手を伸ばす。命の糸を繋ぎ止めるように。まだ見ぬ未来を掴み取るように。
緩やかに、緩やかに、目を開いた。私は、まだ生きている。だから――。
「雪乃、朝だよ!」
「さつき、おはよー……」
目を開けると、美少女のドアップだった。私って、なんて幸せもの。
「ほら、学校遅れるよ! 起きて起きて!」
ボーッとしていると布団から叩き出される。そういえば昨日からお母さんはお父さんの所に行ったんだった。
京都に単身赴任中の父の元に、母は度々様子を見に行く。両親は未だにラブラブなのだ。一人娘を置いて今頃、二人でイチャイチャしているんだろう。
「朝ご飯どうする? 良かったら私が作ってあげ……」
「パン食べるからいいよ!」
朝から死亡フラグを回避したよ、私。
*
朝も早くからバスケ部の活動はある。さつきとマネージャー業務をこなして、私は一息吐いた。帝光バスケ部は規模が大きく、マネージャーも大変なのだ。他のマネージャー達も随分とくたびれた顔をしている。
「お疲れさまー」
「雪乃もお疲れ様」
「これから授業とかマジしんどいよねー。あ、その前に朝礼があったわ」
「頑張ろうよ! もうすぐテストもあるんだし」
「さつきと雪乃は成績がいいからいいんだよー」
「ねえ、雪乃、あと朝礼まで何分?」
「ちょっと待って、ケータイ持ってるから。えーと……あと十三分で朝礼の時間だねー」
マネージャー仲間達と互いに労いながら体育館を後にしようとすると、急に呼び止められた。
「待つのだよ!」
振り返ると、そこには緑間君がいた。まだこの時間軸ではそれほど接触していない筈だが、どうしたのだろうか。
足を止め、マネージャー達と顔を見合わせていると「そこのお前」と明らかに私を指差した。名前覚えてないんかい、と思いつつ「何か用?」と訊ねる。
「そのストラップを見せてくれ」
ケータイに付いていたストラップを指差された。父がアメリカ土産に買ってきた、アメフトボールを持った不細工な犬という微妙な代物である。これに興味を持つ人間がいるとは思わなかった。
「どうぞ」
ケータイから外して緑間君に渡すと、真剣な目でストラップを凝視していた。それから言いにくそうに「これを貸してくれないか」と口にする。
「え、これ、気に入ったの……?」
どう見ても可愛くない犬の珍妙なストラップだが、どこに気に入る要素があったのか。緑間君は「いや違う」と首を横に振り、続けた。
「今日のおは朝占いのラッキーアイテムがアメフトボールを持った犬のストラップで、朝から探していたのだよ」
「何そのピンポイントなラッキーアイテム」
ツッコミながらも納得した。どんな運命を歩もうと緑間君のおは朝信仰は変わらないらしい。安心した。
「あげるよ、それ」
そう言うと、緑間君は躊躇する。私は遠慮しないで、と笑った。
「実はそのストラップ、家に沢山あって困ってるんだ。お父さんが調子に乗って一ダースも買ってきちゃったからね……だから気にしないで」
「それなら、有り難く貰うのだよ」
緑間君はそこはかとなく嬉しそうな顔をして、ストラップをポケットに仕舞い込んだ。
「ありがとう」と言う緑間君に私は「どういたしまして」と緩い笑顔を返した。父が大量に買ってきて困っていたのは本当だし、緑間君も喜んでいるので、こちらも嬉しい。良かった良かった。
「名前は?」
「村瀬雪乃だよ、緑間真太郎君」
「何故、俺の名前を知っているのだよ」
「ははっ、そりゃあマネージャーだからね」
怪訝そうな顔をする緑間君が可愛くて笑ってしまう。
「村瀬、この借りは必ず返すのだよ」
笑う私に緑間君は不思議そうな顔をしていたけれど、それだけ言って立ち去った。相変わらずで、また笑ってしまう。
「なになに、雪乃って緑間君がタイプなの?」
「違うってば」
どんな運命でも、周りの人間自体はそう変わらないらしい。変わらない、というのは嬉しい事でもあるが辛い事でもある。
変わらないという事は、変えられないという事。大輝君はその内に自分の才能を開花させて変わっていくし、緑間君だって他の皆だって『キセキの世代』と呼ばれて成長を遂げていく。
そうして彼らは別々の道を歩み、ぶつかるのだ。それだけは変わらないし、どうやっても変えられない。そんな彼らの夏と共に、私はあっさりと命を終える。
私が変えたいのは、自分の未来だけだというのに。