ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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夜中に食堂裏でキリトとママナの会話は続き……


【100話記念】うっかり転移したら、そこは『乙女ゲーム』の世界でした!?・じゅう

キリトの方へ身体を突き出した拍子に胸元からころり、と小さな何かが地面に転がり落ちる。それを慌てて拾い上げたママナは指でつまんで顔の高さまで持ち上げた。

 

「これね、私のじゃないんだけど……」

「指輪?」

 

それはママナが唯一この世界に持ち込んだ物だった。

転移したあの夜、万が一にも自分の行動を家族に知られたくなくてGPS機能付きの携帯端末はわざと部屋に置いてきた。家の玄関はオートロックだが登録してある家人の指紋や声紋で外側から解錠できる。だから本当に何も持たず、だからこそ身も心も軽くなって自分にしては突飛な行動が取れたのかもしれない。

ところがこの『乙女ゲームの世界』に転移した時、ママナはこの指輪を握りしめていた。

推測だが、コンビニの前でよろける原因となった足元の違和感はこの指輪を踏んだせいで、自分でも意識せずに転移寸前に拾い上げていたのだろう。

コンビニの駐車場に落ちていた誰の物かもわからない指輪だったけれど、この世界に転移するきっかけを作ってくれたのだと思えば今は少しだけ感謝したくなる。

だから元の世界に戻る時までなくさないようにずっと持ち歩いていたのだ。

ママナに指輪を見せられたキリトがその意匠を確かめようと顔を近づけたその時、今まで雲に隠れていた月が現れてその光が降り注ぎ、ママナ達の居る場所を、もちろん彼女の手元も明るく照らす。

 

「この指輪って……」

 

なぜかキリトが目を見開き指輪をジッ、と凝視した後、その視線をママナに移し月光を弾くように輝いている髪や瞳を見つめてから「ママナ」と静かに呼びかけてきた。

 

「なあに?」

「兄貴を探してるんだよな?、この街にいる」

「そ、そうだけど……」

 

実は兄を探すのは口実で決められている五人の男性の中で誰かを攻略して恋人になってもらい、この世界から再び転移して元の世界に戻るのが本当の目的だが、それを告げるわけにはいかない。

 

「ママナの親は?」

「お、親?」

「どんな両親なんだ?」

「ええっ、とね……」

 

食堂で雇ってもらう時もアイから言われた通り「身寄りがない」と話せばそれ以上は聞かれなかったので改めて問われると口ごもってしまう。何と答えようか、と考えたがキリトに対して下手な嘘や作り話はしたくなくて、ママナは「ごめんね」と謝った。

 

「よく、わからないの」

 

アイに聞けば、もしかしたらもっと詳しい設定が用意されているのかもしれないが、よく考えてみれば兄を探しているわりには名前や特徴さえも把握してない。実際は探してなどいないのだから不便はなかったが今まで気付かなかった自分の迂闊さにママナの表情がみるみるうちに萎んでいくと、逆にキリトは確信めいた声で「そうだったのか」と呟いた後、嬉しさと寂しさを同居させたような笑顔で手を差し出した。

 

「城に行こう、ママナ」

「へ?!、お、お、お城?!」

 

突然、城へと誘われたママナは大いに狼狽える。

今なら異性を城へと誘う意味をちゃんとわかっているから、キリトの真剣な言葉を受けて胸が痛いくらいに高鳴っていた。

 

「その、それって…そういう意味で…えっと、ちょっと……あの……」

 

恥ずかしい……もうどうしようもなく恥ずかしくて絶対顔は真っ赤に茹で上がっている確信はあるけれど、「それって私に告白してるのよね?」なんて確認はしたくても口も声も言うことを聞いてくれず、ただ切れ切れの意味をなさない単語が勝手に零れ出てくる。結果、ママナは困り果ててその原因であるキリトを混乱の涙目で叱りつけた。

 

「もうっ、きみはいきなりすぎるのよっ、ばかっ」

「ご……ごめん」

 

さすがに唐突すぎた自覚があるのか、キリトが黒髪をポリポリと掻きながら眉をハの字にしてもう一度ママナの手にある指輪を見ながら静かに口を開く。

 

「けど、城で待っている人がいるから。オレはその人に頼まれたんだ」

「待っている人?」

「ママナが持ってる指輪を……その人は探してるから」

「え?」

 

今度は違う驚きでママナは自分が持っている指輪に視線を移した。

元の世界から自分と一緒に転移してしまった物だとばかり思い込んでいたけれど、元々自分の所有物でもないのでキリトの言い分を真っ向から否定はできない。お喋りがあまり得意でないにしてもいい加減な事を言うような人ではないから、キリトとしては城で待っているという人物がこの指輪の持ち主であると断言できる理由があるのだろう。

けれどアスナにとってもこの世界にやって来てからずっと大事に持っていた指輪だ、そう簡単に手放す気にはなれずキリトの目から隠すように手の中に握り混み、申し訳なさそうに少し上目遣いになる。

 

「確かにこの指輪の持ち主は私じゃないんだけど……あっ、盗んだりはしてないわよっ」

「わかってる」

 

指輪を取り上げられるのが怖くなり、知らないうちに早口になっていたママナが落ち着きを取り戻せるよう、キリトの口調も笑顔も穏やかだ。

 

「だからママナも一緒に城まで行って欲しいんだ」

「あ、だから?……そっか、そういう事なのね。それで私をお城に……」

 

『乙女ゲームの世界』のゴールである「城へ一緒に行く」とは意味が違った事に納得したママナはなぜか自分が落胆しているのに気付いて首を傾げる。よくよく考えてみれば攻略対象者ではないキリトと城に行ったところでゴールにはならないだろうから、元の世界に戻れるわけではないのだ。キリトに「城に行こう」と言われた時、驚いたけれど嫌ではなく、それどころかちょっと嬉しささえ感じてしまった自分を冷静に振り返って、その意味の追求を拒む心に自嘲の笑みを添えて蓋をしてから平静を装う。

 

「一緒に行くのは構わないけど、もし、これがお目当ての指輪じゃなかったらちゃんと返してくれる?」

「もちろん、約束するよ……それで、今からでも、いいか?」

 

まさかの性急な提案に口をあんぐりと開けたまま声も出せずにいるママナを前にキリトはパンッ、と両手を合わせて拝むように頭を下げた。

 

「頼むっ」

「これから、って……こんな夜中にお城に行くの?」

「まぁ、城に着く頃にはちょうど夜が明けるだろうし」

「……私、寝てないんだけど」

「オレだって寝てないさ」

 

だったら今じゃなくても、という意図が伝わらない事に「はぁっ」と大きな溜め息をついたママナだったが、普段は頼み事どころか自分の気持ちすらあまり表に出さないキリトの願いだと思い直して「わかったわ」と渋々承諾を告げる。

その返事に喜ぶキリトの顔が少しだけ寂しそうだったのは月光の影でママナには見えなかった。

 

 

 

 

 

二人、並んで夜の道を歩き、途中、誰に会うこともなく街を抜けて城前に辿り着くと城の背後にそびえ立つ山々の稜線がうっすらと色を変えていて、朝陽の輝きを予感させている。この『乙女ゲーム』のゴール地点を初めて見たママナは中世ヨーロッパの巨城とよく似た雰囲気の建築物とその背景として広がっている大自然が一枚の壮麗な絵画のようで、ふぁっ、と感動の息を吐いた。

 

「すごいっ、綺麗なお城ね」

「…そうだな」

 

心なしか城が近くなるにつれて口数が少なくなっていたキリトがママナの感想に城を仰ぎ見る。

初めてここを訪れて依頼を受けた時はキリトも今のママナのように高揚感で一杯だったのだ。それが今、ようやく達成できるというのに気分は浮き立つというより沈み込むように鬱屈している。けれどそんな感情は無意味だと、ママナを城に誘った時から何回も繰り返し自分に言い聞かせて、キリトは振り切るように一歩足を前へ踏み出した。

振り返ってママナに手を伸ばす。

既にキリトは城に来たことがあるらしいから案内してくれるつもりなのだろう、とママナは少し気恥ずかしそうにしつつも黒い指ぬきグローブをはめているその手に自分の手を重ねた。

すぐにさっきまでのようにキリトの隣に追いつき、並んで城の正面にある大きな門を目指す。

ママナのイメージでは明け方とは言え常時門番がいるものと思っていたが、ここがゲームの世界だからか、大きな門の周辺に人影はなく、まるで二人が来る事を知っていたように大きく開いて招き入れる準備が整っている。

ママナはキリトと繋いでいないほうの手を、ぎゅっ、と握り込み、中にある指輪の存在を確認しつつ、すぐ横にある黒髪の少年を見た。男の子にしては少し色白い肌で、対照的に髪と瞳は黒曜石を思わせる濃い黒だ。長めの前髪から見えるその目はいつも眠そうで、それでも食堂の賄いを前にすれば嬉しそうに弧を描いて、細身なのに意外と食べる量は多くて「やっぱり男の子ね」と思っていた。少し前に食堂で熱々のスープをかぶりそうになって、助けてくれた時の力強さにも別の意味で「男の子」を感じてしまったけれど、同時に心臓がもの凄い勢いでバクバクして身体中の血液がグルグル巡って、それを気付かれないように振る舞うのがどれだけ大変だったかを思い出して頬が少し熱を持つ。

視線に気付いたのか、ふいにキリトが顔をこちらに向け「どうした?」と問うように僅かに表情を変えたが、ママナはふわり、と微笑んで「なんでもない」が伝わるように軽く頭を振った。

あと数歩で門まで辿り着く。そこをくぐって指輪を依頼人に見てもらえれば今回の件は解決するだろう。

そろそろアイも起きてくる頃だから、情報があれば教えてくれるかもしれない。

その後急いで食堂に戻って……とママナが考えているとキリトが門の直前で足を止めた。

つられるようにママナも止まる。

落ち着いた声で「ママナ」と呼ばれて横を向けば、ちょうど陽光が伸びてきて黒いはずの髪や瞳が一瞬金色に見えた。

 

『ママナっ、どうしてこんな所にいるんですかっ?!』

 

突如、アイの声が頭の中に響き渡る。

 

(あ、アイちゃん、おはよう)

『おはようございます…って、こんな朝早くに…、ここ、お城ですよねっ?!』

 

AIであるはずなのにその慌てた反応はどこまでも人間ぽくて、ママナは内心で苦笑いをしながら事情を説明しようとした。けれどそれをキリトの声が遮る。

 

「ここでお別れだな」

「えっ!?」

 

一瞬、何を言われたのかわからずにポカンとしてしまったママナから手を離したキリトは一歩さがって彼女の背中を両手で、とんっ、と押した。

乱暴な衝撃ではなかったがそれでも身体は前によろめき、転倒を防ぐために彼女の足は不均等に二歩、三歩と歩みを進める。その不安定な後ろ姿にキリトは語りかけた。

 

「きみが探している兄はこの国の若き国王さ。オレはその国王に王家の紋章が刻まれている指輪を持つ妹を探してくれと依頼されたんだ」

「え?、何言って……あっ!、えぇっ?!」

 

キリトに背中を軽く突かれた形で、とっとっとっ、と門をまたいでしまったママナの足元から幾つもの光の筋が立ち上る。それは次第に幅を広げ一本の太い柱となってママナを中心に包み込んだままどんどん上空へと伸びていった。

 

『ママナっ、転移が始まりますっ』

(どういうことっ?!)




お読みいただき、有り難うございました。
びっくりしてても律儀に「おはようございます」と言うアイちゃん(笑)
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