ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》 作:ほしな まつり
『赤き焦熱のラプソディ(上)』の発刊を記念しまして
ALOでのほのぼの(?)です。
新生アインクラッド二十二層のログハウスまでもう少しという所で並んで飛んでいるリズベット、シノン、シリカの三人のうち、ケットシー族のシリカは大きな獣耳をぴこっ、と動かして年長者であり、頼れる存在のリズを見た。
「えっと…アスナさんはいるんですよね?」
「そのはずよ」
リズはついさっきキリトから送られてきたメッセージの中身を思い出しながらシリカに頷き返す。
「キリトはエギルの店にレアアイテムが持ち込まれてクラインに呼び出されたからちょっと行ってくる、って」
多分、キリトに見て欲しい気持ち以上に知識の宝庫であるユイの意見を聞きたいのだろう。メッセージにはユイも連れて行くけどログハウスにはアスナがいる、という内容の後に……『オレが出る時はデッキチェアで寝てたから、リズ達が到着しても起きてなかったらそのままにしてやってくれ。オレがすぐに戻る』で締めくくられていた。
果たしてアスナは目覚めているのか?……針葉樹林の中にこっそり隠された宝物のような存在とも言えるログハウスの屋根が見えてくる。
三人はその建物をしっかりと視認できる距離までやってくるとスピードを落とし、思わず互いに顔を見合わせた。真剣な表情でシノンが自分の顔の前に人差し指を立てる。その意味を残りの二人は深く頷くことで受領して音を立てないよう慎重に着地てから、まさに「抜き足差し足忍び足」状態でこっそりと、それでいて素早く建物に近づいた。
ログハウスの入り口横にあるウッドデッキにはキリトのメッセージにあったようにアスナが大きめのデッキチェアに腰掛けたまま少し身体を傾けて小さな寝息を立てている。
その姿に驚きを隠せない三人は静かにログハウスの階段を上りアスナに近づくが、いつも気配に敏感な彼女にしては珍しく何の反応も見せず、午後の穏やかな陽光を浴びながら気持ち良さそうに無防備な寝顔を晒してた。
と、誰かがゴクッ、唾を飲み込む微かなSEがその場の静寂を破る。
ぱっ、と二人分の視線が飛んで来て、シリカは慌てて両手の平を合わせ上下にシェイクして顔を赤くしながら謝った。それでも感情が収まらないのかシノンが「ふぅ゛っ」と鼻から息を吐き出すので、更にあわあわとシリカがウィンドウを開き一瞬で操作を終えれば殆ど同時にリズとシノンの視界にメッセージの着信アイコンが点滅する。
『ごめんなさいっ。でも、間近で見るアスナさんの寝顔って珍しくて、つい…』
読んだリズが仕方なさげに自分もホログラムキーボードの上で手を動かす。
『あんたねぇ』
『だってアスナさんて私達の前で寝落ちとかしないじゃないですか。私やピナなんてキリトさんが寝てるとすぐ眠くなっちゃうのに』
『まあ、確かにそうだけど』
《現実世界》の授業中でも寝ている姿なんてありえないし、中庭でキリトにもたれている時はこれほど近距離では拝めない。
キリトの眠気パラメータには抗えないようだが、そんな時は自分達も既に目を閉じてしまっているから、ここにいる三人はアスナの寝顔をじっくり眺めるなんてこれまで経験した事がない貴重な体験だ。
『……で、どーすんのよ、これ』
『どうする、って、どういう意味ですか?、リズさん』
『だから、アスナよ。起こす?、それとも……』
『とりあえず、もうちょっと鑑賞をっ』
『カンショウ?』
『間違えましたっ。キリトさんが戻ってくるまで見守りましょうっ』
間違えたのは入力操作ではなくて選ぶ言葉だったのか、と、わたわたとキーボードを打つシリカを呆れたように見ていたリズは、ふと、隣の無言の存在に違和感を感じて顔を向ける。
そこには標的をロックオンしたかのような鬼気迫る鋭い眼差しをしたシノンがいて、激圧眼力で一点を睨みつけていた。
『シ、シノン?』
躊躇いがちにメッセを送ると着信のシグナルさえ視界の邪魔だと言いたいのかピクリと眉が持ち上がり、顔は固定したまま視線だけをリズにスライドさせて「なに?」と唇を動かす。
『なにを見てるの?』
ここまでシノンの表情が真剣味を帯びるのはモンスターを見つけた時くらいだ。もしかしたら自分やシリカが気付いていない異変を感じ取ったのかも、とリズも素早く周辺に目を走らせる。
すると今度は口パクでは伝わらないと思ったのか高速タイピングでシノンからリズに答えが届いた。
『アスナの寝顔』
「は?」
つい声が漏れてしまった。
シノンからの視線に軽く殺意が乗り、シリカが懇願の涙目になる。
リズは片手を手刀のようにして軽く上下させながら苦笑いで「ごめん、ごめん」とジェスチャーで謝ってからそっとアスナの様子を伺うが、幸いな事にその澄んだ寝顔は一切崩れてはいなかった。ほっ、と安堵の息を吐き、改めて親友の寝顔を見つめる。
あのデスゲームで知り合ってから変わる事のないきめ細やかな素肌にすっ、と通った鼻筋、薄桃色の唇とふっくらとした頬は思わず、つんつんしたくなる弾力性を持っていて、加えて目を閉じているからこそ強調される長い睫毛。
見惚れているのはリズだけではなく、両脇にいるシリカとシノンも目が釘付けになったまま微動だにせずアスナの寝顔をひたすら鑑賞し続けるだけの時が流れていく。
しかしそれもほんの束の間、シノンの《GGO》で鍛えられた感知能力は《ALO》でも健在のようで、ぴっ、と耳を釣り上げ残念そうに大きく嘆息して振り返り上空を見上げれば、そこにはログハウスに真っ直ぐ高速で向かって来ている黒い点があった。
シノンの視線に気付いた二人も同様に顔を上げればその黒い点だったモノから薄墨色の妖精羽根が見え、すぐに三人が予想した通りの人物が空から飛び降りたみたいに着地する。
《現実世界》だったら肩で息をして額に汗でも浮かべているだろう必死さが伺えるキリトは三人の隙間からアスナの寝顔を確認すると、ふぅっ、と息を吐いてから、やっと三人を視界に納めた。
「待ったか?」
ちょっと気の抜けた低い小さな声にプルプルとシリカの髪が左右に揺れ否定を示す。
キリトは静かにログハウスの階段を上がると入り口の扉をキィッ、という微かな音と共に開き、自らは中に入らず三人を促した。我が家に向かい入れる、という歓迎の笑顔ではなく、早く入ってくれと言いたげな余裕のない催促の表情にやれやれと肩をすくませたリズが両脇に居る二人の妖精達の背を押す。扉を開けたままの状態で保っているキリトはそれ以上動かず、補う言葉もなく三人が自分の前を横切って家の中に入って行くのを黙って見送ると、タタッ、とアスナの傍らに歩み寄った。
キリトがログハウスを離れる時は乱れていなかったのだろう、少し姿勢が傾いているせいで水妖精特有の色の髪が一房頬にかかっていて、それを慣れた手つきではらいながら「アスナ」と優しい声を発する。すると今まで気配や物音に一切無反応だった長い睫毛が僅かに震え、サナギが羽化するように瞼がゆっくりと持ち上がり、生まれたばかりのあやふやな瑠璃色の瞳は潤んだまま声の主を見上げた。
清らかな寝息が艶をまとって吐息となり「んぅ…?」と誘い文句のように色づく。無垢と妖艶を同居させたようなアスナの寝起き姿に困り笑いを浮かべたキリトはもう一度「アスナ」と囁きながら彼女の頬をさらり、と撫でた。
「……キリトくん」
目の前の影妖精を認めると目元も口元もふにゃり、と嬉しさを表して、傾いていた上体はゆっくりと引き寄せられていく……と同時に両腕は真っ直ぐに伸びてキリトの首に巻き付いた。
その様子をログハウスの扉の隙間から縦に並んだ三つの顔のうち二つがあんぐりと口を開けて声もなく見つめている。とは言えキリトの背中越しなのでアスナの表情は伺えないがスプリガンの黒いコートのファー付き襟元に交差された華奢な手の持ち主は言わずもがなで、屈んでいるキリトの両手が当然のように彼女の脇下を支えており、多分だが角度的には互いの顔もかなり接近しているに違いない。
「……シノン、気が済んだ?」
自分の頭頂部にシノンの顎が触れているリズはうんざりした小声で尋ねた。
親友の寝顔は貴重だったが、キリトが起こしてしまえばああやって触れ合いタイムに突入するのは学校の昼休みと同じ見飽きた光景だ。ただ、さすがにあそこまでのスキンシップは校内で目撃した事がないので、ちょうどお腹の前あたりにあるシリカの顔は自分の両手でしっかり覆っている。
そのシリカが声をくぐもらせて「リズさーん」となにやらモゴってきた。
「あのぉ、全然見えないんですけど…キリトさんとアスナさん、なにしてるんですか?」
「いつも通りのイチャこらよ。目の毒だから見ないほうがいいわ」
ここがキリトとアスナにとって本当の意味でのホーム故の自然体なのか、アスナが寝起きのせいなのか、今までの経験から言うと「いつも以上」のスキンシップぶりだが「目の毒」なのは間違いないし三つも年下のシリカが見るにはまだ早いと姉御肌であるリズが下した判断だ。すると、リズの頭の上からボソリ、とシノンの声が落ちてきた。
「あれが、いつも通り、なわけ?」
「あのねぇ、言い出しっぺはシノンでしょーが」
シリカの両目を塞いだままリズの顔は笑いつつも眉毛だけが微妙に歪んでいる。すると今度はシノンまでもが眉根を寄せて唇をへの字に曲げた。
「だって私は学校も違うし、キリトとアスナが二人きりでいる場面なんてあまり見たことないんだもの」
「あの二人が二人きりでいる所なんて、端から見たって楽しくもなんともないわよ」
「…そうね。よくわかったわ……けど、アスナを起こすな、ってキリトからのメッセージは何だったのかしら」
「あー、それは確かに私も謎だった…」
上下位置で交わしている二人の会話はキリトの耳にしっかりと届いていて、振り返らずとも感じる視線に「はぁ」という溜め息が口から零れ、そのままの勢いでアスナの額に、こつり、と自分のそれをくっつける。
「やっぱり、予想通りだったな…」
「よ、そぉ?」
未だ眠気の取れきっていないアスナがオウム返しにキリトの言葉を口にするが、呂律の怪しささえ可愛らしく、ほんのちょっと開きっぱなしになっている唇の隙間に、つい悪戯したくなる気持ちを懸命に押し殺して、ぐりぐりっ、とおでこに刺激をあたえる。
途端に「うぅっ」と反応があって、ようやく完全に目が覚めたのかぱちぱちと瞬きを数回繰り返してから、むぅっ、と口をすぼめるアスナに、キリトは呆れた口調で「本当に無自覚なんだな」と頭痛を堪えるような顔つきになった。
至近距離で発せられた心当たりのない言葉にアスナが「どういう意味?」と尋ねると、額を離して自分達の状態を確認する。
「アスナってさ、寝起きに目の前の人間に抱きつく癖があるだろ」
「え?」
「ほら、今だって……」
そう告げられて、はたと気付いた現状に頬はじわじわと熱を持ち始めるが、そのまま羞恥で俯くかと思われた顔は気丈にもキリッ、と持ち上げられた。
「キ、キリトくんだって抱き寄せ癖があるじゃないっ」
「へ?」
「ログハウスでキリトくんが先に寝ちゃってる時、私が後からお布団に入るとすぐ抱き寄せてくるくせにっ」
「そっ…そんなの、寝てるんだから無意識なんだし、一緒の布団に入ってくるのなんてアスナしかいないんだから問題ないだろ」
「それなら私だって、寝起きなんてキリトくんにしか見せないもんっ」
当人達は至極真顔で言い合っているのだが、視界を塞がれていても二人の会話だけはしっかり聞き取ってしまったシリカが「あのぅ……」と言いづらそうに口を開く。
「これ、聞いてなくちゃダメですか?」
シリカが自分の頭の上にいるリズに問いかける。すると……
「ログハウスに入ったふりをして観察しよう、って提案したのはシノンなんだから、シノンが決めなさいよ」
リズもまた更に上にいるシノンに判断を仰いだ。
そこでシノンはデッキチェアにいる二人……と言うより屈んでいるキリトの背中を見て、その先にちらっ、と見えるアスナの手を見て、それから今のキリトとアスナの会話をもう一度思い返して、見失ったターゲットの逃げた方向を見定めるような鋭い目つきになる。
「あの二人、なんであの体勢で言い争ってるわけ?」
「わかってないわねシノン。あれはね、争ってるんじゃなくて、じゃれ合ってるのよ」
リズに言わせれば、抱き寄せ癖だろうが抱きつき癖だろうが大した違いは無い。どうせ対象者は特定の一名だけなんだし、強いて言うなら二人共互いに抱きしめ癖があるってだけの話だ。けれど当事者達だけが理解してないようで、未だにキリトはアスナの説得を頑張っている。
「いやいや、それは無理だろ。今だってオレが戻ってこなかったらリズ達に寝起きを見られてたぞ」
「えっ、リズ?……」
こてん、と頭を傾げた拍子にアスナの視界が開け、キリトの後ろでログハウスの扉の隙間から串団子よろしく縦列して挟まっている友達の顔を見つけて驚きの声が辺りに響き渡る。
「きゃぁっ、なっ、なんでそれを先に言ってくれないのよっ、キリトくんっ」
「……だからアスナがオレに抱きついてきたんだってば……」
しっかり腰をホールドしているくせに原因の全てをアスナのせいと言わんばかりのキリトの顔が、しがみついている腕をはずす事さえ頭から抜けて恥ずかしさで真っ赤に茹で上がり混乱の果てに泣き出しそうなアスナが腕の中にいる状況に満足げな微笑みを浮かべているだろうとリズは確信していた。
「寝起きのアスナが私達に抱きつくかもしれないのが嫌って言うより、自分に抱きついて欲しかっただけじゃないの」
あと少し二人のじゃれ合いが続くと予想したリズは「シノン、もういいでしょ?、これ以上は馬鹿馬鹿しくて付き合ってらんないわ」と家主の二人を残して、さっさとログハウスに引っ込んだのだった。
お読みいただき、有り難うございました。
「つい」抱きしめちゃったりするおバカップルな二人でした(笑)
「つい」年下二人の面倒をみちゃうリズとか
「つい」アスナを観察したくなっちゃうシリカとか
「つい」二人きりの様子に興味をもっちゃうシノンもあわせて
「だって、つい……」です。