持ちよく帝都の下町を出たユーリは、膝にラピードを乗せ、空の旅と洒落こんでいた。
空を飛ぶ一匹の竜に跨り眼下に広がる広大な大地と点になった生き物たちの姿がちらほら見える。
今までは、帝都の下町とその周辺くらいしか知らなかった身としては、一夜で世界観が劇的にな変わった。
このように空を飛び、人の言葉を理解する魔物、いや
「と言う訳で、世界は今ざっくり言うと滅亡の危機に瀕しているの」
「ざっくり言ってるけど結構大事だよなそれ」
「わざと重苦しく言っても内容が変わるわけではないもの」
事の始まりは、なぜジュディスが城の牢に囚われていたのか、と言う疑問から始まった。それを説明するためには自分の生い立ちや世界について話さなければならないと言われ折角なので聞いてみる事にしたのだ。
しかし内容はユーリが思った以上に複雑で、どこから手を付ければいいのか途方に暮れる様なものだった。
「そのジュディの親父さんの作った『ヘルメス式
「そういう事。でもただヘルメス式を壊していてもまた生み出せばいいだけの話でもあるから、結局は無意味な鼬ごっこ。だから協力者に頼んでヘルメス式を開発、運搬で居そうなところを洗って見てもらったところ、帝都が黒っていう事が分かったの」
彼女は詰まることなく事のあらましを伝える。その声に嘘偽りは無いと確信できるが、内心はどうしようもなく沈んでいるのだろうとユーリは思った。
ジュディスが先ほどから振り向いたりしないのがその証拠だ。きっと声で平常を保っていても、表情まで偽れなかったのだろう。先ほどから、バウルもいやに沈黙を保っている。
この話をしたという事は、信頼されているという事だと思うが、ユーリはやはり腑に落ちなかった。
「どうしてそんな事教えてくれるんだよ」
「アナタがただの一般人出るという事と、悪人ではないという観点からよ。それに隠すようなものでもないから。ただ見方によれば大罪人の娘になる私を、恨むかどうかというのは気になるわね」
ジュディスの答えはユーリの疑問を解消にするには十二分だった。
つまり、彼女も不安だったのだ。
この世界の終末に大いに関わるヘルメス式魔導器。それの生みの親の娘。
知れば彼女に避難を浴びせる人は、決して少なくは無いだろう。それでも彼女は自分から歩み寄って自分が抱えているであろうと思い込んでいる罪を曝け出してくれた。非難されるのではないかと言う不安半分、ユーリの人間性を試す半分。やはり食えない人だと思いながらユーリはジュディスの後ろ姿だけを見つめる。
「で、俺としてはそんな話を聞いて、さようならって簡単に言えない訳だが手伝えることあるか?」
「驚いたわ。自分から首を突っ込んでくる人は初めてよ」
初めて振り向いたジュディスの表情は、僅かに目を見開いたものだった。
まだ一日程度しか一緒に居ないが、この表情は彼女にしては珍しいものだとユーリは思った。
いつも微笑だけを浮かべて真意を悟らせなかったり煙に巻く事が多いジュディスの言動。それを崩せたことに少しばかりユーリは優越感を覚えた。
「知らないところで勝手に世界が滅びそうになってて、それを聞いて世界の終わりまでボーっとしてられるほど俺も馬鹿じゃねぇよ。やれることはやってみないとな」
「ふふ、本当におかしな人。それじゃ、
そう言って彼女はバウルに声をかける。バウルは甲高く鳴いて、アスピオへとその進路を進めていった。
その際、眼下に沢山の点を見つける。何だろうと目を凝らしていると、それが大量の魔物であることと、その魔物が砦に向かって進路を進めていることにユーリは気が付いた。
「おい、あれ」
「平原の主ね」
ジュディスはその正体を言い当てると、バウルに持たせていた一本の槍を手に取る。
それは業物以上の代物だとユーリにも理解できるほど素晴らしい逸品だ。
「この高さだぞ?どうするんだ?」
「少しバウルに降りてもらうわ。大きいの一発当てて彼らにはお引き取りしてもらいましょう」
「で、具体的にそのデカい一発ってどうやるんだ?」
ユーリの問いかけにジュディスは、艶やかに笑んだ。
「流星が落ちるところを見せてあげる」
そう言って彼女はバウルの背を撫でると、バウルは鳴いて応える。そのまま下に向かって早く降りる。いや、これは落下、なのかもしれない。
常人なら失神するほどの恐怖だろう。ユーリも歯を食いしばって恐怖や風の悲鳴、重力加速に耐えた。
圧倒的な風圧に目も開けられなくなる中、ジュディスは敵をきちんと黙示しているらしい。風切り音にまぎれてジュディスが、数字をカウントしているのが聞こえる。
そしてゼロ、と彼女が言い放った瞬間、バウルが空中で急ブレーキをかけその口から巨大な炎を吐き出す。轟々と唸る火の塊を槍にまとわせジュディスはバウルから離れ一人落下していく。
「ジュディッ!」
流石に驚いたユーリの声虚しく、彼女の落下速度は増していく。
だが、目を覆いたくなるような事は起きず、彼女の槍は突如として電撃を帯びる。
青白い稲妻が炎と槍を包み、超スピードで落下していくその姿は、まさしく箒星や流星の様なものだった。
そのまま群れの中心で爆発が起こる。青白い光と炎の爆発が、青と赤のコントラストを生み出し、幻想的な光景を見せるが、それを食らった者たちは一溜りもないだろう。実際群れは一瞬で大混乱に陥り、右も左も分からぬまま魔物たちは悲鳴を上げながら遁走し始める。
「無茶苦茶だなぁ」
その様子に苦笑しつつもユーリは、ほっと胸をなでおろす。
全く彼女には恐れ入った。
バウルはゆっくりと高度を下げ、ジュディスの元まで行く。髪が少し煤けている以外、外傷は無かった。
「流星、確かに見せてもらったぜ?」
「結構集中力とか使うから頻繁に出来ないのだけど、決まった時が爽快なのよね」
「そりゃ、これだけ綺麗に敵が散れば気分もいいだろうよ。見てるこっちはちょっと度肝抜かれたけど」
「ワンッ!」
そんなやり取りをしていると、ジュディスがふっと動きを止め、遠目に見える砦を見つめる。その瞳には真剣な光が宿っており、ユーリもラピードも釣られてその砦を見るが、遠いせいか彼女が何を見ているのか分からなかった。
「どうしたんだジュディ?」
「いいえ、ちょっと懐かしい気配がして」
「ワフ」
ラピードの気づかわし気な声にジュディスはいつもの調子で返す。
「大丈夫よ。悪い人ではないから。さてアスピオに行きましょう」
ジュディスはそのままバウルに跨ると再び空の旅が始まった。遠くから人々の歓声にも似た声やどよめきが聞こえたが二人と二匹はそれに振り向くことなく目的地へと進む。
◆◇
学術閉鎖都市《アスピオ》
その陰気な名前を聞いてユーリは暗くジメジメした場所を想像したが、どうやらその想像は非の打ちどころがないほど的確だったようだ。
洞窟の中にあった
洞窟の中と言うだけあってここは、薄暗く人も見なフードをかぶって生活しているようだった。皆学術的な単語を挟んだ会話をしており、如何にもエリート気取りの様な雰囲気がちらつく。
「どうやって入るんだよ?検問あるぞ」
「大丈夫よ。書類上、私はココの人間だから」
ジュディスはそのまま役人と少々会話をしユーリとラピードを連れてアスピオの街へと入っていく。
物珍しそうに視線を廻らせれば街の連中は、主に本片手に街を行き来していた。時折目が合えば、頭を下げる人も居るが基本はそのまま無視する連中も多い。
「なんか活気のない場所だな」
「ここは物静かを好む人が多いもの」
ジュディスの言葉にユーリは苦笑する。
「物静かじゃなくて会話を嫌う奴が多いように思えるんだが?」
「そうね、会話と言うか初対面の人に慣れない人が多いわね。馴染むのに苦労したもの」
会話を挟みつつ奥にある小ぢんまりとした一軒家にたどり着く。
年季のある縦長の家は、まるでおとぎ話にでも出てくるかのような魔女の家にも見えた。
ジュディスのイメージとは少しかけ離れた家の風体にユーリは首をかしげる。
「これがジュディの家?」
「そうよ。意外そうね」
その問いに答えつつジュディスは家の扉を開くとユーリを中に案内した。
「いや、単純にイメージと違ったから」
そして中はこれでもか、と言わんばかりに本で埋め尽くされたところだった。
これは魔女の家と言うよりも偏屈な科学者の隠れ家のようだとユーリは思う。さらにジュディスの奔放で尚且つ行動的な性格に合わない気がして、ちらっとジュディスを確認すると彼女は、口元に手を当てて笑う。
「ふふ、ここは妹の家なのよ。私は間借りさせてもらっているの」
「妹が居たのか……」
「えぇ、異母妹だけど」
ジュディスの一言にユーリの動きと思考が停止した。
「は?」
その予想通りの反応にジュディスは更に笑みを深めて答える。
「五つ歳の離れた妹よ。父そっくりで研究になると没頭して動かないんだから。さて、リタはどこに埋まってるのかしら?」
ユーリの反応に気を良くしたジュディスはスキップをするかのような足取りで本の山の間を見ていく。妹が埋まっていないことを確認すると梯子を軽やかに登っていく。その後姿を見送ると、上から別の少女の声がした。
「なによ姉さん。帰って来たならただいまくらい言えばいいじゃない」
「驚かせようと思って」
「アンタ、時々バカっぽい事するわね」
はぁーっと呆れたため息が聞こえてきた。上をちらっと覗くと、降りて来ようとしていた少女と目が合う。茶色のショートヘアーに、大きめのゴーグルを首に下げた少女は訝し気にユーリをにらむ。
彼の真っ黒な外見は、初対面の相手にいい印象は与えないのだろう。
少女はそのまま梯子を降りて、ユーリを頭からつま先までジロリ、と観察すると梯子を使わずに降りてきたジュディスに向き直る。
「で、このチンピラ誰よ」
「ユーリよ。牢屋に捕まった時に助けてもらったの」
誰がチンピラだという抗議よりも前に少女が素っ頓狂な声を上げる。
「はぁッ!?捕まったってアンタ帝都に行って何してきたのよ!」
「正面からお城に入れそうになかったからちょっと上から侵入してみたの。屋根突き破っちゃったから直ぐに見つかってしまったわ」
「それ侵入じゃないわよ! 百歩譲ってカチコミじゃない!! なんでそんな無茶するの」
「混乱に乗じて資料の一つでも見つけられるかと思ったのだけど、騎士団長が思った以上に強くて負けてしまったわ」
肩をすくめてさも何事も無いように語るジュディスにリタとユーリが目を向く。
「騎士団長と戦ってよく生きてたな!?」
「何やってんのぉぉぉぉぉぉッ!!!!」
二人の声を右から左に受け流しつつジュディスは朗らかに笑って見せた。
「ほら、きちんと生きてたんだから大丈夫よ。ただ同じ方法はもう通用しないでしょうから次、どうやって侵入するか考えないと駄目ね」
論点のずれたジュディスの発言に二人はもう何も言うまいと心に決めたのか、口をぎゅっと閉じた。
同時に少し諦めの光を帯びている。この人に何を言っても無駄だと一瞬にして悟った二人は、ため息をつき。
その時、少女はユーリの存在を思い出したのか再度ジュディスに問う。
「で、なんでこいつ連れてきたの?」
「理由は俺が話す」
ジュディスと少女の間に入ってユーリは、改めに少女と対面する。
歳の割には背が小さく、ユーリを下から見上げてきた。だがユーリは少女の風貌そのものが気になって少女がしてきたのと同じように彼女の体躯を上から下までしっかりと確認する。
見れば見るほど似ていない、とユーリは思う。
目鼻立ちくらいは似ているのだろうと思ったが、目の前の少女は猫の目のようにくりっとして大きめで、若干吊り上がっているがジュディスは反対に、怜悧であるがタレ目である。鼻のラインもそこまで似ている様には見えず、初見で二人が母違いの姉妹だとは分からないだろう。
「えっとだな、俺の住んでたところの
「はぁん…………」
ユーリの問いに少女が片眉を跳ね上げ、ユーリの後ろに居たジュディスが頬に手を当てあらあら、と呟く。
「リタ、魔導器が好きだからって盗んじゃ駄目よ」
そのジュディスが言葉にリタが本気でなにしろ憤慨した。
「ちょっと、するわけないでしょ!ていうか、私はここ最近アスピオから出てないわよ!」
「えぇ、知ってるわ。どうせ名を騙った泥棒でしょう。最近増えているみたいだけど、そっちの盗難ルートは掴んだの?」
「おいおい、ちょっと待てよ。話が見えねぇんだけど?」
身内で会話を盛り上げているところにユーリがすかさず入れば、リタと呼ばれた少女が、今日何度目かのため息をつく。
「私の名前は、リタ・モルディオ。あんたのところの魔導器盗んだ奴じゃないけど、アスピオのモルディオって言ったら私だけよ」
「……………有名人なのか?」
名を勝手に使われるとなるとそこそこ有名なのだろうと思案するユーリにリタではなくジュディスが答えた。
「魔導器の研究にこの人あり、と言われた天才少女ですって。この界隈ではかなり有名よ」
「へぇ、そりゃ勝手に名前使われるわけだ」
「ったく、どこの誰か知らないけどあったらとっちめてやるんだから」
怒気を露わにしたリタは、機嫌悪そうに椅子に座る。
その様子にユーリも大変そうだと思いつつ適当に床に座っているとジュディスが台所の戸を開けて三人分のお茶とお茶菓子を持ってきた。
「はい、クッキーと紅茶よ。色々話はあるでしょうけど、先にどうぞ」
「お、サンキュー。丁度腹が減ってたんだ」
「なら晩御飯の準備もしてくるわ。二人は今後について話してて頂戴」
ユーリの食いつきにジュディスは再びキッチンへと引っ込んでいく。
ほんのりと花の香りのするクッキーは、歯触りもその触感も良くついつい手を伸ばしてしまう。
「どこの店のだ?結構旨いんだけど」
「それ、姉さんが作った奴よ」
「ジュディ料理も旨いんだな」
ユーリの単純な感想にリタはちょっとうらやましそうに目を細める。
「私が持ってないもの全部持ってるんだから」
「でも、ジュディが持ってないモノをリタも持ってるんだろう。親父さんから受け継いだ研究、とか」
「なんだ、そこまで教えたんだ。なら隠す必要もないわね」
リタも紅茶を一口飲んで、机の上に置いてあった魔導器を取る。
「ヘルメス式魔導器の研究、まぁ無効かとかそう言うのを研究しているわ。…………父の、ヘルメスの娘としてね。同時にお父さんの技術を悪用されないように姉さんと一緒にヘルメス式の回収をしているの」
「いつ、二人は出会ったんだ?」
「十年前よ。人魔戦争でお父さんが死んで、それを伝えに来た姉さんと、その時はじめてであったの」
そう語るリタの眼は、ふっと過去を幻視していたのだった。