一方通行回収日の午前8時。彼はピンセットを手に持ち学校へと向かう。登校途中雫にまたグローブを持っているなどと言われたが彼は気にしない。別れの挨拶もいらないだろう。
学校に着き彼は端末を確認する。昨日以降学園都市からの連絡は一つもない。恐らく変更は無いのだろう。しかし場所などの指定が無いため放課後彼はどうしていいのかわからない。仕方なく暇を潰すため討論会というものに顔を出そうと思った。
1科生と2科生の差別に関する討論会らしい。この世界に来て、この学校に入学して間も無い一方通行にとっては関心のない問題である。
放課後、睡眠不足の彼は重い瞼を支えながら講堂の席に座っていた。討論会はずっと真由美の独壇場、とまでは言えないが議論の仕組みを確実に把握している彼女の有利に進んだ。疎らな拍手の中彼の端末が震える。
「あァ?誰だ」
席から立ち上がりながらピンセットを持ちながら電話に出る。両手が塞がってしまい上手く歩くことができない。
『土御門だ、もうそろそろ着くんだがお前はどこにいるんだ?結標の座標移動は具体的な見取り図が無いからそう安々と使えない』
「でっけェ建物あンだろ、そこだそこ」
『りょーかい。で、長い休暇の感想はどうだにゃー。俺も舞夏と一緒に半年ぐらいゆっくりしたいぜい』
一方通行は土御門のテンションの切り替えの速さに一瞬ガクッと体が傾いた。杖をついていない方の肩を利用し端末を挟み会話を続ける。
「お前は何も変わってねェのかよ。俺の仕事の間にサクッと殺されてればいいのによォ」
『ははっ、そう言うな。こっちだと打ち止めと番外個体、その他諸々は何も変わらず過ごしているよ。一方通行は特別な仕事って言ってあるから安心しろ』
通話を切ると自分の席には戻らず壁に寄りかかり討論会の続きを眺める。すると突然講堂内に轟音とガラスが割る音が鳴り響く。視線をそちらの方に向けると自然とは思えない気流が発生している。周囲のベクトルを観測する一方通行は何が起きているのかすぐに分かった。
魔法で気流操作してるのだと。
席から立ち上がった幾人もの生徒が予め予測していたかのような動きを見せる風紀委員に取り押さえられている。
佇んでいた一方通行に風紀委員である森崎が話しかけてきた。
「お前足が悪いだろ。避難するならあの出口からだが手伝う必要はあるか?」
「いや、別にいらねェ。それより何が起こってやがる」
森崎はホルダーに入っていたCADを取り出し周りを見ながら説明する。学校にテロリストがやってきたこと。そして学校のある壁が破壊され、そこに教師らが消火活動を行っているということ。そして風紀委員や自衛できる者などはテロリストを取り押さえているらしい。
一方通行はそのことを聞いてすぐにバイアスロン部が練習している場所へと足を向けた。彼女らが狙われないという保証はない。以前のようにアンティナイトを使われれば彼女らは抵抗出来ないし、魔法を無力化されていなくとも物理的な攻撃では女性にとって大きなものとなる。
講堂を抜ける途中で雫の位置情報を端末で確認する。
外を出た途端、彼は跳んだ。純粋なジャンプ力だけではない、重力による規制をも無視し校舎を飛び越える。ありえない滞空時間の中彼は遠くに存在する二人の姿とその他生徒、更にそこへ走っていく作業着を着た男を捉える。
一方通行着陸直後、テロリストの体は真っ二つに割れてしまった。人間の構造上耐えられない衝撃が加わり皮膚が裂けてしまったのである。
そんなことを気にすることはなく彼はバイアスロン部の中で怯えていたほのかを見い出す。
「ケガねェか?」
伸縮性のある杖を引き伸ばし電極のスイッチを切る。周りにいた生徒は一方通行に近寄ってこない。
「ったくつまンねェ、テロリスト共の強襲と聞いたがこれほどにまでクズだと元悪党として情けなく感じるぜ」
「一方通行、その男はどうなってるの?」
雫は自分に襲いかかってきた男の安否を憂う。一方通行の足元には赤黒い液体と臓物が散らかっている。そこには生命の脈動というものは既に存在していなかった。
「それよりもオマエらは避難しろ。そこの生徒連れて端末通りに動け。そうすりゃァ命は助かるだろ」
「貴方はどうするの?」
「俺かァ?俺は」
「元の世界へ帰る。そうだろ、一方通行?」
時代遅れな制服を見に纏う金髪でサングラスをかけた男、土御門元春は歩きながら気軽そうに答える。
「またテロリスト!?こうなったら!」
女生徒がCADを構えるよりも早く行動できたのは土御門だった。
「結標、俺から前方10メートル人数は7人。中心にいる一方通行を除いて...飛ばせ」
一方通行はほのかと雫の肩に触れる。直後、彼ら3人以外の人間は虚空へ消えた。文字通り一方通行の周りには雫とほのかしかいなくなっていた。2人は周りを見渡すが誰もいない。対する一方通行は誰がどんな能力を使ったのか既に分かっている。
「あら、一方通行、お久しぶり。酷い性癖はまだ治ってなかったのね」
「結標さん、人の性癖というものはそう簡単に変わるものではありませんよ。現に貴女のショタコン疑惑はまだ晴れていないんですし」
テロリストが襲撃している最中とは思えないほど軽やかな会話が弾む空間。グループというのは元々こういう部隊なのだ。
「お疲れ様です、一方通行。こちらの世界もなかなか素晴らしいものですね。学園都市とは違う先端さを感じますね」
グループの一員、海原光貴は涼しい顔を変えずいつものスーツ姿で一方通行に話しかける。
「それより飛ばした奴らは何処にやった?壁とかに突っ込んでる訳じゃねェだろ?」
「安心しなさい、比較的安全な所に飛ばしたわよ。それはそうとその子達なんなの?誘拐でもしたの?」
結標の後ろで土御門と海原はクスクスと笑っている。土御門は我慢出来ないようで顔に手を当てながら声を漏らす。
「何笑ってンだシスコンヤロォ、血の繋がってる奴と一線超えるなンざ正気じゃねェよ」
なんだとぉ、と一方通行に近づいていく土御門を海原ら間に入って2人の怒りを鎮める。
そんな状況にほのかと雫は頭が追いつかない。二人が消えた現象を現代魔法で説明する事は難しい。雫の頭には一方通行が元々住んでいた世界の事だといち早く思いつく。
「一方通行、この人達は誰?」
この一言は土御門の笑いの沸点を大幅に超えるものだった。
「ハッハッハッッ、一方通行、一方通行だってよ。フルネームで呼ばせてるなんてとんだ性癖の持ち主だぜぃ」
「黙ってろクソヤロォ!次変な事言ったらそのグラサンごとテメェの眼球潰してやるぞ!」
一方通行に代わって海原が雫達の前に立って説明する。
「どうもはじめまして、海原光貴と申します。私達は一方通行を連れて帰るよう言われた者でして」
「連れて帰るってどういうこと?一方通行は元の世界に帰るの?」
雫は海原に食いつく。彼女は一方通行から何も聞いておらず当の事実に戸惑う。
「ええ、まあ。彼も仕事でこの世界に来ている訳ですし本来の場所で生活してもらうのが一番かと思いますが、なにか不都合でもあるんですか?」
「そこまでにしておけ海原、しっかりとした説明はコイツがやるだろ。それより一方通行回収も終わったしこの世界で最後の仕事といきますか」
そうですね、と言って海原は雫達から離れていき3人の元へと駆け寄る。一方通行と土御門の喧嘩は終わったので険悪な空気など流れていない。
最後の仕事とというワードに一方通行は疑問を覚え土御門に事情を聞く。
「にゃー、俺達が相乗りしてきたテロリストの駆除だにゃー。この世界の事はこの世界に任せればいいのに上はそんな事微塵も思ってないんだにゃー。どうせ恩を売り付けて後で交渉を優位に進めるためだろう」
一方通行はそれを聞いて学園都市の本格的な世界侵略が始まると予測した。恐らく既に航空基地や人工衛星、物資を運ぶ大型の潜水艦など様々な軍用物を持ち込んでいるに違いない。
しかし彼に戦争を止める手段など持ち合わせていない。能力は学園都市上層部に制限をかけられている状況であり、これが無くては彼の戦闘能力は著しく低下する。話術に関しては問題外である。
取り敢えずは、
「クズ共の掃除か、オマエらが乗り込んで来た場所を覚えているんだろォな?」
「任せなさい、すぐに飛ばしてあげるわ」
雫はその時の一方通行の白い後ろ姿を忘れることは無いだろう。誰かを守るという使命を持つ者の背中は誇張され大きく見えるのだ。
次の瞬間、4人の姿は消え失せた。
***
トスッと同時に着陸するグループ。周囲には魔法を駆使して戦う生徒と重火器を使用して戦うテロリストに分かれていた。しかし学校側の体勢が整ってきた今テロリストに勢いはなくなっていた。もう勝負は決していると見たほうがいいだろう。
「オイ、土御門。鎮火作業の方が忙しそうだぞ」
「心配するな、今から忙しくなるぞ。ほら見てみろ」
そういった後彼らは多くの生徒に囲まれた。多くと言っても12,3人なのだが、それでも囲まれていることに変わりはない。皆CADをこちらに向けている。
「一方通行、すまん。テロリストと一緒に来たからなんか敵に思われてるみたい」
土御門の軽い発言に3人はハァとため息をつく。それでも事態は変わらない。
すると囲んでいた輪の外から数人が現れる。
「お前達も学校を襲撃した人間の仲間だな。大人しくして、って一方通行、もしかしてお前が手引きしたのか?」
風紀委員長の摩利は驚いた表情をしている。その後ろには服部、十文字も厳戒態勢に入っていた。
「これは面倒だにゃー。結標、これなら俺達と向こう、どっち飛ばすの楽かにゃー?」
「それ聞く必要あるの?断然こっちに決まってるじゃない。で、どこまで飛ばせばいい訳?」
一方通行は周囲を見渡す。視線を上の方に寄せると校舎の屋上が目に留まる。
「屋上でいいだろ。どォせテロリストの根本ブチ壊す為に本拠地まで行くンだろ。それと土御門、これお前が持っとけ」
そう言って一方通行は手で握っていたピンセットのケースを土御門へ放り投げる。
「一方通行聞いているのか?その周りの人間は誰だ?」
「言っても無駄だ。アイツはお前を見ていない。それより取り押さえるぞ」
十文字の合図で囲んでいた人間のうち5人程が中心に駆け寄る。体に強化魔法をかけ、他の囲んでいた生徒はCADを中心に向けて取り逃しが無いように見張っている。
だが結標の能力はこの世界で絶大な効果を発揮する。
中心へ飛び込んでいった生徒達は彼ら自身ぶつかり合い標的を捕まえられない。
「どこだ!」
そんな様子を4人は空間移動した屋上から眺める。一方通行はさっきまでいた場所から目を移し小型トラックが並ぶ駐車場を見る。
「なんだ一方通行、仕事をすぐに終わらせたくなるサラリーマンみたいじゃないか」
「そンなンじゃねェよ。ザラッと見た感じだと装甲車が見当たらねェ。本気でこの学校潰せると思ってんのか、テロリスト共は。それに戦闘員が雑魚過ぎて学生相手に負けてンぞ。こりゃただのママゴトじゃねェか」
「言ってやるなよ、一方通行。テロやる奴らがまともな戦力持ってると思うか?そもそも調べた限りこの学校を転覆させる戦力は学園都市だとレベル5が2人位必要だろう。そら、仕事再開だ」
夕焼けの綺麗な空に一方通行の視線は移る。