ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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「ユナイタル・リング」の新刊発売を祝しまして
【いつもの二人】シリーズです。
今回はキリト視点で、UWから《現実世界》に帰還した後、
アスナに続きキリトも退院して数日経った頃の《ALO》でのお話です。


【いつもの二人】抱き寄せて

うーん…、とログハウスのキッチンの奥でこっそりと困り抜いた顔をしているアスナに気付いたのはオレだけで、それは多分もう無意識のレベルで常に彼女を気に掛け、目で追っているからだろう。

度数ゼロのはずのアルコールテイスト飲料の入った瓶を片手に、オレに対して「それにしても二百年もアスナを独り占めしてたのかよう、でも無事で何よりだよなぁ、それにしても……」と延々ループ状に管を巻き続けているクラインの拘束から抜け出してキッチンに入り「どうしたんだ?」と声を掛けたのがほんの少し前。

そしてその理由を聞いたオレは苦笑いをするしかなかった。

今日はアスナの発案でオレの快気祝いに二十二層のログハウスへ皆を招いていたのだが、アスナが予想していたよりも多くの友人達が訪れてくれて飲み物が足りなくなりそうだと言うのだ。なんでも声を掛けたほぼ全員が参加してくれているらしい。

これはもうオレの人望と言うよりアスナの料理目当てだろうな、とは思うけれど皆の笑顔が多い事に嬉しいのは間違いなく「それならオレが買い足しに行ってくるよ」と申し出てから今はログハウスの戸口で少し押し問答になっている。

 

「今日の主役はキリトくんなんだから、私が行ってくるよ」

「快気祝いって言うならアスナも含まれてるだろ。発案者でもあるアスナはここにいろって」

 

だいたいこの人数が集まっている中で飲み物や食べ物を過不足なく提供しつつ、加えてあっちこっちで笑顔を振りまきながら会話を盛り上げるなんて高度な接待術はアスナしか習得していないスキルだ。オレが抜けても問題ないだろうが、ホステス役が居なくなってしまえば最悪無法地帯になる可能性もあるわけで……オレはチラリとアスナの肩越しに屋外で異様な盛り上がりを見せている四人に目をやった。

以前にもここでシルフの領主であるサクヤとサラマンダー最強のユージーンが鉢合わせをした時は一触即発の緊張した空気になりかけたのだが、今日はそこにケットシーの領主アリシャ・ルーに加え、なんとアリスまでもが混ざって何やら豪快な笑い声を上げている。

えっと…あれってどういう状況?……と冷や汗とともにクエスチョンマークの発生が止まらない。

どんな会話をしているのか、知りたいような、知らない方がいいような……とにかく今はお互い手に持っているのはグラスや取り皿だが、それがいつ、どんなタイミングで剣になるかもしれず、それを回避、もしくは沈静化するアイテムがオレのストレージにあるはずもなく、だからどちらがこの場に残るかなんて考える余地もない。

オレの視線の先と言いたい事をすぐに察したアスナはそこでちょっと眉尻を落として笑いながら「大丈夫」と言ってオレを追い抜き、外に出ると細い指を後ろ手に組んでブーツの踵をトンっ、と鳴らした。

 

「エギルさんがいてくれるから」

 

そう言われてよく見れば四人に混ざってはいないが、アリスのすぐ隣にエギルがいてヒートアップしそうな雰囲気になると絶妙なタイミングでその場の空気抜きをしている。

 

「それにユイちゃんと一緒にリズやリーファちゃんも手伝ってくれてるし」

 

なるほど、アスナ一人分の働きを分担してユイのサポート付きながらリズやリーファがこまめに動いており、そこになんとなくではあるもののシリカやシノンがフォローに入っている。

 

「ちょっとの間なら私がいなくても平気だよ」

 

だから、と続きそうになるアスナの声をオレは「それでもさ」と遮った。

 

「今回はオレ、ほんとに何にも手伝ってないし…」

 

手際の良いアスナだからオレの退院の日取りを知ってすぐに動き始めたらしく、オレ的には感覚として実に二年以上ぶりの、もし記憶が蘇ったとしたら、それこそ二百余年ぶりの《ALO》へのダイブ後、すぐに快気祝いの日になっているので下準備から何から全てアスナに任せっきりなってしまったのだ。

この後、日を改めて《現実世界》でもエギルの店で快気祝いをしよう、という話になっているが、今日集まってくれたこのログハウスはアスナだけじゃなくオレの家でもあるんだから、それなら少しくらいホストとしてもてなしの一端を担わせて欲しいと頼むと、ようやくアスナが考えを改めようとしているのか唇に力を込めて、うむむっ、と唸った。

 

「でも、やっぱり一番頑張ったのはキリトくんだし……色んな意味でね」

 

ここにいる連中はリーファとシノン、そしてアリス以外全員があの時《アンダーワールド》にコンバートしてくれたプレイヤーだからオレが覚醒する瞬間も見ているし、きっと多少は事情も理解しているだろう。だからこそ、とも思うが病院を退院できた事よりもっと遡れば《現実世界》に生還できた事、それは本来なら人として生きるには耐えられない可能性の方が遙かに高い膨大な時間を共に過ごしてくれた存在があったからに違いなく……そこまで考えて、はた、と気付く。

 

「SAOだってオレ一人でクリアしたみたいになってるけど、アスナが身を挺して助けてくれたからだし、死銃事件の時もアスナがファイブセブンの存在に気付かせてくれたお陰だし、それに今回の《アンダーワールド》でだって……やっぱりオレはアスナが一緒にいてくれないとダメなんだな」

 

思い返してみれば、もしもアスナがいなかったら、と想像するだけで血の気が引くような場面が次から次へと湧き出てきて、自分の非力さに項垂れていると、すぐ目の前でウンディーネ族の中でも目を引く綺麗なアトランティコブルーの髪が、さらり、と揺れた。

 

「うん、でもそれはお互い様なんじゃないかな?……そもそもキリトくんに出会っていなかったら私がSAOで生き残っていたかどうかもわからないよ」

 

迷宮の奥で初めて彼女を見た時、ひたすら剣を振っているアスナの姿を唯一知っている身としてはそれが決して大げさな表現でない事はわかっているが、だからと言って買い出しに行く役をアスナに譲る気にはなれない。オレが折れないのでちょっと呆れ顔で笑ったアスナは秘密を打ち明けるように、その顔を近づけてきた。

 

「それにね、飲み物の他に食材も少し欲しいな、って」

 

と言う事は飲み物だけでなく、料理の方もあやしい感じになってきているのか、とオレはあんぐり口を開ける。

アスナならオレが適当に買ってきた食材でもプロの逸品に仕上げるだろうが、購入する時点でそれを調理する彼女が選んだ方がベストなのは当然で、それでもオレは未練がましく「あんなに用意してあったのになぁ」と乾杯をする時点で目にしていた料理の数々を思い起こした。

もう絶対に快気祝いじゃなくてアスナの料理に舌鼓を打つ会になってるよな……と確信すると、主役…という自覚はほとんどなかったが…の座を潔く料理に明け渡すべくスタスタとログハウスから出て振り返り、きょとんとしているアスナに右腕を伸ばした。

 

「だったらもう二人で行ってこよう。ほら、転移門まで飛ぶぞ」

 

一瞬アスナの顔が分かりやすく戸惑う。

主役とされているオレとホステス役の自分の二人が同時にいなくなる事に抵抗があるのだろうが、はっきり言って今まで戸口で喋っていても誰もオレ達を探しに来ていないのだから、短時間抜けた所で問題はないだろう。買い出しに行ってくる旨はアスナがユイに伝えてあると言うので同時にオレが消えていれば、その意味をすぐに理解出来る娘がここに残っているならいつでも連絡は取れる。

「アスナ」と呼んで、ちょいちょい、と手招きをすれば自分の中で決断を終えた彼女は気持ちを切り替え「うんっ」と満面の笑みでオレの胸に飛び込んできた。互いにすっかり慣れ親しんでいる動作でオレは右腕で彼女の腰を抱き、黒いコートの一部を翼に変形させる間にアスナは両腕をオレの首にしっかりと回して……

 

「あれ?」

「あれ?」

 

これ以上はないという密着度の状態でオレ達は同時に固まり、疑問符を口からこぼした。

首元に直接唇が触れているような距離でアスナが「なんで、私?」と自らの行動に少々パニクっているようだったが、それはオレも同様で、ほぼ無意識だったのに二人共息がピッタリだったのが余計に謎を深める。

ただ、それ以上に片腕で支えているアスナの温もりが余りにも心地よく、しっくり馴染んでいてオレはなんだか理由(わけ)もわからず懐かしさに「はぁっ」と愉悦の吐息をもらした。

アスナに限っては正面から両腕で囲い込んでも、背後から抱きしめても、それぞれしっくりくるのだが今までこんな風に抱き寄せた記憶はそれ程ないはずなのに、とかかえている力を緩めずに考えていると、やっぱりオレにしがみついたままのアスナがちょっと切なそうな声で「覚えて、るんだね……」と囁く。

 

「……アンダーワールドで、初めてキリトくんの心意で飛んだ時、わたし、これからもこうやって抱っこしてもらうって言ったでしょ?」

 

そう告げられてオレは彼女の囁きの意味を察し、郷愁の念に駆られて声を詰まらせた。

つまりオレはあの時のアスナの宣言通り《アンダーワールド》で二百年もの間、飛行移動をする度にこうやって彼女を抱きかかえていたのだと、記憶を消去されても互いの身体が覚えているのならきっと今のように当たり前になるくらいオレ達は支え合って一緒に生きていたんだと、アスナの存在の大きさを実感して片腕だけでは足りず、ぐっと彼女の細い腰に両手を回して抱きしめる。

思い出せない記憶の中でさえオレはアスナが傍にいてくれないとダメだったんだなぁ、と思えば、この《ALO》ではアスナがオレに頼らず自由に飛べてしまう事すら少し寂しくて、面白くなくて、彼女に見えないように口を尖らせていると、耳元で躊躇いがちな声が小さく聞こえた。

 

「…キリトくん、主街区まで…抱っこしてほしいな」

 

元より訪れるプレイヤーが極端に少ない場所だ、湖周辺で釣りに興じている妖精達の目に留まらなければ噂になることはないだろう、とオレはすぐさま「もちろん」と答えたのだった。




お読みいただき、有り難うございました。
くどいようですが、ご本家(原作)さまでは
アスナは空を飛ぶ時はキリトに抱っこしてもらう
宣言をしているので、その設定でっ(苦笑)
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