ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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食堂の給仕係に随分と慣れてきたママナは……


【100話記念】うっかり転移したら、そこは『乙女ゲーム』の世界でした!?・ろく

ふあぁっ、と思わず漏れそうになる欠伸を、はむっ、と唇をとじ合わせて出口を塞ぎ、そのまま、んぐっ、と飲み込む。

そぉっ、と店内を見回して、大丈夫よね?、見られてないわよね?、と確認しようとしたのだが、なぜだろう、気のせいか食堂にいる男性客が次々にママナから視線を外していくように見えて、それでも窓際席の一人の「しまったっ、タイミングを逃したっ」と言わんばかりの焦りが顔とバッチリ目が合ってしまい、とりあえずニコリとすれば相手の顔はヘニョリと緩んだ。

 

「ママナがうちで働いてくれるようになってから、ホンッとに男の客が増えたわねぇ……」

 

いつの間にか隣にいたおかみさんが店内をぐるりと見回してからなぜか声に圧をかける。

 

「妙に色気づいてる客がねっ」

 

その迫力に、ヒェッ、と数人の男性客と共に両肩を持ち上げてしまったママナだったが、すぐに元に戻して、欠伸しそうになってたの気付いてるかしら?、と覗き込めば、いつもの豪快な笑顔が返って来きた。

 

「この前なんて夜の酔った客まで『ママナちゃんはいないのかー』って叫んだりするもんだから……」

 

名前を覚えてくれているお客さんが知らない間に増えていた事に驚いて「どうなったんですか?、その人」と聞くと、さも当たり前のような声が返ってきた。

 

「キリトに背中を蹴飛ばされてたわ」

「ひぃっ」

 

勢いよく床に顔面からいって大人しくなったので「よし」と言ってキリトはそのままいつもの場所に戻ったのだと聞いたママナは、昨日の昼間、彼から「暗くならないうちに帰れよ」と言われた意味にそういうのも含まれていたのかと気付いて、はぁっ、と溜め息をつく。

ママナがさっきから眠気を散らしているのも実はキリトのせいなのだ。

とは言え別にキリトに何かをされた、という意味ではなく勝手にママナが夜更かしをしただけなのだが……夜はデータ処理の時間に充てているからアイさえも知らない事なので、さっきから頭の中で『どうしたんですか?』と聞かれる度に「ちょっと寝付けなかったの」と詳しくは答えないままにしている。

昨日の外出の最後に訪れた菓子店でママナは食堂の皆に、と少しばかりお土産を買ってきたのだ。

正真正銘、人生で初めてのお給料だったから大好きな人達に何か選びたくて食堂の従業員のみんなに甘さ控えめのナッツクッキーを「休憩時間に食べて下さい」と昨日帰った時に渡したら、とても喜んでもらえた。そして、それとは別に小さな袋入りをひとつ、キリトの為に買ってきたのである。

だから昨晩はいつものように食堂の二階の部屋に戻ってアイに「おやすみなさい」と言ってから営業時間が終わるまで起きていて、キリトに渡そうと待っていたのだ。

そうして閉店の時間になりお客が食堂から居なくなる時間になるとキリトはいつものように裏口から出てきて夜食の乗ったトレイを持ったまま寝起きしている牛舎の二階へトントントンと足取り軽く駆け上がっていった。部屋の戸口の影からキリトの仕事が終わったのを確認したママナはすぐに階段を下りて牛舎に向かおうとしたのだが、暗闇の中、頭上で再びバタンとキリトの部屋の扉が閉まる音がしたので咄嗟に物陰に隠れて様子を窺っていると、階段を下りてくる足音が聞こえてくる。

身体を少しずらして顔を出すと食堂から漏れてくる明かりで、その足音の主がキリトだとわかり呼び止めようとしたのだが、キリトがキョロキョロと周囲を警戒するような仕草をした為足を動かすことが出来なかったのだ。

結局そのままキリトは夜の闇に溶けてどこかに行ってしまい、ママナはクッキーの入った小袋を持って階段に腰掛けて彼の帰りを待っていたのだが食堂の片付けや夜食の時間も終わり、明かりも消えたのでおかみさんやご主人に見つかる前にと部屋に戻ったのである。

昨晩の事を思いだして今度は、ふぅっ、と溜め息を吐いたママナは食堂の扉が開いた音に一拍遅れて気付き、慌てて「いらっしゃいませっ」と身体の向きを変えたのだった。

 

「お二人様ですか?」

 

店内に入ってきたはいいが出入り口のすぐそばで立ち止まったまま、珍しそうに店内の様子を見ている若い男女ペアの二人に歩み寄る。この食堂が、いや、もしかしたらこの街を訪れたのが初めてなのかもしれない……そう感じさせるほど女性客の瞳には好奇心が宿っており、反対に男性客の瞳には戸惑いの方が大きい。どちらにしても席に案内するのがママナの仕事だ。

ここでアイが興奮した声が『ママナっ』と呼びかけてくる。

すぐにママナは内心で頬を引き攣らせた……悪い予感しかしない。

それでも今のママナはちゃんとお給金を貰っている従業員なのだから、と笑顔で「こちらのお席にどうぞ」と外も眺められる窓際のボックス席を選ぶと、男性がスマートな所作で女性の為にイスを引いた。

けれど何が気に障ったのか途端に女性は綺麗な顔をしかめ、腕組みをして不満を表している。

 

「この国に入ってから何度も言っていますが、ユージオ、私達の立場は同等なのだからそのような気遣いは無用です」

 

どことなく気弱そうに見える男性客は困ったように笑い、それでも反省した様子はなく亜麻色の髪をポリポリと掻いている。

 

『この人っ、この人が最後の攻略対象者ですっ』

(あー、やっぱり……)

 

けれどママナはユージオよりも彼を叱りつけている女性の方に目が釘付けになっていた。

今までこの食堂で働いていてレディファーストが身についている男性客を見たのも初めてだったが、それに腹を立てる女性を目にするなんて正真正銘、生まれて初めてだったからだ。

二人共ママナよりは年上だろうが、それでも十代後半といった雰囲気で、端から見ればお似合いのカップルだし、さっきの彼女の言葉から察するに二人は他国から来た人達で、彼の紳士的な振るまいも今が初めてではないらしい。

毎回こうやって怒られているのかしら?、と思いつつ、それでも二人が席に着くのを待っているとユージオと呼ばれた青年は外見に違わず優しげな声を発した。

 

「アリス…立場とかは関係ないと思うよ」

 

その言葉にアリスという名の女性客が背中に垂らしている黄金色の長い三つ編み髪が不機嫌に揺れる。

 

「ならばユージオは相手が誰であろうと同じような振る舞いをするのですね」

「えっ?!…うーん……どうかな……やっぱりアリスだから、かな?」

 

爽やかに笑うユージオとは逆にアリスは唇を尖らせた。

 

「そ、それは同じ騎士として納得できません」

 

納得できないと言いつつほんのりと頬が染まっている事に本人は気づいているのかいないのか……二人のやり取りをただ見ているしかなかったママナは「うーん…」とアイにちょっとうんざり口調で話しかける。

 

(アイちゃん、このアリスさんって人、結局ユージオさんに特別に思って欲しいのかそうでないのか、よくわからないんだけど)

『それが複雑な乙女心なんですっ、ママナも見習ってくださいっ』

 

見習え、と言われてもどこをどう見習えばいいのかしら?、と首を傾げると、それに気付いたユージオが勘違いをしたらしく「あ、ごめんね」と気さくに謝ってからアリスに着座を促した。

ようやく席に落ち着いてくれた二人だったが、それまでの言い合いで店内の客から注目を集めてしまい、あちらこちらから隠しきれていない視線がチラチラと飛んで来て、更に「騎士だってさ」や「どこの国のモンだ?」とひそひそ声の囁きが漏れ聞こえてくる。居心地の悪さにテーブルの上に乗っているアリスの両手が硬い拳を作るが、元を正せば自分の不用意な発言が招いた結果なので、俯く事で耐えているようだ。

ユージオの方はそんなアリスの姿を呑気な困り笑いで見ているので周囲の反応はあまり気にしていないのかもしれない。

とは言え、これでは食事も満足に楽しめないだろう、とママナが困惑しているとこの場の空気を一掃するようなおかみさんの声が飛んできた。

 

「ママナっ、注文はどうしたのっ?、初めてのお客さんには丁寧に説明するのよっ」

「は、はいっ」

 

丁寧、と言われてひらめいたママナはメニュー表を閉じて店内を振り返った。

 

「ランチセットは三種類です。あそこのヒゲのおじいさんが食べているのが豚肉と野菜の煮込み。大きめの根野菜が柔らかくなるまで煮込んであって味も十分染み込んでいます。あっちの体格の良い男性三人がオーダしたセットが一番ボリュームのあるメニューでチキンソテーにベイクドポテトと人参のキャセロール添えです。チキンの皮はパリパリ、中はしっとりジューシーに焼き上がっていて料理長特製のソースがかかっています。あちらのご婦人方のテーブルに並んでいるのが厚切りベーコンとキノコのトマトペンネです。ベーコンは自家製なのでスモークの加減が絶妙の逸品です。そしてどのお料理にもパンとスープ、それにサラダが付きます」

 

初来店ならメニュー表から選ぶより実際に料理を見てもらった方が分かりやすい。

それにママナの説明に合わせて俯いていたアリスの顔があっちこっちに動いて「あれは美味しそうですね、あ、こっちも」と常連客達が食べている料理を眺める碧い瞳は先程までとは打ってかわって子供のような純真さに満ちている。それを確認しながらユージオはママナに紹介された料理を食べている客達に向けて会釈を繰り返していた。客の方もさっきまでのコソコソとした態度を一転させ、ママナが料理の説明をする度に「今日の煮込み野菜はカブと人参よ」とか「このソースは本当に旨いんだ」と補足の声を投げてくれる。

一通りメニューの紹介が終わる頃には、店の中の雰囲気はいつものように賑やかで温かいものへと戻っていた。

 

「ありがとう、お陰でどんな料理なのか、とってもよくわかったよ」

 

ユージオがニコリと微笑んで「アリスは何にする?」と問いかければ、決めかねていた様子のアリスは少し悩んだ末に「ペンネにします」とママナに告げる。ユージオが注文したチキンソテーと合わせて二人分のオーダーを確認し、いつも通り「少々お待ちください」と頭を下げてから厨房に伝える為この場を離れようとすると「ちょっといいかな」とユージオの声が彼女を呼び止めた。




お読みいただき、有り難うございました。
最後の攻略対象者はユージオですっ(笑)
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