北山潮の話では昨日この別荘の周囲に飛来した物体の詳細を調査しに来たらしい。なんでも飛来した物質が人工衛星で確認できず飛来したらしいという情報を頼りにしたのだが、潮は自分の娘の近くということもあって誰よりも早くこの案件に手を出した。
「雫からある程度の話は聞いたよ。君を泊める理由や君がなぜここにいる訳とかね。それよりも重要なのは君の事が世間に広まれば君はあらゆる意味で目立ってしまうだろう。そこで提案なんだが君が乗ってきた宇宙船の情報を私たちに提供してくれるのなら君を匿う努力をしよう。悪い話ではないだろう?」
姿かたちが人間そのものでも宇宙からやってきた人物となれば世間は正しい認識を絶対にしない。それならば情報提供の話に乗り今後の生活を考える方が有用であろう。
一方通行は出されたコーヒーを軽く飲み自分のこれからを想像する。帰る手段が確立出来ない以上この世界に滞在する他ない。それには個人情報や金が必要になってくる。
この潮という男はそこまでするほど一方通行に何かを思っているのか、様々な疑問が湧いてくる。
手元のコーヒーが底をつきそうな時一方通行は立ち上がり潮に言う。
「分かった。だが俺が乗ってきた輸送弾殻は調べられる状況かわかんねェぞ。なンせ着水と同時に引き剥がして俺は出てきたし、学園都市製のもンなら外部に解析される事に対しては細心の注意を払っている」
「心配いらんよ。私は娘に会うためにここに来たようなものだ。仕事なんぞ二の次だ」
「そォかい。今から弾殻持ってくるがそれでいいのか?」
潮やその周りにいた女性達は驚くような顔をしていた。
彼らは宇宙船と聞いているので何トンもある物だと思っている。実際はもう少し軽いが一方通行には関係ない。
「あ、ああ、実は調査船を今朝横浜を発たせたところなんだ。君が乗ってきた宇宙船を操作することができるのなら話は早い。すぐに持ってきてもらうことにしよう」
一方通行はその承認を受け外の様子を確認する。快晴の絶好の海水浴日よりとも言える夏の日に冬服で別荘を飛び出る。
浜辺に杖を刺しながら自分が落ちてきた方向を確認する一方通行。昨日飛行したある程度の時間と方角から逆算し、海中に存在する輸送弾殻の在処に目星を付ける。
そうしていると動きやすい夏の格好をした雫とほのか、それにダンディズムに影響されたような服装をした潮が揃ってやって来る。
「どうやって持ってくるのか見たくてね。調査船は午後に到着する予定だからゆっくりやってくれて構わないよ」
潮の興味津々な様子から一方通行は面倒臭さを感じ取る。
「帰ってくる時に邪魔になンねェ所にいろよ。輸送弾殻で潰されましたじゃァ話にならねェ」
そう言うと彼は首のスイッチをオンにする。彼の周りの現象が全て手に取るように認識できる。ベクトルを中心とした様々な現象を頭の中で計算し弾殻が飛来した場所を特定する。
「すぐ戻ってくる。テメェら本当に潰れても知らねェぞ」
彼の背中から白い翼が出現する。
彼が自らのコントロール下に置くことができたのはごく最近だった。以前は特定の条件下でのみ使用することが出来たが、現在では発生するベクトル方程式を組めるため何ら問題はない。
その姿を背後にいる3人にはこの世の物と思えないという表情をしていた。雫がその正体について一方通行に聞こうとした時、彼は振り向かずに水平線へ飛んでいった。
***
取り残された雫らは先程の現象を未だに信じられないようであった。魔法では説明のつかない現象。BS魔法だとしてもあまりに恐ろしい。
「雫、彼は空を飛ぶことができるのかい?私は砂の城を一瞬で作れる程の振動系のエキスパートと聞いたんだが」
「私も知らない。そもそも砂の城を作れる振動系魔法は使えそうって言っただけだし、エキスパートとは言ってない」
「そうだったな。それよりも彼は一体何者なんだね。空を飛ぶことが可能なのはわかったが、あの白い翼があまりに奇妙過ぎる。本当に人間であるかを疑うよ」
大変な人物を匿うことになってしまったと若干の後悔に唇を苦く噛むも事態は変わらない。
「でも多分空を飛べる事は能力の一環に過ぎないんだと思う。昨日の話を聞く限りベクトル操作はあくまで付加価値だって言ってた。本質は別の所にあるけど教えないって言われたし」
そう、彼の能力の本来の姿は現象を観測し理論値を叩き出す事のできる人間の脳を超越した演算能力にある。彼も自覚しているがこの能力がこの世界に存在する魔法という現代科学に通用するかどうか、一方通行はまだ試していない。
「いいかい2人とも、よく聞きなさい。彼の事は絶対に他言してはならないよ。こんな能力は世界のパワーバランスを崩壊させかねない。わかったね?」
2人は軽く頷き事の重要さを確認する。
すると一方通行が飛んでいった方向から白い物体がこちらに向かってくる事が判明した。明らかに一方通行であり、彼の右手には体の大きさの1.5倍程の機械らしいのもが付随している。
靡いていた風がいきなり強風になり一方通行の味方をする。彼は海面ギリギリを飛行し着陸する少し前あたりから海の中へ足を突っ込む。減速体勢に入り砂浜に丁寧に着陸する。比較的目立たない場所に弾殻を置きその後首元のチョーカーの電源を切る。
「こんなとこでいいのか?俺が回収してきたのは塊の方だ。周りに散らばった細かいチップとかは置いてきたぞ、あンなもン回収したところで解析もできやしねェ。拾ってきた奴も出来るか知らン」
「宇宙船を操作するわけじゃ無かったのか。何と言うか君は規格外だな。その翼も自分の能力なのかい?」
「まァそうだな、詳しくは言えねェがそんな認識で問題ない」
一方通行は能力を使って飛行していた時のことを思い出す。代理演算させているミサカネットワークの方向ベクトルを感じ取れた。学園都市や元の世界にいるときは自分の周りを囲むようにネットワークが張り巡らされ方向性を感じる事は不可能だった。しかしここではある一方向から電磁波が感じ取れた。
大きな収穫である。一方通行の予想では妹達は一箇所に集められているか代替演算装置がそこにあるかの二つだった。
部屋に戻り疲れを癒すためにベッドへ向かおうとした一方通行は潮に止められる。
「君の今後の事を話しておこう。準備や仕事は何事も早い方がいいだろう」
男二人でのビジネストークが始まった。今後どのような生活をどうやって送っていくかなどである。
***
時は流れ2095年4月3日、一方通行は雫の家の前で情報端末を弄りながら彼女を待っていた。その隣には一高の制服を着たほのかもいる。
「雫、遅いですね。一方通行さんは起こしに行ったりしないんですか?」
「バカ言ってンじゃねェよ。別々の家用意してもらってンのに何で俺がそこまで面倒見なきゃなんねェンだよ」
一方通行は潮と様々な契約を行った。まず一つに戸籍の確保。潮の親戚にあたる人物の養子につかせることで公用の身分を確保し、住居や生活費は潮からの援助金によって賄われる。
その代わり一方通行は輸送弾殻の情報と自らの能力を潮に売った。弾殻の情報は取り出しがほぼ不可能ではあったが、一方通行の能力は破格の値段で売れた。
しかし最も重要な契約は別にあった。それは『雫とほのかのガード』という内容だった。自分の娘や娘同然の子供の身の安全を確保したいという思惑と、一方通行の行動を制約するという形でこれ以上に相応しいものはなかった。これにより一方通行は秋から冬にかけて現代魔法の知識と魔法技術を会得し魔法科高校に入学することが出来た。
彼に得意魔法というものは一切ない。満遍なく丁寧に技術を習得していった為あらゆる分野で高評価をつけられるレベルである。さらに彼は現代魔法と自らの能力の区別をはっきりとさせた。そこに曖昧なベクトルは存在しない。
すると玄関から雫が正装で小走りでやってきた。
「ごめん遅くなって。ほのかの制服凄い似合ってるよ」
「雫もとても似合ってるね。それでも一方通行さんは制服着ないんですね」
「黙ってろ、キリキリ歩けねェのか。それに服なンざァ何着たって変わんねェよ。それなら自分の好きなもン着た方がまだマシだ。テメェらは制服で過ごすのがそんなに好きなのかよ」
一方通行は首元のチョーカーと両こめかみに繋がれた電極を有しており、さらに杖を使用しなければ歩けないという事情を鑑みて学校に申請して制服着用の義務を解除してもらっている。
実際は制服でも何ら問題はないのだが一方通行の好みのブランド以外着たくないという願望が半分以上である。
「だって一方通行杖ついてるんだからキリキリ歩いても意味ない」
「あンまり人を馬鹿にしてると殺すぞテメェら」
「わ、私を巻き込まないで下さい!」
雑談をしながら一高の門までやってきた。そこには多くの新入生と送ってきた保護者などが数多いる。その中でこの三人はとても目立っている。しかし三人というよりその一人に目線は大量に集まる。
制服ではない真っ白なパンツにフード付きの真っ白な薄いコート。髪も色がほとんど抜けたような白さ。その全体的な白さに表れる二つの赤い球。
「さっさと講堂にいくぞ、入学式に遅れても知らねェぞ」
一方通行の言葉が刺さる。
講堂では半分以上の席が埋まっており三人が一緒に座れるというような奇跡的な事は起こらない。一方通行は状況をすべて見渡せる一番後ろの席を取ろうとする。
そこに雫やほのかのような現代知識に富んだ人間からのアドバイスがある。
「一方通行さん、1科生はなんだか前みたいですよ。そんな雰囲気私好きじゃないですけど」
「いや、俺ァ後ろの席に座るぜ。前の方に2人座れる席があンだろ。そこに座っとけ」
そう言うと1人階段を上っていく。その途中途中であらゆる方向から異物を扱うかの様な視線を体中に受ける。
「何あれ、制服も着ないって余程ヤバイ奴なんじゃないの?」
「1科か2科かもわからないよね。でも二階へ行くってことは2科生なんじゃないの。2科のくせに制服も着ないでよくこの高校に来れたわね」
非難の声も聞こえるが一方通行には一切聞こえない。今は鼓膜に入ってくる空気の振動を全て反射するように設定している。
一方通行が身につけた新しい技術、魔法の能力への応用のおかげで少しばかり演算能力を取り戻している。元々能力が使えなかった原因は脳の破壊による演算行使の不可であり、一方通行はネットワークに代理させることで能力を発現出来る。
そこで代理させる演算領域を魔法演算領域に代替させる。あらゆるベクトルを操作するというまでにはいかないが、異能力者程のレベルにまで到達できた。なお魔法式や起動式を必要としない一方通行自身の演算結果が現象としてあるため魔法の行使という訳ではない。そのためサイオンに干渉することは一切ない。
一方通行は自分が座れそうな席を確保し壇上を見る。学園都市の一方通行は学校の行事に参加するというのは小学生以来なので何をするのかほとんど覚えていない。
色々なことを考えているうちに彼は爆睡してしまった。
***
目が覚めた。周りには誰も居なくなっている。ほのかや雫は既に講堂の外に出ているのだろうか。若干不安になり席を立とうとした時何やらずっと横で口をパクパクしている女子生徒を発見した。
(なんでコイツ口パクしてンだよ)
そう思った彼だが自らの能力の影響であることに気付くとすぐに鼓膜に覆い被さっていた反射膜を取り除いた。
「もう入学式は終わりましたよ。まったく、入学式に制服を着用しない生徒がいると報告を受けましたが事情があるのですか?」
一方通行の知らない人間であった。花形の紋章を見るに1科生だろう。彼はポケットに入っていた許可証を提示しすぐにその場を立ち去る。
外には人だかりが出来ておりその通りを進もうとしたが億劫に感じ彼は端末で雫に連絡を取った。
「オイ、テメェら今どこにいる。ほのかも一緒なんだろォな」
『うん、そうだけど、ほのかはなんか熱くなって危なげだから帰らせるね』
「熱くなったァ?よく分からねェが先に帰るってことか」
『じゃあね』
一方通行は2人のガードであり身を守らなければならないがそれが最重要とは考えていない。彼が入学する訳は情報の入手も理由の一つにある。
IDカードを交付してもらい辺りを見渡す。そこには先程まで存在した大きな一塊はとうに消え去っており道幅に余裕が出てきている。塊がなくなったとはいえ人がいる事には変わりはない。そんな中彼は一人で帰っていった。
翌日になると一方通行の端末に1つのメールが入っていた。潮からである。一方通行が捜索を依頼していた建築物が見つかったというものである。彼が探していた建物というのは、こちらの世界にやってきてから感じているあるネットワークを放出している物で、添付されている画像を見ると窓が全くないビルのようなものであった。
一方通行は既視感を感じる。
学園都市に存在している統括理事長の住処にそっくりだった。