軽い絶望を味わうがなんとか自分の家に帰ってくる一方通行。自分の行ってきた事を受け入れるという大人への階段を踏み出して入るが、あそこまでの事実をそのまま飲み込むことなど10代の彼には出来なかった。ある程度屈曲させ自分でも納得のできる形に整理し受け入れる。これが自分のやって来たこれまでの過ちに対する一種の償いであろう。
全てありのまま受け入れれば彼は壊れてしまう。自己の防衛本能が働いたと言っても過言では無い。
一方通行がチョーカーに触れる。この演算能力を維持するためには窓の無いビルに存在する樹形図の設計者が無ければならない。
道具だと割り切れ
頭の中に文字が浮かぶ。
利用できる物は何でも利用しろ
眠る前に最後。
守るためだろ
それから一方通行は7月中は学校に登校しなくなった。
***
8月1日
一方通行は朝早くに家を出る。九校戦の会場へと向かうバスに乗り込むためである。集合予定時間よりもだいぶ早いがそれには訳があった。それはコンビニで缶コーヒーを補充することだった。衝撃の事実が判明して以降彼のコーヒーの消費量が一段と増えた。暇さえあればコーヒーを飲むようなそんな状況に陥っていた。
コンビニで缶コーヒーを買い一高へと向かう。駐車場へと足を運ぶと大型バスが見えてきた。そこには続々と選手が入っていく様子が見て取れる。彼もそれに混じりバスに乗っていく。
空いている席に彼は座る。隣に生徒はいない。彼は床に買ってきた缶コーヒーの山をビニール袋に包まれたまま乱雑に置く。そしてそこから1本取り出し蓋を開けた途端隣にある生徒が座ってきた。
十文字克人である。体の線が細い一方通行とガタイのいい十文字だと2人で座るに丁度いいと彼は思ったのだろうか。
「選考会から学校に来なかったのはなぜだ」
周りが騒いでいるのにもかかわらず彼の声は一方通行の耳にしっかりと入っていく。缶コーヒーに口をつけ十文字に答える。
「CADの調整」
成程、と十文字は納得したのかズシリと音を立てて姿勢を直す。
別にこれは嘘ではなかった。一方通行は九校戦において能力を使用することを禁じることにした。これは自らの魔法がどれ程通用するかを試すためであり、更に学園都市の技術力がこの世界でどれほどの力を持つのか判断する為である。出場する以上勝ちに行くのは当たり前だが、能力を使用してまで勝とうとは思わない。
そのための学園都市製特殊CAD。九校戦の規定に沿ったCADのため本来の性能よりもグレードダウンしているが一方通行が使うにあたって問題は無い。学園都市では魔法の概念が薄いためテストプレイはしていないが彼は心配していなかった。このCADがこの世界では常軌を逸した物になるとはこの時点の一方通行でさえ予測できてはいなかった。
缶コーヒーをいくらか飲み干して暇を潰しているが未だにバスは出発しなかった。どうやら生徒会長である真由美が遅れているらしい。詳しい事情は彼にはわからない、そしてコーヒーに飽きてしまった。
彼は情報端末を開き設計図から3D状態に可視化されたCADモデルを映し出す。現代魔法を使いこなす魔法師がこれを見てもCADと分からないだろう。
「一方通行、それがお前のCADか?」
まァな、とだけ答えて疎らに出てくる数値を眺める。理論上では全く問題ない代物だが現実世界ではどんなトラブルがあるか分からない。そのため今表れているこの数値を鵜呑みにすることは出来ない。
ある程度時間が経ちバスが動き出した。どうやら真由美が到着したらしい。公道に入りバスの中は一層騒がしくなった。そこで彼は瞼を閉じ耳に反射膜を生成し眠る事にした。
出発からどれぐらい経ったのだろうか。彼が目を覚ました時には既にバスは止まっており会場近くのホテルに着いていた。バスの中には彼しか居ない。足下に置いていたコーヒー缶は丁寧に並べられていた。恐らく誰かが整理したのだろう。
目をゴシゴシと擦り視界をはっきりとさせる。快晴過ぎて部屋の中でゆったりしていたい空模様。彼は缶コーヒーを全て持ちバスから降りる。すると玄関口に真由美の姿がありこちらを認識したようだ。
「バスの中ではぐっすり眠っていたようね」
ほら、と彼女は自身の端末を取り出し画像を出現させる。その画像とはバスの中で眠る一方通行であった。
「盗撮趣味の女ってのはロクな奴がいねェな」
「待って待って、今夜は懇親会があるからちゃんと正装で来てね」
一方通行は九校戦に殆ど何も持ってきていない。今手元にあるのは端末と杖、そしてカードの3つだけだった。九校戦専用のブレザーはともかく制服などは当然持ってきていない。その旨を伝えるとため息をつかれた。
「制服着用義務を免除していたけど流石にまずいわよ」
「仕方ねェだろ。別にいちゃもンつけてくる奴なンざ無視しとけばいいだろ。俺は用事があるから、じゃァな」
ホテルの鍵を彼女から奪い取りロビーに入っていく。エレベーターへ向かう途中入学式の日に見た生徒集団が私服でいるのを見たが、彼には関係ないので受付にコーヒーのゴミを捨てるように言って部屋へ行く。
午後2時、そろそろ一方通行が予約していたCADが到着する頃なのだが端末に連絡が来ない。焦っていても仕方ないことなのでホテルの一室から出ようとする。すると一方通行がドアを開けるまでもなく勝手に開いた。そこにいたのは森崎駿だった。
「相部屋はお前か、俺の邪魔すンじゃねェぞ」
わかっている、とだけ言って部屋に備えてあった椅子に座る。彼は一方通行から見てもはっきりとわかるぐらい元気がなかった。ため息までついている。
そんな様子を傍から見て機嫌が悪くなったのか一方通行は森崎を外に連れ出す。
「着いて来い」
「な、なんだよ!パーティーはまだ始まってないぞ!」
「そうじゃねェよ。そもそもお前みたいなアホ面と一緒に行ったら笑われンだろォが」
そう言うと2人は共にエレベーターに乗った。
一階にたどり着きロビーから表に出るとそこには大型の作業車が停車していた。その後ろには普通乗用車もついて来ていた。運転手は一方通行の姿に気付いたのか運転席から降りてきて端末を差し出した。それに応じて一方通行も端末を差し出しお互いに何やら情報を交換している。森崎は何をしているのかわからずただ立っているだけだった。
「ありがとうございましたー、またのご利用宜しくお願いします!」
運転手は一礼して後ろの乗用車に乗り込むとすぐに帰って行った。空席になった運転席に一方通行は座り隣に森崎を座らせる。
「一高の待機場所って何処だ?」
「あそこだがもしかしてこの中に入っている機材全部お前のものなのか?」
「そうだ、お前を連れてきた理由は必要な機材を俺の部屋に運ぶ人間がいるから。手伝えよ」
理不尽だ、などと口走りながら車は一高の作業車の隣に自動で動いていく。一方通行はリモート設定で操作しようとしたが自動操縦モードがあったので楽をした。
大型の作業車が停止すると作業車で調整をしていた一高の生徒が周りに集まってきた。これほど大きな作業車は滅多に見られない為である。一方通行が降りて後ろの搬入口を開けようとすると話しかけてくる女性がいた。
「これは貴方のCADの為の設備ですか?」
市原鈴音。今九校戦における作戦チームに属している生徒会の人間で、一方通行は4月に面識があるだけの者だった。
「そうだな。俺のはデリケートだからこれぐらいねェと壊れちまうンだわ」
「そうですか、ではCADを見せて頂けますか?本作戦において貴方が何処まで勝ち上がれるかの判断材料にしますので」
一方通行は運転席に戻りダッシュボードに入っていた一般的なCADを鈴音へ見せる。
「お借りします」
保管しておいてくれ、と一方通行は彼女に頼み森崎を呼ぶ。
「ンじゃお前はこれを部屋まで持ってけ」
そう言うと彼は2つのアタッシュケースを森崎に突き出す。地面には一方通行がホテルまで持っていくアタッシュケースが1つ置いてある。森崎は人がいいのかどうかは分からないが2つ持っていくことにした。一方通行は杖をついているためあまり重い荷物は持てないし片手しか空いていない。
2人が並んで歩いていると片方が話し出す。
「なあ、どうして放課後の九校戦の練習に一度も出なかったんだ?」
森崎は新人戦のスピード・シューティングのメンバーである。このこと自体は誇れる素晴らしいことなのだが、隣にいる一方通行は本選のスピード・シューティングの選手。比べればどちらが選ばれる時点で優秀なのかがはっきりとわかる。そのことについて森崎は悩んでいた。純粋に喜べない。同じ学年、同じクラスに同じ種目で一段上の人間が存在する。
「色々あったンだよ、察せ」
そうか、と呟きホテルまでの道のりを歩いていく。ここで心配しても仕方が無い。新人戦で勝って評価を上げる、これが今の森崎に出来る最大の好手である。
それから数時間後一方通行はパーティーの本会場へ向かった。森崎は既に会場へと向かっているため彼一人となる。時間ギリギリという訳ではないが始まる寸前までホテルの一室にいるのは彼ぐらいだろう。会場の扉を開けると既にパーティーは始まっているようで話し声が幾らか聞こえる。コツコツと歩いていると周りから煙たがられるような色々な言葉が聞こえる。出る杭は打たれるとはよく言ったもので、彼が一高の集団に辿り着くまで声はかけられなかった。
「あ、一方通行」
雫がいち早く彼の接近に気が付いた。何時もの白い薄手の服は夏には絶対に合った格好ではない。一高ではそれが一方通行のトレードマークとなっているのもまた事実。
彼は雫を見つけこちらへと向かってくる。
「アッくん、パーティー楽しんでる?」
「ウゼェ、オッサン臭いネタで絡ンで来ンじゃねェよ」
ひどい!と言われたが全く気にしなかった。
一高集団の人間と彼は結構話した。雫やほのかが側にいて友達の友達という関係の人間が多かったが、しっかり話していた。森崎駿を弄って遊んでいたりもした。
***
そして大会初日。観客席には達也の仲間達が真由美の試合を観戦していた。1つのクレーも落とすことなくパーフェクトで試合を終わらせた時、空の上にある飛行艇からアナウンスが鳴った。
『ただ今行われたスピード・シューティングにおいてCADの不正疑惑が浮上したため一高の一方通行はCADを大会運営本部まで持ってきて下さい。繰り返します...』
その場にいた一高の応援団や達也らは大いに驚く。
「雫、一方通行はどんなCADを使用したんだ?」
「わからない、でも九校戦のために作ろうとしていたことは知ってる。お父さんに頼んでたらしいんだけど結局一人で作るとか何とかって」
次は見に行ってみようぜ、とレオが提案しその場の人間は皆一方通行の次の試合会場へ向かった。(会話の途中で不正疑惑が晴れたので)
その会場についた時には既にほぼ満席状態であった。異常だったのは見に来ていた観客の大半がスーツを着ている企業の人間だったことである。
「すごい数だな」
達也が呟く。
「先程の疑惑で興味を持った方が多勢来たのでしょう」
深雪は冷静に判断し空いている席を見つけた。そこで一方通行の入場を待つ。
「そういえば一方通行さんの得意魔法は何かあるんですか?定期テストの結果は素晴らしいものでしたよね」
「本人は公言していないそうだ。だが大会選出会議で顕にした白翼の力がどれほどの物か見ものだな」
美月の質問に客観視された評価を下す達也。するといきなり会場が沸き上がった。歓声だけでは無い。ブーイングと呼ばれる不当なコールも付いてきた。だがスーツ姿の人間たちは皆手元の機械などを弄り測定を始めていた。
「なんかスゲェな、1回戦の時になんかやらかしたんじゃねえのか?」
「ホントね。ここまでブーイングが激しい九校戦なんか初めてじゃない?」
レオにエリカは周りの空気が嫌なものに囲まれるのを肌で感じた。後ろに座っていたほのかと雫はじっと一方通行登場を見守る。彼の隣には台車を押し進めている森崎駿が付いていた。
「なんで森崎が一緒にいるんだ?アイツは新人戦じゃないのかよ」
「恐らく一方通行の荷物番だろう。本人は杖で荷物が思うように運べないから手伝って貰ってるのかもしれん」
一方通行がステージに立ち森崎が台車からアタッシュケースを7つ下ろして一方通行の背後にあるベンチに座る。
ようやく一方通行のCADの本来の姿が出現する。