魔法のあくせられーた   作:sfilo

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自宅で寝ていた一方通行が玄関のチャイムに気づいたのは稀でもなく偶然だった。彼が玄関に設置されたカメラからその様子を覗き込む。そこに映っていたのは3人の少女だ。北山雫、光井ほのか、明智英美。いつもの制服姿ではなく私服だった。かく言う彼はいつもと変わらない白の衣装。そこで彼は先日した約束を思い出した。

 

 

「「魔法理論の勉強を見て下さい!」」

 

 

これを聞いた時一方通行はビビった。頭を下げて願われる事など彼にそんな経験値はなく、しかも学校の机にのんびりと外の景色を眺めている時にいきなりだ。

 

 

「次の定期考査に向けて勉強するから教えて」

 

 

雫が本筋を教えてくれた。彼にとって学習するということは苦ではない。しかし教えたことは一度もない。それでもいいかと彼女らに聞くと大喜びしていた。実は深雪に同じことを頼んだのだが彼女は兄とともに勉強するということで断られてしまったらしい。そんな中白羽の矢が立ったのが一方通行だ。理論分野において一学年の中でトップであり実技もまあまあいい。

 

 

そんな約束。場所は一方通行自宅で集合時間が午前10時だったようだ。そんなことをいちいち覚えていない彼は取り敢えず自宅に招き入れた。

 

 

「お邪魔しまーす、って何この缶コーヒーの残骸は!?」

 

 

英美の大きな声が部屋に響き渡る。

部屋のゴミ箱には入りきらなくなった缶コーヒー、テーブルの上にも缶コーヒー、あらゆる場所に缶コーヒーが置いてあった。種類は一つだけではない。2,3種類のコーヒーが廃棄されている。

3人が立ち止まっている所へ一方通行が奥の部屋からやってきた。カツカツと杖をつきながら歩く様子は何時もとは異なっている。頭をガシガシと掻きながら、おゥと挨拶する。

 

 

「勝手に座ってゴミは適当なとこに捨てとけ」

 

 

そう言いながら彼は1人冷蔵庫を開けて缶コーヒーを取り出す。カフェイン中毒なのではないかと雫は疑い始めた。

ダイニングにあるテーブルを綺麗に片付け勉強できるスペースを確保する。それぞれの席に女性陣は座り、一方通行は少し離れたソファに寝転がる。

 

 

「まァ勝手に勉強してろ。分かんねェとこあったら声かけろ。全部分かんねェって言ったヤツはぶん殴る、以上」

 

 

「一方通行は勉強しなくていいの?今回は九校戦のメンバー選考に繋がるから真面目にやった方がいいんじゃない」

 

 

「あァ、九校戦ってアレか、大覇星祭みてェな奴だろ。俺が出る必要なンざねェよ。それよりさっさと勉強しろアホ」

 

 

一方通行は雫の頭にチョップを入れ、ううっと項垂れる様子が見て取れる。

そこから2時間弱合同勉強が始まった。女性陣で教え合うこともあったし一方通行のところへわからない問題を持っていき教えてもらうこともあった。この2時間で最も多く質問に行ったのは意外にも英美だった。初めの頃はおずおずとしていたが一方通行の分かりやすい説明が癖になったのか何度も行くようになった。

時計が12時30分を指す頃、一方通行は立ち上がり机に向かっていた少女に話しかける。

 

 

「オイ、飯食いに行くぞ」

 

 

残念な事に一方通行は自分で料理が出来ない。それどころか彼の家には食事時に食べる物のストックが一つも無かった。家にある食料品は缶コーヒーしかない。

彼の言葉を聞いた3人は学習する手を止め外に出ていく一方通行に着いていく。

 

 

「ねえねえ、一方通行、お昼ご飯ってどこに食べに行くの?」

 

 

既に呼び捨ての英美は玄関を出た所で彼に尋ねる。街中の方へ向かっていた一方通行は振り向かずに歩きながら答える。

 

 

「俺がいつも飯食ってるとこ。別にテメェらはなんでもいいンだろ?だからそこ」

 

 

雫とほのかはその発言に驚いた。彼が外で食事をしているとこなど見たことがないためである。雫と一時共同生活を送っていた時はコンビニかファミレス、家での食事には必ず缶コーヒーと偏食が激しい。そんな一方通行に適している店などあるのだろうかと不安になっていたが、数分も歩くうちにある店の前に到着する。店にはopenと書いてある板が立て掛けてあり、中に人がいる様子はない。そんなことも気にせず一方通行はドアノブに手をかけ中へと入っていく。それに続き雫らも一緒に入っていく。

 

 

「いらっしゃーい。カウンターとテーブルどっち?」

 

 

気さくに話しかけてくる店主らしい人物が聞いてくる。テーブルで、と一方通行は言うと4人は案内された場所へと座る。

 

 

「んで、注文は何にする?お嬢さん達?」

 

 

「すみません、メニューとかってないんですか?」

 

 

ほのかが注文を聞いてきた女性店主に聞くとその女性はいつものことかのように質問に答える。

 

 

「ああ、うちはメニューなんかないよ。何でもあるからね、その分値段は高くなるけど」

 

 

「ッチ、オマエらめんどくせェな。オイ、コイツら3人昼のランチセット。俺はステーキとコーヒー」

 

 

はいはい毎度、と注文を伺うとすぐに厨房の方へ走っていった。一方通行はコーヒーが出てくるまで外の様子を眺めるのがこの店に来た時の習慣になっていた。

そんな様子を気にすることなく英美らは九校戦の話に夢中になっていた。どんな種目に出たいか、どのようなコツがあるのか、他校の注目選手は誰かなど、そんなことを話しているうちにランチセットとコーヒーが到着する。

 

 

「はいお待たせ、ランチセット3人前とコーヒー。一方通行、会計はどうすんの?まとめて払うでしょ?」

 

 

店主は一方通行がここの常連客であることを知っている。それに注文以外にも結構話しているためタメ口である。

それに対し一方通行も別に悪い気はしなかった。元の世界で話しかけてくる奴は殆どいなかったし、いたとしても一方通行の力に恐れ酷く怯えて会話にならないこともあった。(まぁ打ち止めや番外個体など彼にも親しい人間はある程度はいたが)

 

 

「4人だから2万か、ほらよ」

 

 

一方通行はポケットにしまっていた財布から一万円札を2枚手渡す。ランチセットを食べようとしていたほのかはこのやりとりで体が震えてしまった。

 

 

「一方通行さん、4人で2万ってことは1人5000円っていう事ですか?」

 

 

あァ、と軽く頷いて出されたコーヒーに口をつける。ほのかの金銭感覚で昼食に5000円はありえなかった。結構な金持ちの娘、北山雫ですら一方通行の金銭感覚に疑いを持つ。それに比べ英美は食事の挨拶をしてバクバクと食べていた。

 

 

「すごい美味しい!高級レストランみたいな場所に負けないくらい美味しいよ」

 

 

そこへ一方通行が注文したステーキが届いた。熱い鉄板の上に乗った牛肉にバターが乗っている。彼は隣に置いてあるナイフとフォークを取り出し食べ始める。

 

 

「ねえ一方通行、いつもこんな感じの食事してるの?お金なくなんないの?」

 

 

「別にテメェの親父からの金で食ってるわけじゃねェよ。つかもう潮の野郎から支援受けてねェ」

 

 

一方通行の生活は今まで北山潮との契約で発生する金銭で成り立っていた。しかし現在では北山雫、光井ほのかの両方の護衛の契約しか存在しない。なぜなら一方通行が金銭を獲得する手段を手に入れたからである。先日のテロリスト襲撃時、彼の元仲間グループに接触しこちらの世界で一方通行の口座を開かせた。そこに一方通行の金を振り込むこともさせ今では金的支援を必要としないまでになった。

 

 

「それにしてもガタガタ言うなこの鉄板」

 

 

そう言うと彼は左手で熱々しい鉄板を抑えた。そこから右手に握っていたナイフで肉を丁寧に切っていく。

異様な光景を目にした少女らはランチセットを口に運ぶのを忘れ一方通行の方を見ていた。そんなことを気にすることなく肉を一口大に切り終えた一方通行は先程まで鉄板を握っていた左手にフォークを携え肉を口に運んでいく。

彼は魔法演算領域に代替させ手のひらだけにベクトル操作膜を作っている。そのため彼の手には余分な油や熱、彼の日常生活にとって不要なあらゆる現象は無効化される。こうしたごく限られた範囲であれば能力の使用は可能である。

全員が食べ終えるまで他の客は1人たりとも入ってこなかった。その間店主は雑誌を読み耽っており、客寄せをしようとする素振りは一切見せない。3人は奢ってもらったことに礼を言う。

一方通行の家に戻り勉強する予定だった4人は寄り道することなくしっかり戻っていく。(途中一方通行が自販機の缶コーヒーを購入したことは寄り道に当たらない)

帰宅した4人、そのうちの1人は帰るなり直ぐにソファに身をだらけさせる。残った3人は洗面台で手を洗い勉強道具を置きっぱなしにしたテーブルに着席する。彼女らは食事して間も無いのであろうかすぐには学習に手がつかない。

 

 

「九校戦だけど今年の1年生はすごくレベルが高い。七草先輩たちの世代に匹敵するとも言われている」

 

 

「へぇー、それじゃ優勝間違いなしだね!」

 

 

ほのかは九校戦を長年見てきた雫の意見に付け足す。

九校戦というのは一高から九高までの学校から選出されたメンバーが繰り広げる団体競技の総称である。正式には全国魔法科高校親善魔法競技大会というものである。種目数は6つで各校から3人が出場できる。

 

 

「うちのクラスのスバルもすごいしレベル高いね」

 

 

英美も一高のレベルの高さを実感している。なにせ二年連続で優勝している実力校だ。故に今年の三年生は三連覇がかかった大事な大会となる。力が入るのはその為であろう。

 

 

「一方通行も本当に出ようとしなくていいの?」

 

 

ぐだりとしていた一方通行は首だけを動かしテーブルに向かって言葉を放つ。

 

 

「バーカ、ンなつまんねェモンに出る訳ないだろ。そもそも俺が出たら競技事態成り立たなくなるだろ」

 

 

彼の能力を使ったとすれば全ての戦略が崩れる。スピード・シューティングだとすればクレー射撃範囲内のベクトルを観測して行先を予測してしまえばそれで終わる。クラウド・ボールは気圧差を利用し風のベクトルを操作してしまえばボールは絶対に向こうに落ちる。バトル・ボードやアイス・ピラーズ・ブレイクに至っても同じだ。彼が出れる競技があるとすればモノリス・コードぐらいだろう。

 

 

「え、え、どういうこと?一方通行ってそんなに凄い魔法師だったの?」

 

 

「そうじゃない。一方通行はBS魔法師で私たちよりも特殊だから魔法が普通じゃない」

 

 

「成程、そういうことねー。それなら空飛んだっていう噂に信憑性があるのも納得」

 

 

英美や大勢の一高の生徒は一方通行の存在を未だに不思議と感じている。私服の生徒、首元にチョーカーと現代風のデザインの杖、色の抜けた白髪とウサギよりも殺気を帯びた赤い瞳。それに加え空を飛べる。この噂は元々Aクラスの中だけで信用されていたが、風紀委員長の渡辺摩利が「あいつは空を飛べる稀な魔法師だな」と発言したことにより校内全てに及んでいった。

 

 

「それよりテメェら勉強しなくていいのか?」

 

 

少女らのうわーっという叫びと共に一方通行は睡眠体勢に入った。


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