ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

104 / 165
『乙女ゲーム』の世界に転移してから十日目のママナは……


【100話記念】うっかり転移したら、そこは『乙女ゲーム』の世界でした!?・ご

食堂で働き始めてからはや十日が経った頃、ママナは賑わう街中をひとりで歩いていた。とは言え頭の中では少々浮かれたアイの声がずっと響いているので寂しくも退屈もしていない。

昨日、まかないを食べ終わった後、おかみさんから明日一日好きに過ごしなさい、とお休みを貰ったのだ。

振り返れば、この世界に慣れ、食堂の給仕係に慣れるのに精一杯の十日間でゆっくりとこの街を出歩く時間はなかった。店のおつかいで頼まれた物を受け取りに行ったり、隣近所まで料理を運んだりはしたが、所詮、食堂から目と鼻の先の距離だったし、給仕係の仕事が終わってから日が暮れるまで兄の情報収集と称して出掛けたりもしたが攻略ルートを決めかねていた為、精力的に歩き回ると言うよりはのんびり店の周囲を散歩するくらいしかしていなかったのである。だいたいご近所だとママナの事を知っている人達も増えて不安もなかったから、今日は一日かけてドキドキワクワクしながら街のあっちこっちを探索するつもりだ。

それに「今まで、よく頑張ってくれたわね」とおかみさんが僅かだが特別に十日分のお給金を先渡しにしてくれた。ママナが生きる本当の世界ではないけれど、自分の労働で手に入れた初めてのお金だ。

コンビニさえ入った事のないママナは斜めがけにしているポシェットの紐を片手で強く掴んだまま緊張と興奮でキョロキョロと周囲の街の様子を見物しながらアイの声を楽しく聞いていた。

 

『あそこは洋服屋さんですね。もっと働いて余裕が出来たら新しい服を買いましょうか?、あ、それとももっと先のお菓子屋さんっ、あそこの季節限定のお菓子、とっても人気があるんですっ。もう少し行くとお花屋さんもありますよ。ママナの部屋は少し殺風景だと思うので花を飾るのもいいですね』

(アイちゃんはこの街のことをよく知ってるのね)

『当たり前ですっ。私はAIなんですから、この「乙女ゲームの世界」の情報ならたっくさん入ってます』

(うーん、それじゃあクリスハイトさんの言っていた旅人さんの事も知ってる?)

『知ってますっ…知ってますけど……ママナ、やっぱり《クリスハイト・ルート》を攻略する気になったんですか?』

(ふぇっ!?、しっ、しないっ、しないっ、絶対それだけはしないからっ)

『むぅ…それじゃあ「旅人」についての情報は教えられません。それに彼の言う「旅人」の意味は知ってますけど、それが誰なのかはママナがゲームを進行させて自分で気付かないとダメなので私の中でもロックがかかっているんです』

(それって数学の問題を解く時、どの方程式を使うのかは教えてもらえるけど実際の計算は自分でやって答えを導き出さなきゃいけないって事?)

 

ママナの例えに珍しくアイの返答の間が空く。

 

『……多分そんな感じだと思います』

(そっか、本来ならどの方程式を使うのかも自分で考えないとダメなのに、私は特別にアイちゃんに手伝って貰ってるんだから早く攻略対象者を決めなくちゃ、だよね)

『それはそうなんですけど、ママナは一刻も早くこの世界から転移して元の世界に戻りたいと思っていますか?』

 

改めて聞かれてママナは人の往来が少ない道の端に移動して足を止め考え込んだ。

意外にもこの世界を楽しめているのはアイという助言者がいるのと、元の世界では時間が経っていない事になると聞いたからで、気分的には学校や家から一時離れて宮城の祖父母の家に遊びに来ているような感覚だからだ。夏休みや冬休みを利用して祖父母の家で過ごす時間は父や母のような大人から見れば何の価値のない物でもママナにとってはドキドキする事やワクワクする物がたくさんあってそこでの日々は短いながらもいつも宝物のように輝いていた。

 

(ちゃんと元の世界に帰れるなら、私はもう少しこの世界を知ってみたいな)

 

祖父母の家から自宅に戻る時はちょっぴり寂しくて、悲しくて、別れを惜しむママナに祖父母は「またいつでもおいで、待ってるから」と言って必ず頭を撫でてくれたのだ。そう思うと二度とは来られないだろうこの世界で心残りは少ない方がいい。

 

『それならまずは攻略対象者全員と知り合いましょう。そしてこの世界をたくさん楽しんでくださいっ』

(そうね。それじゃあ今日はこの前エギルさんに教えて貰ったお店でお昼を買って広場で食べようかな。あと雑貨屋さんも覗きたいし、お菓子屋さんにも行ってみたいし……)

『決まりですね。じゃあまず最初はお昼ご飯ですっ』

 

アイに促されて再び歩き出したママナに迷いはなかった。

 

 

 

 

 

お昼を済ませて満腹になったママナは気になっていた雑貨屋を堪能した後、次なる目的地、城下で一番人気だという菓子店を目指して歩いていた。

すると背後からいかにも落ち着いた大人の男性といった低い声が「すまないが、道を尋ねたい」と耳に響いてくる。

私に?、と振り返ればそこには白地に赤の縁取りがしてあるマントで全身を覆っている一人の騎士が立っていた。

その姿を認めた途端、すぐに脳内でアイが『わっ』と驚きの声をあげる。

 

『ママナっ、ママナっ、血盟騎士団の団長サンですっ、攻略対象者ですよっ』

「騎士団!?……の方、です…か?」

 

ついアイの言葉に反応して声を出してしまったが、咄嗟に目の前の騎士への問いかけに変換すると、壮齢の男性は無表情に「ああ」と肯定した。

 

『でも…変ですっ、攻略対象者とは全員ママナが働いている食堂で出会うはずなのに……』

 

イレギュラーらしい出来事にシステムの不具合を気にしていたアイだったが、彼女の権限ではそこまでアクセスできないのか、すぐに『対象者と接触できたので良しとしましょうっ』と前向きに事態をとらえる。その声を聞きつつ、ママナは真っ直ぐに自分の前に立っている男性を見上げ困惑に眉根を寄せていた。

アイの言う通り、自分はとにかく攻略対象者の全員と知り合うのが最優先事項だ。しかし自分より背が高くマント越しでも分かるくらいしっかりとした体格はさすが騎士と思えるが、この人が攻略対象者?、という違和感は拭えない。大人の雰囲気が漂う理知的な面立ち、と言えば聞こえはいいがママナの感想はハッキリ言って「親戚のおじさんみたい」だ。もしかしたら自分より父の方が年齢が近いのでは?、と思えてくる。

 

(アイちゃん、私……ちょっと、この人は年上すぎて恋愛対象には……)

『何を言うんですかっ、ママナっ。「歳の差婚」って言葉があるくらい恋愛に年齢差は関係ありませんっ』

(う、うん。私も別に歳の離れたカップルをどうこう言うつもりはないのよ……例えばっ、例えばね、好きになってから年齢を知って、その人が自分よりずっと年上だったり、意外にも年下だったりするならいいけど、最初から歳の差恋愛がいいな、とは思えなくて)

『そんな事を言っていたら誰も攻略できませんっ、この人の他に出会っていない対象者はあと一人しかいないんですよ』

 

それを言われると言葉に詰まってしまうママナだ。

贅沢を言ってるつもりはないのだが、どうにも「もしかして、この人となら」と気持ちが揺れる気配すらない。

勝手に恋愛対象には見られないなどと失礼なやり取りをされているとは露ほども思っていない騎士団長はもう一度表情を変えることなく「道を教えては貰えないだろうか?」とママナに問いかけてきた。

 

『ママナっ、こういうのを渋いロマンスグレーのおじさま、って言うんです。憧れる女の子はたくさんいます』

 

気のせいだろうか、アイの声が心なしかえっへん、と得意気に聞こえる。

 

(えっと……ロマンスグレー、って白髪交じりの頭髪で初老の人の事よね?、この人はまだ初老じゃないと思うし、髪は白金に見えるけど)

『いいんですっ、とにかく上品な大人の魅力に溢れてる事に変わりありません』

 

さすがに攻略対象者が残り二人になってしまったからか、アイは対象者の賛辞に対しては意味よりも数で押し切る作戦にしたらしく、しきりと利点を並べてくる。

 

『騎士団の団長さんですからお給料も多いはずですし退職金もたくさん貰えると思いますっ』

(そういうの関係ないわよね?)

 

攻略対象者の誰か一人と両想いになって二人で城に行けばそれでゴールだ。

するとさっきから反応の薄いママナをジッと訝しげな目で見ていた騎士団団長がほんの少し困り声になって「飲食店までの道が知りたいのだが」と声を落としてきた。

 

「あ、ごめんなさい。ちょっとぼんやりしてしまって……飲食店に行きたいんですね?」

 

やっと話が通じて安堵したのか声が冷静に戻る。

 

「ああ、副団長に呼び出された」

「副団長さんに……」

 

この団長さんを呼びつけるなんて副団長さんってどんな人なのかしら?、と意識がほんの少し逸れたママナに静かな声が追い打ちを掛けた。

 

「ラーメン屋で待つ、と」

「ふへ?」

 

団長さんの言い間違いか、はたまた自分の聞き間違いか、とママナはアイが言うところのロマンスグレーのおじさま団長を見つめるが訂正の声はいつまで経っても出てこない。

ついさっき出会ったばかりだが、その時からほとんど変わらず冷静沈着を貫いている物腰に、何に対しても無表情に受け止め感情の起伏を表に出さない印象の彼の口から紡がれるにはあまりにも衝撃的な単語にママナの脳内は思考を拒否した。

 

(……アイちゃん、この人、今「ラーメン屋」って言ったの?)

『ママナ、「この人」じゃくて名前はヒースクリフです』

(今は名前なんてどうでもいいから……言ったわよね?、「ラーメン屋」って……)

 

この街並みにそこで生活する人達の服装や生活様式から考えても「ラーメン屋」は登場していい飲食店ではないような気がする。しかしママナの困惑を違う意味にとらえたのか、騎士団長ヒースクリフは更に言葉を重ねてきた。

 

「醤油の味がしない醤油ラーメンを出すラーメン屋らしい」

 

違うのっ、何味なのかがわからなくて困っているわけじゃないのっ、むしろ何味なのか分かっても問題はもっと前だしっ、と叫んでしまいそうな衝動をママナはグッ、と堪えた。そもそもヒースクリフの言を信じるならラーメンの味さえ店を探すヒントにならない。

だいたい醤油の味がしないのに醤油ラーメンと呼ぶのも不思議だし、それなら結局何味なのか?、という疑問も残る。一番はその訳の分からないラーメンを平然と説明する彼に対してで、これでは恋心どころか店の存在にもラーメンの味にもヒースクリフにも全てにおいて理解不能だ。

けれど道が分からずに困っているのは本当みたいだから、とママナはペコリと頭を下げた。

 

「ごめんなさい、この街にあまり慣れていないのでラーメン屋さんの場所は分かりません」

 

するとヒースクリフは自分に向けて下げられたママナの頭をジッと見つめた。

 

「街の住人ではないと?」

「この街には十日ほど前にやって来たんです。だから詳しくなくて」

「家族と共に?」

「え?、いえ、家族は家に居て、と、友達と二人でっ」

 

なんだか《現実世界》で中学生の自分が街中でいきなり「こんな所で何をしている?」と大人に問われたような気分になったママナは、少しの後ろめたさが手伝って、つい口を滑らせた。この世界では親はおらず、この街にいるはずの兄を探しにやって来たはずなのだが、アイの事はもう友達だと思っているので全くのデタラメじゃないしっ、と作り笑顔でこの場を乗り切ろうとする。

しかしなぜかヒースクリフは更に質問を続けた。

 

「兄弟は?」

「あ、兄がひとり」

 

これは共通しているので即答すると今度はアイが再びウキウキと頭の中で話しかけてくる。

 

『ママナはヒースクリフ団長の家族の事とか聞かなくていいんですか?』

(別に興味ないんだけどな)

『まずは互いをよく知ることから始めないとっ』

(それにきっともう会うこともないと思うし)

『えーっ、それじゃあ《騎士団長ヒースクリフ・ルート》も選ばないんですかっ』

(ごめんね、アイちゃん。最後の一人に掛けてみようと思うの)

 

そこに再びヒースクリフの声が割り込んできた。

 

「ご両親と兄君は共にご健在なんだな?」

 

たまにしか顔を合わせないし会話らしい会話も最近はほとんどしてないけれど健在には違いないとママナが頷くと、ヒースクリフは「そうか」と言って納得したように彼女から視線を外し周囲を見回す。他にラーメン屋を知っていそうな人間を探そうとしているのだろう、と思った時、背後からよく知る声が「ママナ?」と飛んで来た。

 

「キリトくん?」

 

声の方に振り返る。互いに名前を呼び合ったがキョトンとしたまま動けずにいると、ママナの隣にいるヒースクリフに気付いたキリトの眉間に皺が寄った。すぐに駆け寄ってきて「どうしたんだ?、今日は休みだろ?」と言いながらママナとヒースクリフの間に身体を割り込ませ、彼女を背に庇う。

 

「この騎士団長さんに道を聞かれたの」

「団長?!」

 

目の前の人物が団長と聞いてキリトはヒースクリフを見上げた。ヒースクリフの方はいきなり現れた少年に対し感情を乱した様子もなく落ち着いた態度で二人のやり取りを眺めている。

 

「この街にあるラーメン屋さんを探してるって。キリトくん、知ってる?」

 

ママナの問いに一気に力が抜いたらしいキリトが「はーっ」とも「あーっ」とも聞こえる声を吐き出してから小声で「そっか、この人が……」と呟いた後、一歩移動してママナとヒースクリフが左右に見える位置に立った。

 

「知ってる」

「ほんと?、よかったぁ…あ、でもね、団長さんが行きたいお店って」

「醤油味のしない醤油ラーメンの店、だろ?」

「……もしかして、この街のラーメン屋さんってそこだけなの?」

「……いや、たまたま知ってただけ……いいよ、オレが案内するから」

 

その意外な申し出にママナは「えっ?」と目を見開く。そもそもキリトが昼間から店の外に出ている事自体珍しいのだ。

実はキリトもママナと同じくあの食堂で寝起きしており、いつもは昼の営業時間が終わる頃に起きてきてかなり遅い昼食を摂り、そのまま夜の営業時間中ずっと店の隅にいるらしい。終われば賄いの食事を部屋まで持ち帰り、それを食べてから就寝する。ちなみに部屋は食堂の裏にある小さな牛舎の二階を一人で使っているから食堂以外でママナと会う機会がないのだが、本人は牛舎ならではの「牛乳飲み放題」特権を気に入っているようだ。

だからこの時間にキリトが起きている事も、ましてや街に出ているなんてママナが食堂で働き始めてから初めて見る光景だったから思わず首を傾げる。

 

「何か、予定があるんじゃないの?」

 

でなければいつも寝たりなさそうに起きてくるキリトが今日に限って意味も無く街をぶらついていたとは思えない。だったらその予定を変更させるのは、なんとなく気が引ける。

自分がラーメン屋を探しているわけでもないのに申し訳なさそうな顔で見つめてくるママナに、ふっ、とキリトが笑った。

 

「オレの用事もそっちの方なんだ。だから気にしなくていい」

「では道案内を頼めるかな」

 

話が付いたと判断したらしいヒースクリフの低い声が割り込んでくる。親子ほどの年齢差を感じさせる二人が並び、キリトが「こっちだ」と指さす方向へ歩き出そうとした時、その背中にママナが「ありがとうっ」と声をかけると足を止めたキリトが振り返った。

 

「あまりキョロキョロして迷子になるなよ、あと暗くならないうちに帰れ」

 

ママナが休みを利用して観光客のように街を見物していると言いたげな口ぶりについ「そんなにキョロキョロしてないわよっ」と言い返すと、何が可笑しかったのか、くすっ、と笑って「じゃあな」と背を向ける。

食堂以外の場所で見るキリトの笑顔に心臓が、とくんっ、と波打った意味には気付かないまま、ママナは二人の背中を見送って、じゃあ私達も、と当初の目的である菓子店を目指したのだった。




お読みいただき、有り難うございました。
《血盟騎士団団長ヒースクリフ・ルート》は選ばない、の回でした。
年内の更新はここまでとさせていただきます。
皆様、よいお年をお迎えください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。