戦う代行者と小さな聖杯(21)   作:D'

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閉幕

 錬金術師は計算によって未来を弾き出そうとする者を差す。

 それは決して、自らに都合の良い未来を求める事ではない。

 数式という絶対に不偏のルールの元、未来を確定させる事である。それが、自らの敗北であっても、確定されてしまったのなら、避けられようもない。

 故に、錬金術師にとって勝負とは、勝つ事に他ならない。

 負けるのならば、そもそも勝負などしないのだから。

 しかし、この場は避ける事のできない決闘場。

 もし望まぬ未来を避けるのならば、それはイレギュラーが必要となる。

 数式に含まれていない因果がいる。

 

 現状のベルベット・ベルナシーでは、荒耶宗蓮には勝つ事は不可能である。

 魔術師としての自力が違う。

 その手に持つ武器(秘術)が違う。

 吸血鬼としての膂力があっても、あの三重結界を越える術なくては価値がない。

 そう。ベルベット・ベルナシーは、勝てない未来を演算できる程には、魔術師、荒耶宗蓮を知っていた。

 

 ――始まりは弟子の異変。

 

 まだ人であった頃、たった一人面倒を見ていた弟子が、変格した。

 

 ――人が変わる。

 ――中身が変わる。

 ――――魂が入れ替わる。

 

 早々に気づいたベルベットは弟子を処分し、中身を検分した。

 最初は、どこぞの輩が自らの研究成果を盗み出す為に弟子を使ったと考えていた。

 しかし、それは違った。

 魔術の痕跡なく、その魂は挿げ替えられた。記憶は上書きされていた。

 

 しかし、重要なのはそこではない。

 未来の記憶。

 わずか十数年後の記憶であるが、これは一体何なのか。

 

 それは錬金術師にとって、カンニングペーパーのようなモノだった。

 

 荒唐無稽なモノ。そう吐き捨てるのは簡単だ。まずは、そう。これの真偽を確かめてみよう。

 情報を集め、真贋を問い、演算する。

 

 しかしどうだ。

 それを計算すればするほどに、確定されていくではないか。

 だが、違う。

 記憶にある未来とは、異なる結果となる。

 何度計算しても、何度見直しても。

 黒い翼を持った女に世界を滅せられる未来しか導きだせない。

 

 違う、それではダメだ。

 何としてでも、回避しなくてはならない。

 

 未来の記憶を持つ者は複数存在する。

 そして、その者共こそが未来を崩す要因となる。

 

 ――阻止せねばならない。これは使命だ。滅びの回避は錬金術師としての、使命。

 

 霊子ハッカーと呼ばれるエルトナムより秘蔵の技術(エーテライト)を盗み出し、逃亡した。

 待望を成す過程において協会に追われる身となり、あまつさえ吸血鬼となってしまったのは致命であったが、挽回する余力はあった。

 

 舞台にたどり着き、エルトナムのようにいかずともエーテライトにて表層意識を盗み取り、未来の記憶を持つ者共を探して回った。

 結果二十一人の人間を見つけ、あらゆる手で我が工房に招いた。

 コレが死ぬ事によって未来は守られる。それも今では一人を除き屍食鬼として手足となった。

 だが、それでは不十分だ。

 これだけでは次善の策でしかない。未来を知る者がそれで全てかは定かではない。現にあの代行者は未来を知っている。

 原因である、黒い翼の女を現段階で殺す事が出来たのならば、完全に滅びは回避される。

 

「回避されるのだ……」

 

 しかし、その屍食鬼は結界に阻まれたまま。工房術式も荒耶宗蓮の三重結界にて、もはや発動不可能な状態に追い込まれてしまった。このままでは結界を破壊する事すら困難。

 

「回避される筈だったのだ!」

 

 つま先に、三重のうち、一番外側にあった荒耶の結界、蛇蝎が触れた。

 途端、ベルベットの足は停止した。

 苦し紛れに右腕を振り上げると、その腕は荒耶の万力のような手に掴まれ、意図も容易く引き千切られてしまった。視界の端に、荒耶が放り投げた右腕が映る。

 

 ――勝てない。

 

 静止した足を切り捨てる事で結界から脱出する。足首から先を亡くした右足で地を踏む。

 一つ、二つ。次々と工房内部に設置された魔石がその動きを止めていく。目前の強敵に気を取られていた。工房内部を精査する。

 ここへ足を運ぶ代行者が一人。工房内で魔石を封印する者共が複数。

 ベルベットは知っている。

 時空管理局。そう呼ばれる組織がある事を、記憶を読み取り、知りえている。

 恐らく、魔石を封印しているのがそれであると当てをつける。

 

 あと一分すれば代行者がここに来る。脅威ではない。あれは弱い。あれならば勝てる。

 思考する。思考する。思考する。

 

「迷っているな」

「……」

「己が願の成就において、障害をどう乗り越えるのか。迷っている。否、認められないだけだ」

 その障害を乗り越える事は不可能である、と。

 不意に、三重の結界が消えた。

「……何のつもりだ?」

「何、階下が騒がしいと思ってな。一つ、実験を思い至った」

 暗い顔の男は結界を消したまま、無造作にベルベットへと近づいていく。手を伸ばせば届く距離に近づき、やがてすれ違う。

「はたして、抑止によって動かされたこの身が、その役割を放棄した時、一体どうなるものか。

 無論、また別の抑止が現れるまで。しかし、それならば退けられるという顔をしているが?」

 

 その通りだ。これからやってくる人間ならば、過去に打倒している。

 むしろ、その時の怪我を完治したとは考えにくい。それほどの時は経ていないし、治癒の術に長けているとも思えない。

 仮に十全だったとしても、吸血鬼であるベルベット自身があんな子どもに負けるとは考えにくい。

「――この私を見逃すと?」

「如何にも。ただし、私が見逃したとしても、抑止はおまえを捕らえたままだ」

「あの小娘が抑止ィ? 笑えぬ冗談だ。あれでは私を阻めない」

「それも、結果が教えてくれよう」

 男は、荒耶宗蓮はそのまま、屋上より飛び降りた。一角の術師であるならその程度は容易く、あれも結界によって如何にかしてしまうだろう。

 難は去った。後は迅速に動くだけ。

 

 ――がちり、と屋上と階下を繋ぐ扉が開かれた。 

 

 

 後続の武装隊がマンションへ突入した。

 彼らはジュエルシードの封印を担当する。中がもぬけの空だというのはニーロット・クリケットより報告がなされている。

 得意の魔法によって、近づく亡者を撃ち滅ぼして数十回。クロノ・ハラオウンは一つの報告をエイミィ・リミエッタより受けていた。

『えーっと、フェイト・テスタロッサの事なんだけども……』

「彼女がどうかしたか」

『そのー、協力を申請してきて、リンディ提督の許可の下、今なのはちゃんの所で一緒に戦闘してもらってます』

 一瞬、自分の額がぴくりと動くのを感じた。

「――彼女の精神状態では戦闘なんて不可能な筈だ」

『そうでもないみたい。今はある程度取り戻しているよ。一応、母親の仇でもあるから、監視の下、やらせてあげようって』

「ハァ、彼女、提督を敵視するような素振りを見せていたか? あの状況じゃ、恨まれたっておかしくない」

『それもないみたい。使い魔のアルフには、最後の時にはプレシアが事切れていたって、理解していたみたいだし』

 なんとも、やりきれない話だ。彼女たちは彼女たちで、勝手に乗り越えてしまった。誰に頼るでもなく。

「強い、のかな。まあ、そっちのフォローは君に任せるよ。僕は今、手が空いていないから」

 亡者の姿が見える。

 クロノは杖を構えた。

 

 

 

 

 

 

 屋上へ続く扉を開くと、そこには片腕を落とした吸血鬼が立っていた。よく見ると片方の足首が地面に落ちている。それ以外に人影はいない。

 恐らく吸血鬼のモノと思われる血液は、そこら中へ飛散している。

 サバトの後を思わせる様。だが、当の吸血鬼の焦燥ぶりを見れば、それが想定外な事は理解できた。

「満身創痍という奴ですね、ベルベット」

「――小娘エェ」

 瞳は赤く輝き、その口は笑っているのか、食いしばっているのか、分からぬ程に大きく口角を吊り上げている。

「まあ、何があったかは問いません。何とも、嫌な言葉を聞きそうなので。さて――」

「この私に勝つつもりか。小娘」

「――それはこちらの台詞です。この状況で勝つつもりですか」

「すでに、この私に敗北した身である癖に……」

「ならばその時、命をしっかりと刈り取っておくべきでしたね」

「あの場で血に溺れる訳にはいかなかった。放置していても死ぬはずだった」

「助けが来ましたので。案外、信じられないくらい雑ですよね。この工房」

「私は錬金術師故に」

「そういえば、一つ聞いてもいいですか」

「聞こう」

「二十個のジュエルシードは良いとして、後一つはどこなんです?」

「砕けて散ったさ。貴様に令呪代わりの呪いを施した際に」

「ああ、そんな事にジュエルシードを核に使ったのですか」

「如何にも」

「そうですか、さて、そろそろ始めますか。あなたは死徒ですから。灰に返してあげましょう」

「どうやって勝つつもりだ」

「あれ、あなた、もしかして――」

 

 ニーロットの両手に、黒鍵が三本ずつ、袖口より現れた。

 

「――たかだかまぐれで私に勝った位で、自分は強い、なんて勘違いしちゃってませんか?」

「ふん、戯言を!」

 

 ベルベットの左手が振るわれた。途端、空気を切り刻む見えない斬軌が走る。

 一本、二本。否、その数十を超える糸が、ニーロットを襲う。

 しかし、そこに不意はない。

 当然、予想された攻撃。

 その場を飛び跳ね回避すると、今度は中空に同じ糸が走る。

「この程度で」

 身を捻り、黒鍵を振るう。それだけで糸は断ち切れる。

 地に張り付くと同時に、ベルベットへと駆ける。糸は障害となりえない。あんなもの、斬って捨てて終わりだ。

 片足のないベルベットの動きは鈍く、遅い。否、足があったとしても何の問題もなく追いつけるだろう。

 崩拳。すり足から繰り出す中段の拳。しかし、その手には黒鍵が握りこまれている。

 黒鍵とは、人の摂理を叩き込む対死徒用の概念武装である。

 それは、死徒であるベルベットにとっての鬼門。

 ベルベットは身をよじりそれを避けるも、二の打ちによって、足首を失った右の腿に突き刺さった。

 男の苦悶の声が響く。

 ニーロットは戦いながらも、ベルベットの戦闘能力を測りなおしている。

 以前の敗北から、怪我を治す間に何度もシミュレートをした。

 

 ニーロットの考える敗因は、たったの一つ。

 

 ――それは、死徒である事を見抜けなかった事。

 知っているのならば不用意な接近戦など仕掛けなかった。不意を打っても接近を許しはしなかった。

 現に今はどうだ。回避できない一撃を打てばいい。その膂力で受け止められないような攻撃をすればいい。

 ベルベットの動きはどうだ。

 確かに動きは早い。力も強い。体の動かし方もうまい。

 だが、戦闘の仕方は下手だ。距離の取り方、体の位置、足運び、攻撃のタイミング。防御の方法。

 戦闘者として、ニーロットはベルベットの数段上を行く。

 否、上でなければならない。

 戦闘において学者に負ける戦士はいない。

 仮にクロノ・ハラオウンであったならば。ニーロットよりも余程スマートに倒す事が出来たであろう。それが、高町なのはであったのならば、フェイト・テスタロッサであったのならば。

 どれにしても、ベルベットにはまず勝機がない。

 

 例えば奇策を。例えば罠を。勝利への道筋を立てた後の勝負ならばよかった。

 錬金術師であるが故に。

 勝利を得るにはその方法でしかあり得ない。

 

 ニーロットの投げた黒鍵をベルベットが手で払う。

 しかし、払われた一本目の影に放たれた二本目がベルベットの肩を貫いた。

 

「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な馬鹿な、お前は弱い。私よりも!」

「ハア、――間抜けが。調子乗ってんじゃねえ糞蟲が」

 可憐と賞して良いニーロットの顔が、くしゃりと歪んだ。

「たった一度勝ったくらいで何が私のほうがだ。ド素人が。考えてみろ、以前と現状の違いを。あの時おまえは俺を掴んで有無を言わさず叩きのめした。正解だ。大正解だよ。あれはどうにもならなかった。人間の力じゃあ強化した所で死徒には敵う訳がねえよなあ。

 だが今はどうだ。どうやって殺す。

 ほらどうした。あの時のように。おまえが勝ったあの夜のように。もう一度俺を捕まえてみろ。片腕もねえ、片足もねえ、体に黒鍵生やした前衛芸術が。おまえの乏しい攻撃手段じゃ俺を殺そうなんて、それしかねえだろうがよ。爪で裂くか。噛み殺すか。それもいいだろうなあ。出来ればの話だけれど。

 人を殺す事に不慣れな化け物なんて、居ていい訳がないだろう。おまえはまだ洟垂れ(ハナタレ)だ。洟垂れの糞餓鬼だ。

 黙って頭で戦えばよかったんだ。ほら、どうだ。俺は次に何をする。右手はどう動く。左手は何をする。計算してみろよ」

 

 勝利を模索していた、ベルベットの怒りで脳が止まった。

「――小娘がァ! 下品な物言いをスルデはないカ!」

「どっちが本性って訳でもねーんだ。どっちも本当、どっちも偽者。ただそんだけのくだらねえ話だ。おまえには関係のない話だよ。どうせ終わりだ」

 

 ぴたりと表情を常に戻し、ニーロットは終わりを紡ぐ。必死になって目指した、求めた先。

 当初、不可能と断じた魔術の行使。

 

「――主よ、この不浄を清めたまえ」

 

「ア、アアアアアァァ――――!」

 

 体が燃えた。突き刺さった二本の黒鍵が燃えた。その身を灰に返すと爆ぜた。

 それは黒鍵を使用した魔術の一種、火葬式典。

 ニーロット自らの属性とは離れ、また師事するものも居ない中、完成形を想像し、少しずつ組み上げていた魔術式。

 自慢の一手。自慢の切り札。

 

 ニーロットは走る。

 燃え盛るベルベットの肉体へ奔る。

 まだ足りない。たった二本の黒鍵では、全体を灰に返るには足りない。

 もう一手、必要となる。

 

 悶えて暴れるベルベットに、何の歩法も必要ない。

 ただ早く近づき、

 自らの手の内の最強を放つだけ。

 

 

 ベルベットの膝を蹴りつける。膝は容易くへし折れて、体は前傾に倒れて掛かる。落ちてきた頭部に回し蹴りを放つ。浮き上がったベルベットの体の下に背中を刷り込ませて鉄山靠を決め、トドメの一撃。

 

「――絶拳」

 

 魔力によって強化された肉体。

 魔力によって水増しされた威力。

 

 頭部を肉塊に変えて吹き飛ぶベルベットを見て、その技にニーロットは満足した。

 いつか、言峰綺礼によって伝授された一連の動作。

 次にあった時には師匠とでも呼んでやろうか、と頭をよぎる。

 

「劇的な決着もない。呆気ない最後。それも当然の事。結局の所、こんなもんでしょう。討滅完了」

 

 胸元の十字架を手に取り、口付けを一つ。全身の魔術回路を緩やかに停止させる。

 勝利を祝うように、空には次第に光が戻ってきている。

 階下で活動する武装隊の働きだろう。海鳴の町を夜に変えていた魔石は、すでに封印された。

 

 じき、その光は亡者どもを焼くだろう。ニーロットの目の前にある頭のない死徒も、灰へ変わる。

 

 

 ニーロットが一息つこうとどこか腰を落とせる場所を探していると、一人の男がいつの間にやら屋上にいた。

 暗い顔の、黒ずくめの男。

 また面倒な奴が現れた、とニーロットは嘆息ついて、男を無視するように段差を見つけて腰を落とした。

「結局の所、私の見込み違いであっただけの事か」

「あの、誰だか知りませんがようやく、一月以上かかった面倒事が無事終わった所なので、邪魔をしないで頂けますか」

「それは虚言だ。おまえは、私が何者であるか知っている筈だ」

 

 うわあ、こいつ面倒くせえ。

 

「はあ、だとしたらどうだと言うのです、荒耶宗蓮。ベルベットの手足を飛ばしたのは貴方でしょう。今更何に関わるというのです」

「私がここに立っている理由はない。すぐにでもここを離れるつもりだ」

「ならどうぞ。ここで会った事はなかった事にしてあげますよ」

「ただ、確認をしに来た。おまえは抑止からかの何某かのバックアップを受けていたのかどうかを」

「知りませんよ。そんなの。特別、不思議なパワーが体の底からあふれたり、いきなり超能力に目覚めたりはしなかったですけども?」

「ふん。なるほど」

 

 そういって、男は。荒耶宗蓮は姿を消した。瞬き一つしたその後には存在した痕跡すら残さずに。

 

「なんだって言うんですか。まったく」

 

 改めて嘆息。いよいよ、完全に天は晴れ上がった。日の光が屋上に降り注ぎ、ベルベットの遺体は灰に消えた。

 これで解決。無事に完了だ。

 

「終わったか、クリケット」

「ああ、執務官殿。お疲れ様です」

 お疲れ様、と相槌を返されて、少し離れた隣に、クロノ・ハラオウンは腰を落とした。

「ベルベットは死んだのか」

「当然。灰に返すのが私の仕事ですので」

「こちらとしては、容疑者の一人だったんだがな」

「ならあっちを回収したらどうです。今でも庭園でお食事会の真っ最中なんじゃないでしょうかね」

「……嫌なことを言うな、君は。不謹慎だ」

「失礼。性分でしょうか」

「所で。君は戦闘となると、随分と気性が荒くなるんだね。以外だったよ」

 ぴくりと、ニーロットの耳が動いた。

「はい? ――まさか、見てたのですか」

「サーチャーで一通り」

「……そうですか。まあ、覗き大好きな変態野郎にかける言葉はありません」

「随分な言い草だな」

「さて。黒鍵の残存数でも数えますか。執務官殿、ちょっとそこへ立ってもらえませんか」

「お断りだ。市街の安全を確認した後、結界を解除する。問題は?」

「結界内の人間と連絡を取った後、解除してくださいね」

「心得ている。しかし、なんだ。残った人たちはすごい人たちばかりだな」

「――そうですね」

 本当に。大した人たちである。

 

 

 

 

 

 あれから数日。ようやくごたごたした事後処理が終了し、私は一心地つけていた。

 例えば時の庭園内部に残った屍食鬼の処分。

 例えば藤見マンションに居住している事になっていた既に死んでいた人たちの社会的な処理。

 明らかに居住可能スペースよりも多い世帯が登録されていたのは何の冗談だと思わされたが、何事もなく月村に丸投げ。

 今回の事件のせいで私はこれから月村に頭が上がらなくなってしまったが、まあ、安いものだろう。

 

 落ち着いてみると自身で回収したジュエルシードの数ゼロ。その間、自分のなした事は後始末のみ。なんともダメダメな結果であったなーと思わされる。 

 そも、その全てはベルベットの変な呪いのせいであるのだが、致し方なし。

 

 今日はフェイト・テスタロッサとアースラメンバーが地球を離れる日。そろそろ約束の時間だろう。

 先ほどよりなのはの念話がガンガン飛んできているが、私はそれを無視していた。

 バサリとリビングのテーブル席に腰掛けたまま、新聞を開いた。

 元より新聞なんてろくでもないと思っている性質であるのだが、気を紛らわせる為の小道具だ。

 朗らかな陽光差す休日に。小鳥のさえずりを聞きながら新聞を読む。何と良い人生か。だが、一つ足りない。この場面には一つ足りない物がある。

「北城大土、コーヒーください。砂糖二つでミルクなし」

「……家政婦じゃねーし」

 しぶしぶといった風に台所に彼は向かう。

 休日。昼の暖かな光。小鳥の声。新聞。そうきたらコーヒーだ。

 彼、北城大土の事をクロノに伝えると、保護するが、現状は無理であるという通知を頂いた。しばらくはこのまま預かっておかなくてはならない。

 それを聞いた北城大土は何とも微妙な表情をしていたが、まあ急いた所で意味はない。まあ、魔力があったと聞いたときの喜びようと言ったら、拳で黙らせたくなるほどでしたが。

 しばらくは家政婦をしてもらおう。

 なのはの念話が止んだ。時計を確認する、そろそろか。

 当然のように私も、フェイトとの最後の面会、別れの時に立ち会うよう連絡を受けていたが、私はこうして自宅にいる。

 何を言えというのだろうか。興味もなし。微妙な空気になるだけだろうに。

 その辺りはなのはにお任せしますよ。

 ごとり、とコーヒーが目の前に置かれた。黄色い私のマグカップ。

 

 目まぐるしい日々が嘘だったかのようだ。さしたる価値のない一日が、今はなんと愛おしい事か。

 正直、未来を考えればゆっくりしていられるのは今だけとか思ってしまうのだが。

 まあ、そんな今だけを楽しむ事こそ人生だろう。

 ふふ、二回目ともなるとうまく楽しめるように成るもので。

 

 ずずり、とコーヒーを一口。

 

 今回の行動は誰に賞賛されるべき話でもない。賞与どころか、もしあるとしたら罰であろう。

 安心していいのか、教会からは何の連絡もない。コルネリウス・アルバが居たことから協会のほうがやばいかと気を揉んだが、どうやら彼も個人的に、ここへ来ていたというだけらしい。

 背景は見えないけれど、まあ、関係はない。

 あの場にいた魔術師たちは、何をするでなく、その後の接触もなしに消えてしまった。ジュエルシードもその全ては管理局が手にしている。一体何の目的できたのやら、私にはさっぱり理解ができない。

 でもまあ、どうだろう。元々魔術師の理など私からしたら意の外の話だ。考えるだけ、無駄無駄。

 

 しかし、この充足した気持ちはなんでしょうかねえ。一仕事終えた後だからでしょうか。

 

 そんな風にのほほんとしていると、窓の外より少女の声が聞こえた。

「ニーロットちゃーん!」

 

 ……コーヒーおいしー。

「呼んでるぞ、ニーロット」

「はて、何の話です北城大土。私は新聞とコーヒーと日光浴を楽しむ事に忙しいのですが。というか、あなたは窓に身を乗り出さないでもらえます? 私の家にあなたがいると知られると非常に面倒で不愉快な目にあうので」

「ひでー」

「当然の事でしょう」

 

 いまだに外には私の名を呼ぶなのはの姿が。何事かと聖堂から父が出てくると、彼女に接触。ああ、ああ、やめてやめて、父に迷惑かかってしまっている。

 

 ――仕方なし。

 

 玄関へと向かう。恐らく、彼女の来訪の理由は無断欠席への叱責というところだろう。甘んじて受けましょう。やれやれ、と心の中でため息をつきながら。

 

 

 

 

 

 ――戦う代行者と小さな聖杯(21)了




ここまで読んで頂きありがとうございます。
さてさて、ようやくの完結となりました。

このお話は見切り発車によって書かれた作品です。
が、まあ拙いながらも形にはなったかと思います。

うまいか下手かは横に置いといて。

さて、気になるA,sですけども。
ストーリが浮かんだのならばこのままタイトル変更して章仕立てで書きます。浮かんだのならば。

元々最後、ホロウのラストっぽく亡者溢れさせて各メンバー活躍させようぜっていうのが浮かんだラストでして。そこが書けたのならまあいいかなー、なんて思っております。

まあ心残りがあるとするならば、ニーロットの戦闘周りか……。


またの機会がありましたら。読んでやってください。

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