ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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転移した先で少女は……


【100話記念】うっかり転移したら、そこは『乙女ゲーム』の世界でした!?・に

街一番の繁盛店と言われるだけのことはある食堂のフロアでエプロンを翻しながら笑顔で接客をしているママナにつられるように食事をしながら彼女を盗み見ている男性客の目尻は下がり、鼻の下も伸びているが、実は当の彼女は顔には出さずアイからの言葉を全力で拒否していた。

 

『ママナっ、あの客さん、攻略対象者ですっ、もっと積極的に声をかけましょうっ』

(無理だよー、アイちゃん。他のお客さんのオーダーも取らないとだし……)

 

そうこうしているうちにアイが言っていた青年が昼食を食べ終わり席を立つ。

 

「ごちそうさんっ。ママナ、代金はここに置いとくぞっ」

「あ、はーい、エギルさんっ。有り難うございましたっ」

『あっ、帰っちゃいますっ』

(だから今は後片付けもあるしっ、出来たお料理も運ばなきゃだしっ)

『そんな事を言ってたら攻略できませんっ』

(そもそもエギルさんて奥さんいるのよっ、アイちゃんっ)

『でも毎日ここにご飯を食べに来てます。この街でも手広く商売をしてる人なんですよ、頑張ってくださいっ』

(そーゆーの頑張れないしっ、毎日ご飯を食べに来てくれてるのは奥さんが身重だからだものっ)

 

ママナは噛みつくようにアイに叫んだ……内心で、だが。

アイが言うところの《豪商エギル・ルート》は毎日ママナが働いている食堂に通ってくれるエギルにアプローチして攻略しなければならないのだが、エギルは妻帯者で食堂に来るのも身重の奥さんの負担を減らす為に弁当を断っているからなのだ。そんな相思相愛の夫婦の間に割って入りエギルを振り向かせるなんてママナには出来る気もしないし、やりたいとも思えない。

 

『それじゃあママナは《エギル・ルート》は選ばないんですね』

 

ちょっと拗ねたようなアイの声にママナは毅然と答えた。

 

(そうよ、エギルさんはあくまでもこの食堂の気の良い常連のお客さん)

 

それに相手の容姿をどうこう言うのは好きではないが、色黒で禿頭で体格も良く世話好きのエギルは恋愛対象の青年というより頼れる親戚のお兄さんにしか見えない。

ママナはエギルが置いて行った料理の代金ときれいに空になった食器をトレイに乗せてからササッ、と布巾でテーブルを拭くと、振り返ってタイミング良く店に入ってきた客に「いらっしゃいませっ」と元気良く声を掛けた。

 

 

 

 

 

この乙女ゲームの世界に転移してから既に五日。結局咄嗟に発してしまった「ま・ま・な」をつなぎ合わせた三文字がキャラネームとして認定されてしまった少女はガイドをしてくれるというAIのアイが勧めるまま街に溶け込める姿となって食堂で住み込みの給仕係をすることになった。

最初は異世界という場所で右も左も分からない状態に動揺していたママナだったが、約束通り必要な知識はすぐにアイが頭の中でフォローしてくれるし、攻略を成功させれば必ず元の世界に戻れると断言してくれたお陰で元来の前向き思考に切り替わったようだ。それに離れてしまった家族を思うといきなりの失踪はさすがに大騒ぎになると心配していたから元の世界への帰還はこの世界に転移した時と同じ時刻、同じ場所に戻れるのだと知った事も大きな安心となった。

 

(アイちゃん、もう一度確認するけど、攻略対象者の誰かと一緒にお城まで行けば私は自分のもといた世界に戻れて、しかも時間は経っていない事になってるのよね?)

『そのとおりです』

(この世界の人達の記憶にも私は残らない?)

『はい』

 

だったら例え恋心が芽生えなくても、なんとか対象者にお願いしてお城まで一緒に行ってもらえれば条件はクリアするはずだ。今、一番心苦しいのはママナの事を田舎からこの街にいるはずの兄を頼って出てきた身寄りのない少女だと信じて迎え入れてくれたこの食堂のご夫婦に対してだが、そこは給仕係として頑張って恩返しするしかない。

本来ならゲームの初期設定には幾つかの選択肢が用意されてたらしいのだが「乙女ゲーム」の存在すら知らなかったママナにキャラクターの選択はどれが妥当なのか皆目見当がつかなかったので、全てアイの言う通りに街にやって来たばかりで働き口を探している少女として食堂の扉を叩いたのである。ちなみに外見はこれまたアイの希望で髪は本来の長さのまま色がアトランティコブルーになり、今は動きやすいよう左右に分けて緩い三つ編みにしている。顔立ちも幾分元の顔とは違っているが一番驚いたのは瞳の色だ。元の世界では黄色味がかった薄茶色で小さい頃は色々と揶揄されもしたがこの世界では髪と同じ鮮やかな水色になっている。最初は違和感が拭えなかったが、さすがゲームの世界と言うか周りの人達の色とりどりの髪色や瞳の色を見慣れてきた今では全く気にならなくなってしまった。

ちなみに雇ってくれた食堂のご夫婦は見た感じはまだ三十前後くらいで二人共とても働き者だ。

ママナは住み込みなので食堂の二階にある部屋を使わせてもらい、朝はこの食堂のご主人でもある料理長が作った焼きたてのパンと暖かいスープ、それにソーセージと卵付きの食事をおかみさんと一緒に食べる。その後、仕込みが始まるとママナは食堂の周りの掃除や表に置いてある鉢植えなどの手入れをし開店の準備をするのだ。

繁盛店だけあって店を開ければすぐにお客で満席になる。かなり遅めの朝食なのか少し早めの昼食なのか、ママナの元の世界で言うところのブランチを済ませたお客が終われば一息つく暇も無く本格的なお昼ご飯の時間で、戦場のような勢いでお客が次から次へと来店しては栄養のバランスも見た目の盛り付け具合も見事な料理を胃に収め店を出て行く。当然、この目が回るような昼の時間帯が過ぎるまでママナを始め店のご夫婦も厨房の料理人達も一切休みなしで働き続けるのだ。

だからいくら攻略対象者がやって来たとは言え、そこでお喋りに興じる時間などあるはずもなく、ママナは店を出て行くエギルの背中に「奥様、お大事にして下さいねっ」と声をかけるのが精一杯で……その時のエギルの反応は、ちらり、と振り返って親指を立て、短く「おうっ、ありがとよ」と相変わらずの頼もしい笑顔だった。

そうしてやっとお昼のお客が途切れた頃にママナは店の片隅で賄いをいただくのだ。

 

「わっ、豪華っ。サラダに蒸し鶏が入ってる」

「今日はいつもより少し寒いせいか魚の煮込み料理の注文の方が多かったのよね」

 

食堂を閉めているわけではないので、ポツポツとやって来るお客の対応でカウンター近くにいた店のおかみさんが「昼に残った蒸し鶏をピリ辛にして夜のメニューにするから、味付け前のをうちのダンナがサラダに入れたんでしょ。ママナは細っこいからちゃんと食べなきゃ駄目よ」と言いながら、こっそりエプロンのポケットから薄紙で包んだシュガーボンボンを渡してくれる。

 

「有り難うございますっ。それに、いつもご飯、私が先に食べちゃってすみません」

「あら、いいのよ。私は後でダンナと一緒に食べるもの」

 

カラカラと笑うおかみさんが、普段は無口な料理長から熱烈なプロポーズを受けてこの食堂に嫁いできた話は有名らしく、ママナは働き始めた初日にお客さんから聞いて他人事ながら胸をときめかせた。しかしママナは肝心の料理長の声を聞いたことがない。料理の注文を伝えても頷くか手を上げるかで返事をしてくれるのは他の料理人達ばかり。それでも初日のまかないでソテーされたお肉に手こずっていたら翌日のお肉はちゃんと切ってあったし、ママナのまかないには必ずフルーツの小皿が添えてあって、それを見たおかみさんが「あら…」と言って笑ったから、多分特別なんだろう。

三日目になるとさすがにアイが『無口にもほどがありますっ』と叫んでいたが、料理人としての腕はピカイチだし、それを補うほどにおかみさんが愛想の良い口達者なので、ママナとしては「とってもお似合いのご夫婦じゃない?」とちょっと羨ましい気さえしたほどだ。

だから余計に嘘をついているのが心苦しいわけだが…実は私、転移者なのでこの世界の人間じゃないんです、とも言えないし、雇用条件だってママナの都合に合わせてくれていると思うと益々申し訳なくなって食事の手が止まる。

 

「それに…本当は夜もお手伝いしたいんですけど……」

「あー、それは絶対ダメ。もともと昼食時間に働いてくれる給仕係を募集してたんだし、夜はお酒も出すから酔っ払いの相手なんてママナにさせられないわ」

「でも昼間のお給仕だけで住み込みさせてもらって、ゴハンまで」

「いいのよ。お昼ご飯食べに来るお客さん、ママナ目当てで更に増えたしっ」

「えっ?!」

「それにお兄さん、探さなきゃでしょ?」

「あ、えと、それは……」

「この街、結構広いのよねー。うちはいつまでだって居てくれて構わないんだから、無理せずに頑張って」

 

そうだ、兄を探すために街へやって来たんだったっけ、とママナは忘れそうになっていた嘘の目的を思い出し、ついでに元の世界にいる兄は元気かな?、と少し歳の離れた肉親の顔を思い浮かべた。両親もそうだが兄も大学が忙しいとかで最後に顔を合わせたのがいつだったのか、正確には思い出せない。

ママナが俯いたまま「はい」と返事をするとおかみさんは「ああ、それと」と今までとは打ってかわり芯の通った声で「ママナ」と彼女がこちらを向くのを待った。

 

「お兄さんを探すのは日が暮れるまで。夜は絶対外に出ないこと」

「どうして…ですか?」

「お客さん達が話してたの、気付かなかった?…最近、この国に『カラス』がでるの」

「カラス?!…ってあの、黒い鳥の?」

「そっちじゃなくて『黒の盗賊』とも呼ばれてて深夜に人の家に侵入して物取りをしてるヤツのこと。まっ、うちなんかが狙われることはないでしょうけど、とにかく物騒だから部屋にいてね」

 

実のところ、兄を探すという口実で食堂の給仕係を終えた後はアイにせっつかれて攻略の情報集めをしているのだが、夜中に出歩くほどの体力や気力は残っていないので素直に「わかりました」と答えて楽しみに残しておいたフルーツの小鉢に手を伸ばす。

すると食堂の奥の通用口から一人の少年がゆっくりと入って来た。

お昼の時間もとうに過ぎたというのに、いまだ眠たげな目をして欠伸を噛み殺している。おかみさんはそのその様子に軽く困り笑いを向けて少年を手招きした。

 

「ほらっ、キリト。あんたもここでママナと一緒にご飯食べなさいっ」

「んー」

 

それ返事なの!?、と質問したいような叱りつけたいような気持ちをグッ、と堪えて向かいの席に座った少年、キリトに「お、はよう?」と声を掛ける。時間的には「こんにちは」だが目の前の少年の状態はどう見ても寝起きだ。

 

「んー」

 

どうやら「んー」はキリトにとって返事でもあるし挨拶でもあるらしい。

 

『ママナ、ヘンな人と口きいちゃダメですっ』

 

攻略対象者には声を掛けろってぐいぐい言うくせにー、とさっきのおかみさんのような困り笑いになったママナを見たキリトがポソリ、と声を漏らした。

 

「あ、ごめん…おはよう」

 

ママナの表情を自分がちゃんとした挨拶を返さなかったせいと誤解したようだ。けれど続けて我慢出来なかったらしい欠伸が「ふあぁっ」と出てきたのでママナも堪えきれずに「びゅっ」と笑いを吐き出した。




お読みいただき、有り難うございました。
《豪商エギル・ルート》は選ばない、の回でした。
攻略対象者が妻帯者って斬新ですよね(笑)
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