ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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そしてどの攻略対象者も選べないまま時は過ぎ……


【100話記念】うっかり転移したら、そこは『乙女ゲーム』の世界でした!?・きゅう

深夜の街中はまっ暗で、追っ手をまくのは簡単だったがそれでも全力疾走をして辿り着いた先に見慣れた食堂の看板を目にすると「ふぅっ」と気が緩む。

それをもう一度引き締め、振り返って追跡者がいないのを念入りに確認したキリトはねぐらにしている牛舎の二階を目指して店の脇にある細道に身体を滑り込ませた。今夜潜り込んだ屋敷の警備体制は今までで一番人員を配していたが、事前に掴んだ情報のお陰でなんとか目当ての物を見つけ、切り抜ける事が出来たので満点とはいかないが無事にミッションクリアだ。

 

「あいつらが徒党を組んでたのには驚いたけど…終盤のせいだろうな」

 

残る案件はあとひとつ。難易度は数をこなす度に少しずつ上がってきている。

セカンドステージとも言えるこの国ではただ歩き回ったり話しかけたりするだけでは情報は得られず、お礼に食事をご馳走したり、情報屋を頼らなければならない場合もあり、どちらも代価が必要だ。だから手っ取り早く金銭を得る方法として用心棒のような職を選んだキリトだったが、今では単なる稼ぎ場所以上の居心地の良さを覚えてしまっている。

食堂なら何らかの形で有力な情報が耳に出来るかも、と考えていたのに、そこはほぼ期待はずれだったにも関わらず毎日通ってしまうのは単純にただの従業員として自分を頼りにしてくれる食堂の料理長やおかみさんに情が湧いてしまったからか、加えてホールで働いている給仕係がなんとなく気になってしまうからか……けれどその理由を色々と考えてみても意味は無いと思考にけりをつけて牛舎の階段に片足をかけた時だ、ふいに後ろから澄んだ声で「キリトくん」と名を呼ばれてあやうく階段を踏み外しそうになる。

 

「ぅわっ!…………なんだ、ママナかぁ…ビックリした」

 

完全に周囲の警戒を怠っていた。折角ここまで頑張ってきたのに、うっかりやられるわけにはいかない。

素早く振り返るとほんの少し前に頭に浮かんでいた顔があって、キリトは、ほっ、と胸をなで下ろした。

 

「びっくりしたのはこっちよ。きみ、こんな夜中にどこへ……え?!、ちょっと!、怪我してるのっ?!」

「あ……うん、まあ…でも大した怪我じゃないから」

 

言いながらも隠しそびれた左上腕部の傷口からぽたり、と血が流れ落ちたので説得力は全くない。案の定、ママナは細い眉を吊り上げて「それの、どこが、大した怪我じゃない、なの?」と静かに怒りを露わにしている。

 

「いや、ホントに、こんなの時間が経てば治るし」

 

全く痛そうな素振りを見せないキリトはやせ我慢をしている風でもなく、それでも出血が止まらない左腕という状況は一種のカオスだ。『ゲームの世界』だからここの人達は痛みを感じないのかしら?、と思ったママナだったが、頼れるアイは情報整理の時間なので呼びかけには応えてくれないだろう。それに食堂の調理場ではついこの間も新人の料理人がうっかり指を傷つけて「イッテー」と叫んでいたから痛覚がないわけではないはずだ。

ママナはぴんッ、とキリトの眉間の前あたりに人差し指だけを突き出し「そこに座って待っててっ」と有無を言わせない勢いで言い残すと食堂の二階へかけ上がっていった。

残されたキリトはママナに言われた通り、と言うよりはいきなりの展開に理解が追いつかず、ただポカンとしたままその場に固まっていただけで、結局理解が追いつくよりも早くママナが戻って来る。

 

「はい、腕みせて」

 

差し出された手は白くて小さくて、そこにちょっと薄汚れている自分の腕を乗せるなんて貴族の屋敷の二階から飛び降りるより勇気が必要な決断を迫られたキリトが「うっ」と怯んでいると、ママナが奪い取るように目当ての腕を掴んで袖をまくり上げた。

 

「なにこれっ?!」

 

そこには鋭利な刃物で切り裂かれたとしか思えない見事な一直線の傷口があり、今も鮮血が真っ赤な糸のようにそこから何本も伸びている。

 

「一体こんな夜中にどこでなにをしてきたのよっ」

 

荒っぽい口調とは裏腹にキリトの傷口を消毒するママナの手の動きは繊細だ。脱脂綿に消毒用のアルコールを振りかけ、丁寧に傷口の周辺の血を拭っていく。どうやら結構深く切れているようで、ぱっくりと露わになった患部を見たママナは、上目遣いにキリトを見ると真剣な顔つきで「我慢してね」と前置きを口にしてから「えいっ」となぜか自分に気合いの一言を付けて新たにアルコールを染み込ませた脱脂綿を傷に押し当てた。

丁寧に、それでいて手早く消毒を済ませて恐る恐る顔を上げると、キリトは頬を真っ赤にして眉根をギュッと寄せ、痛みとは違う何かに耐えているような顔つきになっている。

 

「あとは傷薬を塗って油紙で覆ってから包帯を巻くから……」

「うん…悪い」

「……違うでしょ」

 

そっ、と撫でるように軟膏を塗る指先は細くてしなやかだ。つい目が釘付けになっていたキリトはママナの訂正を促す声に慌てて反応した。

 

「あ…りがとう」

「どういたしまして。私が使わせてもらってるお部屋、料理人さんが住み込んでもいいように簡単なキッチンもついているし、薬箱もあるの」

 

料理の練習も出来、それで怪我をしても準備万端というわけだ。

傷口に油紙を押し当てたママナは静かに「ここ、押さえていて」とキリトに指示を出して、自分は白い包帯を手に取る。

 

「それで、どうしてこんな事になったの?」

 

再び自分の腕に包帯を巻いていく手際のよさに見とれていたキリトは一拍遅れて「うぇっ?」と珍妙な声を発した後、視線を明後日の方向にやって「う゛う゛ぅ」としばらく唸ってから「ナイフがさ」と渋々話し始めた。

 

「飛んできて……よけたんだけど…」

「よけ損なってるわよ」

 

間髪入れずに顔を上げないままママナが事実を正確に指摘する。

 

「まぁ、結構な人数を相手にしたからな」

「ここの食堂で、ってわけじゃないわよね?」

 

いくら酒が入って暴れる客が出ても大人数でナイフまで飛び交う事態になるとは思えない。

 

「夜の散歩に行った先で……」

「ずいぶん物騒なお散歩ね」

「たまたまオレみたいに散歩してる連中がたくさんいて、ですね…」

「それでどうしてきみにナイフが飛んでるの?」

「散歩しながらナイフ投げの練習をしてたヤツがいた……のかもな」

 

納得しかねる顔でそこまでの会話を交わしていたママナは「はい、できたわ」と包帯を巻き終わると、改めてキリトの顔を正面から見つめ、その視線をゆっくりと下ろして一番下の靴まで辿り着くと再び同じ道を上がり戻って来た。

 

「だいたい深夜にそんな真っ黒な格好で歩いてたら誰も気付かないと思うけど」

「だからうっかりオレの方にナイフが飛んできたんだろ」

「きみねぇ……」

 

これ以上何を聞いても適当な返答しか出てこないと諦めの溜め息を付いたママナへ、今度は攻守交代とばかりにキリトから質問が投げかけられる。

 

「ママナはどうしてこんな時間に起きてたんだ?」

「私?、私はね…」

 

問われたママナはなぜか得意気に笑顔を浮かべて持って来た薬箱の隣にある紙袋を自分とキリトの間に置いた。

 

「これを作ってたのっ」

 

ガサガサっ、と音を立てつつも慎重な手つきで現れたのは小ぶりのカップに入っている黄色い液体と言うより少し固めのクリームだ。

 

「はい、どーぞ」

 

袋の中には同じカップが二つ入っていて、ママナは先に取り出した方をキリトに渡した。

 

「あったかい……」

「うん、さっき蒸し上がったばかりだから」

「これ…?」

「プリン!…てっ……知ってる?、ケーキじゃないけど、やわらかくて甘いお菓子なの……とにかくスプーンですくって食べてみて。右手は大丈夫なのよね?」

 

続いて受け取ったスプーンを持つ右手は特に異変はないし、なんならプリンを持つ左手だって普通に動かせるのだが、包帯のせいで逆に少しぎこちない。キリトはまだ温かさが残っているカップを持ち滑らかな月色の表面にスプーンを差し入れた。スプーンの侵入に反応してプリンの表面がぷるんっ、と揺れる。

すくい上げて急いで口に入れればほんのり温かいプリンの甘さが広がって張り詰めていた気持ちをふわり、と包み込んでくれた。

 

「うまいっ」

「よかった。蒸し加減が難しくてなかなか綺麗に仕上がらなかったの。それで何回も作ってたらこんな時間になっちゃったけど、材料はね、ここの牛乳と卵を使わせてもらったから……うんっ、濃厚な味で美味しいっ」

 

キリトに続いて自分もプリンを堪能したママナが満足そうに笑う。

 

「カップの底にカラメルソースが敷いてあるから一緒に食べてね」

 

そう言われてキリトはすぐにスプーンをぐっ、と突っ込み底辺からすくい上げた焦げ茶色のカラメルとプリンを一口で頬張った。噛む必要はないが口いっぱいに広がる優しい甘味とそれを引き立たせる僅かな苦味をいつまでも口の中で味わっていると、ママナが嬉しそうに目を細め「カラメルもね、思い通りに固まらなくて苦労したんだ」と打ち明けてくるので、労うようにコクコクと必死に頭をふればそれが可笑しかったらしく、ますます彼女の笑みが深まる。

ちょっと名残惜しい気持ちでごくんっ、と飲み込み、次の一口を、とスプーンを動かす間に何気なく「料理、好きなのか?」と尋ねてみると、それまでキリトに比べればゆっくりとだがプリンを綺麗な所作で食べていたママナの手が止まった。

気付いたキリトがプリンから目を離し顔をあげる。

すると、なぜか問われたママナも驚いたような不思議な顔をしていた。

 

「好き…なのかな?」

「好きでもないのに、こんな時間まで作ってたのか?」

「これはおかみさんと料理長にこれまでの感謝のつもりで……もちろん、厨房の料理人さん達やキリトくんにもだけど。ただ、今、私が出来る事ってこのくらいしか思いつかなくて……それに、これ、料理って言わないでしょ?」

「それでも寝ないで作ってたんだろ?、好きだから、とか、得意な事だから寝る時間を削ってでも出来るんじゃないのか?」

「うーん、私はどっちかって言うと不得意な事を克服する為に時間をかけちゃうかな。得意だったらすぐに終わるし」

 

互いの意見はまるで正反対なのは思い描いている対象がズレているのでは?、とそこまで気付いているのに通じ合えないもどかしさに、むむっ、と二人が眉根を寄せたまま見つめ合う。

少しの間、相手の言葉を頭の中で反芻する時間が流れた後、食欲に負けたキリトが思考を放棄してスプーンを動かしプリンを口に運んだ。

 

「やっぱり美味い……ならさ、このプリンを作ってる時はどんな気持ちだった?」

「気持ち?」

「不得意な作業だったら、やめたくなったり苛ついたりしないか?」

「あ、そうね……うーん、なかなか思うとおりに出来なくて悔しかったけど……それでも楽しかった、かな」

「じゃあ好きなんだよ」

「好き……そっか、私、プリン作るの好きなのね……他にも色々作ってみようかな」

 

パッ、と笑顔になったママナの反応につられるように笑いながらも「ほどほどにしとけよ」とキリトが釘を刺す。

 

「この街に来た目的は兄貴を探す為なんだろ?」

「あー…うん、大丈夫、それはわかってるわ……私ね、今まで自分の好きな事をする、ってあまりなかったの。だからお料理が好きなのかも、って思ったら、今、すっごく嬉しくて……」

 

意気込んで前のめりに「ありがとうっ」と伝えてくるママナに若干上体をのけぞらせたキリトがついでに頬も引き攣らせた。

 

「いや、プリンもらってお礼を言うのはオレのほうだし……あれ?、なんか落としたぞ」




お読みいただき、有り難うございました。
深夜だけどプリンくらいならいいよねっ
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