「ふぁ…美香お姉さん…?」
先ほどまで眠っていた翔だが、抱きついていた人物の違和感を感じて目覚める。翔は眠そうな表情をしながら美香の顔をじーっと見つめていた。
「あら、ごめんね。起こしちゃったかな?」
「明お姉ちゃんはどこ行ったの…?」
翔は明がいないことに不安を覚え、美香に訊ねた。美香は優しく微笑んで翔を安心させるように言う。
「明はね、大切な用事があるって言って出かけていったの。翔くんのことが嫌いになったりとかじゃないからね」
「うん……」
頭を撫でつつ、翔のことを優しく宥め始める。翔も美香に優しく頭を撫でられ、嬉しそうに微笑んだ。
「翔くん、今日は一緒に寝ようか? 寮長の織斑先生に許可とれば……」
「ありがとう、美香お姉さん……でも、もう大丈夫だから」
翔はごしごしと両手で涙の後を拭き取り、美香にもう大丈夫だと言い、抱きかかえられてた手をそっと離すように触った。
「…そっか、もう大丈夫なんだね。また不安になったりしたら、いつでもこの部屋に来てもいいからね」
「うん、ありがとう、美香お姉さん」
翔には明日への不安、一夏が翔の事を嫌っていないかどうかの不安はあるが、それでもさっきまでの落ち込みに比べると随分と明るくなり、気分も軽やかになっていた。パタパタと歩き、部屋から出て行く前に一礼して、それから出て行った。
「……私も、翔くんみたいにすぐに泣きやめたらいいんだけれどね」
美香は元気になった翔を見て、その感想をそっと呟く。両親に愛されずとも、周囲の人に愛されて成長していった翔。そのおかげで元気に笑うことのできる、普通の子供になることができた。けれども、一度傷ついた子供が愛されたからと言って普通に戻るとは限らない。事実、明の暮らしている孤児院では愛されても傷ついたままの子もいる。
「やっぱりダメだなぁ、こんなに引きずっちゃうなんて……」
美香は窓際へ移動して空を見上げた。今の時間は7時、すっかり空は暗くなり、星と月がこの地を空から照らしていた。自身の専用機の待機状態である左手の小指の指輪ぐっと握り締める。
「どうして、思い出しちゃうんだろうなぁ…」
目を潤ませて暗くなった空を見上げそっと誰にも聞こえない声で呟く。
「――――…」
声は誰の耳にも届かず、外の暗闇に溶け込むかのように消えていった。
「ただいまー。今戻ったけれど、翔くんは?」
「…あら、おかえり明。翔くんならもう大丈夫って言って部屋に戻ってったよ」
先ほどまでの行動が無かったかのように振舞う美香。明も普段の彼女の態度に何の疑いを持たなかった。
「そっか。そういえば美香、あの時くれた武装なんだけどさぁ、なんであんな武器渡したの」
「…明、数週間前に言った事覚えてる?」
「え? …えーっと、スキヤキ食べたい? って言ったような…」
全く見当違いな発言に呆れて物も言えない美香。だが明はそんな美香の態度を気にしておらず、きょとんとしたままだった。
「私は『一撃必殺級の火力が出る武器が欲しい』って言ってたような気がするんだけど?」
「あっ…」
と、過去に自分が言った発言を察する明。美香はその発言に好かったようで、ニコニコと笑顔のまま指をバキバキと鳴らし、殴る準備は万端ですと言っているようだった。
「あわわ…わ、私翔くんの事が心配だから様子見てくるわ!」
殴られる寸前、と言ったところで明は逃げるように部屋を出て行った。
「あっ、こら!」
部屋から逃げていく明に怒るものの、既に部屋から出て行ってしまった後だった。
「全く、もう…」
明の行動に不満を感じつつも、その馬鹿げた行動や憎めない性格のおかげで、落ち込んでいた美香の心は晴れ、先ほどの暗い気持ちは無くなっていた。
「…ありがとう、明」
◇
さっきは私の機転で翔くんのことを心配していることを理由に美香から逃げてきたけど、よく考えたら結果オーライだったかもしれない。あの状態の翔くんはいわゆるネガティブになっちゃった状態だから、そうなった翔くんは色々と遠慮しちゃうからね…ただでさえ遠慮気味だって言うのに……もっと甘えてもいいのにな。例えばもっと甘えたいとか抱きしめたいとかとか…色々と頼まれたいですなぁウッヒョーそれでお姉ちゃん大好きとか言われたらたまらねぇなぁ! 最高だぜ! 織斑先生の折檻も怖くねぇ!
おっと、話…いや、思考か? ともかく逸れてしまった。ともかく、翔くんはもしかしたら寂しがっているかもしれないと言う事だ。これから翔くんの部屋に行って極力出来れば泊まっていこうと考えていた。
目の前には翔くんがいる部屋の番号が見えた。いいね、こういう気がついたら目の前にあったぜっていうのは。手抜きとも言うがそれは単純に技量が足りないのだ。既に翔くんが泊まっている部屋の鍵は複製してあり、ちゃんと寮長の許可も取っている。どこだかに仕舞ってある鍵を取り出そうと、ポケットの探り、鍵を握り締めた時――
ボン、と何かが爆発するような小さい音がかすかに耳に届いた。
最初は何かが爆発したのかなー程度にしか考えていなかった。けれども、その音が聞こえてきた場所は――目の前の部屋からだった。
「翔くん! 大丈―――」
急いでドアを開け、最初に見えたのは―――
――――紫色の装甲をしたISが、翔くんを抱えて破壊された壁へ向かって飛んで行った。
「待てっ! 翔くんをどうするつもりだ!」
すぐに私はISを展開し、すぐに後を追いかけた。
『美香っ! 翔くんが誘拐された! このまま逃がすと見失う! だから美香は先生に伝えてくれ! 私は後を追いかける!』
『…! わ、わかった。先生方には伝えておくから、翔くんの事をお願い!』
これで私が見失わなければ応援が駆けつけてきて、翔くんは助かるだろう。……そう、私が今目の前にいる相手を見失わなさえしなければ、だ。簡単に、かどうかは知らないが、セキュリティが万全であるIS学園に侵入し、その上で翔くんのことを誘拐したのだから、もしここで逃してしまったら――
いや、そんな失敗した時の事なんて考えるよりは、相手を追うことだけを考えるんだ。
「逃がしてたまるか!」
私の専用機『音時雨』は速度に特化したISだと美香から聞いていて、現状で存在するISで出すことのできる最高速度はトップクラスだと言っていた。だが、私が追いかけている敵の速度も私が出せる速度とほとんど同じに感じる。
……敵は一体何者なんだ? どうして翔くんを誘拐したんだろうか? 敵を追いかけていくと、ビルが立ち並ぶ街中の上空を飛行していた。かなりの高度だし、空も暗くなっているから気づく人はいないと思うが…
―――警告! 未確認のIS三機からロックオンされています―――
「…!」
突然、私のISがロックオンされ、狙われているとの警告音が鳴り響いた。とっさに回避行動をとり、その場から離れるように移動した。その瞬間、私がいた場所に向けてビームと実弾の一斉射撃が放たれた。
「な…!?」
そこへ現れたのは、打鉄一機とラファール・リヴァイブ二機を装備した女性三人。外見を見ると日本人の顔ではないが、その表情は明らかに私に敵意を持っている。
「ここから先は一歩も通さん」
「これ以上追跡させるわけにはいかないので……」
「…黙って堕ちろ」
そう言い、目の前に立ちふさがった三人は銃口をこちらに向け、何の躊躇いも無くその手に持っていた銃の引き金を引いた。こうしていく間にも、翔くんを誘拐したISとの距離は離れていく。
「くそっ…私は翔くんを助けなきゃならないんだ! そこをどけ!」
武器を展開し、目の前にいる三人の敵に向けて銃口を構えた。
「残念だが、あの少年は我々に必要なのだ」
「すみませんねぇ。でも私たちにも彼が必要なんですよ、こんなことをしてでもね」
「……そういうことだ」
敵は問答無用で私に一斉に攻撃をしかけようとした、との時だった。
一機の敵が何も無い衝撃を受けて吹き飛ばされた。
一機の敵が最新鋭のBT兵器の攻撃に翻弄されていた。
一機の敵がワイヤーフレーム状のミサイルの攻撃を受けた。
後ろから遅れてきた増援は、私がよく見知った顔が揃っていた。
「明っ! 早く後を追って!」
いつも聞きなれた声、見慣れた顔。けれども敵の攻撃を防ぎながら全身に装備されたミサイルを使い、闘う姿はその姿が凛々しく見えて普段よりも逞しく見える親友。
「一夏! 明! アンタたちは早く後を追いなさい! 二人の機動力ならさっさと追いつけるでしょ、早く!」
最近知り合った織斑の通称セカンド幼馴染。高火力の近接戦で相手を圧倒し、見えない砲撃で敵を翻弄している。
「そうですわ! ここは私たちに任せて早く行ってください!」
クラスで最初に問題を起こしたイギリスの淑女。彼女の操るブルー・ティアーズの攻撃は並大抵の人間では全てを回避するのは難しく。現にブルー・ティアーズに狙われている敵はぎこちなく回避しようとしては被弾していた。
「ありがとう、皆…!」
「逃すと思いますか?」
打鉄を展開している女性一人が私へ銃口を向ける。だが、白い機体がそれに向かって突撃していく。
「くらえっ!」
「…!」
だが、その斬撃は間一髪のところで回避されてしまうが、その回避行動のお陰で私たちは先へ進むための道が空いた。
「行くぞ、明!」
「分かった!」
私と織斑は最大速度を出してこの場を離れ、翔くんを連れ去ったISの後を追いかける。ISのハイパーセンサーのおかげで、距離はかなり離れているものの、まだ見失ってはいなかった。
◇
最高高速で敵を追いかけ、段々と都会から離れた山へと入っていく。人の気配は無く、まるで妖怪の類のものが出そうな雰囲気であった。敵は廃墟と思われる場所へと降りた。私たちも降り、敵がどこにいるか、もしかしたら翔くんがどこかにいないかを確認する。
―――見つけた、翔くんだ!
翔くんは廃墟の柱の部分に縄で縛られており、なぜかその上から毛布が掛けられてあった。胸元には本来あるべきである翔くんの専用機の待機状態であるアクセサリーが無かったが、それは翔くんのすぐ目の前の壁に掛けられてあった。
「翔―――!」
織斑は翔くんに向かって助けようとするが、目前にビーム状の紫色の爪が現れ、地面が抉れた。突如現れたそれに織斑は間一髪で避けるものの、完全には回避できず少しダメージを受けていた。
「くっ……どこだ!?」
織斑は必死になって相手を探すが、誰もいない。私も辺りを探してみるけどどこにも姿が見当たらない。
「まさか、
「
「呼んで字の如く透明になれる装甲ってことだよバカ!」
敵の姿が探知できずに苛立ち、バカの織斑に思わず大声で怒鳴りつけ、再び現れた紫色の爪の攻撃をかろうじて回避する。
「くそっ…姿を現せ!」
バカは敵の姿が見えないのに苛立っているのか、見えない敵に向けて叫んだ。だが、当然敵は姿を現すことなく、そのまま透明になりながら攻撃を続ける。
落ち着け私、こんなときは落ち着くんだ。確か、美香の話によると光学迷彩もまだ完全では無くて……ISに搭載することでやっと透明になるコトが出来る装置を開発したと言っていた。
―――ん? ちょっと待てよ。確か美香から聞いた話だと、光学迷彩は確かに『IS』を透明にすることは成功した。けれども、操縦者自身を透明には出来ずに、未だ未完成の域を出ないと言ってたはず。……なら、目の前にいる敵は何者だ? 操縦者ごと透明になる技術が既にあったのか?
「……そこだ!」
敵の攻撃が見えた瞬間、織斑は攻撃をギリギリ回避しただけでなく、敵に向けて攻撃をしていた。ここで初めて敵のシールドエネルギーが削れた。
「やっぱり、お前は攻撃する寸前に紫色の粒子が極僅かに出る! それも軌道上に粒子は残るから…!」
再び織斑は回避行動を取り、そして再び攻撃を当てた。言われてみれば確かに紫色の粒子の軌道が見える。零落白夜が発動してるならば、かなりのダメージを負ったはず。
「それに、これだけ言っても武器を変えないということは…他に武器が無いんじゃないか?」
…確かに、そうだ。普通これだけ言われれば普通なら武器を変えて攻撃する。さっきからおなじ武器しか使ってこないのは、やっぱりそれしか武器が無いからなんじゃないか?
その言葉で観念したのか、透明になって隠していた姿を現した。
「ようやく姿を現したな」
織斑はこの時を待ちわびたかのように言う。私たちの目の前に現れたのは、紫色の装甲に身を包み、無機質な目をした少女だった。