「小説を書いているの」
空き教室で赤司君と緑間君の将棋の対局が終わった後、私はそう切り出した。
「どんな話だい?」
「何度も死んで、また何度も同じ世界に生まれる人の話」
いい加減、誰かに話を聞いてもらいたくなった私は、しかし誰も信じてくれないだろうと考えた。
ならば例え話として相談すれば上手くいくかもしれないと思い立ったのは今朝の事。そうして私が相談相手に選んだのは赤司君と緑間君だった。二人ならば茶化さずに、いいアドバイスをくれそうだったからだ。
「随分と難しい題材だな」
緑間君がそう口にする。私は「あのね」と今まで自分の身に起きた出来事を創作のように話した。二人は真剣に聞いてくれて、それだけでも良かったと思える。
「理不尽な話なのだよ」
曲がった事が嫌いな緑間君は、聞き終えるとそう言って眼鏡を押し上げた。当事者である私も理不尽だし、不条理だと思う。
しかし、私達のまわりはすべてが不条理なのだろうか。それとも意味が入り込む余地があるのだろうか。私達はただ事実を確認しているだけでよいのだろうか。それとも理由を探し求めるべきなのだろうか。出来事はランダムに継起しているのだろうか、それとも世界は一定の規則にしたがって動いているのだろうか。
人間はしばしば物事の自然なありようを嫌い、人によっては一生を捧げてまでそれを変えようとする。とすると、意味を探求することは人間が持って生まれた本能みたいなものなのかもしれない。
「――つまり、その主人公は逃げているんだろう」
ふいに、赤司君がそう口を開いた。
「周りの環境からも、傍らにいる人間からも、自分自身からさえも逃げている。それでは運命なんてものに勝てるわけがない」
赤司君は厳しい言葉を続けた。耳が痛いが、私は平然な振りをして聞き続ける。所詮は空想の話なのだから、といった顔をして赤司君と対峙する。
「最初から主人公には運命を変える意志がないんだよ。口では運命に抗うと言っておきながら『次があるからいい』と問題を次のループに回している。現状のぬるま湯に浸って、動かないんだ」
……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。曖昧な私は、ただ曖昧に「そうかな」と笑った。
「その主人公が一番恐れている事は死じゃない。二人の幼馴染みに遠ざけられる事だ」
確かにそうだ。死の瞬間はどうにも慣れないが、それでも二人に嫌われるよりは遥かにマシだった。変わる事が、何より怖い。
「……どうしたらいいと思う?」
訊ねると赤司君は薄く笑った。
「それは君の綴る物語なのだから、僕が口を出す事じゃない」
最もだ。眉を下げる私に赤司君は「けれど、そうだね」と続けた。
「主人公は周囲を構築する世界に向き合わないと、決して勝利出来ない」
運命に向き合って、抗う。それが出来たら、私は――。
いいや、そうして逃げようとする自分が私は一番嫌いだ。だから、せめて目を閉じずに前だけを向いていよう。
拳をそっと握る。だから私は、緑間君の不可解な視線に気付かなかった。