目の前に現れた敵は当たり前だが女性で、まるで無機質なようで機械のような目をした少女であった。外見から判断すると、もしかして翔くんと同じくらいの年齢なのではないだろうか? 敵が装備しているISの形状は量産型機ではなく、恐らくは専用機だ。紫色の装甲を纏って両手両足に最小限の装甲があり、胸部と腰部、肩と攻撃が当たりやすい部分に重そうな装甲が追加されている。エネルギーがなくなってもある程度は防御するための配慮だろうか?
「………」
姿を現しても相手は何も言わず、黙って新しく銃器を展開した。
「…まさか、姿を消して威力の低い銃を使ってた理由って…その銃しか透明になることが出来なかったからってワケ!?」
私のその考え方は当たっていたらしく、敵は先ほどに比べると威力の高い弾丸を放つ。
「くそっ…織斑ぁ! さっきみたいにやっちゃってよ!」
「言われなくても、分かってる!」
被弾覚悟で織斑はお得意の
「バカ! 何外してるのさ!」
「……次は当てる!」
織斑は次は当てるとかほざいていやがる。私は
『おいバカ。アンタの
『だったらどうしろって言うんだよ?』
『それを今から説明してる暇は無いよ! 私が囮になるからその隙にやっちゃいな!』
『あっ、おい!』
私は近接用ブレードを展開し、敵に向かって加速した。敵も同じく、近接用のブレードを展開して私の攻撃を受ける。上手く攻撃を切り返し、そしてすぐに後退していく。
『今だ、織斑!』
『ぐっ……分かった!』
織斑はそこで瞬時加速を使い、零落白夜で敵を沈めようとするが、敵の反応はとても素早く、あの織斑の瞬時加速まで回避してしまった。
『なんだよアイツ! チートしてるんじゃないだろうな!? ともかく、あの反応速度じゃダメだ。織斑、もっと私に合わせろ!』
『……なぁ、明さんはどうしてそんなに荒れてるんだ?』
『は? 荒れてねーし! 今は目の前の敵を……』
『……明っ!』
唐突にバカから名前で叫ばれる。あのバカのうるさい声も正直聞きたくないのだが、今はとにかく我慢するしかない。私は
◇
「……?」
目の前にはISスーツを着た織斑が浮いていており、白式は展開していなかった。周囲の風景は…なんだか電子機器の中にいるような雰囲気を出していた。
「なぁ、明。どうしてそんなに苛立っているんだ?」
織斑は私に質問してくる。さっきまでの焦っていたような態度はなく、落ち着いたものだった。
「…早く、翔くんを助けたかったんだ。…また。失ってしまいそうで怖かったんだ」
「…また?」
「そう。私は織斑くんがあの時言ったみたいに、翔くんを守っていたい。…けれども、私は守りたい気持ちが強すぎて…失敗したことがある。悔やんでも悔やみきれない程のね…」
自分より弱い誰かを守り続けていたい。それは過去の私が抱いていた感情で、それは私の『最大の過ち』であった。
「……私が孤児院にいる理由って、両親が事故で死んじゃってさ、それで入ったんだ。そん時私は7歳くらいで、正直両親が死んだなんて認めたくなかったさ……でも、みんなと暮らしていると、そんな事も忘れちゃって普通っぽくなってきたさ」
私は誰にも語りたくなかった過去、これは一番仲が良い美香にも話していない。けれども今、この織斑になら話してもいいんじゃないかって気持ちが出てきた。
「最初に一番仲良くなったのはマナって子でさ、私より二歳年下なんだよね。その子と仲良くなったんだけれども、今はもう…」
「…まさか」
「うん。翔くんが入ってくる前に…自殺したよ」
織斑は絶句する。それもそうだろう。私が殺したようなものなんだから……
「マナちゃん体が弱い上に内気な性格だから、クラスで虐められてたんだ……正直、二歳の力の差もあって私がマナちゃんと一緒にいる時は絶対守っていたの。自分より弱い子供を守って、優越感に浸ってたんだよ」
織斑は黙って私の話を聞き続けている。
「私がいない時は虐められててさ、それもかなり酷くなってたんだ。できるだけ一緒にいるようにしたけど……年齢が違うからずっと一緒に居られない。それで完全に守りきることなんて出来なくって、こっそりと影で虐められていたんだ」
「それで、どうして…」
「うん。ある日に孤児院で飼ってる猫が殺される事件が起きたんだ。一番可愛がっていたのがマナちゃんでさ、それがきっかけになって……」
「…………」
織斑は黙って聞いていてくれる。
「それから分かったんだけど、虐めっ子グループが猫を殺していたって分かったんだ。私はソイツらに抗議したけれども、証拠らしい証拠も無くって結局は泣き寝入りさ。…最も、命を二つ奪っておいて謝罪しようが賠償しようが…命は帰ってこない」
「そういうことだったのか……」
「今でも怖いんだ。翔くんが何かの拍子でいなくなってしまうのが…それと、あの時織斑が言った事場…守るだなんて簡単に言うなって思ってた。だから尚更焦ってイラついてたのかもしれない」
「だから、あの時…」
「うん。昔の私を見てるようで辛くなって逃げ出した。ねぇ織斑、アンタにとって守るってどういうこと? 私のように優越感を得たいからってわけじゃないんでしょ?」
織斑は私の質問に対して、一切の迷いも無く私に告げる。
「俺もさ、両親がいなくて千冬姉に養われてきたんだ。千冬姉には守られっぱなしでさ、第2回モンド・グロッソの時に誘拐されたんだ」
「え…?」
第2回モンド・グロッソ……そのときを忘れるわけが無い、忘れるはずが無い。あの時、日本代表だった織斑千冬が決勝戦を棄権した理由って、まさか……
「まさか……」
「あぁ、千冬姉は俺を助けるために決勝戦を棄権して助けに来てくれたんだ。俺が誘拐されていなきゃ、今頃千冬姉はモンド・グロッソに二連勝できたっていうのに…」
織斑の言った言葉は重たかった。なぜなら世間ではその事が公開されていないからだ。理由は分からないが、公開してしまえば織斑は世間に批判されてしまうではないだろうか?
「守るっていうのは、助けた後に守り方を教えるっていうのも、俺自身は守る内の一つだと思っている。千冬姉が、俺に剣道を教えてくれたように……」
ぐぐっと手を握り締めて語る織斑。守るのは誰かを守るだけじゃない、か…それをもっと早く知っていたら、私はどうなってたのかな…?
「…明、まだ浮かない顔をしてるけれども、まだなにかあるのか?」
織斑は普段は女子の好意に気づかないものの、今日はなぜか私の気持ちに気づいていた。変なところで鋭い男だな。もっと好意を抱いてる女子にその鋭さを使ってやればいいのに。
「………実はさ、まだ話に続きがあってね。実は虐めっ子グループのリーダー格はとある会社の社長の息子でさ、親の七光りで偉そうにしてたり、実際アイツが起こした事件とかはもみ消されてるみたい。…だからあの時のお母さんの…家族の悔しそうな顔は未だ覚えてるよ……」
そう。これだけで終わっておけば私は別の意味で救われていたかもしれない。
「しばらくして、なぜか虐めっ子グループは解散していったんだ。聞いた話によると、虐めっ子の親の会社が倒産していたんだって。取り巻きは虐めっ子から色々と物を買ってもらえるから絡んでいただけで、財布が無くなった虐めっ子からどんどんと取り巻きが離れていったのさ」
「それって……」
「うん。虐めっ子はかなり嫌われてたから、逆に虐められてた。マナちゃんを殺した復讐だと思って、マナちゃんにされた事以上に虐めてた。…それである日、アイツは犬を飼っていることを知ってさ。私は猫を殺されたから、復讐だと思って…何の躊躇いも無く殺した」
この事を思い出すたびに自分はなぜあんな事をしてしまったのか、後悔しか出てこない。
「そしたらさ、その元虐めっ子が自殺した。そのとき初めて分かったんだ。私は間接的に人殺しをしたって事を…アイツを殺すことでマナちゃんは喜ぶと思ってた。けれども違った、なんだか私がマナちゃんを殺したようで……」
マナちゃんを中途半端に守り、その優越感を得ることで満足していた。でも結果としてはマナちゃんを殺してしまうことになってしまって…復讐の機会もあったけど、それを実行したらそれはマナちゃんを殺した方法と同じなんだってね…
「…これで話は全部。聞いての通りで、私は最低な人間なんだよ」
「確かに、明のやったことは許されない。けど、それは子供の頃にやったことで、明はもう十分に反省してる。それに明だって言ってたろ? 翔は善悪を見極められるって。最低な人間だったら翔も明のことを大好きだって言ったりしないんじゃないか?」
「…そう、なのかな?」
「それに、俺は明を幻滅したり、失望したりしない」
「…っ」
――ずっと怖かった。この話を聞いて嫌われてしまうんじゃないかって。だから、誰にも言えなかった。でもなぜか一夏には話すことができた。話を聞いても一夏は失望したりはしない、と言ってくれた。
「ありがとね、一夏。アンタのお陰で結構楽になったよ」
ずっと、心の中で詰まっていた心の霧が晴れていくように感じた。罪は消えなくても、気はとても楽になった。
「それじゃあ、話し合いも終わったし……行くか!」
「あぁ、さっさと助け出してしまおう!」
私の心の中で突っかかっていた罪の意識。私が犯した罪は決して消えることは無いが―――もう大丈夫。
「「今助けるぞ! 翔!」」