ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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《現実世界》で帰還者学校に通っている和人と明日奈、そして直葉を
交えての休日のお話です。


どっち?

直葉は玄関先で「うーん」と唸った。多分、だけれど今日の外出に普段履きのくたびれたスニーカーや学校用の革靴はやめておいた方がいい気がする。

そうなると時期的にもこもこのあったかブーツやサンダル系を除外して残るは二択だ。

年に数えるくらいしか履かないフラットパンプスか、一目惚れして買ったちょっと厚底のハイカットスニーカーか。

休日のお出かけ。目的地は都内の初めてのお店だからここは自分を後押ししてくれる意味でもやっぱりイチオシの厚底スニーカーにしよう、と足を滑らせて靴紐の仕上げをしていると、背後から「スグ…」ともっそりした兄の声がした。

振り返れば休日仕様と言うか、単純に一番上にあった服を着ました状態の上下共にほぼ黒な和人が立っている。

 

「なに?、お兄ちゃん」

「やっぱりオレも付いて行こうか?」

「いいって。今日はアスナさんと二人で買い物なのっ」

 

だいたいいつもなら「一緒に来てよ」って言っても「宿題がぁ」とか「ALOでユイと約束がぁ」ってごねるのに、明日奈さんがいると随分違うんだね、と伝わるようにジトッとした目で兄を見ると、その視線を躱すようにあらぬ方向を見ながら和人も幾分拗ねた声をだした。

 

「普段なら荷物持ちに来いって言うくせに」

「日用品の買い出しじゃなくて修学旅行の買い物なんだから重い物なんてないし」

「…何買いに行くんだ?」

「なんだっていいでしょっ」

 

頑として目的地や買う物を明かさない妹の態度にちょっと呆れた和人だったが意外に頑固な性分なのでこれ以上追求しても無駄だと引き下がり同行できない代わりに言葉で諭す。

 

「変なヤツに絡まれたりしないよう注意しろよ」

「わかってるよ」

「あとアスナは基本しっかりしてるけど興味を引く物があると周りが見えなくなる事があるから…」

「大丈夫。ALOで何度も一緒に買い物行ってるもん」

 

ポーションやアイテム購入の途中で「わぁっ、かわいいお店」と目新しいショップにふらふらぁ、って寄って行ってしまうのだってリーファとしてもちゃんと知っているからそんなに心配しなくていいのに、とそろそろ兄の存在がうざったくなってきた直葉は「とにかく行ってきますっ」と紐を結び終わるなり勢いよく玄関から飛び出した。

置き去りにされた形の和人だったが、それでも妹の背中に声を掛ける。

 

「どうせ帰りに夕飯の買い物してくるんだろ?、大変だったら連絡しろよ」

 

背中を見せたまま片手を振って了解の合図をする妹を見送りながら和人は「はぁっ」と苦笑とも溜め息ともとれる息を吐き出した。確かに自分の彼女と妹が二人で行動するのは珍しくも何ともないのだが、それはあくまでもアスナとリーファの時だ。その辺の道ばたや街角にポップするナンパなアバター達が相手ならあの二人の身に心配はないのだが《現実世界》となると話は違ってくる。いくら二人共運動神経が良いとは言え直葉も明日奈も大人の男と比べれば普通の十代の女の子でしかない。

和人だって腕っ節に自信があるわけではないが、年頃の女子二人だけよりは多少虫除け効果もあるだろう。そう思って随伴を申し出たわけだったが、その気遣いは直葉の頑なな拒絶にあい粉砕されてしまった。

今回の外出に限っては明日奈もまた申し訳なさそうな笑顔で「ごめんね、キリトくん。二人で行きたいの」とこちらもやんわりお断りをされてしまっていたのである。

修学旅行に必要でオレが一緒じゃ買えない物?……なんだ?……和人は首を捻りながら自室に戻り、手を付けていない宿題でもやるかな、と椅子に腰掛けたのだった。

 

 

 

 

 

一方、直葉は待ち合わせた明日奈に案内されてとあるショップの前に来ていた。

 

「うわぁ、外観からオシャレ」

「私が知ってるお店の中では一番品揃えも豊富だしお値段も幅が広いから、きっと直葉ちゃんの気に入るのがあると思うの」

 

確かに明日奈の言う通り、通りに面している大きめの窓枠の内側は両サイド可愛らしいレースのカーテンで統一されていて、それぞれの窓辺には小物類が品良く並んでおり一見敷居が高そうに見えるが、奥の店内には意外に自分達と同世代と思われる客の姿がチラチラと見える。メインの商品は外から軽く覗いたくらいではあまり目に入らない配置にしてあるのだろう。それでも真っ白な外壁にドアや窓枠も白、入り口に置いてある白い鉢植えの観葉植物なども手入れが行き届いていて思わず中の商品を見てみたくなる店構えになっている。

やっぱり明日奈さんに相談してよかった、と直葉はこっそり安堵の息を吐いた。

二人で出掛けるきっかけとなった経緯はこうだ。

数日前に二十二層のログハウスで何の話の流れだったか、リーファが自分は来月修学旅行なのだと口にした時、周囲の顔は一様に「いいなぁ」と羨ましげだった。それもそのはず、一緒にいたのがキリト、アスナ、リズ、シリカだったので……要はリーファ以外全員が帰還者学校の生徒だったから当然の反応だ。政府が用意した帰還者学校では《現実世界》での生活リズムを取り戻し、ついでに遅れに遅れている学力も取り戻さなければならないのがデスゲームから生還した十代の少年少女達の最重要課題なのだから当然修学旅行なんぞに割いている時間はない。更に言うなら学年があってないようなカリキュラムの為、修学旅行に行く生徒と行かない生徒の振り分けも全員が納得する方法などないだろう。

いくらVRやAR技術が発達したと言っても、やっぱり同年代の友人達と学校以外の場所に行き泊まりがけで色々な体験をするのは魅力的だし、行かれないとなると余計に渇望は高まるらしい。

直葉も普段から剣道の試合や合宿等で部の皆と宿泊施設を利用するのには慣れていたが、それとこれとはやっぱりウキウキ度が雲泥の差で来月を心待ちに準備を進めていたのだが、ここでクラスの女友達から聞き捨てならない話を耳にしたのである。

修学旅行のお楽しみのひとつと言えば夜のお喋りだ。

その場を盛り上げる為にも寝衣だって気合いが入る。

そこまでは直葉もうんうん、と頷いていたのだが更に彼女達は「下着だってうんっと可愛いのにしたよっ」と自信満々の笑顔で言い放ったのだ。

そこで直葉は固まった。

「お風呂の時、見せっこしようねーっ」ときゃぴきゃぴトークが止まらない中、直葉は完全に置いてきぼり状態だったのである。

 

「部の合宿や遠征で泊まりは慣れてるんですけど、入浴時間なんてあまり余裕はないからいつもパパッと着替えられるの重視で見た目とか考えてなくて……」

 

それでも普段の下着はそれなりに可愛いと思える物を何点が持っているのだが、寝衣の方はスウェットやらジャージやらTシャツで代用という、要するに「見て、見て」と言えるようなパジャマがないのだった。そこで母親に相談したところ「どうせなら下着も新しいのにしたら?」と支払いを引き受けてくれたのである。けれど金銭面の心配はなくなっても、どこに買いに行けば良いのかがわからない。今更クラスメイトに「どこで買ったの?」とは聞きづらいし、下着をオンラインショッピングで、というのも直接肌に触れる衣類だけにフィットしなかったらと思うと気が進まなかった直葉はこっそり明日奈に相談したのだ。

「お店を教えて貰えれば」と言っただけなのに明日奈はにこりと笑って「一緒に行く?」と心強い提案をしてくれて、買い物に行く話がまとまったのである。

 

「お兄ちゃんたら私が家を出る時、玄関まで来てついて行きたそうにしたんですよ」

「ふふっ、カップルで来店してる人達もいるけど、今日は直葉ちゃんと二人だけの方がゆっくり選べるものね」

「何買うんだ?、ってしつこくて」

「それじゃあ晩ご飯はひとりお留守番になっちゃったキリトくんの好物にしてあげないと」

 

兄の所行に呆れるかと思いきや、逆にいたわりを持つ明日奈の発言に「アスナさんはお兄ちゃんに甘いなぁ」と思いつつ、今日一日明日奈を独占できるお返しに「帰りにアスナさんと近所で夕飯の食材を買う時はお兄ちゃんを呼んであげよう」と妹なりの気遣いを誓った頃……「それじゃあ入ってみようか」と促され初めてのランジェリーショップに足を踏み入れた直葉は店内を見回して「ふわぁっ」と感嘆の息を吐いた。

扉を開けた時に鳴ったシャランッという細いパイプチャイムの音は流れているBGMと相まって存在感を耳障りに主張せず、その音に反応して「いらっしゃいませ」と声を出したのは一番近くにいたスタッフだけで、他のスタッフは軽い会釈のみ。

店内の外観と同様に白を基調とした空間は落ち着いた雰囲気と清潔感を漂わせていた。

入り口からすぐのスペースはパジャマがたくさん並んでいて一緒にオフタイム用や寝る時用のフットカバーにハンドカバー、アイマスク、ナイトキャップなどもあり、他にも快眠の為のグッズが置いてある。もう少し奥に行くとルームウェアやネグリジェのコーナーになっていた。ただネグリジェと言っても半袖や長袖、襟元だってフリルやレースが幾重にもなっているロング丈の商品はサマーワンピースでも通用しそうなデザインだ。色も白はもちろん全体的に淡い色の商品が多くパステルカラーなどはまさに避暑地のお嬢様気分を味わえそうである。

 

「なんか想像してたのと違うかも……」

「一階は気兼ねなく見て回れる商品ばかりだから」

 

ただデザインはシンプルでも高級シルクを使った商品もあるので一概に求めやすい金額の物ばかりでもない。でもこれだけ種類が豊富なら欲しいパジャマも見つかるだろう、と目を輝かせていた直葉は、明日奈の「一階は」の意味を求めて視線を巡らせた。

するとフロアの中心から少しズレたところに中二階へと続く階段がある。

 

「上がね、下着とかちょっと大人っぽいネグリジェやベビードールが置いてあるの」

 

なるほど、ランジェリーショップと言えば幾分目の遣り場に困るインナーウェアがたくさん置いてあるイメージだったが、そういった物は上の階にまとまっているようだ。パジャマだけなら男性と一緒でも下の階だけで済むし、よく見ればメンズ物もあって男女でお揃いや色違いで購入もできる。

「先に下着を選ぶ?」と聞かれた直葉はその言葉に従い明日奈に続いて階段をあがった。

中二階と言えどかなりの広さがあって、そこは一階と違い様々な色に溢れ煌びやかで悩殺的なデザインの商品が直葉達を出迎えてくれた。

足も止まり、顔も固まっている直葉に明日奈が軽く苦笑して「大丈夫よ」と落ち着いた声をかけてくれる。

 

「奥に行けば可愛らしいのもちゃんとあるし」

 

その言葉を信じて思いっきり原色で布面積の少ないすけすけ商品の脇を通り過ぎれば、今度はフリルやレース、リボン使いが目を引くデザインが多くなって直葉の表情も強張りが溶け、むしろキョロキョロと視線が安定しなくなってきた。ここまで来るとハッキリとした色使いの物でも「可愛い」と思えて、今持っている下着にはない感じでもちょっと冒険心がうずいてくる。

 

「こんなのもあるんだ。あっ、こっちのも素敵」

 

何点か実際に触れてみて肌触りを確かめると同時にプライスタグもチェックして殆どが想定内の金額だと安心していると背後から「気になる商品、ありますか?」と声を掛けられた。

たまにスタッフの接客教育が画一化されすぎてて大人の女性スタッフがお客の女子中高生にもの凄く丁重な言葉遣いをしてくる事がある。明日奈は社長令嬢という立場で生活してきたせいか、あまに気にならないようだが庶民の中の庶民と自負している直葉はそういう態度で接せられるといたたまれなくなるタイプだ。だから声のトーンや姿勢に馴れ馴れしさがないまま丁寧すぎない話し方に店員への緊張が和らぐ。

 

「はい、色々迷っちゃって」

「よろしければフィッティングルームをご利用ください。でも、その前に……」

 

何かを確認するかのようにスタッフが明日奈を伺うと、察した明日奈がニッコリと微笑んだ。

 

「直葉ちゃん、まずはきちんと採寸してもらったら?」

「採寸?」

 

直葉は首を傾げた。

今着用している下着だってきつくもなければ緩くもないから同じサイズを購入すればいいと思っていからだ。

 

「直葉ちゃん、まだ身長も伸びてるんでしょう?、バストはひとりで採寸するの難しいから専門のスタッフさんに手伝ってもらえるいい機会だと思うの」

「はい。サービスひとつですからご遠慮なく。商品のご購入には関係なく正しいサイズは知っておいた方がいいですよ」

 

採寸したんだから買わないと、とは思わなくていいらしい。

 

「なら、お願いしようかな」

「いちを今のサイズで気になってる商品も持って……えっと、何点まで持ち込んでいいんですか?」

 

後半は店員に向けられた明日奈の問いかけにすぐさま「三点まで大丈夫です」と答えが返って来た。それを聞いてちょっと悩んだ末に直葉が選んだ二点の商品は店員が「お預かりしますね」と持ちフィッティングルームへと案内する。

 

「もしサイズが合わなくても店員さんが取り替えてくれるから直葉ちゃんは安心してフィッティングルームにいてね」

「ええ、デザインによっても着用感が違うんです。サイズ違いはすぐに用意できますからルーム内にあるベルを鳴らして下さい」

 

いちいち声を出して呼んだり、何度も服を着たり脱いだりをしなくていいシステムだとわかって、直葉は感心したように小さな声で「へぇ」と漏らしてから「わかりました」と頷いた。けれど採寸をしたり試着をしたりと結構時間がかかってしまいそうな感じで、ここまで面倒を見てくれた明日奈を気にすれば絶対的な安心感を与えてくれる笑顔がそこにある。

 

「私も自分のをゆっくり選んでるから」

「何かありましたら他のスタッフにお声かけください」

「ありがとう」

 

店員も明日奈の方が場慣れしていると見抜いているようで、口調も直葉に対するのとは違って年齢に関係なく完全に店員とお客様になってるのだが、それがまた明日奈にとっては当たり前なのが直葉の目にはとても格好良く見える。

そして店員に促されてフィッティングルームへ向かう直葉を見送った明日奈は伝えた通り自分の下着を選ぶためにフロアを見渡したのだった。

 

 

 

 

 

その頃、和人は家の自室でPC画面から顔を上げ椅子の背に身体を預けて目一杯伸びをした。

自分の妹が自分の恋人と外出を楽しんでいるのに、自分だけが部屋で学校の課題に取り組むというのはいかんせん集中力が持続しないらしく、さっきから時間ばかり気になっている。

もうこれ以上は無理だ、今夜、アスナに手伝ってもらおう、と勝手に決めてさっき確認したばかりの時間表示にまた目がいくが、数字は期待したほど変化してなかった。

どこまで買い物に行くのか教えてもらえなかったけれど明日奈の案内らしいのでまず間違いなく都内だろうと予想してから携帯端末で位置情報を知りたい誘惑をぐっ、と堪える。今回ばかりは事前に明日奈から「私の携帯の位置情報もチェックしちゃ駄目」と申し渡されている。加えて「もしキリトくんがこっそり見たら……ユイちゃん教えてね」と娘まで巻き込んで和人の行動を制限しているのだ。

ユイに嘘をつかない、は二人で決めた絶対だし、どう誤魔化そうとユイ相手に完璧に痕跡を消すのは無理なのも重々承知しているから和人はうずうずしながらも必死に我慢しているのだ。

あそこまで隠されるとものすごく気になる……けれどここで買い物先を探った事がバレたら恋人と娘と妹から白い目で見られるのは確実で、しばらくヘソを曲げられたり、更にそれがクライン達に知れ渡ったら……と想像してうっかり携帯に伸びてしまいそうな手をバッ、と引き戻した。

それなら、と頭の中で推理してみる。

修学旅行の買い物だろ?……と思考してみるが和人本人はSAOに囚われていたので中学の修学旅行には参加しておらず、帰還者学校でもカリキュラムに入っていないから唯一と言える修学旅行は小学校の時の一回きりだ。もはや遠い過去の出来事になりつつあって、行き先くらいは覚えているが何を持って行ったか、何が必要だったか等はさっぱり思い出せない。それに直葉は年頃の女子高生だ、男の自分では考えも及ばない必需品の可能性に思い至り、うーん、と腕組みをして頭を悩ませる。

他の身近な女子と言えば当然明日奈だが、残念ながら旅行と呼べるものはほとんどしたことがなく、良くて二十二層の森の家や桐ヶ谷家でのお泊まり程度で、そもそも《仮想世界》では世に言う「お泊まりセット」も必要ないからあまり参考にはならないだろう。

そう、あの世界の虜囚だった頃、初めてセルムブルグのアスナの部屋に招かれ《ラグー・ラビット》を料理して貰った時、アスナは調理の手順を「簡略化されすぎててつまらない」とぼやいた事があった。あの時は深く同意出来なかったが、今なら手間を掛ける楽しさみたいなものがわかる気がする。

森の家の寝室でアスナの肌に触れたいと思ってもそこは彼女だけが操作できる《下着全解除》ボタンを押してもらわなくてはならないが《現実世界》は違うからだ。あのログハウスで初めての夜、淡く頬を染めながらも「男の子が……脱がせたり、するものなの?」とアスナに聞かれて大いに狼狽えたキリトだったが「ごめん、冗談」と弄ばれた記憶が深く残ってるせいか、《現実世界》では「恥ずかしいから自分で……」と言う彼女をいつもあの手この手で抑え込み自分だけの特権を行使するのである。白磁のような透明感のある素肌がほんのりと色づいていて、和人の手が明日奈の下着を少しずつ剥いでいくにつれ羞恥で全身が火照り、その熱で彼女の香りがより一層匂い立つ様は容赦なく理性を揺さぶってくるのだが、これは残念ながら《仮想世界》では味わえない刺激だ。

その明日奈が桐ヶ谷家に泊まりに来る時の荷物と言えばシンプルなネグリジェと使い慣れたバスアメニティーくらいで、今回の買い物がパジャマや歯ブラシの類いなら普通に教えてくれそうなものだから違うんだろうな……と思いながら和人はまた時計に目をやったのだった。

 

 

 

 

 

直葉が採寸と試着をしている間、明日奈もまた自分の下着を選んでいた。サイズはつい先日測ったばかりだから迷いはない……けれど、すぐ近くで同じように下着を見ている女性二人組の声がつい耳に入ってきてしまい居心地が悪い。

 

「はい、はい、ブラのサイズが変わったと?」

「そーなんだよね。なんか今の、キツいかなって」

「彼氏くんと順調みたいだもんねぇ。そりゃあ胸も大きくなるわな」

「おかげさまでっ、て…ほらっ、笑ってないでちゃんと選んでよっ」

 

えっと……私の場合は……ほら、成長期だし、うん……確かにサイズが合わなくなって買い換えたけど……キ、キリトくんが原因ってわけじゃ……と何やら自分に言い訳をし続けている。

 

「だけど揉むと大きくなるってホントだったんだ。今度彼氏くん紹介してよ」

「ちょっ、何聞くつもりよっ」

 

もっ……心の中で絶句した。

ぽッ、と頬が熱を持つと同時に《現実世界》でふいにネグリジェの襟元から侵入してくる和人の手がそのまま胸の頂まで辿り着く悪戯な感触や、首筋を辿る唇がいつの間にか肩紐を咥えて肩を滑らせ内側の柔らかい所にきつく吸い付かれる痛みなどを思い出してしまいやけに心臓がドキドキする。

《仮想世界》だと痛みは感じないし鬱血痕が付くこともないせいか《現実世界》で二人きりの濃厚な時間になるとより和人に翻弄されている気がして明日奈は何とも言えない小さな息を吐いた。何よりランジェリーを付けたまま色々されるのはかなり恥ずかしい。

やっぱりあれがいけなかったのよね、と旧SAO時代にログハウスを購入した日の夜、自分の緊張と気恥ずかしさを誤魔化すために言った冗談を思い出し、しかもそれを意外にもしっかり和人は覚えていて「アスナのお願いだからな」と言われて「ちがうのっ」と訂正を試みているが今のところそれらの小さな抵抗も塞がれたり絡め取られたりと全て無駄に終わっている。

だから、と言うわけでもないが明日奈は両手に持った下着を交互に見て眉根を寄せた。

片手にはアイボリーホワイトに鮮やかな赤いリボンをあしらった華やかな下着が、もう片方の手には透け感のあるディープグレーに精緻な黒の刺繍が施されているシックな下着がある。今までの自分なら断然アイボリーを選ぶが、黒がキリトの色と思えばその色を身につけてみたいとも思う。

すると明日奈の迷いをうつしたようにさっきの二人組の一人が「どっちがいいかな?」と同伴者に聞く声がした。

 

「私が選んでいいの?」

「自分じゃ決められないんだもん」

「あー…どっちかなぁ……そうだっ、彼氏くんに聞けば?」

「それは恥ずかしいでしょっ」

「全部説明しなくてもいいと思うけど」

 

なるほど、と思ったのは明日奈も一緒で、悩んでいた彼女がフロアの隅に行くのを確認してから、違う方向に移動してこっそりと携帯端末を取り出す。待っていたかのようにすぐ和人が応答してくれたので明日奈は何も聞かずに答えて欲しい、と前置きをしてから問いかけた。

 

「私に似合う色って何色だと思う?」

「うーん……やっぱり白じゃないか?、真っ白とか、純白とか…」

 

和人としては清廉潔白な内面的イメージや自分の黒と対になる色として答えたのだが、明日奈の方はぶつぶつと「真っ白のは持ってるのよね」と、どうやら今の返答に満足していない様子だ。

 

「じゃあアイボリーに赤の差し色か濃いグレーだったら?」

 

今度はいきなり具体的である。

今さっき聞こえた「既に持っている」というヒントから何の色なのかを考えて、考えて、更に明日奈や直葉の女子二人が男の自分に言いたがらない買い物というヒントも加えて考えて……ひとつの結論に思い至った。ならば答えは決まっている、と和人は真剣な声で明日奈に告げた。

 

「えっと……脱がせやすい方で」




お読みいただき、有り難うございました。
多分、すぐに小さく「ばかっ」と明日奈に言われて一方的に
通話は切られると思います(苦笑)
さらに晩ご飯の和人の好物は一品減るでしょうね。
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