夢を。夢を見ていました。
夢の中に出てきたのは、金髪の男の子。男の子は森の中で、怖いお化けと戦っていました。不思議な魔法で、あと一歩という所まで頑張りましたが、男の子はそこで力尽きてしまいました。
お化けは逃げようとしています。その時、お化けの体に、何本も剣が降ってきたのです。地面にそのまま、縫い付けてしまいます。
突き刺さった剣は、まるで十字架のお墓に見えました。
男の子が上を見ると、木の上に黒い服を着た女の子がいました。手にはさっきと同じ、長い剣。顔はよく見えません。男の子が聞きます。「誰?」と。
途端、剣で刺されて動けないはずのお化けが動き出します。剣を引き抜こうと暴れだしますが、なかなか抜けません。
でも、お化けは逃げてしまいます。黒いお饅頭のような体が五つに別けて、するすると剣の隙間を縫って、すばやく森の奥へ、ばらばらにいなくなってしまいました。
木の上にいた女の子が、可愛い声で言いました。
「……やっべやっちまった」
とてもおじさん臭い一言を。
「ハアアァァ――!」
堪らなくなり叫びだしたのは勿論、私です。
時刻は正午。
現在位置は学校の屋上。
三人娘に誘われてちょっとした昼食会の最中の事である。三人は突然に奇声を上げた私を見て固まってしまっている。
高町なのはが、昨日変な夢を見た、という言葉から始まったこのお話。
間違いなく昨日、実際に起こった出来事である。
冷や汗が止まらない。あれは数年ぶりに発してしまった素の一言だ。心の声どころではない。
ちなみにその後、逃がした事にあたふたし、倒れてフェレットになったユーノ・スクライアを前に、ここで始末つけるか回収するか、それとも放置か、夜明け近くまで延々と考えるという間抜けな行動を取っている。よもやそこまで覗かれていないだろうな。ちなみにユーノは放置した。そしてそこから始まる事後処理という、被害の隠蔽工作。初仕事がこれでは先行き不安である。そして眠い。
おっと、まず先に混乱したこの場を収める事が先決でした。いけない、いけない。
「失礼、今のは私の正午のお祈りです。お気になさらず」
「気になるわよ! あんな奇声がお祈りって神様怒っちゃうわよ! ハハ~ン、あんたまさか、今の話、怖かったりしたわけ?」
「アリサちゃん、笑うのは良くないよ!」
「ご、ごめんねニーロットちゃん、変な話しちゃって。あはは」
「いえ、怖い訳ではありません。でもお化けと聞いて、最近教会内で噂になったイタリアの事件を思い出しただけです」
「イ、イタリアの事件?」
「なんでも悪魔に憑かれた人がとんでもない事になったとか」
「悪魔? そんなのいる訳ないじゃない、馬鹿馬鹿しい」
「しかしその事件、教会のエクソシストが大慌てで十五名の大所帯を派遣していました。いや、失礼。存在しない物に大の大人が右往左往する訳ないですよね。悪魔も。お化けも。でも日本にもそういう存在への対抗組織って、あるんですよね」
「え? そ、そんなのニーロットには言っちゃ悪いけど、パフォーマンスよパフォーマンス」
「ですけど悪魔憑きの傍によると独りでに体に傷がつき、見えない悪魔の存在を知らせる聖女のような子が修道院にいるって、最近教会でもっぱらの噂ですし」
「そ、そんな人いるの?!」
「結構有名です」
本当に。
いや、驚かすのはこれくらいにしておこう。大人気ない。うむ。
話題そらしはこの程度にしておこう。手製の弁当をてばやく消化していく。
若干うろたえながらもアリサとなのはがまだ話の続きを聞きたい顔をしているが、その隣ですずかは神妙な顔をしている。
吸血鬼や人狼が親戚ならば悪魔や幽霊と近所付き合いがあってもおかしくないと思うのは私だけだろうか。つまり、アリサたちよりも真に受けているのだろう。さもありなん。
「所でニーロットは今日はどう? 私たち公園へ遊びにいくんだけど。先週言ってあったでしょ?」
「その事ですが。申し訳ありません。急を要する仕事が入りまして、遊びに行く事ができなくなりました」
「えー! もう、仕方ないわねえ。でも子どもの癖に仕事って、何してるわけ? 教会のお手伝い意外にあるの?」
「教会のお手伝い、という意味ではそうですが。実家である海鳴教会の手伝いではなく、その大元からの指示ですよ。色々あるのです」
へえー、なんて相槌が入り、とりあえずは終了。
当然、仕事とはジュエルシード絡みである。昨晩取り逃がした怪物も探さねばならない。現在も月村邸に放っていた使い魔を回して市街捜索に当たっている。何とも難儀な事である。
まだこの件は第八秘蹟会及び教会へ連絡してはいない。本格的に回収の命が下されてしまったら面倒だからである。この事件は自力で解決しなければならない。絶対にだ。
昼食と午後の授業を終えて、帰宅の準備を進めている所で、横から声を掛けられた。
「クリケットさん。ちょっとお話があるんだけど、いいかな」
黒髪の、どこにでもいそうな日本人の少年だった。このクラスの生徒ではない。廊下で見た覚えはあるので同学年ではあるだろう。女子の中でも小さめな私よりも背は高い。しかし、このタイミングで声を掛けるというのは、もしかしなくてもあれだろうか。……面倒な。訝しむような顔をしてしまう。
「――何の御用でしょうか。急ぎ帰宅しなければいけないので、手短にお願いしたいのですが」
「ああ、そうなんだ。うーん、ほら、ここじゃなんだから場所を変えたいんだけど……君の家は確か、教会だったよね。一緒にいってもいいかな」
……良くねえです。とは言えない。一目につかないのならこちらとしても好都合だ。
「分かりました。ではそのように」
なんて応えると、物音一つ立てずに周囲の生徒がこちらに注目している事に気がついた。一体何事か。
「私たちの約束反故にしといて男とデートなんていいご身分ねニーロット」
「……アリサ、あなたにはいい加減シスターが何であるか、正しい認識をもってほしい」
喧しい事この上ない。
バスに揺られること数十分。バスの巡回経路の一番遠くにある我が教会につくまでに、乗り合わせた生徒は軒並み下車してしまった。今は広いバスの中に私と少年、運転手の三人だけ。ああ、そういやまだ名前も聞いていない。が、今の今まで会話は一度としてない。横顔を伺って見ると、人形のように無感情な能面を顔に貼り付けている。先ほどの笑顔はなんだったのか。
バスを降りて、聖堂に入ると父が一人いるだけだった。適当な説明をして告解室を使わせてもらう。他人に聞かせたくない話にはうってつけだ。小さな小部屋の真ん中に格子のついた衝立が一つ。そこを境に左右に入り口が存在しており、衝立をはさんで信徒の懺悔を神父が聞く為の部屋である。
互いに中に入り、椅子へ座る。
「では、お話を聞きましょう。まずは自己紹介を。私の名は知ってるようですが、ニーロット・クリケットと申します。申し訳ありませんが、私は貴方の名を存じませんので、お願い致します」
「そう畏まらなくても良い。北城大土。それが、この体の名前だ」
「……ハァ」
学校のときの印象とまたガラリと変わった言葉使いだ。なんというか、香ばしい。
「さて、最初に聞いてしまおう。君はジュエルシードを集めるのかな」
……まあ当然そういう話だろう。ここでそれこそ愛の告白でもされたなら抱腹絶倒物である。勢いで承諾して後悔して死体を一つ増やす事になるくらいに。逆にここは一安心といこう。
「……失礼ですが、それを集めてどうするつもりですか」
「今、質問しているのは私であって君ではない。作麼生、とでも言えば答えてくれるかな?」
「見ての通り、私は寺の人間ではないので。そういう言葉はあまり似つかわしくないですね。……集めますよ。それが私の仕事の一つですので」
説破、等とは答えてやらない。わざわざ付き合う必要もないのだ。
「なるほど。では、今度はこちらが答えよう。君は未来を考えた事はあるかな?」
「は?」
先の私の言葉への返答、にしてはちょっと飛躍した。というより、こちらに質問してるではないか……。
「ふん。まあ良い。私は常に未来を見ている。そのために、必要な行動とだけ言っておこう」
「何の願いをかけるつもりですか」
「それには答えない。今日ここへ来たのは一つの約束をするためだ」
「――聞きましょう」
「私はこの町の異変には関与しない。故に、まだ発動していないジュエルシードを集めようかと思う」
「――それは原作に関わらないところで争奪戦をしましょう、という話ですか」
「大まかにはそういう事だ。どうする? 断って無秩序に争うのもいいだろう」
……ちっぽけなプライドくらいは持ち合わせていそうなタイプだ。自らの定めたルールくらいは遵守するだろう。ここで断ったらどうなる。こいつの言った無秩序な闘争をするか。こいつの戦力は? 不明。ここで殺すのは? 不可。外に父がいる。そこから外部へ異常が漏れる危険がある。断れば私自身が原作へ近づいてしまう可能性も出てくる。
受けてしまえば、原作に近づかずに魔石を集める事ができる。原作が変わらない限りある程度、被害を想定できる。しかし、薄気味悪いこいつの提案に乗っかる形になる。なによりあからさまな脅し文句。何かあると見たほうがいい。
少年、北城大土の目が格子の隙間からこちらを覗いている。……気持ちが悪い。私の暗示は人間に対しては思考を一分止め、前後の記憶を混濁させる程度だ。この場では意味がない。――ここは腹をくくろう。
「……わかりました。以後、夜に出会ったのなら覚悟なさい。貴方の命の保障など致しません。こちらの流儀で、処理させて頂きます」
「良い返事だ。こちらも楽しみにしておこう。最後に、今日の礼を兼ねて君には一つ、教えておこう」
席を立ち出口のドアノブに手をかけたまま、北城大土は振り向いた。
「私の名はベルベット・ベルナシー。よく、おぼえておきたまえ」
北城大土、いや今しがたベルベット・ベルナシーと名乗った少年が告解室を出て行った。……どこからどう見ても日本人然とした少年がいきなり何を言い出すか。重度の中二病という奴か。なんて訳もないのだろう。前世の名か、はたまた別の何かか。調べぬ訳にもいくまいて。仕事が増えてしまったな……。尾行目的でカラスの一匹を聖堂外の出口においておいたが、なぜか聖堂から出て行ったはずのベルベットを確認する事ができなかった。なるほど、それだけの何かはあるという事だ。一般人でないと分かっただけでも大収穫。
まず私は件の少年の調査から始めた。市街の探索はカラス任せである。日が沈みきるまでに、北城大土と呼ばれる少年の事は粗方分かってしまったのはあまりにも拍子抜けだった。
即興の資料を自室の天井裏の物置を改造した仕事部屋に移動して確認する。
両親健在、兄弟は妹が一人。偽名でもなく、その生まれに特殊な物もない、今までの生涯に不審な点も見当たらない。至って普通の、海鳴を出て長期滞在したこともない少年である。
経歴の偽装までは洗えてないので鵜呑みにできないが、ここからは何も見えてこない。やはり前世が問題か。
と考えたとき、脳みそに直接響くような声が聞こえた。ユーノからの救難信号である。……しまった、もうそんな時間か。食事もしてないしお祈りも忘れていた。父が怒っていそうだな。父は天井裏にはやってこない。人払いがあるのもそうだが、こういう仕事であるのは理解している筈だからだ。
……今からでも間に合うだろうか。どこにあるやら動物病院。
Q、なぜ使い魔にカラスを選んだの? A、夜目が利くからだよ。
労基など存在しないカラスを先行派遣。様子を見守る為である。原作と関わらないと宣言したアイツが動かないかの確認である。使い魔の目を眩ましたあれに有効かはさておき、これ以外には自ら赴かなくてはならない。優先順位は明快に、リスクは極力避けるべきである。
なんて視界共有したままだらけていると件の病院を発見した。ブロック塀が粉々である。道をみると破壊の後が転々と。……ハハ、なあに聖杯戦争の監督役と比べれば軽い軽い。……いますぐ新人魔導師にSEKKYOU垂れに行きたい……!
夢を。夢を見ていました。
夢の中に出てきたのは、金髪の男の子。男の子は森の中で、怖いお化けと戦っていました。不思議な魔法で、あと一歩という所まで頑張りましたが、男の子はそこで力尽きてしまいました。
お化けは逃げようとしています。その時、お化けの体に、何本も剣が降ってきたのです。地面にそのまま、縫い付けてしまいます。
突き刺さった剣は、まるで十字架のお墓に見えました。
男の子が上を見ると、木の上に黒い服を着た女の子がいました。手にはさっきと同じ、長い剣。顔はよく見えません。男の子が聞きます。「誰?」と。
途端、剣で刺されて動けないはずのお化けが動き出します。剣を引き抜こうと暴れだしますが、なかなか抜けません。
でも、お化けは逃げてしまいます。黒いお饅頭のような体が五つに別けて、するすると剣の隙間を縫って、すばやく森の奥へ、ばらばらにいなくなってしまいました。
木の上にいた女の子が、可愛い声で言いました。
「……やっべやっちまった」
とてもおじさん臭い一言を。
その声を聞いてか、誰かが笑い声を上げました。私ではありません。とても楽しそうな男性の声でした。
「こんにちは、お嬢さん。お困りのようだが、そんな時は飴玉でも舐めて一度、安らぐがいい。《心を静に。安らぎとは精神を失う事で得られるだろう》」
手に赤い飴玉のような宝石をもった、背の高い男性が現れました。声をかけられた女の子は急にふらついて、木の枝から落っこちてしまいました。
男の人は宝石をポケットにしまい、新しく、今度は青い菱形の石を取り出します。
「かの戦争で使われる令呪とは、膨大な魔力を背景とした一種の呪いである。つまり、魔力、そして願いを叶える特性上、擬似的な効果はこのジュエルシードで望めるという事だ。光栄に思うが良い、君はその職務上、人形としてではなく、人として我が舞台へ昇る事を許そう。これが云わば台本である。さあ! 令呪を持って私が命ず! この一幕が終わるまで、外部へ異常が漏れる事のないように動け! それが、君に与える役だ。精々励むといい」
青い宝石が大きく光りました。光が収まると、男の人は女の子に背を向けました。そのまま立ち去ってしまうのかと思いましたが、不意に、男の人と私は目が合ってしまいます。
「さて、この場を覗き見るもう一人の少女へ、お仕置きをせねばなるまい。令呪をもって命ず。私に関連する事柄を忘れたまえ。おやすみ、少女よ。夜更けは君にはまだ早い。おや、石が崩れてしまった。二回も持てば重畳か。さあ、開幕の時は近い!」
そう、私は夢を見ているのです。夢は、忘れてしまう。目が覚める頃には。