3-01 小鳥の夢と私
この世界に来る前の話だ。幼い頃の私と弟は白い小鳥を飼っていた事がある。
小さな命を私と弟はそれはもう慈しんだ。毎日世話をして沢山の愛情を注いで、そして小鳥が死んだ時にはショックを受けた。
冷たくなった小鳥はもう、囀る事も羽ばたく事もないのだと、幼いながらに理解したのだ。
私と弟は泣きながら母に訴えた。どうして死んでしまったの?、と。母は困ったような顔をして、こう言った。
――この世に、終わりのない命なんてないのよ。
*
閉めたカーテンの隙間から差す、眩い陽の光。窓のすぐ先にある木々の枝に留まって時を告げる、小鳥達の声。
朝の気配。夜の暗がりと冷たさは嘘のようにどこかへ消えて、眠る直前は『明日』だったはずの日が、『今日』の形になってやって来る。
「……ん」
重い瞼を擦りながら、柔らかなベッドの中で目を覚ます。目覚めは最悪だった。何せ、死んだばかりだから。
(朝、だよね)
内心で呟きながら、枕元に置いたデジタル式の時計に手を伸ばす。毛布から出た右手に、ひやりとした空気が触れる。
この感覚は好きの部類。そう、自分の体温が移ったベッドの感触の心地良さも、朝の陽の光も、小鳥達の声も同じく好きな方。
目が覚めたら、私は見慣れた自分の部屋に居た。やはりというか何というか、私は死んだらしい。
最期に見た、悲痛そうな大輝君の顔を思い出す。あんな顔をさせてしまって、罪悪感。
寝起きだからか、とにかく頭がぼんやりとしていた。毛布に頭までくるまってしまって二度寝したい誘惑に駆られるものの、なんとか耐える。
デジタル式の時計を手に取った。いつものように西暦表示へちらりと視線をやってから、時刻を確認。
【AM4:59】
午前四時五十九分。
例えば部活動の朝練でもある同級生なら特に珍しくもない時間。『私』が部活に所属しているなら、この時刻はまさしく起床すべき時間だ。
「ぴったり、ね」
呟きながら、目覚まし機能のスイッチをオフにする。目覚ましに設定された時刻は午前五時○分。
だから、ぴったり。速やかにベッドから出ないといけない。もぞもぞと毛布の中から這い出て、もぞもぞと寝間着を脱ぐ。
用意されていたセーラー服――誠凛高校の制服を着て、洋服箪笥の脇にある姿見の鏡の前で髪を梳く。腹部を触るが、当たり前のようにそこに穴は開いていなかった。大丈夫。少なくとも、前の死の影響はない。
胸ポケットに入っていた生徒手帳を開くと誠凛高校1年B組、村瀬雪乃と書かれていた。見慣れた自分の顔写真も貼ってある。
手帳内のカレンダーには一週間前の日付に『男子バスケ部マネージャー初日』と、ご丁寧に手書きで書いてあった。間違いなく私の字だ。今回は随分と期限が短い。夏までにあと数ヶ月しか時間が残されていなかった。
とりあえず部屋の中の物で大体の情報は得た気がする。階段を降りてリビングに行くと誰も居なかった。
壁に掛けられたカレンダーを見ると『パパのところ』とハートマーク付きで書いてある。どうやら母は京都の父の所に行っているらしい。ここでも変わらず、両親の仲はラブラブのようだ。
適当に朝食を取り、支度をして外に出る。まだ明け方の空は薄暗い。朝の肌寒い空気に二、三度咳き込んだ。
家から誠凛高校まで一番近いルート――おそらく通学路だろう、を歩く。まだ早い時間の為か、登校する生徒の姿はなかった。
まるで世界に一人取り残されたようで、寂しくなる。体育館に行けば誰かしら居るだろうが。練習熱心な先輩達は朝早くから体育館で汗を流しているのだった。何度か誠凛高校バスケ部のマネージャーをした事があるが、未だに部室に一番乗りした事はない。
私は誠凛高校だけじゃなく、これまで出会った人達の事が大好きだ。けれど彼らが全国制覇という夢を叶えたかどうか知る事もなく、私は世界から消えていく。……いいや、今度こそ私は皆と生きるのだ。夏のその先を、見てみたい。
「おはようございます、村瀬さん」
「あっ、お、おはよう、黒子君」
不意に声を掛けられて、振り返る。
すっかり自分の内側に意識を傾けていたから、応える挙動がぎこちなくなってしまう。表情はいかにも驚いたものになってしまったし、何よりも、声。少し、ひっくり返ってしまったかもしれない。
対して、おはようの挨拶をくれた声の主は、気にしていない様子だった。
「村瀬さんは今日も早いですね」
「黒子君もね」
他愛もない話をしながら、一緒に通学路を歩く。本の話、授業の話、テレビの話。黒子君とは気が合うのか、はたまた黒子君が聞き上手なのか、話は尽きない。
会話をしながら誠凛高校の校門をくぐり、体育館に向かうと、やはりというか既に明かりがついていた。黒子君と顔を見合わせて、笑ってしまう。今日も一番乗り出来なかったね、なんて口にする。
「今日も一日、頑張りましょう」
黒子君が微笑んだ。その言葉に私も笑って頷く。
そうだ、今日からまた新しい日々が始まるのだ。黒子君に気付かれないように、私はギュッと拳を握った。
大丈夫、私はまだ戦える。