比企谷八幡
時刻は朝の8時
玄関に行き、靴を履き、扉を開く。
「あれ~ヒッキー朝早くからどこ行くの~」
暗い廊下の奥の方で
目をごしごししながら由比ヶ浜由衣は訊ねてきた
「あー、起こしちまったか、わりー」
余程、眠いのだろうかあくびをしては目をこする。いつもの由比ヶ浜はもう少し、昼近く眠ることも多い。俺の外出の準備の音が部屋まで響いてしまったのだろう。
「うんうん、別にそれは大丈夫なんだけどどこ行くの?」
「昨日、言ったろ。明日、一色が東京来るって。それで、あいつが迎えに来いってよ」
由比ヶ浜は苦笑しながら呟く。
「あはは、いろはちゃんらしいな変わってないね」
「ほんとな。朝からスマホが鳴り止まないから何事かと思ったら。ほんとに」
「それでグタグタ言いながらも迎えに行くのはヒッキーらしいよ」
「まぁ、行ってくるわ。昼はたぶん、あいつのことだからどっか連れていってくださいよとか言って、食ってくるからいらないわ。雪ノ下にもそう伝えといてくれ」
「うん。分かった。行ってらっしゃい」
「おう」
外に出る
いくら、冬は終わったといってもまだ、三月の最初だ。朝は寒い。いや、ほんとに寒い。頭のなかに思い浮かべていた寒さと比較すると、それはもう段違いの寒さ。マーライオンが実は思ったよりもしょぼいみたいなそんな予想外の感じ。まぁ、見たことないけど。
首に巻いてあるマフラーを口許まで持ち上げ、少しでも寒さから逃れようとする。ダメだ今度は何か耳の寒さが気になる。耳当てがわりになるものないし、困った。何か最早、耳が暑い。早いよ。家出てまだ五分ぐらいだぞ。このまま、行くと確実に耳が壊死する。そうだ、マフラーを耳まで持ち上げれば、大丈夫だろう。そうときまれば。
マフラーを一回ほどいて、顔にグルグル巻きするように巻く。
客観的に見ると、目しか見えていない状態になる。たぶん、いや確実に今、人に会ったらいけない。見られた瞬間に通報されかねない。自分の目の腐り具合は自分が一番、分かっている。
マフラーを再度、ほどいて普通に首に巻こうとした時にため息交じりの声が耳に響く。
「比企谷くん、あなた何してるの一人でわちゃわちゃと」
声が聞こえた方に目を向けると、雪ノ下雪乃が怪訝そうな目をこちらに向けていた。雪ノ下は上下、黒のジャージに身を包んでいて、そこにピンクのマフラーと青い耳当てをしていた。一般的な観点からすると、この服装はダサい部類に入るのだろうが、雪ノ下が着ると様になっていた。
「あなた、家でならまだ私達が我慢すればいいだけだけど、外でまでそんな気持ち悪い動きはしないでちょうだい」
「家で我慢してたのかよ。朝から、絶好調だな。」
「あら、まだまだよ。頭も冴えていないし、目も完璧には覚めてないわ」
だから今、散歩して目を覚ましてるのと欠伸を噛み殺しながら言った。
「ところで、こんな朝早くからどうしたの?いつもはこの時間は自分の部屋かリビングで本を読んでたような気がするけど」
「あー、一色が迎えに来いとよ」
「そうゆうことね。ふふ、ほんとにあなたは一色さんには甘いのね」
「俺だって好きで迎えにいくわけじゃないがな」
そうねと雪ノ下は言うと耳当てを外しながら俺に近づいて来た。
「どうした?」
「あら、あなた耳が寒いんじゃないの。私はそろそろ家に戻るからこれを使いなさい」
「お、おう。悪いな」
俺は耳当てを受けとる。青を基調とした色合いで、白のラインが数本、弧を描いている部分にある。男が使っても可笑しくないデザインであろう。
「それじゃ、行ってくるわ」
「いってらっしゃい」
片手を挙げて、振り返り駅の方向に歩く。
耳当てをつける。ほんのりとした、生温かさが耳を包む。先ほどよりかは幾分か寒さをしのげそうだ。
体が温かさを取り戻すと思考が出来るようになってくる。
ふと、あの二人と住み始めた最初の頃を思い出す。
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「ちょっと!ヒッキー!!」
きれいなリビングには似合わない大きな声が響く
「ヒッキーてば!聞いてるの!?」
「残念ながら、難聴系ではないからな。むしろ、心の声まで聴こえるまである」
「それなら、なんで無視するの!」
「分かったから、とりあえず後ろに感嘆符が付くような喋り方はやめてくれ」
「かんたん…ふ??」
「あー、すまない。大きな声は辞めてくれ」
「むーー。何か馬鹿にしてない。ヒッキー。てか、この荷物早く自分の部屋に持っていってよ」
正にプンプンと後ろに見えるような、そんな表情の由比ヶ浜が小説が数冊積んである部分を指差しながら言った。
「小説ぐらい良くないか?そんな可笑しいぐらいに無いわけだし。」
「昨日の話し合いで決まったでしょ。基本的に自分の荷物は自分の部屋に持っていくって」
確かに昨日、夕飯を食っているときにそんな事を話し合った気がする。ちなみにご飯の準備は雪ノ下と俺のローテーションである。由比ヶ浜は私もつくるよ!と言ってきたが、そんな優しさは要らない。由比ヶ浜の半分は優しさで出来てるかもしれないが、由比ヶ浜の作る料理自体は毒薬である。決して、胃に優しくない。
「そうだったな。分かった」
小説を拾い上げ、自分の部屋に持っていく。この家の構造として、玄関を通ると、リビングに続く長い廊下がある。そして、その道中に右側に二つの扉、左側にも同じく二つの扉がある。その右側のリビング寄りの扉が自分の部屋になる。
自分の部屋に入る。ベッドと本棚と机それ以外には家具らしいものは何もない。シンプルイズベストの精神をこれ程までに突き進んでいる部屋は俺か綾波レイぐらいだろう。
本棚の中に小説をいれたときに気づく。そう言えば、リビングには猫の模様の付いた物とか女の子らしい、それはJKの塊みたいなものがあったような。あれはどうなんだ私物じゃないのか。
リビングに戻ると、雪ノ下が部屋からリビングに来たようで、由比ヶ浜と食事をするときの長机と椅子のところに座っていた。
「なぁなぁ、雪ノ下と由比ヶ浜。あの猫のぬいぐるみとかピンクの手鏡とかは私物じゃないのか」
雪ノ下と由比ヶ浜は俺に気付いたようで向かい合っていたのを辞め、俺の方に向いてきた。
「そうね、共用するものはリビングにあっても大丈夫よ」
「共用って、俺があのぬいぐるみとか手鏡を使うと思うか」
「比企谷くん、民主主義ってご存知?」
「あー、そりゃ知ってるが」
「今回の場合は由比ヶ浜さんと私はあの二つをリビングで使うの。三人の内二人が使うということよ。つまり、民主主義的に何も間違ってないわ」
なんということだ。ぬいぐるみは共用するものなのか。いや、違う。それ以上に驚いているのは、今後、何かしらあったときにあの二人がそれを認めればそれがこの部屋のなかでは認められるということだ。数こそが正義、(あの二人には)良い時代になったな。
そんな、世紀末に驚いている間に二人はこの話は終わったとばかりに向き合う体勢に戻った。
「ちょっと待ってくれ、それを認めてしまうと今後、大変なことになる」
「ヒッキー、往生際が悪いよ」
「往生際も何もそもそもその理論はどうなんだ。女二人対男一人なんて分が悪すぎる」
「あら、どういうこと。これから議論をする度に私と由比ヶ浜さんが後ろで手を組むとでもいうの?」
「いや、そこまで言ってないが。その可能性もなきにしもあらずってことだ」
「ヒッキーちょっと酷くない。それ。」
「こうゆうことは最初が肝心だ。後々、面倒なことにもななりかねない」
「それもそうね」
そう言うと雪ノ下は手を可愛らしく叩き、椅子から立ち上がった。
「一人、2つ……いや3つまでリビングに置いていいことにしましょう」
それなら、問題ないわねという視線で俺の方を見てくる。
「そうだな、分かった。由比ヶ浜も分かったか」
「うん。3つまでだね。どうしようかな」
由比ヶ浜は次の日が遠足でそれに向けて何のお菓子を持っていこうか決めてるような表情を見せる。
「比企谷くん」
「ん、なんだ」
「リビングに置いてあるからって、私のものは使わないでね。使ったら通報するから」
「使わないわ。てか、怖いわ」
雪ノ下は意地悪そうな笑みをこちらに向けていた。
ーーーーーーーー
考えながら歩いているとあっという間に駅に着いた。
あれから、一年ぐらい経つのか長かったようで短いな。私のものは使わないでねと言っていた雪ノ下が俺に耳当てを貸している。雪ノ下もこの一年で変わったのかもしれない。俺自身も変わっているのだろうか。たぶん、自分では気付いてないが、変わっているのだろう。人は変われないと思っていた頃もあったな。
駅構内に入る。あまり大きな駅ではないが、休日ということで、人の量が気になったがそれは杞憂に終わった。人混みはほんとに嫌いだ。ほんとに良かった。一色の待つ駅までの切符を買い改札を通る。
電車に乗り、乗り継ぎを繰り返していくうちに次第に人が多くなる。じわじわと増えていき電車のなかで動けなくなっていく。人混みはほんとに嫌いだ。人という字は支えあって生きていくのです。と、どこかの先生が言っていた言葉がふと頭に浮かぶ。はい。支えあってますね。物理的に。でも、僕は一人で生きていけるので、どうにか、人を減らしてくれませんかね。
そんな叶わない願いを何度か頭で唱えていると、目的の駅に着く。もみくちゃにされながらも、どうにか降り改札を通り外に出る。少し暖かくなってきたようで落ち着く。さて、今の時間は………9時半前か。
一色との約束の時間は10時だから、早く着きすぎたな。まぁ、いい。そんなときの小説だ。気温も丁度いいし、何より満員電車で吸った毒のような空気をここで抜かせてもらいたい。自動販売機の前に行き、八幡ブレインで考えうる限りの計算をし、一番甘いコーヒーを選ぶ。千葉のソウルドリンク、マッ缶ことマックスコーヒーはこの場所には無いようで苦渋の決断だ。
手ごろなベンチを見つけ、腰を下ろす。耳当てをはずし、鞄の中に入れるのと同時に小説を鞄から取り出し、しおりのはさんであるページを開き読みだす。数ページ読んだところで前を向くと、駅の入り口に一色を見つけた。コーヒーを一気に飲み干し、ごみ箱に入れてから一色の方に歩く。
一色もこちらに気付いたようで、キャリーバックを引きながらこちらに来る。
「せんぱ~い。お久しぶりです」
きゃぴきゃぴと小走りをして、笑顔で言う。あざとさは変わりなしと。
「おう。てか、久しぶりってほどでもないだろ」
「むー、私からすると、一ヵ月も会えないと寂しくて」
「はいはい、あざといあざとい」
「あざとくないですよ。本心ですよ」
一色は俺と同じ大学に進学するようだ。その大学の合格発表があった後で一色が合格祝いをくれるのが普通ですよねと一ヵ月前に連れ出された。結局、飯と買い物に行っただけではあったが、それにかかる費用は全て払わされた。大学生の財布事情は厳しいもので、あんなに太かった財布も一気にスリムになった。一日でスリムになるとか、ライザップも驚きだよ。結果にコミットしすぎ。
「それで、これからどうするの。帰るの」
「帰りませんよ。おかしいですよね」
「人には帰巣本能があってな、家を求めるのは普通なんだ」
「そうですね~とりあえずご飯にはちょっと早いですし、東京を案内してくださいよ」
一色は俺の発言など最初からなかったかのようなスルースキルを発揮し、唇に人差し指をあて、右上を見ながらそう言う。
「まぁ、わかってたよ」
「お!先輩にしては物わかりが早いですね。成長成長」
「まぁ、何度かお前と付き合っているといやでも物わかりが良くなるよ」
「付き合っているって、何回か遊んでいるだけでその認識は少し早いですもう少し回数を重ねてからでお願いしますごめんなさい」
「意味が違うって、別にいいけど」
一息にそう告げる、一色を見てため息がでる。
「それじゃ、お願いしますね。案内」
後ろで手を組み、ぴょこんっと俺の前に軽く飛びはねながら言う
あきれるほどにあざといその仕草にいちいち反応していると何もしないうちに日が暮れそうなそんな気がする。見てみぬふりではないが、ちらっと見て目であざといぞと信号を送り歩き出す。
「先輩、最近反応が面白くないですよ」
「これもひとつの成長だよ」
さて、このわがままお嬢様をどこへ案内すれば、満足するのか。俺のようなプロフェッショナルぼっちには正答率10%以下の難問に感じる。無難にいこう。そうしよう。
「大きなショッピングモールですね」
「そうだな。最早、ダンジョンといってもおかしくはない」
俺たちはとりあえず近くにある有名な大型商業施設に来た。来る道中に一色にやっぱりここにきますかと言われたが、そんなことなど知ったこっちゃない。俺の全知識を総動員した結果これなのだから、先輩、がんばりましたねぐらいは言ってほしい。
「先輩。星二つぐらいですね。及第点はあげます」
遂にミシュランは出掛ける場所にまで星をつけ始めたのかと不意に思った。
「おぉ、よくわからんが」
「それで、ここのどこに行くんですか」
「それは一色に任せる。ここからは別行動をし………冗談です。どこにいきましょうか」
こぶしをぎゅっと握って頬の近くにかまえていた一色をとりあえずなだめつつ、周りを見る。
この大型商業施設にはその名に恥じないように色々なお店がある。おしゃれに無頓着な自分からすると何の違いがあるのかわからないほどにたくさんの種類の服があり、靴があり、逆にどの店に入るのか悩ませる。さてさて、どうしたものか、とりあえず適当に店を選んで入ろう。この場合の適当は適切とかそういう意味ではなく、どれにしょうかな天の神様の言う通りみたいに適当に決めるの意味合いである。
目に見えた雑貨屋に入ろうと意見を出すと、一色は素直にそれに従い入った。
一色は俺の横にぴったりとくっついた状態で何か考えている表情をしている。
「どうした、やっぱりここは嫌か」
「いえいえ、そういうことではないんですが」
むー、と唸るとこちらの方を向いて言う。
「先輩ってやっぱり変わりましたね」
「そうか、変わらなさでは誰にも負けてないと自負しているが」
「なんですかそれ。気持ち悪いですよ」
ちらっと見るとその言葉とは裏腹に満面の笑顔でこちらを見ている。
店内はエスニックな雰囲気という面持ちで、様々な民族的な小物、衣装が置いてある。また、木製の商品が多く、この空間自体は嫌いではない。しかし、店内にはカップルが多数、存在していて落ち着きはしない。非常事態発生です。雑貨屋にカップルという異様な雰囲気のモンスターが大量発生。至急、駆逐お願いします。と発したい。
ちらちらと怪しまれないように店内を物色していると、一色がとてとてと目の前に来て何かを差し出してくる。
「先輩、これなんて似合いそうですね」
差し出してきたものを見ると、濁った目をした気色悪い人形だった。
「お前、何だその気色悪い人形は」
「先輩に似合うものを探そうと思いまして、ふらふらしてたらぴったりのものを探しました」
「これが俺に似合っているのか」
八幡、愕然の極みですぅ。
「う~ん、どちらかといえばこれは似ているものでしたね」
トドメをさされた気がします。いや、いいんだけどね。知ってるし。自分が目が濁ってて、気色悪いってことは。でも、そういうのはさ自分で思っているのと人から言われるのはちょっと違うわけなんですよ。
「これ買って来ますね」
そう言うと、レジのほうへとてとてと向かった。今時の子はあんなものが好きなのか。流行とは常に真逆に走るぼくにはわからないなぁ。
その後は一色がお腹がすきましたねと言うまで、ぶらぶらとしていた。昼飯はその時に目の前にあったイタリア料理のお店に入った。
お互いに注文を決めると、店員を呼び注文をする。
「先輩ってドリア好きですよね」
「そうだな。その前にミラノ風がつくと尚好きだ」
「サイゼの話はいいですから、ドリアの他に好きな食べ物とかあるんですか。ラーメン抜きで」
「ラーメン抜きかよ。好きな食べ物ね。特に無いって言った方がいいな」
「つまらない回答ですね。だからぼっちなんですよ」
衝撃の新事実。世の男性よ好きな食べ物を聞かれたらなんでもいける的な返しはダメみたいですよ。
「じゃあ、一色は何が好きなんだ」
「そうですね。私は先輩が作ってくれたらなんでも好きですよ」
目を輝かせ、上目づかいでこちらに言ってきた。
「おい。同じじゃねーか」
「私と先輩では同じことを言っても印象が違うんです」
印象の部分を強く言う。よく名言は何を言うかではなく、誰が言ったかが重要であると聞くがそれに似たものなのだろう。
「あざとい」
「あざとくないです。ストレートに言いすぎですよ」
世間話、掛け合いを続けていると、注文していたメニューが届く。俺にはドリア、一色にはカルボナーラが来た。いただきますと二人で言うと、一口食べる。美味しいと素直に思うと同時にサイゼとの違いを探す。最早、癖の領域になるぐらいに瞬間的にしていた。美味しいけどこの値段の違いはない。結論が出るまでも瞬間的であった。
「美味しいですね」
一色は小さな口で小さく一口を食べている。
「サイゼのちょっと上ぐらいだな」
一色はジトーとしたいつもの上目づかいとは違う目つきでこちらを見ている。
「何言ってるんですか。馬鹿なんですか」
「お前、さっきから心を突き刺す発言が多いな」
「愛情ですね」
「どこをどうとったらそうなるんだよ」
「全てです」
「そうですか」
三十分かけて二人とも食べきった。奢るべきなのかと思ったが、一色は財布をすぐに出して割り勘ですよと小さく漏らすように言う。
払い終え、外に出ると太陽が迎えてくれるように暖かい。スマホで時間を確認すると二時過ぎになっていた。
「それじゃ、家行くか」
「そうですね。いきましょうか」
駅に向け、歩き出す。暖かさが体の表面を包む。しかし、体の中は冷え切っているような感覚になる。さて、これからが本当の勝負。一色の大学生活を決める大きなイベントになる。まぁ俺の大学生活もこれ次第では少しは軌道が変わるだろう。一色の方を向くと、不安からなのか、先ほどまでの楽しそうな笑顔はなくうつむいている。
「大丈夫だ。まかせておけ」
「はい。信頼してますから」
「お、おう、素直に返されるとな」
むず痒い何かが体を駆け巡る。
「なに、きょどっているんですか。言っときますけど本心ですからね」
「信頼にこたえられるか分かんねーが頑張るわ」
「何ですか。まかせておけってさっき言ったと思えば、今度は分かんないって先輩はホントに」
「まぁ、それが俺だからな」
「それが先輩ですもんね」
それが先輩ですもんねか。これが俺の本質、性格、根底にあるものなのか。どうなのだろう。分からない。
これから行くのは一色の父の家になる。いや、正確に言えば、父の家だったというほうが正しいか。
一色は母子家庭だった。だったというのは今はもう再婚しているからだ。一色が小学校の高学年の時に離婚をして、高校3年生の時に再婚した。相手は同じである。よりを戻したと言えばよいのか分からないが、つまりはそうだ。そして、一色が高校を卒業するとともに東京に住む。このよりを戻したということには何も問題はないのだが、大学生になるにあたって、一人暮らしをしたいという一色の考えが問題になったようだ。
両親がそれに対して、強く反対したそうだ。たぶん、父親としては、離婚してはなれた期間、与えられなかった愛情を再婚した今、再び与えたいというところだろう。
反対されても、どうにか自分の意見を賛成してもらえるように説得をしていたが、両親の一人暮らしへの否定的な見解は固く、強く、揺れることはなかったらしい。
この話を合格後比企谷連れ回し騒動のときに聞き、説得をお願いされた。
その話を聞いたときから今まで、何故、俺が一色の両親に説得をしなければならないのかという謎はある。
謎はあるのだが、何故か一色のお願いは断りにくい。あざといお願いの仕方もあるのか、小町に似たような雰囲気に惑わされているのか、分からないが断りにくい。
そして、あれよあれよと今日、一色の両親の待つ家に行くことになった。
イヤホントニナンデオレガイクヒツヨウアルノ ハチマンワカンナイ
一色いろは
明日は先輩に会える。
私は心のワクワクドキドキがとめられない。一色いろはは恋をしている。あの先輩に。そのことに気づいたのはいつの事だろうか。分からない。じわじわと私の中を先輩が侵食していくようにいつの間にか、先輩のことで頭が、胸が、いっぱいになっていた。
しかし、同時に明日は両親と話し合わなければならない。そう思うと、ズーンと心が落ちていく感覚になる。別に両親が嫌いなわけではない。むしろ、大好きである。それでも明日は、話したくない。話さないとこれからの大学生活の問題が何も解決しないと分かっていてもだ。
頭の中で明日のスケジュールを描く。
えーと、明日は1時半ぐらいに先輩と合流して、そこからちょっと時間をつぶしてから、
会いに行く。
………はぁ、憂鬱だ。
とりあえず、明日に備えて寝よう。
目が覚める。卓上型の四角いデジタル時計をみると、朝の5時となっていた。
目覚めはとても悪いが、これ以上寝られる気がしない。ベッドから起き上がり、洗面所へと向かう。
朝は寒いな。と、体をぶるぶると震わせながら、顔を洗い、洗面所の鏡を見る。
え、何この顔。いや、何この目。鏡に写っていた顔はひどく、これじゃ先輩のことは言えないなと思った。
キッチンに行き、水を飲む。いろはすではないですよ、と誰に向けていっているのかは分からない呟きを心の中でする。
ボーっと、リビングのソファで座っていると、母親が目を覚ましたようでリビングに来た。
「あら、いろは。早いわね」
「眠れなくてね」
「ふふ、美容に悪いわよ」
「うん、そうかも」
しっかりと眠れなかったことが原因ではなく、最近のこの騒動によるストレスのほうが美容に悪いなと思った。
「少ししたら、私出るから。いろはも昼に来るのよ」
そう言い、最後に勿体つけたように
「彼氏を連れてね」
と、綺麗な声でささやいた。
私は先輩にうそをついている。今日は先輩に単に説得をしに来てもらうのではない。
私、一色いろはの彼氏として同棲を認めてもらいにきてもらうのだ。
たぶん、先輩焦るだろうな。
他人事のように何故か、感じてしまうのは先輩の彼氏になれるわけがないと、心の中で決め付けているからかもしれない。先輩には私より素敵な人が二人もいるのだ。勝てるわけがないと。
母親がサッと準備をして家を出る。
リビングの壁に架かっている時計を見ると、時刻は6時過ぎのようだ。
急に悪寒が来る。春前半の寒さとは違う、芯から来る寒さだ。緊張してるんだ。怯えてるんだ。
何か心の支えを思い出そうとする。直ぐに脳内に一人の男が出てくる。
先輩、助けてください。
無意識のうちに電話をしていた。繋がらない。何度もかける、かける、かける、かける。
呼び出し音が消え、何時もの気怠そうな、低い、私を安心させてくれる声がする。
「なんだよ、こんな時間に」
「先輩、おはようございます。今日、10時ぐらいにあの前、会った駅に来てくださいね」
「え、は、1時半じゃねーのか」
「では、そういうことなんで、お願いしますね」
あ、ちょい、と先輩が慌てる声が聞こえるがもう一度お願いしますねと伝え、電話を切る。
ふぅー、いつもの私を演じれただろうか。たぶん、大丈夫だ。先輩、寝起きっぽかったし。ごめんなさい。
ソファに深く倒れるように腰かける。幾らか落ち着いている自分に気づく。
はぁ、ほんとに私は先輩を好きなんだな。
それから、東京の父の住む家に泊まるための準備をする。昨日の段階で必要なものはキャリーバッグに積めたし、確認をするぐらいだ。
お風呂に入り、服を決め、化粧して、ご飯は食べ、家を出た。
少し、早めに着くように脳内スケジュールを書き直す。
駅に着き、電車に乗る。
空いている席を確認し、ホッとした。
席に座り、これからの事を脳内スケジュールに書き足していく。これで、大丈夫と自分に言い聞かせた。
その刹那、再びあの悪寒が来る。
黒い何かが私を包む。もし、これでダメだったらどうしよう。同じ大学だから、会えないなんて事はないだろうが、それではあの二人には勝てない。
どれだけ、あの二人には勝てないと思っていても、心のどこか1%では勝てる方法、術を探しているのだ。
この一人暮らしがダメになったら、本格的に終戦だろう。
私が何故、一人暮らしをしたいのかというとやっぱり、先輩と会える可能性を少しでも高くするためだ。三人とシェアハウスのようなことをしているのは知っている。あのシェアハウスの近くに住み、何か用事があれば、訪れ、無くても訪れる。そんな事を妄想していた。
あのシェアハウスから遠くにある、両親の家に住んでしまえば、それは不可能に近い。あっても、それは数回程度だろう。
それではいけない。そうなると、
先輩の彼女になれない。
呪縛のような思考の沼から抜け出すと、目的の駅に着いていた。
改札を通り、周りをキョロキョロと見る。うーん、まだいないのかな。スマホを見る。ちょっと早いし、いなくても普通だな。先輩だし。
スマホから目をあげる。自分でも分かるぐらいににやける。
先輩だ。
キャリーバッグを引っ張り、先輩のもとに走る。
「せんぱ~い。お久しぶりです」
自分でも驚くほどの軽やかな足取りだ。
先輩は私を見ると、何とも言えない顔で言う。
「おう。てか、久しぶりってほどでもないだろ」
一ヵ月も会ってないんですよ。私は。好きな人に。
受験勉強を頑張っているときは会わないように、会ってしまうと甘えて勉強どころではなくなるから我慢してたんです。それが合格からの安堵と先輩に会えた嬉しさで我慢の糸がぷつんと切れてしまったんですよ。毎日でも会いたくて仕方がないんです。責任取ってください。
とは、いう事も出来るはずなく、少しの本心を告げる。
「むー、私からすると、一ヵ月も会えないと寂しくて」
「はいはい、あざといあざとい」
「あざとくないですよ。本心ですよ」
ホントですよ。
「それで、これからどうするの。帰るの」
「帰りませんよ。おかしいですよね」
「人には帰巣本能があってな、家を求めるのは普通なんだ」
はぁ、この人はほんとに。もう、無視します。
「そうですね~とりあえずご飯にはちょっと早いですし、東京を案内してくださいよ」
「まぁ、わかってたよ」
え、心の中のいろはが驚愕の表情です。
「お!先輩にしては物わかりが早いですね。成長成長」
「まぁ、何度かお前と付き合っているといやでも物わかりが良くなるよ」
今の私のナイーブな心には違う意味の付き合うでもビクッとしてしまう。
ついつい、早口で答えてしまった。
「付き合っているって、何回か遊んでいるだけでその認識は少し早いですもう少し回数を重ねてからでお願いしますごめんなさい」
「意味が違うって、別にいいけど」
やってしまったなぁ。まぁ、一つの件という事で良しとしよう。はぁ。
「それじゃ、お願いしますね。案内」
自分を、いつものいろはを戻すためにあざとく、わざと後ろで手を組み先輩の前にジャンプをする。
すると、先輩はちらっと私を見て、何か言いたげな表情をする。面白くないですよ。
「先輩、最近反応が面白くないですよ」
「これもひとつの成長だよ」
むむぅ、私のことを分かってくれているのは嬉しいですけど、反応が薄くなるのは嫌ですね。
ちょっと、アプローチを変えますかね。
「大きなショッピングモールですね」
「そうだな。最早、ダンジョンといってもおかしくはない」
私たちは、近くにある大型商業施設に来ている。私でもニュースで見たことある場所ですね。
何となく、ここに来る気はしてましたけど、やっぱりですか。先輩にもさっき、言いましたけど。
サプライズ感が0ですね。先輩には確かにこういうことは期待してませんけど。
「先輩。星二つぐらいですね。及第点はあげます」
私は、自分でも言った後に何を言っているのだろうと思ったけど、後の祭りです。
「おぉ、よくわからんが」
「それで、ここのどこに行くんですか」
「それは一色に任せる。ここからは別行動をし………冗談です。どこにいきましょうか」
この人はもうもうもう!!私の威嚇に気付いたようで訂正をしてきたが、遅いですよ。
先輩はその後、近くにある雑貨屋を勧めてきた。
こういう時にさっと、適当でも場所を決めれるところを見ると、先輩達は割と、一緒に出掛けているのかなと感じてしまう。それはそうだろうな。だって、一緒に住んでいるんだもんな。当たり前ですよね。
「どうした、やっぱりここは嫌か」
私は難しい顔をしていたようで、先輩が心配そうに訊ねてくる。
いけない、いけない。
「いえいえ、そういうことではないんですが」
でも、気になるな。でも、でも、訊けないよ。だから精一杯、難しい顔の原因を言う。
「先輩ってやっぱり変わりましたね」
「そうか、変わらなさでは誰にも負けてないと自負しているが」
うんうん、変わってない。やっぱり。先輩はやっぱ、こんな人だ。
自然に笑みが出る。抑えられない。
「なんですかそれ。気持ち悪いですよ」
店内に入る。民族的な感じというか、オシャレな感じというか、第一印象はすごく良いお店ですね。
先輩はそそくさと店内を一人で物色し始めたので私もとりあえず、同じように物色をする。
人形が置いてあるゾーンに着く。私のボキャブラリーでは何とも形容しがたい独特な雰囲気を持つ人形がたくさんある。最初から、時間つぶしが目的だったので購入するつもりもなく、流し見ていた。
ちらちらと見ていると、一つの人形が目に留まる。
目に特徴のある人形で、何となく先輩に似ていると思った。
手に取り、観察をする。これはこれは見れば見るほど、気色悪いですね。
ゆるキャラ的な路線でもなければ、キモ可愛い路線でもない。
でも何故か、凄く愛しく思える。
気付けば、それを持って先輩を探していた。
先輩は何を見るわけでもない、100%冷やかしの客だなと分かるような動きをしていた。
後ろから近づき、この人形を見せる。
「先輩、これなんて似合いそうですね」
うん、この表情は確実にダメなものを見る時だ。
「お前、何だその気色悪い人形は」
やっぱり
「先輩に似合うものを探そうと思いまして、ふらふらしてたらぴったりのものを探しました」
「これが俺に似合っているのか」
嫌悪に満ちた先輩の目は、更に負の何かを塗りたくられたように濁っている。
う~ん、似てるなやっぱり。なんか、申し訳ないですけど。
「う~ん、どちらかといえばこれは似ているものでしたね」
おいおい、マジか。と、たぶん言いたいんでしょうね。
でも、今のこの一連のやり取りで決まりました。
「これ買って来ますね」
これは買わないといけない気がする。
レジでおカネを払う。
わたし将来、衝動買いとかしそうだな、通販とかの。今回だけ。今回だけ。
店を出て、ぶらぶらとすると時間的にもいい感じのランチタイムを迎えていた。
それを伝えると、先輩は近くにあるイタリアンのお店を指さした。
こういうのを決める時は優柔不断だったのになぁ。
店に入り、お互いに注文を決めると、店員を呼び注文をする。
先輩はドリアを注文し、私はカルボナーラを注文した。
「先輩ってドリア好きですよね」
「そうだな。その前にミラノ風がつくと尚好きだ」
千葉愛に溢れているというか、サイゼがほんとに好きですね。
「サイゼの話はいいですから、ドリアの他に好きな食べ物とかあるんですか。ラーメン抜きで」
「ラーメン抜きかよ。好きな食べ物ね。ん~特に無いって言った方がいいな」
やっぱり、ラーメンが好きなのか……
ラーメンってどこから作れば手作りなのか。
出汁からなのかな。無理ですね。
「つまらない回答ですね。だからぼっちなんですよ」
「じゃあ、一色は何が好きなんだ」
ホントはケーキとか、甘いものが好きですけど。
ここは、ちょっと意地悪しちゃいましょう。
「そうですね。私は先輩が作ってくれたらなんでも好きですよ」
「おい。同じじゃねーか」
当然の反応ですね。
ちっち!でも違うんですよ先輩。
「私と先輩では同じことを言っても印象が違うんです」
「あざとい」
「あざとくないです。ストレートに言いすぎですよ」
そんなこんなで注文していたものが届きました。
カルボナーラをフォークで丁寧に巻き、汁が飛び散らないように神経を集中させ、一口食べます。
「美味しいですね」
素直な感想です。
「サイゼのちょっと上ぐらいだな」
この人の中では、サイゼの話は終わってなかったみたいですね。
「何言ってるんですか。馬鹿なんですか」
「お前、さっきから心を突き刺す発言が多いな」
「愛情ですね」
「どこをどうとったらそうなるんだよ」
「全てです」
「そうですか」
私の発言は先輩のことを思って言ってるんですよ。
先輩のことを想うあまり、確かにあざとくなってるかもしれませんけど。
お互い、食べた料理の代金を支払い、外に出る。
扉を開ける。朝とは明らかに違う空気が私の周りを抜けていく。
「それじゃ、家行くか」
先輩が時間を確認し私に訊ねる
「そうですね。いきましょうか」
はぁ、楽しい時間は終わってしまった。
両親の待つ家に今から行く。頭の中をその言葉が駆け巡る。
先輩を騙しているのも気分が悪くなってくる。
「大丈夫だ。まかせておけ」
私の顔を見て、そういってくれる先輩。
見ているだけで、安心する。つい、本音が口から出る。
「はい。信頼してますから」
言った瞬間に、やってしまった。と。いう後悔が出るが、先輩の顔が赤くなるのが分かると、このアプローチの仕方がいいのかと発見の気持ちになった。
「お、おう、素直に返されるとな」
よし!!これからは時々、真剣な顔で先輩を褒めよう。でも、今のは事故みたいなものだから、私にうまく演技ができるかな。
「なに、きょどっているんですか。言っときますけど本心ですからね」
「信頼にこたえられるか分かんねーが頑張るわ」
「何ですか。まかせておけってさっき言ったと思えば、今度は分かんないって先輩はホントに」
「まぁ、それが俺だからな」
「それが先輩ですもんね」
駅に着き、電車に乗り、両親の家の最寄の駅に降りる。
改札を抜け、駅前の広場で一つ決心する。
「先輩、ちょっとだけ、寄り道してもいいですか」
いまの本当の状況を説明しないと。
「おう、別にいいけど。そんな、時間あるのか」
「いえ、少しだけなので大丈夫です」
「まぁ、一色の家に行くわけだから、お前がいうなら大丈夫か」
「はい、行きましょう」
この辺りは父親がまだ一人で住んでいるときに何度か訪れたことがある。閑静な住宅街で東京とは思えない程に緑も多く、空気が美味しく感じる。初めて、ここに訪れたときから私のお気に入りの場所がある。
そこで、話そう。
先輩の前を歩く。
「なぁ、どこ行くか教えてくれないのか」
「あと少しですから」
「質問の答えになってなくないか」
私は振り向いて、満面の笑みをしながら言う。
「着いてのお楽しみということで」
「分かった」
頭をがりがりとかきながら答える先輩。本当にあと少しですからね。
大きな公園に着く。
「ここか」
「いえ、ここのちょっと奥です」
この公園は街に突如と現れた森のように周りが木々に囲まれている。その木々の隙間を縫うように奥に行くと、見晴らしの良い場所に出る。この辺りを一望できる場所で、風が心地よいのも特徴だ。
「着きました。ここです」
先輩はこの景色をみると、おー、と感嘆の声を出す。
「絶景だな。東京にもこんな場所があるもんなんだな」
「私のお気に入りの場所ですよ」
「確かにここはいい」
先輩にも気に入ってもらえたようで胸をなでおろす。でも、ここにきた理由は違う。言わないと。
「あのですね、先輩」
ん、とこちらを向いてくる。続けるべき言葉は頭に浮かんでいるのに口が動かせない。
「どうした」
言うんだ、いろは!キッと表情を変え、深々と礼をしながら告白をする。
「先輩、ごめんなさい!!実は今日はその、先輩のことを私の彼氏として紹介するつもりなんです」
見えるのは太陽に照らされている地面だけ、何も音が聞こえない。時が止まっている感覚になる。頭を少しずつ上げる。先輩の足元が見え、お腹が見え、胸が見え、目を見開いている先輩の顔が見える。
「は、はぁ!どういうことだよ。え、意味分かんねぇ」
困惑の塊となっている先輩。
「あの、両親が一人暮らしは絶対にだめっていうもんだから、つい売り言葉に買い言葉みたいな感じで、それなら、彼氏の家に同棲するって言っちゃったんです」
先輩はまだ、頭を整理できていないようで、あ、あ、としか言わない
「そしたら、ならその彼氏を紹介しなさいって言われたから、承諾しちゃったんです」
ほんのりと困惑の塊が溶け始めて、落ち着きをを取り戻した様子である。
「一色、お前な承諾しちゃったんです、じゃねーよ。どうするんだよ」
「えーと、なので、今日一日だけ彼氏として同棲を認めてもらいにきた体でお願いします」
もう一度、深々とお辞儀をする。
「いや、無理だわ。そんなの無理に決まってんだろ」
「そこをどうにか」
「いや、無理だって」
この押し問答を数回続けた後に先輩は深くため息を吐く。
「じゃあ、仮に俺が演技をしてお前の彼氏となって、同棲を認めてもらえたとする。その後、どうするんだよ。俺はちゃんと自分の家がある。お前とは同棲しない。これが、ばれたら一人暮らしどころの騒ぎじゃねーぞ」
「大丈夫です。その辺はしっかりと考えてますから」
嘘です。一つも考えてません。後先、なんて一つも考えてません。
「マジかよ」
呆れを通り越して、情けないと言いたげな顔になる。とりあえず、今日のことをちゃんと依頼として受け取ってもらわなければ。
「今日だけでいいんです。お願いします」
目を見て、想いを伝える。先輩は少し悩んだ表情になり、目を細める。こんな状況なのに、目を細めている先輩に胸が高鳴る。
「分かった。その代わり、俺からは何も言わない。一色が話を進めてくれ」
「はい!!ありがとうございます!!」
やっぱり先輩はちょろいですね。
お気に入りの場所から去り、私の両親の待つ家に本当に向かう。その道中、先輩に注意点を伝える。
「とりあえず、今は彼氏彼女なので私のことはいろはって呼んでくださいね」
「え!!まぁ確かにそうか。分かった」
「それじゃ、練習です。はい、先輩」
立ち止まり、隣にいる先輩と目を合わせる。
「いや、練習なんて必要ないだろ」
「いえ、先輩のことなんで、どうせ家で私に話しかけるときもお前とかおいとかで済ませるつもりですよね」
「げ!何で分かるんだ」
「やっぱり、そうでしたか。なので、今のうちになれておきましょう」
もう一度、先輩の目を見る。少し、おどおどとしている様子が分かる。
「い、い、いろは」
「ちょっと、先輩!そんなんじゃだめですよ。ばれちゃいますよ」
「誰のせいだと思ってるんだ」
はい、わたしです
「今はそういう問題じゃないんです。はい、もう一度」
「スパルタいろは」
「スパルタは要りません。はい、もう一度」
「いろはいろはいろはいろは」
「なんですかそれ。感情が入ってませんね。はい、もう一度」
「何の演技指導だよ」
途中から楽しくなってきたのは否めません。調子に乗りすぎちゃったかな。
先輩は一息おいて、私の目を見つめてきました。その目は真剣そのもので、どきどきします。
「いろは」
精一杯のかっこいい声を作って、私に語りかけるように言いました。
や、やばい。破壊力が。だ、大丈夫かな。いや、絶対に顔赤いって。
私は先輩の攻撃から逃げるように顔をそむけました。
「これでいいか。一色」
「は、はい十分です」
「それじゃあ行こう」
「そ、そうですね。行きましょう。ん、先輩なんか余裕が出てきてますね」
「もう、開きなおった」
私がいま、こんなどきどきしてるのに何か卑怯です。先ほど習得した真剣いろはちゃんボイスで惑わせます。
「先輩」
「なんだよ、今度は」
「先輩、ほんとに今日はありがとうございます」
どうだ!!食らっただろ!!ふふふ。と、心で黒いろはが笑ってます。先輩もこれで赤面状態です。
「お前もこんな状況でもあざといじゃねーか」
あれ、私が描いていた顔と違いますね。もっと、顔は赤くて、頭をがしがししながら、どもると思ってました。
「あざとくないです。おかしいですね。もっと、面白い反応してくださいよ」
「新たな成長だな」
わーきゃー言いながら、歩く。家が見える範囲にきた。う、やっぱり緊張します。
「先輩、あそこです」
私は人差し指をピンとたて、両親の家を指差す。
「あれか、俺んちと何か似てる感じだな」
家自体は普通の一軒家である。最初、来たときに父親一人が住むには大きすぎるように感じた。家の前に着きインターフォンを眺める。これを押してしまえば、もう後には引けない。
「それじゃあ、押しますね」
「あ、ああ」
先輩も何やかんや緊張してる。それを見て、私も更に緊張する。や、やばい手が震える。私はただ、自分の家に帰るだけでしょ。
「お、押せないです。先輩、押してください」
「い、いや一色が押せよ」
「先輩、もういろはでお願いします」
「おう、すまん」
「その罰として、押してください」
「なんか釈然としねーな、分かったよ」
先輩の指がインターフォンに触れた。それと直後にピンポーンと間抜けな音が家に響いているのが分かる。よ、よしがんばるぞ。胸の前で小さくこぶしを作る。
「は~い、いろはね。鍵開けるから、入ってちょうだい」
インターフォンから母親の声が聞こえる。体がぎゅっと固まる。緊張のピークが今きた。
「わ、分かったぁ」
どうにか、返事をして門をくぐる。玄関に続く扉の前に来ると、ガチャっと開錠された音が聞こえた。扉を開ける。母親がにこにこと私の隣の人を見ている。何も考えられない。どうしよう。
私と先輩のタッグマッチのゴングが頭に響く。
比企谷八幡
一色が扉を開け、中に入る。俺も続くように一緒に入る。目の前に開錠した本人であり、一色の母親であろう人物がいた。
「お母さん、紹介するね。私のか、彼氏の比企谷八幡さんです」
カカレシってなんだよ。モンスターですかね。確かに目だけを見れば、モンスターと誤認されてもおかしくないですけど。俺も一応、挨拶をしておかなくてわな。
「うす、比企谷八幡です。よろしくお願いします」
何か、バイトの最初の挨拶ってこんな感じだったなって思い出す。
「あら、ご丁寧にありがとう。それじゃ、夫も中にいるし、入って入って」
一色の母親は20代と言われてもおかしくないぐらいに若々しく、美しいというよりは可愛い。一色自体も顔だけ見れば、普通に可愛いし、遺伝の力ってすげー。
リビングに行くと、これまた、若々しい男の人がいた。黒の短髪には艶があり、しわの少ない顔は勇ましく俺を睨んでいた。ふぇ~こわいよ~。
「君がいろはの彼氏かね」
どくんっと心臓が跳ねる。いや、違うんです。これはちょっといろいろと訳がありまして、とすぐさま言って逃げ出したくなるが、できるはずもなく、声を若干震わせながら答える。
「は、はい、そうです。比企谷八幡と申します」
あぶねー、はい、そうです、私が変なおじさんですって言うとこだった。冗談だけどね。
と、いうかさっきから頭の中で小ボケを連発しないと自我が保てない。こんな緊張は大学のゼミの挨拶で綺麗な女性に比企谷君っていつも同じ服だけど、なんで、で聞かれたとき以来だ。いや、別に大学に出会い求めて行ってないから服同じで良くないですかね。後、知り合いじゃない綺麗な人に話しかけられた時の緊張は異常。
「まぁ、とりあえず座りたまえ」
「は、はい失礼します」
ふわふわの座布団に座る。そうすると、一色が座る動作からスムーズに俺の耳に口元を近づけ囁く。
「先輩、緊張しすぎですよ。リラックスしてください」
本日、何度目になるか分からない、誰のせいでなってるんだよコールが体中で起こる。一色はそれを言うと、座布団から立ち上がり、キッチンに行く。キッチンには一色の母親もおり、二人で何か話し合っている。
「比企谷くん」
「は、はい何でしょうか」
「将来なりたいものは何だね」
専業主夫、頭に浮かぶ。つい、言いそうになる。
「せ、せん」
そこだけ言うと、キッチンの方から熱い視線を感じる。目を向けると、一色が鋭い眼光を飛ばしていた。
「先生です」
なんだ、この気分は。誘導尋問を受けている気がする。何も悪いことなんてやってない。一色は俺の誘導尋問アンサーを聞き終えると満足したように母親の方に向き直る。
「ほぉー、ちなみに何の科目を教えたいんだい」
ここまできたら、やけくそだ。設定を忠実に守ろう。
「え~と、文系なんで、古典とかその辺ですね」
「ほぉほぉ、文系ね」
一色父的にポイントが高いのかどうか分からないが激怒の予兆は見えない。
「はい、お待たせー」
一色母がお盆にカップを四つ乗せて、リビングに二人で戻ってきた。
「それじゃ、これが八幡君のね」
目の前にコーヒーの入ったカップが置かれる。湯気がゆらゆらと上に舞い、それとともに香りが鼻先をくすぐる。
「ありがとうございます。いただきます」
一色父の前にもコーヒーが置かれ、その隣に紅茶を置き、座る。一色は俺の隣に紅茶のカップを持って座る。
俺の隣に一色がいて、目の前には一色父、その隣に一色母という一色一家に取り囲まれた状態だ。
軽い挨拶を済ませ、いよいよ本題という空気になる。
「あの、お父さんお母さん、同棲を認めてくれない」
落ち着きを取り戻してきたのか、はっきりとした口調で言った。
「うーん、それはね。……八幡君も家は東京でしょ」
「はい、そうです」
「それなら、いきなり同棲をしなくてもいいんじゃないの」
確かに、一親からすると急に同棲をさせてと言われても、OKは出しづらいだろう。小町に置き換えて考えてみると、はい無理無理。父親と俺が彼氏に対してコブラツイストをくらわす未来が見える。
「いろははここに住んで、会いに行くのはだめなの?」
「それじゃ、だめなの」
何がだめなのか正直俺にもわからないが、一色は目に強い意志を持って、そう発言しているように感じる。
「俺は絶対に認めないからな」
一色父が眉間にしわをこれでもか、というぐらいに寄せ反対する。
一色の顔色が曇る。うつむき、何かをぶつぶつと言っている。
「今、一人暮らしをしないとだめなの」
俺にわずかに聞こえるぐらいの声量で何度も繰り返している。はぁ、何にそんなに一生懸命になっているんだ。このままでは永遠に解決する気がしないし、そうなると親のほうがこういうときには強いのは目に見えてわかる。結局、親の力で一人暮らしはさせてもらえずにお互いにわだかまりが残るだろう。
それなら、俺に先に一人暮らしをしたい理由を教えてくれれば、多少の力になってあげることはできた。それで、解決するかといわれれば分からないが、少しは違うと思う。しかし、現状は何も教えてもらってないので、俺は何もできない。
しょうがない。空気を少し変えよう。
「すみません。トイレってどこですかね」
立ち上がり、股間の辺りをもじもじとさせながら訊ねる。
「あ、えっとねリビングを出て、廊下を右の方に行けばあるから」
「あ、分かりました」
リビングの扉を開け、廊下に出る。尿意など実際は全くないので少し前かがみになっていた体勢を直す。
とりあえず、これで考える時間はできたし、あの固まりきった空気もちょっとはほどけただろう。
廊下を進み、突き当たりあるトイレの前で止まる。とりあえず、トイレには行ったことにしとかないと変だよな。そう考えトイレの扉を開ける。清潔感溢れるトイレだったので、蓋を上げず上に座る。さて、どうしよう。
戦況を把握することこそが勝利者への第一歩だと戦国武将、比企谷八幡は思う。戦況は非常にヤバイ。何がヤバイって、マジでヤバイ。
一色夫妻は折れる気配すら見せないし、何を言ったところで同棲はだめの一点張りの様に思える。
一色も一色で明確な理由が一つも分からない。中学生のときに携帯が欲しくて親にねだったが、高校生になるまで持たせない方針のわが家では、いけません、持たせませんしか言われなかった。一色もあの頃、携帯が欲しかった俺程度の欲なら、同棲もとい一人暮らしはさせてもらえないだろう。
それとも、ちゃんとした理由があって、一人暮らしをしないとできない事や一人暮らしの方が都合の良い事があるのだろうか。
そんな、いくら考えたって解が出るはずのない事をうーん、うーんと唸りながら考えていると、扉がノックされる。
「先輩、大丈夫ですか」
一色が心配そうな声色で訊ねてくる。
「あー、大丈夫だ。すぐ出る」
「なら、良かったです。ちょっと話したいことあるので急いでもらっていいですか」
排便中の人にそんなことを言うと、普通は急ごうとして、出なくなるので言っちゃだめと思うが、俺は全然、腹痛にも悩まされてないので、すぐに立ち上がり大の方に銀色の取っ手を回し、上に付いている、水が出る奴で手を洗い、拭いてから外に出た。
「どうした」
小悪魔な笑顔でこちらを見ている一色が見えた。
雪ノ下雪乃
遅めの昼御飯を由比ヶ浜さんと食べ、食器を一通り洗い終えてから、リビングのソファに座る。
「疲れた」
実際はあまり疲れてないのだけど、比企谷くんは癖みたいにソファに座るとこう言う。その癖が私にも移ってきたのかと思うと少し可笑しくなる。
「ゆきのん、食器まで洗ってもらってごめんね」
由比ヶ浜さんが自分の部屋からリビングに戻ってきたようで、とてとてと歩きながら言う。
「いえ、これぐらい別にいいわ。それよりも手の方は大丈夫なの」
「うん、軽く擦っただけだから大丈夫」
由比ヶ浜さんは朝、廊下でこけて手をうった。軽傷だったようで良かったけど、少し赤くなっている。
私の隣というかすぐ近くに腰を下ろす。ちょっと近くないかしら。
「ヒッキー、今頃何してるのかな」
「そうね、何してるのかしらね」
「そういえば、ヒッキー最近、悩んでるっぽかったからどうしたのって聞いたの」
何かを思い出したようにぱっとこっちに振り向く。
「そしたら、別に悩んでねーよ。って、ヒッキー冷たいよね。こっちが心配して、聞いたのに」
比企谷くんのモノマネを加えながら、わたわたと語る。
「そうね。冷たいわね。今日の夜にでも私も聞いてみようかしら」
「ヒッキーたぶん、同じこと言うよ」
由比ヶ浜さんはふふん、と笑いながらテレビのリモコンを持ち電源ボタンを押す。テレビからはバラエティーの再放送が流れている。芸人達が体を張って、何かをしているようで、大きな笑い声が聞こえる。
「この番組、この前見たよね。ゆきのんもヒッキーも全然笑わないで、私だけが大爆笑してたなぁ」
「だって、体を痛め付けて何が面白いの?私には滑稽に見えただけだわ」
「たはは、そっか。面白いと思うんだけどなぁ」
番組はCMにいったようで、何回も見たことのある映像が流れる。それを二人でぼっーと眺めていると、CMの中の1つのセリフが耳に飛び込んできた。由比ヶ浜さんも同じようでビクッとしている。
「それでも、比企谷くんも由比ヶ浜さんも私も、もう大丈夫よ」
本物にはまだ程遠い。けれど、この三年間で私たちはお互いに刺激を受け変わった。そして、変わらない関係を手にした。
「うん、そうだね。私達は変わらない。変わっても、大丈夫だよね」
もう一度同じCMが流れる。映像からはこれが本物の力と上半身裸の俳優が大声で叫んでいる。
比企谷八幡
「先輩!!もう少しヤル気だしてくださいよ」
一色が小さい声でそれでありながら、ハッキリと言う。良いタイミングだ。ここで、聞こう。
「なぁ、一色。お前なんで、一人暮らししたいんだ」
「いろは!!先輩守ってください」
「あぁ、いろは、なんで一人暮らししたいんだ」
一色は少し顔を赤くする。いや、お前が言えって言ったんじゃん。あと、その反応勘違いするから辞めて。
「そ、そうですね。大学生ってやっぱり、家飲みとかあるじゃないですか。そういうのに憧れてるからですね」
「なんじゃ、その理由。それだけかよ」
壮大な夢とまではいかないまでもここまで食い下がるのにはもっと、凄いものがあると思っていたばっかりに拍子抜けだった。
「別に理由なんて、いいじゃないですか。とりあえず、先輩頑張ってください」
「理由、教えてもらわねーと手伝えるもんも手伝えねーよ」
一色はきゅっと唇を引き締める。目を合わせてくる。
「ありますけど、言えないです。先輩には」
「なんだよ、それ」
静寂が流れる。お互いに黙ったまま、目を合わせ続ける。
「分かった。俺なりのやり方でどうにかする」
「え、それどういうことですか」
「同棲を認めてもらって、俺がお前と会わなければいい」
どっちみっち認めてもらえても、同棲はしない。それなら、先にそのことを言っておけば、覚悟は決まる。後は、認めてもらうことに全力を注げばいい。
一色を手で軽く押しのけ、リビングの扉の前まで移動する。
「な、なにを言ってるんですか!!」
俺の手を素早く掴み、自分の方へ引く。
「それが最善策だ。大学は同じだろ。何かあれば、その時に言えばいい。基本的には外で会わないようにすればいいだけだ」
「それじゃ、だめです。何か他の方法、考えましょう」
「時間がない。これでいく」
手を払いのけ、リビングの扉を開く。
「すみません。お腹痛くて」
リビングに入ると、定位置の座布団に座る。一色も続いて入ってきたようで、俺の隣に座る。一色父の方は出る前と同じ位置にいた。一色母の方はいなかった。
何も分からなかったが、一色の瞳を見れば何かあるのは分かった。俺が今できることは何だ。同棲を認めてもらうことだろ。その為には何をする。親の気持ちになれ。誠心誠意、気持ちを伝えることだろう。
「いっし、いろはさんとどうにか、同棲を認めてもらえませんか」
正座をして、土下座のような形になりつつ言う。
「何度、同じことを言わせる。絶対に認めんぞ」
まぁ、だろうな。そんな簡単にいけるとは思ってない。それなら、多少しつこくいかせてもらう。
「認めてもらうまで、何度でも来させてもらいます」
ん、と咳を途中で止めるように音を鳴らす。
「何度でも同じだ」
「それなら、永遠に来ます」
「あら、さっきとは顔つきが変わったわね」
キッチンのほうから一色母がリビングに戻ってきた。
「さっきまでは本当に八幡君はいろはと一緒に住みたいのかなと思っていたけど、何か話したの」
一色の方と俺の方を交互に見ながら、訊ねる。
「いえ、先ほどまではただ緊張していただけです」
嘘ではない。緊張はたしかにしていた。
「ふーん、そうなの」
一色はというと、顔を曇らせている。おいおい、誰の為に頑張っていると思ってるんだ。
「どうにか、認めてもらえませんか」
何か劇的な逆転ホームランはないかと探すが、これはゲームじゃない。そんなもの一つも浮かびもしない。それなら、ただ頭を下げ続けるほかない。
「ねぇねぇ、一つ聞いてもいい八幡君」
顔をあげると、一色母が小悪魔な笑顔でこちらを向いている。こういうところは一色もといいろはと似ているな。
「八幡君はいろはのどこが好きなの」
目を見開いてしまう。まさか、そんなことを聞かれるとは。おれが一色のどこが好きか。常にあざとく、打算的な付き合いをして、それのせいで周りに敵を作ることもしばしば。それでも、そんな由比ヶ浜とは違う女の子らしさが嫌いではない。小町と似ているせいでもあると思う。
「そうですね。あざとくて、俺に何かあればすぐに頼ってきて、鬱陶しく感じる時もあります」
「せ、先輩」
一色の方を見ると、心配そうにこちらを見ている。
「それでも、頼られるとなぜか断れない。そんな、そんな」
言葉が詰まる。俺は何を言っているのか。頭が真っ白になり、感情的になっている。結局のところ、俺はそんな一色のことをどう思っている。嫌いじゃないないなら。それは。
「可愛い、いろはが好きです」
一色と目が合った状態でそれを言い終える。顔が赤くなる。目の前の一色も赤くなっている。お互いに目を背ける。やべー恥ずかしい。何言ってんだ。これはベッドで枕に突っ込んで暴れるな。
「そうなのね。あらあら、恥ずかしがっちゃって」
ふふ、と笑っている。やめてください。そんな目で見ないでください。助けてください。
テレビから聞こえる、笑い声がえらく大きく聞こえる。うつむき、笑い声が聞こえないように考えることに集中する。少し、予定と違う。いや、予定なんて最初から無かったが、こんなことは想定してなかった。これで、好転してくれることを望むがどうだろうか。とりあえず、空気は悪くない。今なら、波状攻撃をかければいける。
一色をちらっと見る。まだ、顔は赤く放心状態に近い。今は使い物にならないな、と計算し自分でどうにかしようと考える。
しかし、先ほどと同じくバカの一つ覚えみたいに認めてくださいと言っても、ダメだと言われ堂々巡りのように思える。
経験したことないだけにどれが、なにが正解か分からない。まぁ、こんなこと、もう経験したくないけど。
そんなことを逡巡していると、一色が急にビクッとする。え、なにこいつ、もしかして寝てたの。寝てるときにビクッとしちゃったの。ほんと、あれが授業中に起きると人気者なら軽くいじられて終わりだけど、俺がやると周りの視線が痛いんですよ。別に何もしてないのに、何あのやるせなさ。
一色は急に立ち上がる。突然のことに俺も一色夫妻も呆気に取られる。一色は何かを口パクで言っていた。いつも、俺は何かあるとある単語で脅されるため、それが何を言おうと、何を意味しているか分かった。
ほ・ん・も・の
そう言っている。
どうして今。立ち上がっている一色に声をかけようと手を伸ばす。そのときに一色が頭を犬が水を払うように振るい、キリリと目を前に向き言い始める。
「私はこのタイミングを逃すと一生、後悔するの。お母さん、お父さんが言いたいこと分かる。でも、でも、先輩と暮らせる、一緒になれるチャンスは今なの、今しかないの!!」
一息でそう言いきる。全員、呆気に取られた状況からは抜け出せず、口を開いている。非常に間抜けに見えるが、本当に口を開く以外に仕様がない、そんな状況だ。
一色は言い切った直後は興奮からか体を震わせていたが、数秒後に我に返ったようで手のひらで顔を覆う。そして、踵を返し、リビングから出ていった。
テレビからは何かの健康食品を上半身裸の俳優が紹介しているCMが映っているが、何も聞こえない。
全員が一斉に呪縛から解かれたように体を動かし始めた。無論、自分もだ。一色夫妻は手を口許にあて、目を見開いてる。俺も正座を崩し、胡座をかこうとしたが、慣れてない正座だった為に足がしびれ動けなくなっていた。しょうがないから、もう一度正座の体勢に戻す。あれもしかして、俺永遠にこの体勢から動けなくなるんじゃない。
先程の一色の演説が頭に流れる。あんな、真剣な顔で何かを訴えているのを初めて見た。先輩と一緒になれるチャンスは今しかない。その理屈や計算ではなく感情で発せられた言葉に心が強く揺れる。あれは一人暮らしをしたい、その目的を達成するために言われた言葉には思えない。いつも、言葉の裏をかくように何か真意を探ろうとする俺でもそう思ってしまう。あれは、自惚れかもしれないが本当に俺と暮らしたい。俺と一緒にいたい。という意味に感じた。
それなら、俺がトイレから帰ってくるときに言った、お前とは基本的に会わないという言葉は一色を苦しめたんじゃないのか。一色を苦しめたくて言ったんじゃないし、一色はそれを理解しているだろう。それでも、心に引っ掛かった表情に見えた。
俺はどうしたいんだ。いや、分かっている。俺の心の奥底では一色と会いたい。会えなくなるのは寂しい、そう思っている。でも、一人暮らしをさせるために会えなくなるという対価は必要と考えていた。
でも、あの一色の演説を見て俺の決心は変わった。もしかすると、ただの勘違いかもしれない、ただの自惚れかもしれない、でもそれは後で一人で布団の中で悶えればいいこと。今は一色の演説に踊らされてもいいじゃないか、多少、ワガママになってもいいじゃないか。
ここは冷静に論理的にいくべきと判断する。置かれてから、時間が経って温くなったコーヒーに手を伸ばす。カップを持ち上げ、一口飲む。
甘味が口内に広がる。それも普通の甘味ではない。いつも飲んでいる親しみがある甘味。温くなっているから更に粘りけを増した甘味になっている。一色がキッチンに行って、母親と話していたことを思い出す。口の端が自然に上がる。コーヒーとは違う熱いものが胸にこみあがる。こんなところでまた、勇気を貰えるとは。カップを置き、一色夫妻にばれないぐらいに頬を叩く。深呼吸をして、前を向く。
「すみません。少し話したいことがあるんです」
相手にちゃんと聞いてもらえるように静かに語りかける。
「あ、え、何」
一色夫妻は口許に置いていた手を戻し、こちらに向く。
「実はちょっと謝らなければいけないことがありまして」
逆効果になるかもしれない。でも、これを言わなければ俺が目指している最終目標には辿り着けない。一種のギャンブルだ。
「いろはさん、いや、一色と自分は付き合ってないんです」
相手の目を見て、言う。少しでも、目を外してしまえば、それで終わってしまう。失礼な奴だと一蹴され、家から叩き出される。そんな覚悟で目を合わせる。
「あ~、分かってたわよ。そんなこと」
一色母の方がカラスは黒色ですと言われ、当たり前なことを何言っているのと言いたげなそんな顔になっている。
「分かってたわよ。そんなこと最初から」
「あ、そうだったんですか」
拍子抜け、正に拍子抜け。さっきまでの覚悟はどこへやら、目が金メダリストぐらいに泳ぎだす。え、何これ恥ずかしすぎぃぃぃ!!
「分かってたから、反対してたの。そんな嘘で親を騙せると思ってたの。親だって、それぐらいは分かるのよ」
えっへんと一色母は胸をはる。それとは逆に一色父の方はキョトンとしている。あ、たぶん父親の方は分かってなかったんだな。
「でも、さっきのいろはには驚いちゃった。あんなに自分のことをちゃんと言ういろはなんて久しぶりに見たわ」
昔を懐かしむように優しく微笑む。更にあれはと続ける。
「あれは、私達が離婚をして以来ね」
一色父の方が胸を刺されたように目を見開きながら、顔をあげる。そして、小声でそうか、そうかと繰り返す。
第一段階はクリアーした。想定外だが。今日は計画通りに事は全く進んでない。が、それでもここまできた。後、一つだ。一段階クリアーできれば。
「それで、ですね」
一色夫妻が、ん、とこちらを再度見る。
「実は自分、シェアハウスに住んでましてそこに一色を住まわせてくれませんか」
いつもの自分なら絶対に言わない。相手がそんなことを望んでない、そう勘ぐるからだ。でも、今日だけ自分に素直になれ、俺は一色との関係が希薄になることを恐れているんだ。希薄にならないようにするにはこれが最善策だ。
「それってここから遠いの」
何故、そんな質問を?と考えるが今は無駄に嘘をついても良いことはない。ちゃんと真摯に答えよう。
「そうですね。一~二時間ぐらいですね」
それを聞くと、一色母はまた優しく微笑む。
「やっぱりね」
「え、何がですか」
「うんうん、知らなくていいの」
首をふるふると振り、人差し指をたて、唇におく。こういう、少しあざとい仕草も遺伝したんだろうな。
「私は認めるわ。それなら」
え、嘘、ほんとに。こんなに簡単に進むと思っていなかっただけに驚く。一色父も同じでバッと一色母の方に振り向く。
「私達のせいでいろはには迷惑かけちゃったでしょ。あの子ももう大人よ。少しは許容してあげましょ」
「いや、でもなこんなどこの馬の骨か分からん奴にいろはを」
だ~れが馬の骨やねん!慣れてない関西弁を使ってしまうぐらいにムッとした。まぁ、確かにこれも小町で考えると致し方ないな。
「大丈夫よ、シェアハウスでしょ」
そうでしょ、と言う具合に訊ねてきた。
「はい。え~と一応、自分の他に女性が二人います」
「ほら、それならね」
たぶん、この夫妻は女房の尻に敷かれているタイプなんだな。と確信できた。
うむむと、しばらく唸っていたがやむを得ないという面貌になりOKを出してくれた。
その代わりと、条件をマシンガンの如く出されたが、週一で実家に帰ってくるしか覚えていない。それはまぁ、一色に直接言ってくださいな。
それからは、対立していた空気はなんのことやらというぐらいに穏やかな時間だった。数分間、一色夫妻と昔の一色について教えてもらい、へぇ、そうなんですかと相手が不快にならないように相槌をうった。話をしているうちに一色は戻ってくると予想してたが、一行に戻ってくる気配がないため、俺が迎えにいくことになった。
たぶん、自分の部屋にいるとのことなので、教えてもらった部屋の前まで行った。
ノックを数回する。返事がない。
「おい、一色!俺だ」
聞こえるように少し大声で言う。これで、部屋には実はいませんとか辞めてよ。ちょっとした恥だよ。
「先輩、おそいです」
弱々しい声が扉から聞こえる。良かった。中にはいたようだ。
「入るぞ」
「はい、どーぞ」
返事を聞いてから扉を開ける。中には、赤く充血した目をしてる一色がいた。
「先輩、いろはです。何回、間違えるんですか」
頬をぷくっと膨らまし、唇を突きだしている。
「あぁ、そのことだが、もう大丈夫だ。てか、俺たち普通にバレてたみたいだぞ」
膨らんでいた頬がしゅぼーんと萎み、目をキョトンとさせている。
「え、どういうことですか」
まさか、という目でこちらを射抜く。
「いや、そのな。言ったんだ。付き合ってないってこと」
「え、どうしてですか。バカなんですか。いやバカですね。どうするんですかバカ」
早口でまくし立てるように叫ぶ。いや、バカ言いすぎでしょ。一応、先輩だぞ。
報告、連絡、相談は大事らしい。それに則り、しっかりと報告をさせてもらおう。全く、連絡も相談もしてないけどね。
「あぁ、あのな余計なお世話だったら、すまないんだが一色、お前俺と一緒に住むことになったから」
目をキョトンからええ~に変化させた。キョエ~である。なに、それ可愛い。
「ど、ど、ど、どういうことですか!ちゃんと教えてください」
あたふたと手を動かしながら説明を求めてくる。
「まぁ、成り行きだ。一人暮らしじゃねーけど、許してくれ」
「いや、それはいいんですけど。私がいない間に何があったんですか」
「いいだろ。とりあえず、依頼は終了だ」
「ちゃんと、説明してもらいますかね」
涙目の笑顔を向けるその顔を見て、俺の選択は間違っていないと思った。
それから、あまり長居するのも失礼だ。と、夕方前には家を出た。一色は駅まで送るとついてきた。昼の時と気温は変わらないが感じる風は全く違う。冷や汗はまだ残っていて、それを浄化してくれる。気持ちの良い風だ。隣の一色も隣で盛大に腕を伸ばしている。
「あの、しつこいかもしれませんけど何があったかおしえてくれませんかー」
「いつもの一色なら、早くおしえてくださいよって言うのに珍しいな」
「なんですか、それ。モノマネですか。似てませんよ。あと、失礼ですね」
ジトーとした目でこちらを覗く。
「今日の事は本当に申し訳ないと思ってます。あと、ありがとうございます」
と、思うと今度は笑顔でこちらに感謝を述べた。
やっぱり、その笑顔の方が似合ってんじゃねーか。
簡単に説明をする。ふむふむと、聞く表情はあざとい。いつもの後輩になったようでなぜか安心する。
「そういうことなんですね。それじゃあ、今日は泊まりますね」
そう言うと、スマホを取りだし親に電話をし出した。泊まるねと、短く用件を伝え、うんうん分かったと一言言うと、電話を切った。何がそれじゃあなんですかね。凄い行動力に言葉が出ない。
「と、いうことでよろしくおねがいしますね」
敬礼のポーズを取る。
「分かった。行くぞ」
一色は敬礼を解き素早く俺の腕を取った。そして、ボソッと
「絶対に離しませんから。これからも」
と、呟き俺の腕を引っ張って走り出した。
はぁ、聞こえてんだよ。本格的に勘違いするから。
我が家に帰る。愛しの我が家よ。マイスウィートホーム。表しきれない、愛情を胸の内に秘め扉を開ける。
「ただいまっと」
「お邪魔しまーす」
控えめに帰宅の挨拶をし、靴を脱ぎ丁寧に揃える。これをしないと由比ヶ浜と雪ノ下に怒られるからやるわけではない。いや、怒られます。
廊下を進み、リビングの扉を開ける。
「あ、ヒッキーお帰りー。ん、いろはちゃん、やっはろー」
「うす」
「やっはろー」
謎の挨拶を二人でしているのを横目にソファーに座る。落ち着くなぁ、今ならこのままソファーの中に埋もれていってもいい。
一色は由比ヶ浜と話し終えるととてとてと俺の横に座る。
「先輩、いつもこんな感じなんですか」
「あ、まぁそうだが。何か変なことあったか」
帰宅してから今までのことを思い出すが、何もおかしなことはないような。
「いえ、普通なのがちょっとなんというか」
いつもの一色に戻ったと思ったが、何とも歯切れの悪い感じだ。
由比ヶ浜がコップを3つとお茶の入った容器をおぼんに乗せこちらにくる。そして、ソファーの前の机にお盆を乗せた。
「ねぇ、ヒッキー何かあったの。何もないとか言ったら怒るからね」
「あぁ、ちょっと言わなきゃいけないことはある。でも、それは雪ノ下が来てからでいいか」
「それって、いろはちゃんに関係してるの」
不安そうに訊ねてきた。
「関係はあるな」
由比ヶ浜はそっか、と言うとダイニングにある椅子に座った。そして、何かに気づいたように急に立ち上がる。
「てか、いろはちゃん今日どーするの」
「泊まらしてもらおっかなぁって」
「え!!!て、ことは夕御飯食べるよね。材料あるかな!!」
由比ヶ浜はキッチンの方に行き、冷蔵庫を忙しなく開いて、閉めを繰り返す。ちょっと、電気代の無駄ですよ!専業主夫希望の俺からすると、そういうところも気になる。専業主夫の鑑だね。
「これ、絶対に足りないよ。買い物、今日行っとけばよかったぁ」
嘆きの声が響く。料理担当は雪ノ下と俺の為、由比ヶ浜は買い物は任せてと、買い物担当になった。
買い物担当としては不測の事態とはいえ、責任を感じているのだろう。わたわたと、たぶん財布と上着を探しに自分の部屋に行こうとする。
「お前、手けがしてんだろ。俺が行く」
それを制する。由比ヶ浜の右手には小さな湿布が付いているのが確認できる。大方、転んで手を擦ったんだろうが、そんな由比ヶ浜に買い物に行かせるのも何か嫌な気分だ。
「だ、大丈夫だって、擦ったぐらいだし、ちょっと腫れてるけど明日には治ってるって」
「いいから。とりあえず適当に買ってくるわ。何か特に欲しいものあったら、連絡しろ」
上着を脱いでもなかったので、そのまま家を出た。
リビングを出るときに後ろにいた二人があざといって言ってるのが聞こえたが、無視をした。
ご飯を食べ終え、皿を洗い、一息置くと、誰かが何かを合図したかのように四人みんながリビングにある椅子に座った。
「それで、比企谷くん話って何」
雪ノ下がいつものように冷静に話をスタートさせる。
「単刀直入に言うと、一色もここに住まわせてくれないか」
雪ノ下も由比ヶ浜も驚いたようで目を丸くさせる。まぁ、そりゃ驚くか。
「そっか、そういう話か。何か良かったな」
由比ヶ浜はため息とは違う、自分を安心させるように息を吐く。何が良かったんですかね。
「まぁ、そんなことだろうと思ってはいたけど。もう、それは決定事項なのよね」
「お前たちが本当に嫌なら考えるが、賛成してくれると嬉しい」
「そ、そうですね。私も失礼だなとは思ってますし」
一色は小さく膝の上に拳をつくって、俯いてた。
「私はいいよ。別に。賑やかな方が楽しいし。いろはちゃんなら大歓迎だよ。ゆきのんもべつにいいでしょ」
そう言うと、雪ノ下の方を上目遣いで見る。雪ノ下にこうかばつぐんだ。
「もう、分かったわ。でも、ここは姉さんに言って、借りているから一応連絡しとくわ。たぶん、大丈夫よ」
こめかみをトントンと叩きながら、一色の方を向く。
「ありがとうございます」
「さっすが!!ゆきのん」
一色は身を乗り出して雪ノ下の方へ行き、由比ヶ浜は雪ノ下の腕を掴んでいる。なんだ、このビッチホイホイは。
これで、これで、一件落着だ。一生分の仕事はこれで終わりと。あとは悠々自適に暮らします。
暮らせたらいいのになぁ。
「てか、今日何があったの!!」
何度目かの説明をする。
雪ノ下は聞き終えると一色に軽蔑の意味が込められているような目線を送る。由比ヶ浜も少し怒っている。
「一色さん、あなたって人は」
「いろはちゃん、そういうのはちょっと、いけないと思うよ」
一色は縮こまり、俯く。
「ほんとにすみません」
「いや、もうそれはいいんだ。無事に終わったし。だから、あんまり怒らないでくれ」
確かに今日一日、大変でもう同じことは勘弁だ。それでも、今日の事はただのいつもの一色のおねだりの延長線上であり、別段怒ってもない。むしろ、振り回されることに慣れてしまっている自分に呆れているぐらいだ。
「ほんと、甘い(わ、よ)」
ピッタリと息の合った二人の声がリビングに響く。
二人の顔も息が合っているように、慈愛に満ちた笑顔だ。
由比ヶ浜結衣
それから、いろはちゃんの引っ越しはスムーズに行われた。ヒッキーも自分でやれって言いながらも手伝ってあげてた。ほんとに捻デレだなぁ。
引っ越しも無事に終わって、一段落したところで私はヒッキーをデートに誘った。まぁ、ヒッキーに直接デートに行こうって誘っても、嫌だって言うから、買い物に付き合ってって誘うようにしてるけど。
最初はメンドクサイ、行かない、休日ぐらい休ませろってうだうだ言ってたけど、この前、いろはちゃんとは行ったじゃん、せこいって言い返したら、なんだそれって渋い顔をしながらも分かったって了解してくれた。押しに弱いのかな、それなら、でも恥ずかしいな。
デート当日になった。
ふふ~ん、と鼻唄混じりに身支度をする。昼御飯を食べ終え、今から十分後に出発する。外は今、暖かいのかなぁ。どうだろ。一枚、薄いの羽織れば大丈夫かな。お気に入りの薄いカーディガンを羽織る。軽く
化粧をして、廊下に出る。
「遅いわ。これだから、女子は」
ヒッキーはとっくに準備が出来ていて、廊下でポッケに手を突っ込み、不機嫌そうに立っていた。
「ひどいなぁ、ちゃんと時間通りじゃん」
スマホを見て時間を確認する。ほら、丁度じゃん。
「十分前行動、五分前集合が社会の基本だろ」
「専業主夫希望のヒッキーにそんなこと言われたくないんだけど」
てか、家の中だからそれぐらい良くない。
「それじゃあ行くか。一時間で家に帰ってくるぞ」
「はや!!早すぎだよ」
ヒッキー、ゆきのんと服、靴をよく買いにくる場所にきた。ヒッキーは大学生になって、少しはオシャレになった。私達がいうせいもあるかも。顔は整ってるんだから、服とかに気を遣えばモテると私は思ってる。でも、モテちゃうと嫌だなとも思うから、複雑だなぁ。
お気に入りの服屋に入る。派手すぎず、地味すぎず、ゆきのんとも来るお店だ。
「ねぇ、ヒッキーこれ似合うかな」
ピンクのカットソーを体に当て、ヒッキーに見せる。
「似合う似合う」
「適当すぎない!」
こんな、カップルがやりそうなことも最初の頃は照れながらしていたが、今ではいつもの日常の出来事のようにできる。
「もう、ヒッキーたら」
でも、私は分かってる。わざと、本気で怒ったように拗ねているとヒッキーはちゃんとフォローしてくれる。
「あぁ、なんだホントに似合ってる」
頭をガリガリとかきながら、そっぽを向いているヒッキー。嬉しいな。てへへ。
「じゃあ、これ買うね」
「え、いいのか。もっと選ばなくて」
「だって、ヒッキー時間かけると子供みたいに不機嫌になるじゃん」
なんで、男の人って買い物に時間をかけると不機嫌になるんだろ。楽しいじゃん、服見るの。
「誰が子供だ。お前には言われたくない」
「ひどい!」
ヒッキーの服も私が見繕って、買わせた。私がヒッキーの服を選んでいる間はきせかえ人形みたいに為すがままだったのは可愛かったな。
カフェに入って、話をしたりしてると良い時間になってきた。
「そろそろ帰るか」
「そうだね。ヒッキーもご飯つくんないといけないし」
「専業主夫の練習と思えば、別に辛くはない」
まだ、言ってたんだ。たぶん、ヒッキーはそんなこと言いながら、ちゃんとした企業に就職しそうな気がするんだよね。
カフェを出て、帰り道につこうとしたときにヒッキーがピタッと止まる。
「ん、ヒッキーどうしたの」
ヒッキーはお花屋をジーと見ていた。どうしたのかな。何か珍しいな。
「ちょっとわりー。あそこ寄っていいか」
「全然良いけど。花。買うの」
「あぁ、ちょっとな」
私達はお花屋に寄った。ちゃちゃっと手際よく欲しいものを店員に伝え、購入していた。ヒッキーって花好きだっけ。
次の日、午前の10時頃に目を覚ます。ううーんと背伸びをして、体をほぐした。洗面所に向かうため、起きた。
はぁ、春休みも残り少しか。充実した春休みだったけど、何か寂しいな。
一通り、洗面所で朝すべきことを済ませ、リビングに向かった。扉を開けると、ゆきのんとヒッキーは起きていたようで、二人とも読書をしていた。何か、奉仕部思い出すな。
「ゆきのん、ヒッキーおはよ」
「おはよう。由比ヶ浜さん」
「うす。てか、寝癖すげぇーぞ」
え、一応、鏡みて直したんだけどな。やっぱ、おかしいかな。
「うるさいな。今日は家、出ないし。別にいいじゃん」
「女子力(笑)が低いぞ」
「バカにしすぎだから」
「ほんと、朝からあなた達うるさいわよ。」
朝だからかな。何か、この感じが凄く嬉しい。みんなで和気あいあいと会話をしながら、朝を過ごす。それだけなのにジーンときてしまった。
ん、少し違和感がある。いつも、ヒッキーの隣にある、小町ちゃんから貰ったていうブランケットがない。リビングにいつも置いていたのに。どーしたんだろ。
「ヒッキー、ブランケットは」
つい、訊ねてしまった。
「私物は一人3つまでだろ。俺は残念ながら、リビングに今、私物が3つあるんだ」
そう言うと、窓際の小物を何個か置けるスペースを指差す。
あそこには、元々いろはちゃんが持ってきた何か雰囲気がヒッキーに似てる人形を置いていた。今、見るとその人形の周りに花瓶が3つ置かれていて、それぞれにバラが一輪ずつさされていた。色は黄色、紫色、橙色だ。綺麗だなぁ。てか、あれってこの前買ってた奴だよね。
「比企谷くんにしては珍しく、良いものだと思うわ」
「珍しくって何だよ。俺には美的感覚がないと思ってんのかよ」
「そんな今更なこと言われても私は困るわ」
「ずっと、思われてたんですね」
いつもの掛け合いを見ていたら、いろはちゃんがリビングに入ってきた。
「みなさん、おはようございます」
引っ越しした直後はスッピンなんて、先輩に見せられませんと、化粧をしてからリビングに来てたけど、ある日、ヒッキーが、お前、別にスッピンでも変わんねーよって失礼なことを言ってから、スッピンを見せるようになった。失礼っぽく聞こえるけど、たぶんあれは誉め言葉なんだよね。いろはちゃんも怒ってたけど、分かってたんだと思う。現にスッピンに来るようになったし。
「おはよ、いろはちゃん」
「一色さん、おはよう」
「うす。てかお前も寝癖すげぇーな」
「先輩は女心が一つも分かってませんね」
居心地のいい空間。これが、いつまでも続けばいいな。
比企谷八幡
昔、家族みんなでバックトューザフューチャーを見ていた。SFの有名作品で主人公がタイムマシンに乗って、過去に行ったり、未来に行ったりして問題を解決していく物だ。これは、三部作でその3つ目の作品の博士が最後に言う台詞が記憶に残ってる。
「君達の未来はその紙のようにまだ真っ白ってことだ。誰の未来もな。未来は君達自身で作るんだ。素晴らしいものにしなくきゃ、君達2人で!」
当時の俺はこの言葉に騙され、未来に希望を持っていた。しかし、中学を卒業するまで、素晴らしい未来など無かった。高校入学の日はこれが最後の希望だと、朝早く家を出たが、犬を助けるため車に轢かれた。
俺はそのときに悟った。俺がどんなに素晴らしい未来を作ろうとしても、神様なんて信じちゃいねーが、空回りする運命にあるんだと。だから、俺はボッチになる覚悟を決めた。動いたところで、全てが悪い方向に転がるのだから。
その作られていた未来が変化をしていったきっかけは奉仕部への入部だ。入部した当初は嫌々行っていたが、どこかで、自分から進んでいくようになった。それがどのときからかは思い出せない。劇的に何かあって、そうなったんではないと思う。あいつらの優しさや逞しさに惹かれていって、行くようになった。欺瞞などではない、本物を求めて行くようになった。
このシャアハウスもその延長線上だ。この、居心地のよい空間が高校二年間で、終わることを恐れた。シャアハウスをしてなくても由比ヶ浜なんかは定期的に連絡をして、途切れないように努力をするだろう。それでも、どこかで終わってしまうんだ。俺や雪ノ下は。結局のところは。
これをただの馴れ合いだと言う人もいる。俺も最後まで悩んだ。でも、馴れ合いでもいい。決定を遅らせてるだけでもいい。時間が欲しかった。
居心地のよい馴れ合いの空間は続いている。これが本物だとは思ってない。でも、今はそれでいいんだ。俺達の未来はまだ、真っ白だ。素晴らしいものにするんだ。俺たちみんなで。
窓際にある、人形の周りに花瓶を置く。
橙色のバラを手に取り、花瓶に入れる。
いつも、あざとい。だけど、女の子らしいあいつをイメージしながら。
黄色のバラを手に取り、花瓶に入れる。
バカで料理もできない。だけど、誰よりも明るいあいつをイメージしながら。
紫色のバラを手に取り、花瓶に入れる。
口が悪く、勘違いされやすい。だけど、常に俺たちのことを見てくれてるあいつをイメージしながら。
朝の日差しが花達を照らす。後ろに下がり、全体を見る。
気色悪い人形の周りに輝く花がある。
どうにか、いつまでもこんな光景が続きますように。俺らしくない、そんな願いを祈りつつ、マッ缶を飲みにキッチンに向かった。
駄文、読んでいただき ありがとうございます。
雪ノ下雪乃の出番が少なく、申し訳ないです。
一応、この続編は書いていこうかなと考えていますが、予定は未定です。何もストーリーとかには着手してません。次、書くとしたらエピソード由比ヶ浜結衣っていうふうになると思います。
感想等頂けますと幸いです。
それではホントにありがとうございました。