戦う代行者と小さな聖杯(21)   作:D'

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海鳴

 早朝。

 

 ほぼ初めて足を踏み入れた父より与えられた本当の、ニーロットの自室にて、目を覚ました。実家に戻って一週間目の朝である。

 ベッドから身を起こして洗面所へ。洗顔歯磨き、身だしなみの整頓。この肉体の髪は寝癖も付かない柔らかな髪というのが、楽ができてとても気に入っている。襟足付近だけを腰まで伸ばした変形ロングな髪を、白いリボンで尻尾のように束ねる。後は全体を二、三回ブラシで梳かせば完了である。襟足長い事以外はボブカットのようなものなので、まさかの男よりも早い身支度だ。

 着ていた真っ白なネグリジェを脱ぎ、綺礼から渡されたあの、お決まりの黒のカソックへと着替える。亡き母が作ったものはすでにサイズが合わず、大切にしまってある。

 

 しかしネグリジェという物を最初は卑猥な肌着だと思っていたのは私だけだろうか。実際に着るようになるまで、透け透けのものを想像していた。無論、そんな代物ではなかったが。ちなみに透け透けなのはベビードールというらしい。

 

 最後に璃正神父より別れ際に頂いた十字架を胸元に下げる。ゴールドで作られた十字架に、同じ素材のネックレスとその合間にはガーネットが散りばめられている。何でも私の誕生日に合わせた守護石らしい。聞かされていないが恐らく時臣氏も関わっているのだろう。まさに一生ものだ。父から頂いた十字架を今まで下げていたが、頂いてからこれを使う事にした。何しろ聖堂教会の人間と宝石魔術師が関わっているものである。聞かされていないが実際に何か厄除けくらいあっても不思議ではない。いや、十字架に魔術かけていいのか疑問であるが。教会は魔術の存在を大いに否定しているので。剣呑剣呑。

 

 まあ、第八秘蹟会所属なら平気だろう。魔的なものと関わる事が前提の部署ですし。

 

 さて、まずは朝のお祈りである。祈りは、朝六時、正午、夕六時に行う。私が聖堂へ向かうと、すでに父がそこにいた。膝を地面について、頭を垂れてロザリオを握り、目を閉じている。私もそれに倣い、父の隣へ膝を付け、ロザリオを握る。朝は聖堂の扉は開かれている。平日である今日はミサもなく、一般的な信徒がここへやってくることはないのだが、熱心な方は毎朝、聖堂へ足を運ぶ方もいる。背後にさわさわと足音と気配をいくつか感じる。

 しばらくすると、父の視線を感じたので目を開くと、とても幸せそうな笑みを浮かべた父がいた。実に五年ぶりの親子の時間である。無理もない。私はそれに笑顔を返し、いつもなら時間を見計らって、父が祈りを口にするのだが、今日は私が率先してみた。父と信徒がそれに続く。こうして父の良き娘として振舞うのは一種の贖罪となるだろう。

 

 祈りの後は朝食だ。聖堂の隣にある大きめの部屋を食堂とし、足を運んでくれた信徒たちと共に質素ながらも朝食を取る。パンとスープ、そして野菜。基本的にはこんなものである。金曜日は肉を食べてはいけない、という戒律があるもの、それ以外は特にない。無駄に悦に浸った食事を取らなければ何をしたって怒られる事はないだろう。

 

 食事の後は時間が許す限り家事雑事の手伝いといこう、という所で父よりストップがかかった。

 

「今日は新しい学校の最初の日だ。今日は私に任せ、準備をしておきなさい」

「もう準備は終わっています。大丈夫ですよ」

「いいから、部屋に戻ってゆっくりしていなさい」

 

 と聖堂を追い出されてしまった。むー。

 

 新しい学校。冬木から海鳴へ移った為に、当然小学校も転校である。転校先は私立の聖祥大学付属小学校。それなりに金もかかるし、まず大学までここに通う事はないが、問題はない。なぜなら第八秘蹟会から経費で落ちているのだ。学費。

 代行者としての業務が始まれば世界各地を転々とし、任務ごとに架空の立場を作り上げる事から、こういった面では融通がきく。というより、わざわざ小学校へ通っている事自体が聖堂教会からの命令という形に過ぎない。常識やコミュニケーション能力の伴わない代行者をこれ以上望んでいない、という一面が見えてくる。その見据えた先に埋葬機関があるのだろうなと私は思う。与えられた立場をうまく使えるようにする為の訓練とでも言うべきか。

 

 仕方がないので自室に戻り、カソックを脱いで小学校の制服へ袖を通す。基本的に黒がメインの服ばかり着ていた為、白が基調となった服装とは新鮮である。が、カソック着といて言うのも何だがコスプレだろうこの制服。そしてここまで来て、重大なことに気がついた。ここ、リリカルなのはの海鳴である。

 いやいやおかしい。聖堂教会も魔術協会も聖杯戦争も存在していていきなりとらハとはこれ如何に。最初こそはジョジョだと思っていたが。まさかとは思うがリリカル方面なストーリーも進行していくとなると、第八秘蹟会所属としては行動しない訳にいかなくなってしまう。というより管理局なる物がこの地に踏み込む事自体、聖堂教会も魔術協会も、話に聞く日本で活動する退魔組織も許可を出すはずもない。頭が痛くなる。考えるのをやめよう。

 

 さて、着替えてしまうと今度はやる事がなくなってしまった。ふむ。学校とはまるで関係ないが、教会から送られてきた資料に目を通す。学校へ向かう時刻までまだ三十分はある。ちなみに教会近くまでバスが迎えに来るらしい。送迎つきとはちょっとしたカルチャーショックである。

 資料には海鳴の周辺情報、重要施設、地脈情報など、そして懸案事項が記載されている。記載されていたのは『ここ一帯に混血と思われる一族がいる事を確認。調査し、必要ならば討滅せよ。相手の戦力を分析し必要に応じて戦力の増強を打診せよ』という内容であった。……まさに夜の一族の事と思われる。うむ、無視無視。グールや吸血鬼を見た後で言わせてもらうがあんな蚊の親戚レベルの存在を一々討ち滅ぼしていてはきりがない。どっかの妹様が治める一族による企業グループのほうが立ち悪いと思われる。ちゃんとした報告書の提出は必須だろうが、夜の一族側へ釘打っとく必要もあるやも知れない事を考えると急がなくてもいいだろう。釘打つ理由は、夜の一族の一部がやんちゃしたのを代行者に嗅ぎつかれて粛清、なんて事もありえるのでここで庇うのであるのなら自分の評価にも繋がるためにしっかりとしておきたい。――庇う理由があるのか、原作キャラだから? なんて思考がふと浮かんだがカットである。敵に回すと面倒な月村当主の恋人様がいるので穏便に済ませるべきである。うむ。

 

 

 なんて事を考えているうちに時刻が迫っていた。手提げにも背負えもする便利鞄を手で持ち、部屋を出る。

 

「父様、行って参ります」

 

 聖堂で信徒と会話中であった父に後ろから声を掛ける。

 

「はい、いってらっしゃい。気をつけていきなさい」

 

 信徒の方々にも挨拶し、聖堂を出る。教会前のバス停に、何人かの子どもが待っていた。年齢はばらばらである。ふとこちらを見て、肌が珍しいのか見入っているが、声は掛けられない。こちらもわざわざ声を掛けはしない。

 バスが到着し、乗車。スクールバスなど幼稚園くらいしか馴染みのない日本人は多いのではないだろうか。特に都心部出身。

 アメリカではスクールバスは多いというイメージがあるが、それには面白い理由がある。まだ白人学校と黒人学校とで人種で学校が別れていた次代、なんでも、郊外化が進み、白人は町の郊外へ住み、黒人は中心近くに住む、という住み分けが出来てしまったそうな。そんな人種問題を懸念して可決された法案が、俗に言う強制バス通学法である。両者の割合が一定になるように、白人の子どもは都心部の学校へ、黒人の子どもは郊外の学校へ通うことを強いられた事があるらしい。安全や移動面より、人種問題解決手段として用いられたのだ。一九七〇年くらいから一九九〇年頃までの話である。

 

 バスの中の生徒たちも年齢はばらばらで、友人同士で固まっているのがほとんどだ。一人で座れそうな席を探してそこに着席。しかし一体何台が走っているのだろうなあ。聖祥のスクールバス。私立恐るべしだ。

 小中はスクールバス、高校から無しとしても、アメリカのようにスクールバスを使いまわす為に小学校中学校の始業時間をずらす、なんて真似は日本では出来ないだろう。つまり小学校用と中学校用のバスがある。もはやバス会社まるまる使っているのではないだろうか。なんてものを車窓を覗き込みながら考えていた。

 

 

 

 

 新学期。小学三年生というのは小学校初めてのクラス替えを行う季節でもある。浮き足だってにぎやかなクラスメイトたちの前で、担任教師が黒板に私の名前を書き上げ、私も自己紹介を一つ。

 

「皆さん、初めまして。今日より皆さんと一緒に学ぶ事となった、ニーロット・クリケットと申します。どうかよろしくお願い致します」

 

 ゆっくりと綺麗にお辞儀。うむ、完璧である! 五年間おばちゃん信徒達に絡まれていたのは伊達ではない。どこかのトッキーの娘さんにも負けず劣らずの猫かぶりっぷりだろう。何せ家にいようが教会にいようがずっとこの猫を被っているのだ。フハハ。イラっとした瞬間に「うっせー黒鍵で強制洗礼すっぞ」と思ってしまうのはシスターとしても猫かぶりとしてもクンフーが足りないのは自覚している。そんな事を口にしたら告解室に軟禁されかねないので口が裂けてもいえないが。心の中までは許してたもれ。ちなみに誰かの目の前で着替えてもばれてない程度には黒鍵の柄を携帯している。十本ほど。これで私も三流くらいの暗器使い。

 

 すっとお辞儀から顔を上げてクラスを見渡す。うむ。いるのである。高町なのは。いや、そこはもういいとしよう。とりあえず目下面倒なのは月村すずかの存在のほうだ。胃が痛くなる。あれが分かりやすく人を襲うなら話は簡単でいいのになあ、と思ってしまうのは脳みそが代行者のそれに近づいている証拠なのか。まあ、一種の努力の証なのでショックでもなんでもないが。

 

 本日は始業式のみの午前様である。担任教師の誘導に従い式を終え、いざ帰宅となったときに、私は周囲を囲まれていた。クラスメイトによる怒涛の質問攻めである。この場合、攻めと責めどちらが正しいのだろうか。

 

 Q、首に下げとるネックレスなんやねん。腕につけてんのなんやねんA、十字架である。腕にはロザリオ。

 Q、どこに住んでいるのか。A、町の西側の教会でござる。

 Q、シスター? A、見習いです。

 

 等々である。

 

 そんな事をしていると、掌を叩く音が二回した。

 

「はいは~い。一気にまくし立てても困らせちゃうでしょ~。日を開けて順番順番」

 

 と、場を散らしてくれた金髪の少女。名をアリサ・バニングス。その取り巻き――取り巻きで合ってるのか――月村すずかと、そして高町なのはと挨拶を交わす。他のクラスメイトを追いやって今日、私に構う権利をアリサが掻っ攫った結果である。

 

「ねえ。今日って何か予定あるの? この後三人でなのはのお家の喫茶店いこうと思ってるんだけど、一緒に来ない?」

 

 と誘われた。冬木の経験も含め、遊びに誘われた回数は多くなく、その理由には絶対に誘いに乗らない、という事があった。だって言峰教会で仕事がありましたもの。

 今回どうするかというと、とりあえず今日は断った。父なら遊びにいくといえば喜んで送り出してくれるだろうが、帰ると伝えてあるのだから帰るべきであろう。お勤めもある。前もって誘ってくれれば予定をあけるとアリサたちに伝えておいた。

 

「ふーん、じゃあ私たちもあなたの教会、見に行ってもいい?」

 

 おおう。それはまた斬新な返しだ。以前はかの言峰教会。誘うのも躊躇われたが今は別に構いはしない。

 

「はい、こちらこそ歓迎致します。というより、教会ですから誰でも自由に出入りして頂いて構いません」

 

 と応えると、信徒以外もいいんだーなんて返答された。全然大丈夫である。そして教会へ来たからといって勧誘活動なんてのも行いません。基本的に。一部熱心な暴走気味の方は世界にはいらっしゃるが幸い、この近辺に問題ありそうな信徒もいない。問題あるとしたらそんな無警戒で大丈夫か月村よ、といった所か。

 

 送迎バスに乗りながら三人と会話。三人は一度帰宅の後、教会へ足を運んでくれるらしい。場所は知っているといっていた。車できても平気か、と問われたので駐車場完備である事も伝える。

 一人また一人とバスを下車し、最後に残ったのは私であった。やっぱ一番遠かったか。山近いし。

 とりあえず、帰宅してから父に報告。そうかそうかと嬉しそうに話を聞く父がなんとも微笑ましい。

 さて。三人娘が来るよりも先に、やらねばならぬ事がある。サプライズパーティーの準備――などではなく。

 庭に行き、周囲を見渡す。木の上に一羽、教会の屋根に二羽、うむ。丁度よい。

 いたのはカラスだ。ジャックにプラグを差し込むイメージ。そこから繋がるケーブルに、魔力が流れて循環するイメージ。魔術回路の起動である。

 カラスと目線を合わせると、ふわっと飛び立ち、三羽とも私の足下へ降り立った。おおう、間近でみるカラスのくちばしのなんと大きい事か。操っといてなんだが少し怖い。

 暗示である。小動物を操る程度。人間の思考を一分ほど止める程度。極めて弱い暗示だ。魔よけのアミュレットなんて装備で弾かれるレベル。それはともかく。

 使い魔としての簡易処置を行う。視界と聴覚の共有、又は記録。それだけできればパーフェクトだ。問題なさそうなのでそのまま解き放つ。どこへって?

 

 いざ月村邸へ! ……ああ、生前読んだ転生系SSの自由な主人公が羨ましい。これでも私は組織人。しがない社会に板ばさみにされた哀れな子羊、それが私。

 汚い仕事も綺麗な仕事もこなさねばならぬのだ。

 

 さて、パソコンやファックスに新たな指令も来ていない事ですし、今のうちに食事を作って父と食べてしまおう。そして正午のお祈り。

 

 

 

 お高そうな車でやってきた三人娘は、聖堂に入り、ちょっと静か目にはしゃいでいた。

 

「綺麗~」

 

 と言ったのは誰だったか。一通り聖堂見学を行った後、三人は父との会話を始めた。神父とやらに興味があるらしい。例えば、この教会で結婚式などやるのか、と。

 なんとも女の子らしい質問である。別にここは疚しい事がある言峰教会と違い、普通の教会である。全然求められればやるのだ。というか、言峰教会ですら求められれば結婚式挙げるさ。重要な収入、おっといけないいけない。信徒でなくとも婚姻の秘蹟は祝福せねばなりません。厳密には違いますが。

 

 所変わって自室へ移動。案ずる事なかれ、見られて困る物は到底見る事のできない場所へ置いてある。物色するような子達ではないが念の為。

 私の部屋は至って普通だ。ベッドが一つ、クローゼットが一つ、衣装棚が一つ、姿見が一つ、パソコンが一つ。こればっかりは少し目立つがファックスが一つ。以上である。テレビはリビングに一つあるきりで、ここにはない。ファックスの番号は通常のものではなく、教会関係の連絡しか届かないので、寝ている時も変な心配はない。就寝中のいたずら電話は重罪である。まあ、時差だとか、そんな配慮あるわけないと夜中にガンガン来る可能性もあるが。代行者としての業務は父も関われない事なので致し方なし。

 

 自室で展開されるのは至って普通のガールズトークである。今までの事を聞かれたり、持っているロザリオや十字架を見せたり。ガーネットを使ったゴールドの十字架なんて興味の対象で、プレゼントであると聞くや男であるかを問われた。おじいさんと素敵紳士(妻子持ち)である。仮にも神の花嫁たるシスターに聞く事ではない。

 

 トークに花咲かせているうちに、時刻も過ぎる。結局教会の手伝いしてないやと思ったが円満な交友関係を築けた事を良しとする。お開きという事で車に乗って帰宅する三人娘を見送った。

 

 なんとも今までにない経験の一日だった。新鮮である。明日からあのクラスの一員かー、と考えて、ふと思考が止まる。そういえば他にも私のような境遇の人間がいる、とかいう話ではなかったか。うーむ。クラスメイトにいそうだな、というのは馬鹿な想像だろうか。とりあえず、変な輩はいた覚えがない。うーむ、まあ自分の登場自体あからさまなので、勝手に向こうが接触してくる可能性に期待する。どういう感情を向けられるかは定かではないが。

 

 そんな感じで平穏な毎日はスタートしたのだった。

 

 ――そして、その終わりはあまりにも早い。海鳴にかの魔石が降り注いだのだ。


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