ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》 作:ほしな まつり
この度《かさなる手、つながる想い》が100話を達成しました。
読んでくださる皆様の存在がとても大きく、改めて深く感謝申し上げます。
そこで記念として少し長めのお話をお届けしたいと考えました。
がっ……ここで皆様にお願いが(苦笑)
少し設定が特殊なので読み手の方に「脳内変換」作業を行って
いただけると、キリアスSSになる仕様です(笑)
100話目にしてお手数をおかけしますが、よろしくお願いします。
それは世に言う「反抗期」とされる年齢ゆえの行動だったのかもしれないし、単なる気まぐれだったのかもしれない。
いつも通り、家政婦さんが作ってくれた理想的な夕食を一人で食べ終えた後、自室でぼんやりとしていた時にふと思いついた考えを実行してしまったのは。
いつもなら学校の宿題をしているはずの時間だったが、たまたま夕食前に済ませてしまい特にする事もなく、日中に中等部のクラスメイト達が話題にしていたコンビニという単語がうっかり脳裏に浮かんでしまったのと、運良くと言うのか運悪くと言うのか、一ヶ月ほど前に家から徒歩で十分もかからない場所にそのコンビニなる存在がオープンしたからだ。
「えっと、地域限定?…期間限定……だったかな?」
とにかく同じクラスの生徒でも挨拶くらいしかしない女子達が教室の自分から少し離れた場所に集まって、少々ボリューム過多の声量で話していた単語を正確に思い出そうとして「ま、どっちでもいいわ」と諦める。
小中一貫教育の私立の有名女子校に通っていても偏差値をキープする事をモチベにしている生徒ばかりではない。
人は人、自分は自分なのだからと頭では理解していても同意できない事項にはクエスチョンマークが付き、こっそり好奇心が芽生える。春から中学二年生になったが相変わらず勉強、勉強の毎日で、それを苦痛とも思わなければ楽しいとも思わない単調な繰り返しだったが、そこに疑問も抱かない生活の中でなぜそんな単語が浮かんでいつもなら起こさない行動の後押しをしたのか、靴を履きながら玄関先で考えてみたが結局よくわからなかった。
家ではほとんど顔を合わせることのない両親や兄が嫌いなわけではない。
人に誇れる立派な仕事をして忙しいのだとわかっているし、自分の成長に必要な物は潤沢に与えられている……主に学業面においてだが。
だからわざと心配をさせたいなどという試し行動ではなくて、ちょっとだけそのコンビニという小売店まで行って中を覗いて帰ってくるだけ…「そう、軽いお散歩なの」と自分に言い訳をしながら玄関の重厚なドアを開けた。
通学に使う駅に向かうのとは反対方向だが閑静な高級住宅街の道というのはどこも似た感じで、広い車道の両脇には一定の間隔を開けて街灯が並んでいる。時折、静かなエンジン音を携えて乗用車が通り過ぎる時だけそのライトが眩しい程の光量で周囲を照らし出した。
自分の足で歩くのは久しぶりの道だったが、小道や横道があるわけでもないので迷いのない足取りを続けていると目当てのコンビニが見えてくる。住宅街の中を来たはずなのに高い塀や樹木が並んでいた為、歩道まで家の灯りが届いていなかったせいで囲いのないコンビニはその存在自体が目映い光の塊のようだった。
「まるで深海で獲物をおびき寄せている生物発光みたいね」と思いながらも素直にその光に引き寄せられる。
だが、コンビニの駐車場に足を踏み入れた時、靴の裏の違和感に気付いて歩みを止めた。なんだろう?、何か小さい金属のような固い造形物を踏んでしまったような感覚……一端片足を後退させて腰を折るが、何かは見えるのに何なのかまではわからない。
コンビニの光もそのコンクリート地面までは十分に届いていなくて、なぜか吸い寄せられるように手を伸ばした。
そして普段なら考えられない夜の散歩と初めて訪れるコンビニという存在に少なからず平常心を欠いていたのか、指先が冷たい感触を拾った直後、軽くよろけてしまい「きゃっ」と声が飛び出す。
一瞬だけ目を瞑ってしまったが、すぐに足を動かして転ぶことなく体制を立て直すと……
「え?…………ここ、どこ?」
目の前では昼間の明るい太陽の下、大勢の人達が行き来をしていた。
前だけではない、後ろにもたくさんの人が歩いていて、その人達は皆幸福そうな笑顔と生気に満ちた動作で陽の光をいっぱいに浴びながら自身のやるべき事をしている。ある者は大きな荷物を担いで先を急ぎ、またある者は荷車を引いていた。後ろからその荷車を押している子供とは親子なのだろうか、重そうな荷だが二人の顔に悲壮感はない。
女性の姿も少なくなかった。連れだってお喋りをしながら歩いている二人はそれぞれ似たようなカゴを持っている。幼い子供の手を引いて歩く母子らしい二人連れもいた。
そしてこの場に居る人達はみな中世ヨーロッパの庶民のようなゆったりとした綿素材と思われる衣服を身につけている。
「なに?!、なんで?!、どうして?!」
沢山の人達が行き来している往来の真ん中に呆然と立っている自分の方が完全に異邦人だ。それなのに周囲の人々は彼女に気をとめることなく、まるで透明人間の扱いで素通りしていく。
『落ち着いてくださいっ』
「ひゃっ」
突然響いてきた可愛らしい声に驚いてキョロキョロと辺りを見回すが、声の主らしき人物は見当たらず、更に混乱を極めようとしていると、再びさっきの声が聞こえた。
『私の姿は見えてないのでアタナに直接声を届けているんです』
「ちょ、直接!?」
『はい、ちなみにアナタの姿や声も周りには認知されていないので安心してください』
「そんなの全然安心できないわよっ」
要するに今、自分は幽霊のような状態になっているのだろうか?、と思い至ってしまえば、その手の存在が苦手な分恐怖が増すが、更に別の可能性に思い至って自然と身体を震え出す。
「えっ?……もしかして…わ、わたし……死んじゃった…の?」
全く身に覚えはないけれど、こっそり夜に家を抜け出し初めてのコンビニへと向かう途中で知らないうちに死んでしまったなんて、余りにも惨めだ。しかし少女の今にも泣き出しそうな声に被さるようにして大慌ての否定が彼女の頭の中に響き渡った。
『違いますっ、違いますっ、死んでなんかいませんっ』
えっと…だったらこの状況は何なのだろう?、と全く自分の知識では推し量れない現状に少女は人差し指をおとがいにあて考え込む。次に思いついたのは「夢?」という万能の言葉だがそれを口にする前に頭の中を読んだのか、またもや否定の声が飛んで来た。
『ちなみに夢でもないです……あ、でも夢とあまり変わりないかもしれませんね』
「どういう意味?」
ここは素直に聞くのが一番早いと結論付けた少女が問いかける。すると頭の中の声はちょっと安心したようにゆっくりと語り出した。
『アナタはこのゲームの世界に転移したんです』
「ゲ、ゲームの世界?、転移?、なにそれ」
『あれ?、随分思っていた反応と違いますね。「ついに私がっ!?」とか「やっぱり本当にあるのねっ」とか、もう少し興奮してもらえると思っていたのに……』
なぜか、シュンとしてしまった声に少女は少し唇を尖らせる。
「だって、ゲームなんてした事ないんだもの」
トランプ程度なら経験はあるが、きっと声の言うゲームとは違うんだろうくらいはわかって、知らずに手をギュッと握りしめた。既に世の中は革新的なヘッドギアタイプのデバイスの誕生が秒読み段階で、それに伴い世界初となるVRのMMORPGが発売されると噂では聞いたことがあるが、もともと彼女の家庭環境では遊戯に関連する電子機器は買い与えない、という暗黙の了解みたいな物が存在していた。彼女自身も特に欲しいと熱望を抱かなかったのだが「知らない」「持っていない」「使った事がない」といったワードは思春期の少年少女達にとっては時として自分や相手を貶めるきっかけにもなるわけで……少女は自分の父親が大手の総合電子機器メーカーの人間であるにも関わらず、自身の無関心のよる無知さに頬を染め、それを隠すように俯いた。
だが、下を向いた所で直接聞こえてくる声には何の意味もなく、次に吐き出されるであろう嘲笑を込めた言葉に備えて身体を固くしていると、意外にも軽やかで嬉しそうな声が跳ねる。
『だったら私がガイドを務めますっ』
「ガイド?」
『はい、本来は初期説明だけで後はプレイヤーさんに自力で攻略していただくのですが、アシスタントAIとして私が常にご一緒します』
「ほ、ほんと?、ずっと一緒にいてくれるの?」
『あくまでサポートとしてです。それに夜はデータ整理の時間なので一日中ずっと、というわけにはいきません』
「それでも構わないわ。ありがとうっ」
心強い味方を得たところで少女は早速、今の会話でわからない単語の説明を求めた。
「あの、あなた……今、アシスタントAIとして、って言ったわよね?」
『はい、言いました。私はAIですから』
「AI……」
少女は自分の身の回りに搭載されているAIとのやり取りを思い出し首を傾げる。ここまで滑らかでスムーズな会話が成立するAIなんて経験したことがない。
「あなた、とっても高性能なAIなのね」
『有り難うございます。でもまだ試作段階なんです。だからこうやって沢山の人の考え方や行動パターンをリサーチする為にゲーム世界に転移したプレイヤーさんを観察させていただいてます』
収集したリサーチデータを整理する為に夜の時間を使うのだと理解した少女は次の質問に移る。
「それで私はここで何をすればいいの?、さっき攻略って聞こえた気がしたけど」
『アナタはこれからここで生活をしながらいくつかのイベントを経て対象の青年を攻略して頂きます』
途端に説明口調になったAIに少女は驚いて顔をプルプルと横に振った。
「無理無理無理っ。攻略って……つまりその相手を攻撃して打ち負かすことでしょう?、しかも男性なんて、どんなに特訓したって私には無理だと思うの」
運動神経は決して悪くないと思っているが人に対して攻撃なんて物騒な真似はした事がない。少女が及び腰になった途端、無機質だったAIの口調に焦りが混じった。
『意味が違いますっ……いいですか?、ここは乙女ゲームの世界なんです』
「乙女…ゲーム?」
『はい、これからこの世界で何人かの攻略対象となる青年に巡り会うことになってるので、その中でアナタが選んだ人と恋人になって下さい』
「こっ、恋人!?」
『最後にその人と一緒にこの街を治めているお城まで来ればゲームはクリアとなり、アナタは元の世界に戻れます』
「えっ!、よかった、戻れるのね」
『だってアナタは「転移者」ですから。この世にはある日突然それまで自分が生きてきて世界とは異なる世界に引き寄せられたり、終わったはずの人生の記憶を持ったまま生まれたり、思い出したりする人がいます。そういう人は「転生者」と呼ばれる事が多いんですが、アナタの場合はもとの世界と平行世界にあるこの乙女ゲーム世界に移動しただけなので「転移者」なんです』
「なんだかよくわからないけど……そもそもどうして私が『転移者』になったのかしら?」
何か条件があるの?、と小首をかしげる少女にまたもや声は当然と良いだけに『そんなの決まってます』と堂々と言う。きっと姿が見えていたらふんっ、と胸を張っているだろう。
『コンビニの前で躓きましたよね?、たからです。コンビニの前で躓いたら異世界に飛んでしまうんです』
常識を語るような口ぶりの声とは逆に少女は心底理解出来ない、と愛らしい顔を盛大にしかめた。しかしここで更なる説明を求めても時間の無駄だと開き直ったように気合いを入れなおす。
「なんだかよくわからないけど、とにかく戻れるなら頑張るっ」
『はいっ、私も出切り限りサポートします』
「ありがとう、っ!……あなたの事、なんて呼んだらいい?、名前は?」
『私はAIなので試作製品としてのロットナンバーしかありません』
「ナンバーで呼ぶのも変だから……」
そう言って少女はニコリと笑った。
「アイちゃんっ、AIだからアイちゃんて呼ぶわっ」
『私の……名前……有り難うございますっ。ではアナタの名前も決めて下さいっ』
「え?、決めるって、私にはちゃんと名前が……」
『プレイヤーネームです』
「ぷ?」
『ゲームを始める時の基本です。それが決まったらゲームスタートですっ』
心なしかウキウキ感の増した声が先を急かす。
『決まったら教えてくださいっ。決まりましたか?』
「ま、待っ…なっ……」
『「ママナ」ですねっ、登録完了ですっ、』
「えーっ!」
お読みいただき、有り難うございました。
先に謝罪を……連日投稿の予定でしたが、やはり難しくなって
しまいましたので、「はじまり」話から切りの良い「ご」話までを今月は
お届けしたいと思います。
(残りは次月で……ほんと、すみません)