降りしきる雪の中、通学バッグを小脇に抱え息を切らせて走る。
まるで白い絨毯のように折り重なった雪の上は、時に足を滑らせそうにもなった。
「大輝君!」
名前を呼ぶと、気怠そうにこちらを振り向く幼馴染み。真冬の突き刺すような寒さで鼻の頭が真っ赤になっている。その姿が子供の頃のままで思わず吹き出してしまった。
「なんだよ」
「なんでもない、なんでもない。一緒に帰ろうと思って追いかけて来たんだ。いいよね?」
「勝手にしろ」
ぶっきらぼうに言いながらも、歩調を緩めてくれる大輝君。そんな優しい大輝君が大好きだ。と言っても、それは家族愛のようなものだろうけれど。
大輝君も私を妹みたいなものだと思っているだろうし、私と大輝君が付き合うだなんてそれこそ想像できない。それに大輝君は、さつきが好きなんだろうと思う。女の勘だ。
「大輝君、受験勉強してる?」
「んなもんしてねぇよ」
「桐皇だよね。いいなあ、特待生は」
はあ、と吐く息で、かじかんだ両手を温める。
「雪乃も桐皇だろ」
「受かったらね」
「受かるだろ、雪乃なら」
会話をする度に、白い息。今年は去年よりも寒い冬だと、朝のニュースで言っていた。 にも関わらず、手袋を忘れてしまった私である。「寒いね」と笑いかけると大輝君は何か考え込むような顔をして、それから私の手を取った。
「これで寒くねえだろ」
大輝君が繋いだ手をそのままコートのポケットの中へ入れる。外気から阻まれたポケットの中は随分、暖かい。大輝君の方が私よりも体温が高くて、大輝君の熱が指先から伝わっていく。
大輝君は変わったけど、変わっていない。相変わらず私やさつきには甘くて優しいのである。本人は違うと言い張るだろうけれど、そこは昔と変わらない。
昔よりも随分背が高くなった幼馴染みの顔を盗み見ながら、もう何ヶ月、大輝君の笑った顔を見ていないだろうと思った。いつも大輝君は、つまらなそうな表情で見ているこちらも悲しくなる。才能が開花して大輝君の笑顔は見る見る消えていった。私は彼の笑顔が見たいというのに。
「黒子君には会った?」
「……会ってねえ」
「そっか……」
全中が終わって、黒子君は学校に来なくなった。あの試合、私は知っていたのに何も出来なかったのだ。キセキの世代と呼ばれるようになった彼らを止めることも、打ちひしがれた黒子君を救うことも。何も変えられない。私は悔しい程に無力だった。
最後に皆が笑う姿を見たのはいつだろう。皆が心の底から笑った顔を見たいと、私は願っていた。それは我が儘なのだろうか。もう叶わぬ事なのだろうか。
いつもの通学路、工事中のビルの前を通った時だった。ビュウッと身体を押し返すような強い風が吹く。頬に冷たい風が当たり、地面に積もった雪が舞った。
「凄い風だったね」と言おうと、大輝君の顔を見る。その時、ガタリと何かが崩れるような、そんな不吉な音が聞こえた気がした。
嫌な予感がしてビルを見上げる。と、屋上に吊るされていた鉄骨が今にも崩れ落ちようとする場面だった。このままでは私達の頭上目掛けて落ちてくる。大輝君よりも先に、その事態に気付いたのは私だった。
「大輝君!」
咄嗟に大輝君を突き飛ばす。大輝君は驚いた顔で「雪乃!?」と私の名前を叫んだ。
効果音にするならガシャーン! といった感じだろうか。重い金属が落下して地面にぶつかる凄まじい音。道行く人が立ち止まり、つんざく様な悲鳴をあげた。
身体中を走る鈍い痛みに、じわじわと血液が抜けていく感覚。つまりは、私は鉄骨の下敷きになったらしい。何本かは身体に刺さり、腹に穴を開けている。それはまるで昆虫標本のように、真新しい鉄骨はさながら針の役割で私を地面へと縫い付けていた。真っ白な雪が赤く赤く染まっていく。これは駄目だな、と早々に悟った。何度も経験した、死の気配。ほら、また駄目だった。
「しっかりしろ! 雪乃……っ!!」
霞んでいく視界、耳には大輝君の必死な声が聞こえる。薄れゆく意識の中で、かろうじて最後に見れたのは大輝君の悲痛そうな顔だった。
――大丈夫だよ、また会えるから。けれども、その言葉は大輝君には届かない。
ああ、駄目だ。笑おうとしても、もう笑えない。