ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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給仕係にも慣れてきたママナだったが……


【100話記念】うっかり転移したら、そこは『乙女ゲーム』の世界でした!?・よん

数日後、時間的には昼食目当てのお客の胃袋は十分に満たされ、既に店内の人影もまばらになった頃一人の男がふらりと入店してきた。すぐに対応にでたママナが席へと案内すると、イスに座った男はズレてもいない眼鏡を指先で直し「ご注文は?」と尋ねた彼女に「その前にちょっと伺いたいのですが」と油断ならない笑顔で話しかけてくる。

問われたママナは逆に笑顔を忘れてこの男性の真意を看破するようにレンズの奥を睨みつけた。

ただ頭の中のアイの声だけが浮かれている。

 

『ママナっ、攻略対象者ですっ』

(この人が?)

 

ママナはこっそり首を傾げた。豪商エギルに傭兵団のクライン、今までに会った攻略対象者はまだ二人だがどちらも人が良さそうな、それこそ女性が恋をしたくなるような好感の持てる人達なのに今回の対象者からはどうもそれが感じられない。

 

『はい、この人はこの国の諜報機関の室長で……』

「僕はこの街にある城のしがない下っ端役人でして……」

『おかみさんが言っていた盗賊カラスの情報収集に来た……』

「ここの食堂が美味しいと聞いたので来てみたのですが……」

『クリスハイトさんです』

「クリスハイトと言います」

 

(名前しか合ってないじゃないー!)

 

ママナは器用にも心の内で絶叫した。

 

(アイちゃん、私、この人ぜぇったいっ無理!、胡散臭さしか感じないものっ。言ってる事がほとんど嘘ってどういう人なの?!、全然信用できないっ)

『えっと…ママナ、諜報部の人なので当たり前なんです。こういうミステリアスな人も人気あるんですよ』

(そう……なのね……ミステリアス……こういう人をミステリアスって言うの?……攻略対象者なんだから魅力的な人なんだろうけど……)

『はいっ、だから是非仲良くなって下さいっ』

 

なんとか落ち着きを取り戻しつつあるママナにアイが攻略を促す。しかし発言がほぼ嘘の相手とどうやって心を通わせろと言うのか、きっかけを探している間に都合良くクリスハイトの方がママナに話しかけてきた。

 

「アナタはこの店で長く働いているんですか?」

「いえ……一週間くらい、前から、です」

 

諜報機関と聞いてなんとなく返答がぎこちなくなるが、クリスハイトは構わずに嘘くさい穏やかな笑みを浮かべたまま「ところで」と質問を続けてくる。

 

「この食堂は随分繁盛していると聞きましたが、客層はこの街の住民が多いのでしょうか?」

「…ほとんどが、この街にお住まいの方や職場が近いお客様ですが、旅装束の人も珍しくないです」

 

ママナはつい最近会った強烈な印象のある『風林火山』の団員達を思い浮かべた。

 

「なるほど。では、最近、他国からやって来た旅人を何人くらい見かけましたか?」

「ほぼ毎日、少なくとも一人か二人はいらっしゃってます」

「やはり隣国からが多い?」

 

クライン達が隣国からやって来たはずと思い出したママナが「はい」と答えようとすると、クリスハイトが「商人の一団や傭兵団は除外して単身でやって来た者では?」と条件を追加してきたので、咄嗟に首を横に振る。

 

「いいえ、私の知る限りではいらっしゃいません……けど、旅の方がどこから来たのか、いちいち聞いてもいませんから……」

「ああ、そうですよね、失礼しました」

 

常に浮かべている貼り付けたような笑みは既に外せなくなっているのかもしれない、と思うほど感情が表れないクリスハイトに対してママナの警戒心が一向に緩まない事にじれたのか、再びアイがプリプリと声を尖らせた。

 

『ママナっ、もっと相手の好感度を上げるような言い方でっ』

(えぇっ!?、今の質疑応答でどうやって好感度を盛り込むのよっ)

『それは教えられませんっ。けどまずは会話で相手に興味を持って貰うのが大事なんですっ』

(アイちゃん、残念だけど私はこの人にイチミリも興味が湧かないわ…って言うか不信感でいっぱいよっ)

『うぅっ……ママナがそこまで言うなら……残念ですが……《諜報部室長クリスハイト・ルート》は……諦めましょう……か?』

(「か?」じゃないわっ、これは決定事項っ。この人を攻略なんて出来れば関わりたくないタイプの人だものっ。あ、もちろん食堂のお客さんとして接客はちゃんとするから)

 

アイを説得できて安心したのか、ほっ、と息をついて気持ちを切り替え、クリスハイトに料理のオーダーを取ろうと最近習得しつつある営業スマイルを向けると彼はママナの顔を見てパチパチと瞬きをしてから「くっ」と軽く噴き出す。

 

「口元と眉がかなり不自然ですね」

 

営業スマイルは彼の方が一枚も二枚も上手なのかもしれないが、そうハッキリ言うことないじゃないっ、と恥ずかしさと怒りで頬を赤くしつつもママナは更に片方の頬をヒクつかせながら少々強めに「ご注文はっ」と尋ねたのだった。

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」と綺麗なマナーで食事を終えたクリスハイトは追加で注文した甘味のデザートも完食して、やっぱり変わらない笑顔のまま席を立った。

 

「お代はここに置いておきます。ああ、あと何か気になる事があれば、次に来た時教えてくださいね」

「有り難うございましたっ」

 

いつもなら「またどうぞ」とママナなりの言葉を足すのだが、このお客に限っては「もう来なくていいですっ」と顔に出てしまっているので、ヘタに取り繕ってもまた笑われるだけだと察して、それでも「お気を付けて」と送り出す。

クリスハイトが帰ったからか、それとも彼が最後のお客で店内が空になったからか、少しほっ、と気が抜けて代金と空の食器を回収してテーブルを拭いていると背後から、コトッ、と音がした。振り返ればいつの間にかキリトが壁に寄りかかるように立っていて、そう言えばクリスハイトの来店した時間が遅かっただけでいつもならとっくに彼が食事を始めている時間だ。ただ、普段は客が数名残っていても端のテーブルでひっそりと食事を摂るキリトなのに、まるで彼が退店するのを待っていたかのようなタイミングで現れてママナをジッと見つめている。

 

「えっと、ごはん、これからよね?」

「今帰った客と何か話したか?」

「それってクリスハイトさん?、キリトくん、知り合いなの?」

「そうじゃないけど……」

 

ふいっ、と視線を逸らされて二人の間に沈黙が流れた……「ぐうぅっっ」というキリトのお腹の音が鳴るまでの数秒間だけだったけれど。

 

「いつもの席に座ってて。ご飯、貰って来るから」

 

いちを口元を手で隠したつもりだったが思わず吹き出てしまった笑い声が聞こえてしまったのだろう、キリトの目元が赤くなっていて、小さく「悪い」と言うのでママナは厨房に向かいながら上半身だけ捻り、ピッ、と人差し指を立ててフンッフンッ、と振った。

 

「そういう時は『ありがとう』よ」

 

鳩が豆鉄砲を食ったような顔で今度はしっかりとママナを見たキリトだったが、既にママナは二人分の食事を取りに厨房の中まで入ってしまっていたので大人しく定位置となっているテーブルのイスに座り彼女を待つ。

キリトにとっては早めの夕食、ママナにとっては遅めの昼食となるわけだが同じメニューでも量が全く違うのに両手でそれぞれのトレーを持つ姿はすっかり食堂の給仕係として様になっていた。

 

「あ、りがと。オレの分、重かっただろ?」

 

絵に描いたように見事な山盛りのパンにてんこ盛りのおかずとカップボウルに目一杯のスープ。サラダの量だけは二人共同じくらいどっさりなのは料理長の心遣いだ。

ママナに労うような言葉をかけてから、何かに気付いたように自嘲気味の笑みを浮かべたキリトだったがすぐに目の前の料理に真っ黒な瞳を輝かせる。そんな表情を微笑ましく思いながらママナも当たり前のように向かいのイスに腰掛けた。おかみさんからキリトを紹介された時は「うちの優秀な番犬よ」と冗談半分に言われたが、表情が乏しくて人を寄せ付けない雰囲気の少年に対し実は「ホントに人間に興味のない無愛想なワンちゃんみたい」とこっそり思っていた。

そもそもお昼ご飯時が終わってお客さんが居なくなってからまかないを食べるママナと、夜のお客さんが来る前に食事をするキリトでは微妙に時間がずれていて、顔を合わせたとしてもママナがほとんど食べ終わった頃にキリトがやって来る、といった感じだったから社交辞令的な挨拶の言葉を交わす程度の交流しかなかったのだ。

それが二人で食べるようになったのは、数日前、たまたま少し早く店に来たキリトがポツンと一人で料理を口に運んでいるママナの姿がなんとなく放っておけないと感じたからで……。

 

『いつも、ひとりで食べてるのか?』

『うん……いつも…ずっと前から…食事はいつも一人』

 

これまでの綺麗な笑顔がなんだかひどく不格好に見えて、それでも『ご飯をちゃんと用意して貰えるんだから幸せだよ』と自分に言い聞かせるように笑う彼女の視線の先にいるのはこの食堂の夫婦じゃない気がしたキリトはつい『オレも一緒に食べていい?』と聞いてしまったのだ。ちょっと驚いた顔をしたママナだったがすぐに微笑んで『どうぞ』と言われて、随分大胆な申し出をした事に気づいたキリトが取り繕うに口を動かした。

 

『いつもは料理長達と食べてるって言うか、テーブルは別なんだけど、一緒に食べるとあの夫婦、食べながら色々聞いてくるし、それで…、あ、それが嫌なんじゃなくて、オレ、上手く答えられなくて…だから……』

『君、そんなにお喋りできたのね』

『……得意じゃないけどな』

『なら、私がこう言えばいいのね……一緒にご飯、食べてくれる?、キリトくん』

『……ああ』

 

その承諾の声を聞いたママナは、大変よくできました、と言うようにニッコリ笑ったのだった。

それからだ、二人が揃って食事をするようになったのは。もちろんたまにキリトが息せき切って店に駆け込んでくる時もあるが、その時はママナが「仕方ないなぁ」と笑って「お寝坊さんだね、キリトくんは」と言いながら冷たい水を持って来てくれる。料理長やおかみさんも二人が同じテーブルで食事をするのをこっそり微笑ましく眺めていて、今では当たり前のように同じ時間に二人分のまかないを準備してくれていた。

結局今日も腹の虫に催促されたキリトはとりあえず「いただきます」と手を合わせてパンを掴んだあたりまではチラチラとママナに向け問いたげな視線を送っていたが本格的に食べ始めてしまえば手も口も止まる事はない。

ママナはそれを楽しそうに見ながら自分のまかないを綺麗な所作で食べ進める。

キリトの皿の中身が半分以上減った頃、空腹感も少し落ち着いてきたのだろう、水を飲んでからグラスをテーブルに戻すと「さっきの客だけど」と再び話をふってきた。

 

「さっきも気にしてたみたいだけど、珍しいわね」

 

キリトは良くも悪くも常に食堂の客には無関心な態度を貫いているからだ。おかみさん曰く店で騒ぎを起こすような客も酒が入っていなければ気の良い人が多いから、たまたま嫌な事があったり、飲み過ぎたりで迷惑をかけるケースが多いらしい。騒ぎを収めたキリトが次にその客に会っても特に蒸し返すことなく静かで素っ気ない対応に戻るので客の方も「手間掛けさせて、すまなかったな」と謝っていつも通りまた店に来てくれるようになるのだそうだ。

だから今日初めて来たらしい客をここまでキリトが気に掛けるのは初めての事で、ママナは小首をかしげて彼の言葉を待った。

 

「いや…えっと……随分話し込んでたみたいだから…何を話してたのかなぁ、と……」

 

その言い分には違和感がある。ママナは常連の客はもちろん、初めての客とも会話を厭うことはない。それはおかみさんの影響なのだが厨房が美味しい料理を提供するなら、それをもっと美味しく食べて貰うため居心地の良い場所作りは給仕係の仕事なのだ。それにママナは生き別れた兄を探しているという名目もあるので、本当は攻略の為の情報収集も兼ねているのだが客との交流に積極的なのはキリトも承知のはずだった。

理由はわからないけれど、どうやらキリトはクリスハイトとの会話の内容が知りたいのだ、と理解したママナはアイから教わった知識を混ぜないよう注意しながら胡散臭いお客と交わした不毛なやりとりを打ち明けた。

 

「自分の事はお城の役人さんだって言ってたわ。それで隣国から来た旅の人を探してるんですって」

「旅人?」

「そう。しかも一人旅の」

「働いている部署や旅人を探す目的や理由は言ってたか?」

 

すぐに「諜報部」という文字が頭に浮かぶがそれをパパッ、と消してぎこちなく笑う。

 

「うーん、そこまでは……」

「そうか…それで、ママナはなんて答えたんだ?」

「正直に『知りません』って答えたわ。だって本当に心当たりさえないもの」

 

ママナの答えを聞いて考え込んでいたキリトは少ししてから「ありがとう」と固い表情のまま礼を述べると再び食事に戻ったのである。




お読みいただき、有り難うございました。
《諜報機関室長クリスハイト・ルート》は選ばない、の回でした。
多分、乙女ゲームの攻略としてはこのルートが一番難しい
のではないかと(苦笑)……だからアイもすぐに引き下がって
くれたのかな?
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