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軌道上防衛兵站輸送システム、通称S5と呼ばれる輸送弾殻に詰め込まれた一方通行。彼は今からの戦いに緊張感を抱いてはいない。オティヌスと呼ばれる世界最悪と、共に行動する上条当麻との戦闘は、まさに死闘そのものである。しかし彼は戦場に指定された座標から随分と遠ざかることとなる。
『システムエラーを確認。工程000358から001693までの作業中断。太陽風の影響が想定よりも大きいため、射出を一時中断します』
無機質な人工音声は、一方通行に現状の報告と現在進行形の作業を伝える。
「あァ?なんだってンだよ、こンな時に」
一方通行の思念が口から飛び出す。彼とてS5に到着してそうすぐ発射できると思ってはいなかったが、エラーが出ることは考慮してなかった。しかし、直ぐに作業は再開され、カウントダウンが始まる。
『再計算終了しました。カウントダウン開始。3、2、1、射出します』
一方通行の体に負担がかかることはなかった。ベクトル操作の点からではなく、輸送弾殻の構造的な仕組みによって身体への負担は軽減されている。人工衛星ひこぼしⅡ号から飛び出してから約20秒ほど経った時、事態は急変する。突然、内蔵された機材のあらゆる箇所からブザー音が鳴り響く。
『緊急事態、大気圏突入の速度が想定よりも大きいため、水の固定化に影響が発生しました。一方通行様の能力による再固定が必要となります』
(なンだ?元々コイツはテラフォーミング用って話しか聞いてねェぞ。不具合がこんなに大きい物を学園都市が採用するわけがねェ。となると学園都市外部からの攻撃もしくはオティヌスとかいうヤロォの仕業か)
どの道関係ない。
彼は首元のチョーカーのスイッチを入れる。そして水分子の再固定を行うため外壁に手を触れた。大気圏突入に向けて、気体と変化していきそうな水の分子間に対し、ベクトル操作を行い、液体の状態を維持する。
『ご協力感謝いたします、一方通行様。これより地表へ衝突いたします。お怪我をなさらないため、ベクトル操作による身体への負担軽減をおすすめします』
一方通行が首のチョーカーで反射を開始した瞬間、彼が乗っていたポッドは水面に激突した。
***
光井ほのかと北山雫、彼女らは魔法科高校への合格に向けて、魔法の練習と勉学に励んでいた。彼女らの勉学環境は、暑い夏を快適に過ごすため、雫の別荘に来ていた。
2人は浜辺で入試問題に課される魔法の練習を行っていた。
「あー、なかなか上手くいかないなぁ」
「まだ時間はある。夏に完成させる必要はどこにもない」
試験に課されている魔法は一つではない。ほのかの半諦めのような声が、さざめく波にかき消されそうだった。すると彼女の瞳に流れ星のようなものが映る。
「ねえ、見て雫。あれ何かしら」
雫がほのかの指差す方向を眺める。そこには細い飛行機雲がはっきり映ってる。次の瞬間、今までの安穏とした海岸からは想像もつかない暴風が、彼女たちを襲った。襲ったといっても吹き飛ばすほどの威力ではなく、強めの風程度ではある。嫌な予感を感じ取り、雫は練習をやめ、別荘へ戻るよう提案した。
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一方通行は自分の乗る機械が沈んでいってることに気が付いた。彼は自身の体の周りを囲んでいる特殊合金の側壁をまるで紙屑をクシャクシャにするかのように裂いていく。落下点からそれほど沈んではおらずせいぜい30m。彼の能力により海面まで上昇するのに5秒もいらなかった。
辺りを見渡せば一面海...というわけでは無かった。小さな小島がありそこにはポンとたっている家もある。
一方通行にとって現在の目標は上条当麻との接触かつ自らの敗北である。彼が海のど真ん中でぷかぷか泳いでいるという単純な事は一切ない。
取り敢えず水面を蹴って大きめの住宅へと足を向けた。
浜辺に着いた一方通行はチョーカーのスイッチを切り杖をつき始める。低緯度地帯に来たのだろうか、夏のような日差しが彼を照りつける。海水からあがった時に水をすべてはじき飛ばしたため、彼の体は決して濡れたりはしていなかった。
(クソったれめが、アイツの座標を事前に聞いておけばよかった。手元に何もねェぞ)
現在位置を特定しようにも判断材料が見当たらない。本当の孤島のようだと判断した。
いろいろ考えているうちに家の玄関に到達した。見渡す限りチャイムのようなものはない。一方通行はドアノブに手を掛ける。だが鍵がかかっており外側から開けることは出来なかった。
(なんだァ?こんな小島の別荘みてェな場所に鍵かける必要があンのか。それとも中に人がいるって可能性もあるなァ)
かつての悪党とは決別した一方通行にとって無関係の人間を巻き込むのには抵抗があった。出来れば穏便に済ませたい。
という訳で彼は大人しく玄関の扉をノックした。
反応はない。
もう一度ノックするが鍵が外される気配はない。
彼は仕方ないと考え扉を無理矢理引き剥がす。ベリベリというような音はなく金属の金具部分のみを破壊し中へ侵入する。
するとそこには女性物の靴が3足揃えてあった。
(これは今この家ン中にいるって訳か。どうする)
彼は自分の靴を脱ぎ一番手前の扉を開く。
そこには二人の少女が楽しく会話しているのが見て取れた。
***
二人の少女にしてみれば恐怖であることに間違いはなかった。突然目の前に現れた白髪赤眼の白い人物。外国人と見るにはあまりにも異質である。
動揺している二人に対して黒沢は部屋の中の戸棚から拳銃を取り出し一方通行に向ける。
「両手を後頭部に当てて後ろを向き、そして膝をつきなさい!!」
緊急事態に慣れたように淡々と侵入者に警告する。
対する一方通行はどうだろうか。彼は全く動揺しておらずまるで日常茶飯事の事かのように嘆く。
「ワリィな、突然侵入したことについては謝るが物騒なもン構えてンじゃねェよ。俺は聞きてェことがあってここまで来たンだ」
一歩一歩近づいてくる一方通行に黒沢は身の危険を感じ拳銃に指をかける。
風船を思い切り割ったような音が雫とほのかにも聞こえ、泣きそうになるほのかがそこにいる。
黒沢が放った銃弾は一方通行の反射膜にぶつかりそのまま拳銃の銃口へと戻っていく。そして銃口に戻っていった弾丸は拳銃を突き抜け壁へと突き刺さる。
身体満足の一方通行を見て呆然としていた黒沢は一方通行に首を捕まれ気絶してしまった。
彼は生体電気の流れを操作し一時的な行動の制限を黒沢に与えた。
「お二人さンなら話を聞いてくれるか?」
脅しのような文句に近い言葉は二人を硬直させた。
***
ソファに座る一方通行と雫とほのか。
「お前らに質問がある。ここはどこだ」
「お、小笠原の聟島列島です」
ほのかのか弱い声が部屋に透き通る。
「よし、だいたい把握した。てめェらの周りに上条当麻っていう人間見なかったか?ウニ頭の日本人でアホみてェなツラの人間だ」
「ここは私の別荘。誰も近づいてこない、あなたを除けば」
雫は相手を見定めるほどの眼力はないが自分の態度はしっかり定めて発言している。隣のほのかはガクガクと震えが止まらない。
「まァいい。ここがお前の別荘でさっき俺に弾打ち込んンできた奴が使用人ってとこか。さっきから気になってンだがカレンダーの2094年の8月3日ってなンだ?100年後の年でも表してンのか?」
「何を言ってるの?今は2094年であってる」
一方通行は一瞬目眩がしたように思えた。いくら宇宙における相対的な時間の差を考えても100年近く差ができるとは思えない。
しかし彼の目の前の少女は嘘をついているようには全く見えない。それどころかこちら側の心配をしているかのようなことを話してくる。
「それじゃこっちから質問。あなたの名前とここにいる理由」
ほのかが使い物にならないという状況で雫が一方通行に投げかける。
そこで一方通行は一つの悩みができた。本心を伝えるとか上条当麻の討伐とかの問題ではない。
彼女を信じるかどうかという問題だった。
「俺の名は一方通行。ここにいる理由はそうだなァ、海面に落ちた時にたまたまこの家を見つけたからだな」
「それじゃあ一方通行は宇宙からやってきた宇宙人?」
「面白い発想だな。残念だがそンなことはねェよ。人工衛星から目標座標に吹っ飛ばされただけだ」
ほのかはこの話で完全に気を失ってしまった。