定期考査が終了した。休みの日の合同勉強会が実を結んだのかは知らないが4人とも好成績であった。実技と筆記の総合では司波深雪がトップで2位に光井ほのか、3位には北山雫とAクラスが占領していた。実技ではほのかと雫の順位が逆転している。そして筆記では二科生の司波達也が2位でその次に司波深雪。肝心の1位は入学試験同様一方通行という結果に終わった。点数開示は行われていないが個人の元へ試験点数は教えられることになっている。そこに記されてあることに一喜一憂する彼ではない。
クラスの周りには一方通行を羨む者が多くいた。なぜなら魔法理論の授業において最前列に座ってる一方通行の様子にある。先生の説明をノートを取るなり端末にまとめたりする事はなくただ話を聞くだけ。たまに窓の外の景色を眺めある意味勉強という行動を舐めている。それであの試験結果である。天才型の人間と努力型の人間はそりが合わないのは永遠であろう。
最近一方通行は一人で帰るようになっていた。ほのかと雫は部活が忙しくなっており長い間待つのも迷惑だと言われ一人悲しく帰る。今日は図書館で一人魔法関連の資料を読み漁っていた。学園都市勢の襲撃が考えられないことも無いので彼らとは異なる科学力の象徴となっている魔法を身につけるためである。
彼の能力だけでも十分に学園都市と戦えるだけの力はあるが、それは制限されない状況下にある場合のみであり実際はあらゆる妨害が懸念される。支援が無い場合でも魔法演算領域による自由行動と敵と戦えるだけの魔法の力や重火器を使用できる体がなければ勝負にならない。幸いなことにグループにいた頃海原に拳銃の使い方は教わっており、杖をついた状態でも弾倉の入れ替えは可能である。魔法に関しても自分だけの現実を出力する過程と魔法を発現させる過程は似ているため、後はどれぐらい精度や力を上乗せ出来るかに懸っている。現在の実力は実技の考査により把握しており、そこからどの方向に特化するかどうかを判断する。
突然彼の端末が震え出す。
「あァ?」
『あ、一方通行!?お願い、早く来て!』
雫からだが何かとても焦っていた。
「場所は?」
『部活連本部で、』
一方通行はそこで電話を切る。次に自らの端末を操作し部活連本部の場所を検索する。その間に図書館から外に出る。そして部活連本部へ飛んで行った。
***
「雫?ちゃんと呼んだの?」
雫の隣に座っているほのかが小声で話しかける。
「うん、でも多分今ここにいる全員が危ないと思うからみんなに呼びかける」
ほのかは雫の言っていることの意味がわからなかった。
対する雫は挙手して意見を発する。
「すみません、言われた通り一方通行を呼び出しました」
「ご苦労だった」
雫に礼を言ったのは部活連の代表である十文字克人。大柄な体でとても圧迫感が強い。
この会議は九校戦の代表選別会であり雫が一方通行を呼んだ理由は彼が選手に選ばれたのだが会議開始時刻にまで来ていないことだった。一方通行自身は九校戦に出るつもりは毛頭ないが、生徒会や部活連の協議により選ばれてしまったため拒否権はない。
至るところから一方通行に対する非難や文句が現れるがすぐに消える事となった。
扉が開かれ白い人間が立ち尽くす。周囲を見渡し雫とほのかの姿を確認した彼は彼女らの元へと行こうとするが、途中で十文字に今日会議に来なかった理由を聞かれた。
「メンバーに選ばれたなんて知らねェ。それに俺は出るなんて一言も言ってねェ」
「しかし選ばれた以上選手の義務を果たすのが努めだろう。安心しろ一方通行、お前のその杖や身体能力を考慮した競技に選出させた」
そういう問題じゃねェよ、と言いそうになった一方通行だがここで口論していても仕方が無いので取り敢えず呼ばれた方向へと足を運ぶ。
「よし、これで全員が揃ったな。我々部活連としては一方通行をスピード・シューティングの本選メンバーに推薦する」
「そして私達生徒会は技術スタッフとして司波達也くんを推薦します」
2人の推薦意見を聞いた上級生や他の生徒は大きく動揺した。どうして2科生が、やる気のない生徒にどうしてやらせるなどと言った文句が飛び交う。
「一方通行についての説明は俺がしよう。アイツを本選に出場させる理由は二つある。一つはテストの結果と実技だ。筆記は勿論のこと実技においても優れた能力がある。本人の身体的制限が無ければ新人戦のモノリス・コードに出場させていた。二つ目は渡辺、お前が説明しろ」
「ああ、ここにいる者で一方通行の能力を知っている者は数少ない。噂で知っている者もいると思うがあいつは空を飛べる」
「それが関係あるんですか?モノリス・コードならわかりますけどスピード・シューティングでは空が飛べても無意味でしょう」
ある生徒が口を挟む。
「それを今から説明しようとしていたんだがな、まあいい。一方通行が空を飛べるということが重要なんじゃない。その空を飛ぶために用いた魔法が重要なんだ」
空を飛ぶためと言ってもBS魔法に近いヤツだろ、いや重力系かもしれないぞ、などと一方通行を対象に意見の言い合いが始まる。視線は自ずと一方通行に集まる。
「空を飛ぶために使った魔法を見せてくれないか?一方通行。それを使えば皆は納得するだろう。それだけの価値がある」
そう言われた本人は乗り気がしなかった。純粋に面倒だという事もあるがこの力は魔法ではない。ましてや超能力とも異なる次元に存在する力だと一方通行は考えている。隣に座っている雫の様子を見たがここまで大事になるとは考えていなかったのだろうか、俯き両手の小さい拳を固く握り締め何も言わない。
事態を手早く収束するには見せるのが一番簡単だろう。この際九校戦のメンバーに選ばれてしまうのは、雫にかかっているプレッシャーを素早く取り除くためには仕方がない。雫の頭を軽く撫でながら言う。
「窓開けろ」
その一言で窓側に座っていた生徒は窓を開け始めた。夕焼けが濃く優しい風が入ってくるのを肌で感じることが出来る。一方通行は自分の体重を支える杖をほのかに預け壁に寄りかかりながら開いた窓にたどり着く。
「何分飛べばいい」
「私がやめの合図をしたらやめていい。よし皆見ていろ、これが私が一方通行を推した理由だ」
窓に寄りかかっていた一方通行はくるりと頭から地面の方向へ落下していく。それを追うように多くの生徒は窓の方に駆け寄って下を見るがそこに一方通行の姿は見当たらない。
だがある生徒が彼の姿を発見した。下ではない。窓に向かって直線上にいる。白翼を肩甲骨付近から噴出させ空中を漂っている。
美しい白い翼は一度もなびかない。揚力による飛行ではなく何か違う力によって上へと体を運ぶ力が加わっている。
「よし!もういいぞ。戻ってこい」
そう言うと九校戦に選ばれた生徒は全員自分が元座っていた席に戻る。そして一方通行が窓に手をかけ翼を霧散させる。
「この力は九校戦の本選にも大きく貢献することだろう。そういう訳で十文字は一方通行を推薦したわけだ」
半ば納得という形で一方通行の問題は終了したが次に二科生、司波達也の問題が協議されたが結局は彼も実演して見れば分かるということでCADの調整をさせられた。
***
固まった出来事が終了し一方通行は家に帰るが後ろから雫がついて来た。一方通行は何も言わない。何か言ったところで雫は多分答えないだろう。恐らくあれだけ出たくないと言っていた一方通行を連れ出し、遂には本選のメンバーにしてしまった。その責任に潰されそうなのだ。
一方通行の自宅までたどり着く。彼は俯きながらついてきた雫を自宅に入れ缶コーヒーを渡す。
互いに会話はしない。
時間は流れる。
「別にテメェのせいじゃねェ。やるとなった以上仕方ねェだろ。何時までもグチグチすンな」
それだけ言うと雫を彼女の自宅まで送り届けた。
そしてその足で以前訪れたある場所へと向かった。その場所は依然として変わらず草が生い茂ったままだった。石碑は何も変わっていない。
窓の無いビル、そこの内部に何があるのか。
そんなふうに思案していると突然石碑が揺れ始め地面に階段が現れる。そこにはホログラムで表された文字が浮かんでいる。
『ようこそ一方通行。私の城に案内しよう』
アレイスターかと一方通行は思った。窓の無いビルに住んでいる人間など彼しかいない。しかし今はそれよりもこのビルに何があるのかが問題だった。
階段を進むと入口が閉鎖される。侵入者対策なのだろう。道幅はそれほど大きくなく人が2人やっと通れるぐらいだった。道を突き進む。すると部屋の壁全体が白い場所へ着く。
その中心にはとても大きいフラスコの様な物が置いてあり、その周りを見たこともない機械が埋め尽くしている。フラスコを覗いて見たが中には何も入っていなかった。すると次は彼の端末にメールがやってくる。
『下へ向かいなさい』
指図されるのは性に合わないが今はそんな事を言っていられるほどの余裕はない。大きいフラスコと周囲の機材、それに機械は未だに完成しているようには見えなかった。
下へと向かう階段を降りていくとどんどん暗くなっていった。照明がなく足元も見えづらくなってきた。階段が終了し平坦な床が現れる。気味の悪い音と共に床から淡い光が浮かび上がってくる。そして目の前に現れたのが一方通行にもはっきりと判断できた。
「嘘だろ」
黒い箱が延々と続いて並んでいる。一方通行の背中に冷や汗が流れ出す。不気味な感覚は拭えない。
『樹形図の設計者、これが意味する事を君が知らない訳はないだろ?』
一方通行は全てを理解してしまった。何故自分がこの世界、妹達の恩恵が無いこの世界で不自由なく過ごせる理由。このビルから特殊なネットワークが放出されている理由。
そして能力を発現するための代替演算を自らの過ちの象徴とも呼べる樹形図の設計者に任せていたこと。
彼は床に崩れ落ちる。杖はカラカラと音をたてて演算装置にぶつかる。彼は自らの頭を手で抑え現実を考えようとしたが諦めてしまった。そして能力使用モードにチョーカーを切り替えた途端、周りに存在するあらゆるコンピュータが唸り出した。
確定である。
一方通行は口元を歪め乾いた笑い声を吐き出した。精神的なダメージは計り知れない。悟った彼はビルから這い出る。