ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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食堂で働くママナは……


【100話記念】うっかり転移したら、そこは『乙女ゲーム』の世界でした!?・さん

ママナに笑われて居心地がわるそうに頬を指で掻いているキリトの元に「はい、どうぞ」とおかみさんが料理を置いて行く。

 

「しっかり食べて今夜もよろしくね」

「ああ」

 

食べ物を前にしてようやく目が覚めたのか、少し長めの前髪の奥から髪色と同じ真っ黒な瞳が現れた。食事の後はそのまま店で働くのだろう、既にキリトの服装は上下共黒いシャツにパンツ、おまけに手に持っていた上着と指ぬきグローブも黒である。

自分と同い年か、もしかしたら年下かもしれない少年を間近で観察していたママナは、ぱくり、とフルーツを口に入れてモグモグしながらユイに話しかけた。

 

(ねぇ、アイちゃん。ここで働かせてもらってる私が言うのも変だけど、この世界には学校ってないの?)

『士官学校ならあります。一般的な教養は貴族の子達ならそれぞれ家庭教師に教わるんです』

(なら街や村の子達は?)

『親から習ったり、あとはお医者さんが先生になる事もあります。貴族の子達に教えていた人が引退して自分お家の周辺の子達に教える事も……もしママナが貴族令嬢を選んでいたら家庭教師や貴族社会のお茶会で出会った人が攻略対象者になってましたっ』

(そ、そうなのね……うーん、でも……まだまだ攻略は進んでないけど私は今の自分がいいな。もし貴族のご令嬢だったらここのご夫婦や常連のお客さん達とも出会えなかったと思うし…)

『……ママナの反応はいつも私の予測とは違うんですね』

(そうなの?)

『貴族の令嬢より食堂の給仕係の方がいいなんて……綺麗なドレスや華やかな社交界に興味はないんですか?』

(ないこともないけど……着飾ってパーティーに出てもそんなに楽しくないと思うの。私はこの食堂で働いている方が楽しいかな)

 

初期設定で貴族令嬢より食堂の給仕係を薦めたのはアイだ。恋愛SLGの経験値がゼロのママナでは発生イベントの多い貴族令嬢は処理しきれないと考え、どのルートでも攻略対象者が訪れる食堂を選んだのだが、毎日目が回るように忙しい労働の方がいいと言われたアイはそれをデータとして笑顔で受け取った。

 

『ママナが楽しいならいいですっ』

(ありがとう、アイちゃん……でも、そっかー、学校がないならキリトくんみたいにお寝坊さんしても問題ないわけね)

 

再びママナは向かいの席で休むことなく大盛り料理を口に運んでいる黒髪の少年を見た。

おかみさんが言っていた通りキリトはこらからが仕事の時間だからほぼママナと入れ違いなので存在に気付いたのは三日前。顔を覚えたのが二日前。きちんと名前を紹介されたのは昨日のことだ。

夜の営業時間中ずっと店にいるのだが別に調理をするわけでも料理を運ぶわけでもない。さっきもおかみさんが言っていた通り、夜は酒を出すので羽目を外した酔っ払いが店内で暴れたりケンカに発展するのを止めるのが彼の仕事だ。

それを聞いた時は「こんな少年が!?」と思ったが細身ではあるものの意外にも結構強いらしく剣の扱いも相当なもので最終手段として短剣や投擲武器も幾つか身につけているらしい。

ともあれ物騒な事が起こらなければ終始店の隅でじっと待機しているだけなので、どこかのんびりゆったりと構えているこの少年には合っているのかもしれない、とママナはいちを「今晩もキリトくんの出番がありませんように」と祈ってから食べ終えた食器を前に「ごちそうさまでした」と手を合わせた。

「お先に」とキリトに声を掛けてから立ち上がり、続けて「あ、そうだ」と思いついて一旦ポケットにしまった物を取り出す。

薄い油紙に包まれたシュガーボンボンを二つ、キリトのお皿にのせて「おすそ分け。おかみさんからいただいたの」と笑顔も添えた。

驚いて目を丸くしているキリトに「お仕事、気をつけてね」と言ってテーブルから離れて行くママナの背に、口いっぱいに頬張ってしまったキリトから「んー」の返事が届いたかどうかは定かではなかった。

 

 

 

 

 

攻略は一向に進まないが食堂でのママナは元来の生真面目さを発揮して迅速丁寧で気の利く給仕係へと成長していた。本人も働く楽しさを見出していてその笑顔には無理がない。それに元の世界へ戻ればたとえ高校生になったとしても親から言われているバイト禁止は変わらないだろう。結局、元来の自分は両親に連れられ何度も海外に渡航しているのに、近所のコンビニには行ったことのない偏った人間なのだからこの世界にいる間は自らたくさんの事柄に触れてみたい、と積極的に客にも声をかけるようになっていた。

今日もそろそろ本格的に昼食を求める客が増え始める時間、入り口の扉が開く音に素早くママナが反応する。

 

「らいっしゃいませっ…六名様ですね」

「おうっ」

「こちらにどうぞ」

 

運良く空いていた一番大きなテーブルへと案内する。常連客ならば好き勝手に「いつもの場所」へ座るのだが初めての客だろう、というママナの予想は当たっていたようだ。

 

「…ここの食堂は何が美味いんだ?」

「もう腹がぺこぺこで倒れそうなんだよ」

「とにかく肉が食いたいよなぁ」

 

男性客達が口々に言い合っている様子をしばらくその場で見ていたママナに最初に店に入ってきたリーダー格の赤銅色の髪をした青年が「すまねぇな」と片手を挙げる。

 

「意見がまとまんねーから、ここのお薦めを六人前頼む…………っと、お嬢さん、別嬪さんだな」

「えっ!?…あ、有り難うございます」

 

この手の言葉も少々硬い笑顔で流せるくらいには経験値を上げてきたママナだ。すぐに注文の確認を取るため切り替えようとすると、突然アイの叫び声が頭の中に響く。

 

『ここはもっと喜ばないとダメですっ、ママナ』

(ええっっ!?、だ、だって、おかみさんが食堂の給仕係を褒めるのはお客さんからの挨拶みたいなものだって)

『毎日のように来てママナを娘か孫を見る目で「可愛い、可愛い」って言ってるおじさん達はそうですが、この人は攻略対象者ですよっ』

(こ、この人が……)

 

言われて改めて青年を見るが、この『乙女ゲームの世界』に来て今まで目にしてきた人達とは少し違う雰囲気を持っていて、逆立てている赤銅色の髪には同系色の布を巻き付け顎には無精髭まであり服装もこの街の人達とはどこか異なっていた。同じテーブルについているお仲間と思しき人達もやはり違和感を感じる。

つい、しげしげと見ていた事で何か勘違いをさせたのか、青年が軽く頬を赤くしてから「そうだ」と握手を求めるように片手をママナに向け伸ばしてきた。

 

「俺とこの街の先にある城に行かねーか?」

「ええーっ!」

 

今度こそママナは思いっきり声に出して驚きを表し、お盆を胸に抱えてその手から距離を取るように半歩下がる。身体を反らした事で生まれた空間に棒状の何かが青年めがけて一直線にヒュッ、と飛んで来た。

店内にゴンッ、と鈍い音が響く。

 

「うぉっ!、何すんだよっ、いきなり!」

「それはこっちの台詞よっ、うちの大事な給仕係にっ」

 

おかみさんの威勢の良い声で我を取り戻したママナは今厨房から飛んで来た物の正体を知ってそれを床から拾い上げた。それは昨日、若い見習い料理人が洗い物中、調理場の床へ落とした際に取れてしまった鍋の柄だ。柄だけだし、当の青年の胴にはしっかりと防具が装着されているからそれほど痛くはないはずだが……それにしても見事な投球…いえ投柄?、だったわ、とママナは腕組みをしてこちらを睨んでいる投手の料理長へ一種の尊敬の眼差しを送った。

多分それでも相手はお客だからと頭部ではなく胴部分を狙ったのだろう。キリトが用心棒的な存在としてこの食堂に雇われる前までは荒くれ共の相手は料理長がしていたらしいので納得と言えば納得なのだが「あの人、騒ぎを静める、じゃなくて酔っ払いを沈めてたから、いつ営業停止処分になるかとヒヤヒヤものだったわぁ」と、おかみさんは陽気に笑っていたので料理長は料理の腕を磨くことで腕力も鍛えられたらしい。

今は青年への牽制の一撃を食らわせた料理長から引き継ぎ、おかみさんがママナの前に立ちはだかって鼻先を囓らんばかりの勢いで食ってかかっている。

 

「アンタね、初対面でこの娘(こ)をお城へ誘うなんていい度胸じゃないのっ」

「はぁ?、初対面だろうが何だろうが関係ねーだろ」

 

心底訳が分からないといった表情の青年におかみさんが一拍考えてから口を開いた。

 

「……お客さん、この国に来て日が浅いわね」

「お?、おう、俺達は昨日の夕方、国越えして宿で一晩世話になってからさっきこの街に入ったばかりだ」

「ははーん、その格好からすると傭兵集団ってとこかしら?、宿のお客にこの国のお城の事で何か吹き込まれた?」

「ああ、朝飯ン時、隣のテーブルの奴らがこの街じゃ気になる娘を見つけたら城へ誘うのがいいって……違うのか?」

 

ぐったり、と糸が切れたようにおかみさんの頭が前に落ちる。

 

「アンタね、それ、かつがれたのよ」

 

その後、おかみさんはとくとくと青年に説いて聞かせた。

この国では平民が簡単に城に入ることは出来ないこと、入れるとしたらそれは婚姻の儀式をする時で「城に行こう」は「結婚してほしい」という意味で使われること、だからその決まりを知らないと思われた青年が宿のお客にからかわれたのだということ……それを聞いて後ろに座っていた青年の仲間達は大笑いをしたが青年とママナは一様に口をポカンと開いたまま動けずいた。

しかし先に立ち直った青年は茹でたように顔を赤くして第一声、「わっ、わりぃっ」とおかみさんの背後にいるママナに謝罪の言葉を投げてから「ちくしょー、あのヤロー、そう言えば変にニヤついてやがったしなぁ」とブツブツ文句を言い続けている。

けれど謝られたことすら気付いていないママナは必死に今の説明を反芻していた。

 

(こ、婚姻!?、お城に誘うだけで?…そ、そんなぁっ、そ、それじゃあ私からお城に…なんて……無理っ、無理っ、絶対無理っ。けど相手から誘って貰うって事は……その人は、私と…って事になるのよね。いくらお城がゴールでその後私の事を忘れるとしても、そこまで決心する程想い合わなきゃいけないなんて……)

『だから、それが「乙女ゲーム」なんです』

 

アイの声が若干呆れを含んでいるように聞こえるのは気のせいだろか?、とママナは泣きそうな声で話しかける。

 

(だってアイちゃん、私まだ中学二年生だよ?)

『そのくらいの年齢の子達だって普通に「乙女ゲーム」をやってるし、本当に結婚するわけじゃありません』

 

きっぱりと言い切られてまたしても同年代の子達と自分の違いを認識してしまったママナは次にアイから提示された条件についても相手を攻略するという本質から外れて安易にお城まで一緒に行ってもらえればいいと考えていた自分に落ち込んだ。

 

(アイちゃん、私ね…別に好きになったりしなくても、とにかく攻略対象者の誰かとお城に行けばそれでゴールだと思ってた)

『それじゃ全然「乙女ゲーム」になってません』

(うん、そうだよね)

『だから攻略者との接触よりも給仕係のお仕事を優先させてたんですね』

(そうなの)

『ママナ、ここは「乙女ゲームの世界」です。だからお仕事を楽しむのも大事ですけど、それ以上に恋愛を楽しまないとゴールに近づけないんですよ』

 

ちょっとだけアイの口調が柔らかくなったのはママナがこれまでオンラインゲームとは無縁の生活だった事を思いだしたからか、けれどすぐにいつもの強気のアイに戻ってしまう。

 

『じゃあ積極的に話しかけていきましょうっ、さぁっ、ママナっ』

(えぇーっ)

 

そう簡単に切り替えが出来れば苦労しないわよ、とアイに悟られないようママナは小さく溜め息を付いておかみさんの後ろからそっ、と攻略対象者の青年を見る。これまの人生でちゃんと好きになった人もいないのにいきなりゲーム世界の人と恋愛をするなんて学校の抜き打ちテストより緊張するし、せめて手引き書でもあれば、と思うが、その役割となってくれるはずのアイは攻略対象者を教えてくれるまでで具体的な攻略方法については手助けしてくれない。

始めに教えてくれたのは攻略対象者は五人いること。既に一人目は『豪商・エギル』と判明しているし攻略はしないと決めたから残りは四人……目の前の青年が二番目の人というわけだ。

おかみさんの影に隠れるようにしてこちらを見ているママナに気づいた青年が人好きのする笑顔で語りかけてくる。

 

「驚かしちまったみたいですまなかった。しばらくこの国に滞在する予定だから、ま、その、よろしくな。俺はクライン。傭兵団『風林火山』の団長やってる。んーで、こいつらがダチで団員の仲間達だ」

「おっちょこちょいな団長が迷惑掛けたな」

「許してやってくれ。これでも気の良い俺達の団長だからよ」

 

さっきまでお腹を抱えて大笑いしていた団員達が口々にクラインのフォローをしてくるところをみると団長としては人望のある人なのね、とママナはおかみさんの横に立って微笑んだ。

 

「私も驚いてしまってすみませんでした。お昼ご飯、お任せで六名様分承りました」

「こっちもうちの主人が悪かったわね。お詫びに飲み物は店からサービスされてもらうわ……でも、この娘(こ)はこの店の大事な従業員なの。この国の決まりを知ったからって、そう簡単にお城には行かせないわよ」

 

おかみさんの笑顔が笑顔じゃない……顔をひきつらせたママナの後ろの厨房から同意を示すように一斉に鍋やフライパンを叩く音が聞こえてくる。本当は一刻も早くお城に行ってこの『乙女ゲームの世界』から転移したいのに、もっとここで一緒に働きたい気持ちも確かにあって板挟みになったママナは思わず厨房に叫んだ。

 

「お鍋やフライパンがヘコんじゃいますっ」

 

ママナの一喝で一瞬静まり返った厨房だったがすぐにいつもの雑多な調理の音が満ち始める。その中へママナのオーダーの声が明るく飛び込んで行った。




お読みいただき、有り難うございました。
《傭兵団「風林火山」団長クライン・ルート》は選ばない、の回でした。
何気にゲーム攻略を食堂のスタッフが邪魔するという(苦笑)
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