秀徳高校に入学して一月が経った。
私を取り巻く環境は良い意味でも悪い意味でも何も変わらない。刻々と近付いてくる死の恐怖に、どうやら私は慣れてきてしまったようだ。妙に穏やかな気持ちで日々を過ごしている。
「村瀬」
「あ、緑間君」
放課後、廊下でボーッとしていると声を掛けられた。振り返ると見慣れた男子生徒の姿、緑間君だ。後ろには高校で知り合った高尾君も一緒だった。
「おっす、雪乃ちゃん」
「高尾君も、元気?」
「元気元気!」
「なら良かった」
緑間君とはクラスが離れてしまったけれど、会えばよく話す。だから緑間君と一緒にいる高尾君とも、必然的に話すようになったわけだ。
「何してたの? まさか真ちゃん待ってたとかー。なら俺、邪魔じゃね?」
何故かニヤニヤした顔で緑間君を肘でつつく高尾君。緑間君は「うるさいのだよ」と腹立たしげに言い放った。
苛立ちを隠そうともせず緑間君は私の手を引っ張って、高尾君から距離を取る。それにまた高尾君は可笑しくて堪らないといった様子で笑った。
「何かあったのか?」
「いやいや、ただボーッとしてただけだよ」
「……そうか。村瀬は部活に入らないのか?」
「うん、今は一人の時間が欲しいなって。自分を見つめ直したいというか……」
緑間君と話していると、高尾君が「相変わらず達観してんな」と口を挟んだ。緑間君はそんな高尾君に対して嫌そうな顔をする。仲がいいのか、どうなのか。……どうでもいいが、まだ手を繋がれたままだ。
「緑間君、手を……」
「す、すまない」
恐る恐る告げると緑間君はパッと手を離した。緑間君はただの友達だけれど、そんなに反応されると照れ臭い。困った顔をする私と緑間君に、高尾君は何故か「ぶはっ!」と吹き出した。
「高尾君、どうしたの?」
「いやー、別にー?」
「高尾は放っておけ」
緑間君は「それより」と話を続ける。
「暗くなる前に早く帰った方がいい」
「そうだね。ありがとう」
笑って礼を言うと緑間君は「礼などいらん」と、そっぽを向いた。ツンデレか。
「それじゃあ私は帰るよ」
「じゃあな。気を付けて帰れよ」
「高尾君もありがとう。またね」
二人に手を振り、背を向ける。学校を出ると、まだ夕焼けには早い時間だった。
曇った灰色の空の下を、のんびりと歩く。大輝君とさつきは今、部活中だろうか。いや、大輝君はサボりかもしれない。
携帯を取り出すと、チカチカとメールの受信を知らせるライトが光っていた。さつきからだ。『日曜日、服買いに行くの付き合って!』という内容だった。
私と大輝君は休日、さつきに連れ出されて出掛けるのが多い。さつきの我が儘は、ついつい聞いてしまうのだ。大輝君も何だかんだ言って付いてくるのだから私達はつまり、さつきに弱いんだろう。可愛いから甘やかしたい。
いいよ、と返信した時だった。
猛スピードでこちらへ突っ込んでくる赤い車。運転席の男性は目を瞑って居眠りをしていた。
あ、これは駄目だな。私は瞬時に、そう悟った。一直線に迫ってくる車に、避ける余裕はない。
ああ、やっぱり。さつきとの約束は守れそうにない。
そして、私は――。