ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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昼時の食堂でのママナは更に忙しく……


【100話記念】うっかり転移したら、そこは『乙女ゲーム』の世界でした!?・はち

ユージオとアリスのテーブルに料理を運び終えママナは彼らの後から入店してきた客四人が注文したそれぞれの料理が出来上がるタイミングを見計らって、先にセットのスープを運んでいた。

既にパンとサラダは客の前だ。

来店者が一人か二人の場合はパンとサラダ、それにスープを一度にトレイへのせる事が出来るが、さすがに四人前は無理なので全ての料理を出し終えるまで何往復かしなければならなくなる。相変わらず店内はほぼ満席だが、開店してすぐにやってきた第一陣の客達はほとんどが食事を終えてそろそろ席を立ち始める準備をしていた。

昼の営業時間は客が回転するタイミングが重なるのでこの時が一番目まぐるしい。

新しく入店してくる客を席に案内してメニュー表とお水を出す、料理が決まった客の注文を取り厨房に伝える、出来上がった料理を運ぶ、食事中の客の様子も窺わなくてはならないし、食事を終えた客が席を立つ前に代金も受け取らなくてはならない。それから食べ終わった食器を片付けテーブルを次のお客の為に整える……それら一連の動作をテーブルの数と来店してくれた客の人数分、おかみさんと手分けしながら時間差で繰り返すのだ。

だから熱々のスープの入ったカップ四人前をのせたトレイを持っていてもママナは店内のあちこちに気を配っている。

そこに昼食を食べ終え支払いを済ませた男性客達が喋りながら店の出口へと向かっていて、その一人がトンッとママナにぶつかった。

互いに別々の方向を見ていたし混んでいる店内では仕方が無かったのかもしれないが、運の悪いことにママナが持っているトレイにはスープカップが四つものっている。

「あっ」と小さく驚きの声をあげたママナは傾いた自分の身体には構わず、なんとかバランスを保とうとトレイを持った両腕をぴんっ、と伸ばした後、なぜかすぐに自分の方へと引き寄せた。

全てのカップが湯気の出ている中身をママナの顔めがけてこぼれる角度で倒れる寸前……

パンッ、とトレイを力強く弾く衝撃と共に、ギュッと片腕で彼女の顔が誰かの胸元に抱え込まれる。

 

「熱々のスープをかぶる気かっ!」

 

それは普段、お世辞にも感情豊かに会話を楽しむタイプとは言えないキリトの珍しく怒りを含んだ焦り声だった。

驚いて顔を上げるママナの耳に少し遠くから床に落ちたトレイとカップの割れる音が響く。どうやらちゃんと人のいない場所めがけてママナの手からトレイごとカップを払い飛ばしたようだ。当然、着地地点は悲惨な状態になっているが途中でスープの中身が飛び散る事もなかったようで、誰も熱い思いはしていない。

一瞬にして静まりかえってしまった店内で腰を中途半端に浮かせていたユージオがコトッ、と音を立てて椅子に座り直すと、おかみさんが仕切り直すようにパンッ、パンッ、と手を叩き「驚かせてごめんなさいね。さあっ、どうぞ食事を続けてちょうだい」と客に笑いかけた。すると次々に「あービックリした」「でもケガ人が出なくてよかったな」「ママナちゃんも気をつけろよー」と言い合う中、ぶつかった客だけが「ごめんな」と謝ってくる。

ママナは、ほっ、と息を吐いた後、いまだキリトに抱き寄せられたまま「いえ、こちらこそすみませんでした」と笑顔で返した。

 

「それに…キリトくんもありがとう」

 

そっ、と身を離し頭を下げる。

しかしキリトは未だ不機嫌な顔のままママナを睨んでいた。

 

「どうしてこぼれるのがわかってて無理に引き戻したんだ」

 

するとママナはキリトの腕を掴み「ちょっとこっちに来て」と店の隅に連れて行くと、少し声を小さくして「ほんとにありがとう」ともう一度礼を言ってから自分がいた場所を見る。

 

「あそこでカップが倒れると絶対お客さんにかかっちゃうでしょ?」

 

ママナの視線の先には食事を楽しんでいる子供二人とその両親と思われる家族の笑顔があった。

 

「ちょうどお子さん達の上だったの」

 

多分ママナがトレイの方向を変えなければ熱いスープは子供達の頭や顔に降り注いだだろう。そうなっては折角美味しく食べている料理も楽しい空間も台無しになってしまう。

キリトだってあのまま客にひっかけてしまえばいいとは思っているわけではないが「だからってなぁ」と納得出来ないまま黒い髪をガシガシと掻いていると、ママナが何かに気付いたように小首をかしげた。

 

「それにしても、キリトくん、今日は随分早いんだね」

 

いつもは昼の営業時間が終わる頃店にやって来るキリトなのに、今はまだ昼食を食べている客でいっぱいの時間だ。

 

「あ、ああ、今日は半ドンで…」

「ハンドン?」

「ちっ、違ったっ、たまたまっ、そうっ、たまたま目が覚めてさ」

「ふぅーん、昨日の夜、あんなに遅かったのに?」

「へ?」

 

あやしいなぁ、と言いたげな目つきでキリトを睨んでいたママナだったが、さっき助けてもらった事でもあるし、とそれ以上の追求は止めてエプロンのポケットに入れておいた小袋を取り出す。

 

「昨夜渡そうと思って寝ないで待ってたんだけど、きみ、食堂が終わってから出掛けたでしょ?」

「うげっ、それ、見てたのか?」

「うん。すぐ帰ってくるのかなっ、て思ってたけどなかなか戻ってこないから……はい、これ、昨日街で買ってきたクッキー」

「オレに?」

「そ。騎士団長さんをラーメン屋さんまで案内してもらったし」

「それってママナがオレに感謝する事か?」

「じゃあ……いつもお昼ご飯を一緒に食べてくれるお礼?」

「なんだよ、それ」

「もうっ、いるの?、いらないの?」

 

そう聞かれれば答えは一つだ。

 

「いるっ、いりますっ……あ、ありがとう」

 

満足そうな顔になったママナが「うん」とうなずく。

 

「あ、でも、今日はこれからどこかに行く?」

 

さっきは焦って一緒に食事をしてくれる事をクッキーの理由にしてしまったがキリトが働く夜の営業時間まではまだ随分と間があるから外出も十分可能で、それなら昼食はママナひとりになる。辺に気を遣われるのもイヤだから「気にしないで出掛けてね」と言おうとすると、それよりも先にキリトが「店にいるよ」と笑った。

 

「そ…う、なんだ」

 

いいの?、と案ずるよりも嬉しいと思う気持ちの方が強いのは、多分、気を張らなくていい相手と一緒に食べられる食事が久しぶりだからだろう、と自分の心境を分析したママナの横から、ぬぅっ、とおかみさんが現れる。

 

「だったらキリトは自分がしでかした後始末をしてっ」

 

おかみさんが伸ばした人差し指の先にはさっきママナの手からすっ飛んでいったトレイ、それに割れて粉々になったスープカップとぶちまけられたその中身が見るも無惨な状態で床に散らばっている。手に持っていた箒、ちりとり、それにバケツとモップをキリトに突きつけて食器の後片付けと床の掃除を命じたおかみさんはママナに「怪我はないわね?」と確認してから、はぁっ、と息を吐いた。

 

「まったく、いくらママナのためだからって、あそこまでハデに立ち回らなくてもいいでしょうに……ママナは早く新しいスープを運んでちょうだい。キリトは床をピカピカにすることっ」

「はいっ」

「へーい」

 

キリトはママナからもらったクッキーの袋をポケットに入れて床掃除へ向かい、ママナは新しく用意されたスープを取りに厨房のカウンターへ……離れる寸前「じゃあ、あとでね」「ああ」と言葉を交わしてそれぞれの持ち場へと分かれる。

「大変お待たせしました」とスープを出し終わればそれが冷めないうちにメイン料理を運ばなくてはならない。二回に分けて料理を全て出し終えたママナはユージオがちょいちょい、と手招きをしているのに気付いて急いでテーブルに駆け寄った。

なにかサービスに落ち度があったかしら?、それとも料理の味付けが気に入らなかったとか?……ユージオもアリスもまだ食事の途中だから会計に呼ばれたわけではないだろう。

少し緊張しながら傍に行くと食事に夢中の様子のアリスがママナに気付いてこちらを向いた。

 

「この料理は大変美味しいです」

「お口に合ったようでよかったです……ユージオさんはいかがですか?」

「うん、僕も美味しくいただいてるよ」

 

その言葉に一安心したママナが肩の力を抜くとユージオは気軽なお喋りを楽しむみたいに「ところでさ」と話しかけてくる。

 

「君を庇ったあの少年、いつからここで働いてるの?」

「キリトくんですか?…私の方が後から入ったので正確にはわかりませんけど、この食堂の用心棒は半月ほど前からって言ってたような」

「ふぅん、用心棒なんだ……この食堂に来る前はどこにいたのかな?」

「さぁ、そこまでは……あの、キリトくんが何か?」

「さっき君を助けた時の彼の反応速度がすごかったな、って思って」

 

店にやって来てからいつも笑顔だったユージオの表情に何か違う感情が混ざっていて、わけもわからずママナが不可解に眉根を寄せていると耳に届かないくらい小さな声で「僕より早いなんてね」と自嘲気味に唇が動いた。

 

「え?、何か言いました?」

 

聞き返すといつも通りの笑みに戻ったユージオが首を横に振る。

 

「君は彼と仲が良いみたいだから、『黒の盗賊』に懸賞金がかけられた事、教えてあげるといいよ」

「キリトくんに、ですか?」

「うん、知ってた方がいいと思うから」

 

そこで少し考えたママナは賞金稼ぎがこの食堂に来る可能性を考え、ユージオが「荒くれ者が多い」と言っていたのを思い出して「そうですね」と頷いた。

そこでおかみさんに呼ばれたママナがユージオ達のテーブルから離れると、今の今まで静かだったアイがいきなりお怒りモードで喋り始める。

 

『せっかくイベントが発生したのに、どうしてあの人がママナを助けちゃうんですかっ、あそこはユージオが助けてくれるシナリオのはずなんですっ』

(えっ、そうだったの!?)

『ママナはいい感じです。今回はとっても頑張ってますねっ』

(私……何か頑張ってるかしら?)

『はいっ、ユージオとたくさんお話して好感度も上がってますっ』

(そう?)

『今だってわざわざママナを呼んでお喋りしたじゃないですかっ』

 

言われてみれば、これまでの攻略対象者とは違ってとても話しやすいし会話も楽しいがユージオの態度にその手の好意は感じられないし、ママナの方もやっぱり特別な気持ちは生まれていない。ちらり、と振り返ればユージオは向かいに座っているアリスと食事をしながらお喋りをしてて、その蒼い瞳はママナと相対していた時にはない甘さが含まれていた。

 

(けど、やっぱりユージオさんはアリスさんが好きなんだと思うな)

『それはさっきのイベントを邪魔されたからですっ』

 

アイの言う邪魔者キリトは床に散らばったカップを拾い集め終わったらしく、今はモップを手にしていた。いつもは夜の食堂が彼の仕事場なのに、ママナはそれを見た事がないから昼間に不慣れなモップさばきで床を掃除している姿が妙に新鮮で、それを目の端に収めながら同じ空間で働いているのが嬉しくなり元気良くおかみさんの元へ歩み寄る。

そんなママナの後ろ姿をほんの少しだけ追っていたユージオを見逃さないアリスは「どうかしたのですか?」と問いかけた。

 

「随分とあの娘が気になるようですね。確かに料理の説明やスープを零しそうになった時の気転は素晴らしいものでしたが」

「僕が気にしてるのはあの少女じゃなくてあっちの少年のほうかな」

 

だから何も気にする必要はないよ、と微笑めば頬をうっすらと染めたアリスが怒ったように強く「そうですかっ」と言って無理矢理視線をユージオからはがして食事を再開させる。

ユージオはそんなアリスを好ましく眺めてから今度は店の隅で腰を屈めている少年を見た。

顔を見たわけではないから確信はないが、背格好は似ている。そもそもユージオより早く動ける人間が『黒の盗賊』が現れたと噂の立つ場所で立て続けに現れるなんて偶然にしては出来すぎだ。今現在は他国で休暇を過ごしている身なので自分達を知っている者はいないが、職務に復帰すれば市井の食堂で舌鼓を打っているアリスもユージオも自国の最高峰である整合騎士団の一員である。咄嗟の行動で一般の人間に後れを取ることはありえない。

それでもママナに言ったように『黒の盗賊』に関しては捕縛する気もないしあくまで休暇のついでに情報を収集していたにすぎず、彼が食堂の警護として働いているならどちらにしろ懸賞金の話は無駄にならないだろう、とそれ以上の詮索はしない事に決めて残りの食事を口に運んだのだった。




お読みいただき、有り難うございました。
お嬢様育ちのママナは「ハンドン」の意味を知らなかったようです。
で、すみません、切りが良いのでここで連日投稿は終わります。
後は不定期に単発でお届けしますので、よろしくお願いします。
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