ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》 作:ほしな まつり
【いつもの二人】シリーズです。
今回は和人視点で。
平日ならば通学や通勤目的の利用者がほとんどだろう都内の某ターミナル駅も週末となればその利用者の服装や目的、混雑時間も一変する。オレの場合は通学路線にもひっかかっていないし、休日にわざわざ出てくるような目的地も近くにない為《旧SAO》に囚われる前まではホームさえ降りたこともない駅だったが、あの世界から解放された後は既に数回訪れた事のある駅となっていた。
そして今日、この駅前で待ち合わせをしたアスナと合流すべくオレは少し急ぎ足で改札を抜け出る。
約束の時間にはまだ五分程あるが、逆を言えば余裕はほとんどない。この時間なら優等生のアスナは絶対先に待ち合わせ場所に着いているだろう。人通りの多い所だから「偶然見かけた女性」を目的としている男もいるわけで、そんな奴が彼女の姿をどんな目で見るか……想像するだけで口元が緩やかな山形になる。
かと言って人の少ない場所を待ち合わせにするとそれはそれで心配になるので、結局は人目が多い方が安全だという結論に落ち着いて、二人で出掛ける時の待ち合わせは意図して賑やかなスポットを選ぶようになった。
改札口から目的地まで、人の流れに乗って連絡通路を移動する。
半ば押し出されるようにして駅から屋外に出たオレはアスナを見つける前に予想もしていなかった人物に出くわし、思わず「うへっ?!」と声を漏らしてしまった。
それが聞こえるような距離ではなかったと思うが、相手もまたほぼ同時にオレを視認して思いっきりしかめっ面になる。
オレだって休日の浮かれ気分が色とりどりの熱気と化して充満しているこの場所で遭遇するなんて思ってなかったさ。
互いに「なぜこのピンポイントで……」と憤りを相手にぶつけたい衝動をどうにかやりすごし、さりとてここまでしっかり目が合っているのに気付かなかったふりをするのも気まずくて、よし、ここは大人の対応だと自分に言い聞かせたオレは先手必勝とばかりに「ようっ、偶然だな」と軽く手を上げて歩み寄った。
「休日にわざわざこんな所に出てくるなんて、意外と言うか……」
オレの挨拶とは言えない挨拶にエイジこと後沢鋭二は相変わらず「フン」と短く鼻を鳴らして終わらせる。
歳は三つか四つ上のはずだが頻繁に交流があるわけでもなく、過去のやり取りからどう頑張ってみても知り合い程度にしかならない相手だから言葉遣いを改めるつもりはない。向こうもオレと楽しい友好関係を築こうとは思っていないだろうし、反応が返ってきただけでも良しとしよう。
最後に会った時からそれ程時間が経っているわけではないが、それでも見た目の印象は少し落ち着いた感じがする。少なくとも週末にラフな格好で外出をする余裕があるのなら自暴自棄な生活を送っているわけでもなさそうだ。
エイジの方もオレの目的を推測しようとしたのか、ちらっ、とオレが向かおうとしていた先に待っている人物を発見して「ああ」と妙に納得の声を吐いた後、なぜか蔑むような視線を寄越してきた。
なんだよぅ、いかにもな場所でデートの待ち合わせをしたっていいだろ、と求められてもいない言葉を口にしそうになる。
「本当にあの人も角が取れたな」
エイジの知っている《旧SAO》でのアスナと比べているんだろう。
ゲーム世界に囚われていた二年間のうち、どのくらいの期間《血盟騎士団》に所属していたのかは知らないが、アスナが副団長としてノーチラスという団員の戦闘時における癖を心配していたのは相談を持ちかけられていたから知っている。責任感が強いから他の団員達にも気を配っていたと思うが、わざわざオレに話すほど気に掛けていた男性プレイヤーだったと思い出せばユナの事件関係者云々は別にしても少し面白くない。
そう言えばアスナも割とすぐにエイジの正体には気づいてたみたいだよなぁ。
確かにあの頃のアスナは《攻略の鬼》と呼ばれていた位だから今と雰囲気が違うのは当たり前だが、どんなアスナを思い出して言っているのか……同じギルドに所属していた繋がりみたいなものを見せつけられた気がして、つい顔を反らしてしまう。今日はやっとアスナと予定が合って一緒に出掛ける約束が出来た日なんだ、特に話す事もない相手にこれ以上時間を使う必要もないだろうと早々にこの場を去ろうとしたのにエイジは「おい」とオレを呼び、くいっ、と親指でアスナのいる場所を示した。
「あれ、いいのか?」
「あれ?」
慌てて視線を向けると二十代くらいのナヨッとした男性が彼女のすぐ目の前に立っている。
一瞬「ナンパか?」と駆け出しそうになったオレは、その男がアスナに名刺を差し出しているのを見て、ほっ、と緊張を解いた。
「ああ、大丈夫だ。まぁ見てろって」
若者が多く集まる駅の周辺に二人で出掛けた時、あの手の誘いをかけられた経験は何度かあるからオレは余裕の笑みでエイジと並び事の次第を見守ることにする。
男性は何かを必死に説明しているようだがアスナの方はハッキリとした笑顔で首を横に振っていた。それでも何とか頑張って話を続けようとしている男性の背後に複数の男達が寄っていき、中でも体格の良い中年男性がトントンと肩を叩いて振り向かせている。
「どこの人間だ?、出版社か?、芸能事務所か?」
近くで同じように待ち合わせをしていた人達はチラチラと気にしているし、通行人も足を止めている者が何人か出てアスナの周囲に人が集まり始めていた。オレはエイジを手招きして声が聞こえる場所まで移動する。
「このお嬢さんに声を掛けるんだから、見る目はあるよね」
「そうか?、昨日今日スカウトを始めた初心者だってこの子なら目に留まるだろ」
「違いない」
「それもそうですね」
「だからどこの所属かって聞いてるだろうがっ」
軽く怒鳴られて、アスナに名刺を見せていたナヨナヨ男性は「ひぃっ」と縮こまった。
「まあまあ、気持ちは分かりますけど……ほら、周りの皆さんも驚いてますから」
「だいたいここでスカウトすんなら先輩から引き継ぎとかされてないの?、君」
「俺はね、先輩のも一つ前の先輩の代からこの子を口説いてんの。ここにいるスカウトマンはみーんなそう。それで誰も首を縦に振ってもらってないわけ。だから勝手に声を掛けてもらっちゃ困るんだよね」
年齢も装いも雰囲気もバラバラだがここに集まった男達は過去に……いや現在も進行形でアスナをスカウトしたいと望んでいる人達で、この人達の目があるからこそ安心してアスナと待ち合わせが出来る部分もある。今回のように見知らぬ輩に話しかけられても、しつこいと彼らが止めに入ってくれるからだ。
アスナも全員顔見知りのスカウトマン達だからか、にこり、と微笑んで「こんにちは」と挨拶を交わしている。
「相変わらずスタイル抜群だな」
「ファッションセンスもいいし」
「声もいい」
「顔は……言うまでもないね」
ついさっきまで初心者と思しきスカウトマンに詰め寄っていたとは思えないくらい空気を軟化させ、へらっ、とした笑顔になった男達は次々にアスナに誘い文句を浴びせていった。
「とりあえず所属するだけでも……」
「一度でいいから撮影、来てみない?」
「なんなら顔出しNGでもいいし、本名はちゃんと伏せるよ」
先程の男性の比ではないくらい熱の籠もった言葉の数々だったが、それらもアスナは涼しい笑顔で「いつもごめんなさい」と一人一人丁寧に躱している。
「はぁ、まいったなぁ。いっつもこれだもんなぁ」
「諦めきれずにスカウトし続けてる僕達も大概ですけどね」
「とりあえず親御さんに話だけでもさせてもらえない?」
「すみません、でもうちの両親も承諾しないと思いますよ」
本人が躊躇していても逆に親が勧めるというパターンがあるんだろう……オレ的にはアスナの両親が「是非」と喜ぶ顔なんて想像も出来ないが、もしアスナが興味を持ったとしても未成年なんだから親の了承は必須だ。
《旧SAO》でもアイドル級の人気を誇っていた彼女だったが、それは単に年頃の女性プレイヤーが少なかったからではなく、《現実世界》に帰還してもこうして目の肥えたスカウトマン達をしっかりと魅了している。
そういえばアインクラッドでも攻略組プレイヤー人気投票の票稼ぎに写真集の話とか出てたよなぁ、と懐かしい記憶を掘り起こしていたオレは再び隣から聞こえたボソリとした呟きに敏感に反応した。
「あんな気軽に言葉を交わされるとは……」
確かにあの人気投票の時に「私は宣伝担当じゃないっ」と息巻いていた彼女を知っている身としてはスカウトマン達に笑顔で対応している姿を見ると、うんうん成長したよなぁ、と同調したくもなるが、それ以上に気になる点が一つ。
「アスナに関しては丁寧語なんだな」
「えぅっ」
エイジは言葉を詰まらせたままバツが悪そうにオレからもアスナからも視線を反らした。どうやら本人は意識していなかったらしいが血盟騎士団に所属していた時の名残なのかもしれない。そりゃあノーチラスが入団した時、アスナは既に副団長だったんだからわからなくもないが、それにしてもオレへの態度とは雲泥の差だ。
だからと言ってオレにも丁寧語を使えとか、アスナに対してもっとフランクでいいんじゃないのか?、と言うつもりはない。ただなんとなくエイジの中でアスナは今でもサブリーダーのイメージが抜けてないんだなと思っただけだ。
珍しく戸惑い続けているエイジを観察しているのも面白かったがそろそろあの場からアスナを救出しないとオレが怒られそうなので「じゃあ、またな」と言い残してその場を去る。
また会うとは限らないが、今日みたいに偶然会わないとも限らない。
それから遅まきながら彼がまだ東都工業大学に学籍がある可能性に思い至った。そうなると言葉遣い問題はオレの方だ。
今の所オレの進路の第一希望は「東都工業大学」になっている。
無事に入学できたとしたらどう考えてもエイジは先輩にあたるわけで……今から引き返して「ちなみに今って学生なのか?」と踏み込んだ質問が出来るわけもなく、オレは持ち前の臨機応変さを発揮し、それはそれとしてその時に考えればいいだろ、と気持ちを切り替え人混みを掻き分けながら目的地へと向かった。
「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ。彼女にも最初にちゃんと説明しましたけど、僕はこの先のヘアサロンのスタッフでっ」
完全に蚊帳の外にはじき出されていたナヨナヨ男がまるでえん罪を晴らすかのような必死の形相でアスナに見せていた名刺を両手で、べんっ、と突き出している。
「なーんだ、美容師さんだったの」
「なるほど、カットモデルのお願いでしたか」
「そんなら早く言えよ」
同業者ではないと判明して一気に興味を失ったらしい男達は次に申し合わせたかのようにアスナへと視線を集中させる。
「そんで、どーすんの?」
「まさか髪を切るのまで親の許可がいるわけじゃないだろう?」
きっちり白黒付けて早くヘアサロンの男を追い払いたいのか、スカウトマン達が返事を急かすとアスナもまたすぐさま頷いた。
「はい、初めからお断りしてるんです。やっぱり髪はちょっと……」
「え?、切りたくないの?、イメチェン、いいと思うけど」
それは確か彼女に撮影見学の誘いをかけていた男だった。
「気分、変わるよ。バッサリ切るのが嫌ならセミロングくらいでさ。ウェーブとかカラーは興味ない?」
もはやヘアサロンスタッフより熱心にアスナを口説き始めている。
そんな軽い言葉に流されるようなアスナではないとわかっているけど、それでもオレの足はスピードを上げた。
一緒にいる時、前を歩く彼女がオレの名を呼びながら振り返ると陽の光を浴びて煌めく色は初めて会った時から変わらないのに……オレにすっかり身を任せて無防備な彼女の髪を心ゆくまで楽しめるサラサラとした極上の感触はオレだけの特権なのに。
「そういうんじゃなくて……」と、なんとか諦めてもらう為の言葉を探している彼女の髪に「ここまで長いと手入れも大変でしょ」と伸びそうになった男の手を思いっきりはたき落としたオレはそのままアスナを抱き込んだ。
「オレが絶対許可しないっ」
お読みいただき、有り難うございました。
アスナの髪について強請はしないとしないと思います。
「アスナがどうしても、って言うんなら……」と情けない顔で
渋々彼女の意志を尊重するキリトでしょうが、彼が気に入っているのを
知っているのでアスナもずっとこのままだろうな。
(髪型のアレンジはOK)
ウラ話は15日にまとめます。