ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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キリトとアスナがアンダーワールドからリアルワールドへ生還した後の
お話です。


守護者の願い

一般的に見てどう控えめに言っても「快適な居住空間」とは呼べない五反田のアパートの一室で比嘉は座椅子の上にあぐらをかいたまま「えっ!?」と短い音を発した状態で固まっていた。その、ちょっと間の抜けた光景が見えているのか、モニターの両端にあるスピーカーから自分の今の発言を薄い苦笑いで包んだ後悔の声が響く。

 

「いまさら、王妃に……アスナに、会いたい、なんて……」

 

すまない、比嘉さん。困らせたな……とすぐに自嘲めいた声はたった今吐き出したばかりの切望を紙くずのような軽さに変えて無価値のレッテルを貼ろうとしていた。それに慌てた比嘉はぶんっぶんっと大きく首を横に振り「そうじゃないッス」と握りしめた拳に震える程力を込めモニターのカメラ部分に顔を突き出して「僕が驚いたのはっ」と高ぶった気持ちのまま叫ぶように声を出した後、ふぅっ、と一息ついて肩の力を抜き、何か信じられない事項に出くわしたように首が垂れる。

予想していなかった反応に面食らったのかスピーカーから困惑を示す沈黙が続くと、比嘉は無意識にぽそり、と「驚いたのは……」と同じ言葉を繰り返した。

 

「半月ほど前に…彼女から…頼まれたからッス……」

 

向こう側からの困惑という名の沈黙は続く。

 

「……もし、自分に…アスナさんに会いたいと、誰かが僕に頼んできたら……」

 

そこで沈黙は困惑から緊張に変わった。

 

「会いますから、教えて下さいね、って……」

 

今度はスピーカー越しの声が言葉を詰まらせる番だった。

その間に、その時の状況を比嘉は思い浮かべる。あれは六本木支部にキリトとアスナの二人が神代博士を訪ねて来た時だった。軽く挨拶を交わした比嘉はそのまま三人から離れて仕事を続けていたのだが、しばらくして手元に影が差したので顔を上げると、アスナだけがニコリと微笑んで隣に立っていたのである。視線をその背後に伸ばせば神代博士とキリトは何やら熱心に話をしていて、どうしたんすか?、と見上げた比嘉にアスナは笑顔のままちょっと屈んで声を落とし先の言葉を伝えてきたのだ。

当然、その時は意味がわからなかった。

単純に考えて比嘉とアスナの繋がりを知る者はほとんどいない。

そして比嘉とアスナの繋がりを知っている者なら比嘉を通すより神代博士を通す方が自然だとわかっているからだ。

再三の招来にも応じなかった神代凛子が《オーシャン・タートル》までやって来たのはアスナが懇請したからである。そして二つの世界が同時にたくさんの生死を賭けた大混乱の最中、ダイブ中のアスナがログアウトを拒みアンダーワールドに残る決意を伝えた相手もまた神代凛子だった。

だから比嘉は単純にもし凛子さんが不在の時、六本木支部に誰かが訪ねてきた時ッスかね?、くらいにしか受け止めていなかったし、そもそもここにそんな人間は来ないだろう、と軽く考え「わかったッス」と気楽に答えたのだ。

けれど、今、ここに、アスナとの相見を比嘉に願う者が存在する……その事実に比嘉は戦慄した。

だってあの時の彼女はいつものように綺麗な笑顔で何でも無いちょっと思いついただけみたいな明るい声で比嘉に言葉を託してきたからだ。

一体いつから、どうやって、どこまで知っているのか……なぜ比嘉自身に何も聞いてこないのか、それとも額面通りの意味でしかなかったのか、だったら自分に託されたあの言葉も単なるその場の思いつきなのか?……可能性が広すぎてこちらから探りを入れる事さえも躊躇われるほど一介の高校生とは思えない聡明さを持っている相手だからここはもう素直になろう、と心を決める。

別の言い方をすれば、なるようになれ、だ。

比嘉の決心が固まった頃合いを見計らったようにスピーカーからも落ちついた、けれど今まで耳にした中で一番人間らしい感情のこもった声がポツリと落ちてくる。

 

「相変わらずだな」

 

 

 

 

 

 

それからすぐにアスナの端末に連絡をした比嘉は十日ほど経った後、彼女をラース六本木支部に迎えていた。

アスナの都合もあったし、何より凛子博士や殉職報道が流れたメガネの上司の不在時を狙わないといけないから当初は一瞬、自分のアパートに、とも考えたが、あそこにあの冗談みたいな美少女女子高生がやってくる?、を想像してありとあらゆる面から自発的にNGにした。それに彼女からも場所は出来れば六本木支部でと希望があった為、多少彼を待たせてしまった感はあるが……ともかく彼女、結城明日奈はシステムルーム内に自分と比嘉しかいないのを確認した後、己の立ち位置にちょっと戸惑ったのか尋ねるように隣の比嘉を見ている。

 

「えっと……椅子、どうぞッス」

 

華奢な指でさらり、と滑り落ちてくる髪を耳にかけながら「ありがとうございます」と微笑みつつ腰を下ろす仕草には余裕と気品が備わっている。記憶は残っていないはずなのに、彼が「王妃」と呼ぶのが何の違和感もない事に比嘉は一瞬背筋に震えが這い上がった。

一方、アスナの方は待ち人を探すように周囲をキョロキョロと眺めてから再度比嘉を仰ぎ見る。

その視線を受けて降参を示す息を吐き出すとメガネのブリッジを押し上げてから「アスナさん」と覚悟の声を押し出した。

 

「どこまで……知ってるんです?」

「どこまで、とは?」

 

あえてぼやかした問いかけにアスナは間を置かずに問い返す。そこで比嘉は今日の目的に内容を絞った。

 

「今日、アスナさんに会いたいと言ってきた人物については……誰なのか、わかってるんスか?」

 

そう、今日、この六本木支部で会うのが誰なのか、比嘉は一切知らせていなかった。にも関わらず彼女は相見の場にここを希望し、相手については言及しないまま疑問や不安を抱く様子もなくやって来たのである。

核心を突く質問にアスナはちょっとだけ「んー」と迷うような素振りを見せた後、それを打ち消すべく挑むような笑みを向けてきた。

 

「多分、ですけど。場所をこの六本木支部に、とお願いした時、比嘉さんの反応で確信しました」

 

「あと、相手の事をなにも話してくれない事も」と付け足されて、最後のひと押しは僕ッスか!?、と驚きで動けずにいると、上部に設置してあるスピーカーから「くっくっ」と低い笑い声が漏れ出てくる。

 

「完敗だな、比嘉さん」

「僕の話が終わるまで待ってる約束ッスよ」

 

明日奈の澄んだ瞳がぴんっ、と糸で引っぱられたみたいに真っ直ぐスピーカーへ向けられた。

この場で絶対に聞こえるはずのない声だが、同時に決して明日奈が聞き間違えるはずのない声だ。

そしてしばみ色の瞳には驚きも怖れもない……あるのはどこか安心したような慈愛のこもったあたたかさだけで、けれど表情全体はどこか苦しげだった。

 

「……やっぱり…キリトくん」

「ああ……来てくれて、有り難う……アスナ」

 

間違いなく見つめ合っている二人に自分の存在がお邪魔虫だとはわかっているが比嘉は「どうして」と問わずにはいられない。

アンダーワールドから帰還したばかりのキリトのフラクトライトを菊岡の目を盗んでコピーした時、アスナもまたベッドの上で半ば朦朧とした状態だったはずだ。あの時の比嘉の行動に気付く余裕などなかったのは間違いない。

その疑問に答えるべく明日奈は一旦視線を比嘉に向けた。

 

「アリスに送られてきたメールを見せてもらった時、なんか引っかかったんです」

「メール?」

「ええ。アンダーワールドへの座標が記されていたんですが、キリトくん……えっと、こっちのリアルワールドにいる彼は差出人を団長…茅場晶彦だろうと思っているみたいですけど、団長らしくない、というのが私の印象でした。旧SAOでは同じギルドでしたから、私の知ってる団長だったらあんな書き方はしないだろう、と」

 

その後で「でも団長がゲームマスターの茅場晶彦だったとは思いもしませんでしたけど」と微妙な笑顔で付け足した後、表情を戻して「それに」と話を続ける。

 

「もし団長だったらアリスに送るのもちょっと違う気がして……だったらセントラル・カセドラルをよく知っていてアリスとも関わりがある人って言ったら……」

 

そこでアスナはスピーカーに微笑んだ。

 

「もう、キリトくんしかいないでしょう?」

「それだけで彼のフラクトライトがコピーされたと推測したんスか?」

「あとは、まあ、消去法で……もし二人共コピーされてたら、やっぱりあのメールにはならないだろうし、何よりキリトくんや私ではなくアリスに送った理由は通常のネット回線を使うと発信源を探られるのがわかっていたからだと思ったんです」

「それは…誰に?」

「うちの子に」

 

その言い回しに比嘉は洋上のラースで初めて結城明日奈と相対した場面を思い出す。

 

『うちには、防壁破りが得意な子がいるものですから』

 

今までいくら会わせて欲しいとキリトやアスナに頼んでも、まるで年頃の娘を持つ親のように胡散臭い目で比嘉を見ながら「絶対にダメ」と言い続けられている二人の愛娘の存在に思い至って、そうか、と納得する。その子もまたアリスとは違うアプローチでこちらが予測できないレベルまで成長を遂げているAIだ、メールの逆探索などお茶の子さいさいでこなしてしまうのだろう。

アリスは核となるフラクトライトが納められたキューブこそ現実世界にあるとは言え、その存在は電子の海にたやすく溶け込む。例えば限りの無い大海のただ中にいて、目の前に漂ってきた手紙がどこから流れてきたのかを何のヒントもなく探り出すのは不可能に近い、という状況だろうか。逆にそこまでしなくては二人にとって「娘」とはばからないかのAIには痕跡を辿られるという事だ。

そこまでユイを理解している人物、そしてユイにとってもコピーが存在する事実を容易に受け止められない人物と言えば考えられるのはキリトかアスナしかいない。

 

「ユイちゃんの事を気にしてくれたんでしょう?、ありがとう、キリトくん」

「ユイには……たくさん心配をかけただろうし……」

 

父と認識しているキリトに続き母であるアスナまでアンダーワールドにダイブしたまま戻ってこないと知った時のユイの心には相当な負荷がかかったはずで、無事に生還したとは言え今度はキリトのフラクトライトのコピーが……ではさすがのユイもどうなるかわからないし、ユイが気付けば和人にも知られる事になる。

 

「場所をこの六本木支部にしてもらったのは、ここだと簡単にはユイちゃんも入って来られないから」

 

この密会を出来れば知られたくないアスナとしては万が一ユイが自分を探したとしても何度か訪れているここなら不自然には思われないし、侵入できない事も承知済みだ。

それでもアスナほどではないのかもしれないが、決してキリトだって勘が鈍いわけではない。五反田のアパートで初めて星王キリトそのままの魂がすぐに自分をコピーだと認知したのに本人がその可能性に至らないのはなぜなのか?……その疑問が顔に出ていたのかアスナが再び幼子をあやすような柔らかな声で比嘉を諭した。

 

「キリトくんが気付かないのは……記憶を、デリートしたからです」

 

今やアンダーワールドの守護者となった星王キリトとリアルワールドの桐ヶ谷和人、二人の決定的な違いはかの世界で過ごした二百年間の記憶の有無だ。

 

「キリトくんはこの六本木支部でテストダイバーをしていた期間も含めて、実際にフラクトライトをコピーする場面を見たことがありませんよね?」

「そりゃあそうッス。そんな極秘事項、教える必要性はないッスから」

 

そこで比嘉ははたと気付く。

初めてアパートで会話をした星王キリトは最初から全く混乱も動揺もせずに自らをコピーだと言い当てた。これまでのフラクトライト・コピーはまずは自分が複製品であるとは考えない。それを知らされた後、認識に耐えきれず崩壊するのだ。

そんな光景を嫌というほど見てきた比嘉でさえ、散々自分に言い聞かせてSTLに入ってもコピーはコピーだと受け入れられないというのに、星王キリトはなんの葛藤も見せずに自身の存在を正しく理解していた。

比嘉は初めて遭遇した崩壊しないフラクトライト・コピーに圧倒され、それが二百年という魂の寿命さえも越えた存在のなせる技なのだという興奮からすっかり失念していたが、そもそも魂のコピーという知識はどこから得ていたのか……。

 

「アスナさん、ッスね……彼に話したのは」

「多分、そうだと思います」

「多分?」

「二つの世界の人達が入り乱れた大戦の後、キリトくんと一緒にアンダーワールドに残って互いに離れていた間の事を話しました。その時は《オーシャン・タートル》で聞いたあの箱庭と呼ぶべき世界の初まりを簡単に説明しただけだったんです」

「ラースのスタッフが精神原型を育成したのが最初っていう……でもそれだけじゃ」

「ええ、だから改めて話したんでしょう。アンダーワールドで二百年近くを過ごした頃、もしかしたら本当に自分達は現実世界に戻れるかもしれないと思い始めた頃に……」

 

比嘉とアスナの会話を黙って聞いていた星王の記憶を持ったままのキリトが静かに「ああ、そうだ」と推測を肯定した。

リアルワールドに戻れば自分達は再び十代の高校生という身になる。そこにアンダーワールドで過ごした二百年分の、しかもこの世界の頂点というべき星を統べる地位に就いていた記憶は障害となる方が大きいだろう、というのが星王と星王妃の一致した見解だった。

だからアリスの妹であるセルカのディープ・フリーズを伝えたらすぐさま記憶のデリートを申し出ると決めていたのだが、そこでアスナはかつて一度だけ見た比嘉のフラクトライトがコピーされる様を改めてキリトに打ち明けたのである。

現実世界では既にSTLに横たわっているはずの自分達の魂をコピーするのは簡単で、そのオペレーションをこなせる人物は自分達のコピーを欲する可能性が非常に高いという事を。

 

「そうか……こっちにいるキリトくんはアスナさんから聞いたはずの話を思い出せない。フラクトライトのコピーがどれほど簡単に出来てしまうのかも知らない」

「はい、だから思い至らないのも当然なんです」

 

今の桐ヶ谷和人では自分の魂の複製という可能性に辿り着ける経験や知識が足りていないのだ。

アリスに届いたメッセージの文面と実際にコピーの過程を知っているアスナだけが正解に至った理由がそれである。そもそも最初から星王キリトがオリジナルの桐ヶ谷和人にコンタクトを取って正体を明かしていれば、こんなややこしい話にはならなかったのだろうが……。

 

「オレもこれ以上は干渉しない……あとはオリジナルのオレ…《彼》が気付くかどうかだな」

 

どうやら自ら打ち明ける気はなさそうだ。

少し突き放したような言い方にアスナはくすくす、と口元を手で覆った。

 

「その言い方。気付くと思ってないでしょ」

「……道は教えた。だけど今は発信者の特定どころじゃないだろう?」

 

今現在アスナはもちろんキリトも、そして仲間達も一緒にユイですら原因が分からないALOでの異常事態に対応しつつ、それと呼応したように現実世界でも様々な出来事が勃発していて確かにメールの件は有耶無耶になっている。加えてキリトとアスナ、そしてアリスはアンダーワールドでも懐かしい人達との再会や新たな出会いを重ねていた。

だいたい和人が発信者を茅場晶彦だと推定している時点でそれ以上追求する気はないのだろう。そういった状況を把握しているらしい発言から星王キリトがリアルワールドのアスナ達を気に掛けているのはわかったが、同時に傍観者に徹するような言い方にはせつなさを覚えた。

そんなやり取りを眺めているだけの比嘉は疎外感からか知らず苦々しい笑顔になっていて、気付いたアスナは申し訳なさそうな会釈をしてからスピーカーへと少し硬い声を発する。

 

「だったら、会えるのは今回だけだね」

「ああ、元からオレもそのつもりだ…………アスナ…今は、リアルワールドで大事にしてもらってるか?」

 

誰から、と告げなくとも分かってくれると当たり前に思っている言い方。魂の複製でしかない自分には出来ない、それが出来る距離にいる《彼》に羨ましさと嫉妬と悔しさを内包した声に少しばかり彼女の眉が不愉快そうに動く。

 

「それを確認したかったの?」

「オレが……してやれなかったから。王妃は、アスナはいつだってオレを一番に考えてくれていたのに……オレは…」

「そんなことないよ」

 

この否定の言葉は星王キリトには届かないだろう、と比嘉は直感した。

そして自分が二人のうちキリトのフラクトライトしかコピー出来なかった事、そして二人の記憶をデリートした事を悔やむ。しかし星王キリトの気持ちを遮ったアスナの声は静かに染みいるようにもう一度「キミの事ならなんだって知ってるんだから」と断言した。

 

「キリトくんはいつだって一生懸命アンダーワールドの為に頑張ってたもの」

「そうだよ。だから……」

「そのアンダーワールドには私も含まれてたの…私はずっと、二百年間あの世界ごとキリトくんに大事にしてもらってた。記憶がなくてもわかるよ。私がキリトくんを一番にするのはね、キリトくんにとってあの世界は特別だったから」

 

ふいにアスナはここではない世界を懐かしむように目を閉じる。キリトとともに駆け抜けたであろう長い時間を、いくつもの場所を巡りながら自分にとっても単に馴染み深いだけの仮想世界ではないと思い返してから慈愛に満ちたはしばみ色がゆっくりと現れた。

 

「キリトくんが一番にアンダーワールドを思うなら、キリトくんを一番に考えてあげる人が必要でしょ?」

 

世界を守るための王を支える者の言葉が星王キリトへと届く。

そんな風に想われていたのか、と我慢出来ずに小さく小さく愛しい人の名を紡ぐがそれはスピーカーを震動するまでに至らなかった。

そしてアスナは星王キリトとのやり取りからひとつの考えを実行すべく「だから」と比嘉に振り向く。

 

「私もコピーしてください、比嘉さん」

 

比嘉と同時に、呼吸をしていないはずの星王キリトでさえ息を止めた。

 

「なにを言ってるんスか、アスナさんっ」

「もともとそのつもりでこの場所をお願いしたんですけど」

 

どこまでも自分の予想を超えてくる彼女に比嘉は本気で戦慄し、両手を大きく広げる。

 

「アスナさんは実際に見てるッスよねっ。コピーという認識を受け入れられずに崩壊していく様子をっ」

 

取り乱し無様にわめいて最後には吐く声すら言葉でなくなり消滅する惨めな結末を。コピーとは言えアスナのそんな姿を比嘉は絶対に見たくないし、ここにいるキリトにも見せるわけにはいかない。

まさかそんな提案をしてくるとは思ってなかったッス、と何とか説得を試みようと頭をフル回転させるが、アスナの方は既に意志を固めているようで場にそぐわない柔らかな声が「大丈夫ですよ」と一瞬にして空気を和らげた。

 

「だってここにいるキリトくんは崩壊してないですよね?…それに私は彼と一緒にいると決めてるので」

 

何でもない事のように、ほわん、と笑う彼女に重々しい声が待ったをかける。

 

「…駄目だ、アスナ。きみまで…そんな……」

「どうして?」

「だって、ここはまっ暗で何もない」

「そんな場所にキリトくんを一人にはしておけないよ」

「っ…もう、そっちには戻れないし、いつまでこのままか……」

「そうだね、でもキリトくんこそ忘れちゃったの?。私はキミと一緒ならたとえ千年だって長いとは思わないって言ったこと」

 

次第に星王キリトの声が何かを堪えるような途切れをみせ始める。

 

「…ユイや…リズと…だって……触れ合え…なく……なっ……」

「ふふっ、キリトくんの寝癖を直してあげられなくなるのはちょっと寂しいけど、その代わりずっと一緒にいてね」

「アスナ……」

 

それが答えだったのだろう。アスナは自信に満ちた笑顔で比嘉に大きく頷いた。

桐ヶ谷和人の了承も得ず魂を複製しそれを隠していた比嘉はアスナに糾弾され事を公にされても文句は言えない。上にバレれば良くて降格、ヘタをすれば人権問題で表向きは辞職、だが知りすぎている自分はそのまま監禁処分でもおかしくないと覚悟している。それでも自分の抑えきれない衝動が生み出してしまった彼については十分責任を感じているのだ。

だから彼が望むのであれば叶えてあげたい、というのが本心だった。

 

「本当に…いいんスね」

「ええ」

 

もうその覚悟を止める者はいない。

比嘉もまた決意の顔になっていつも自分が腰掛けている椅子に座ると目の前のコンソールを操作し始める。

 

「《オーシャン・タートル》からキリトくんとアスナさんを運び込んでずっとモニタリングしてたッスからね」

 

要するにそれほど時間はかからないという事だ。

アスナはスピーカーに「キリトくん」と呼びかけた。

 

「迎えに来てね。待ってるから」

「ああっ」

 

それだけ言うとスピーカーの向こうの気配が完全に消える。もしも姿があったとしたらこちらの世界に来たばかりのアスナをいち早く見つけ出すために真っ黒なコートの裾をはためかせて全速で走り出したキリトの後ろ姿が見えたただろう。

微笑むアスナの耳に比嘉からの「ロード完了」の後、ほどなくしてさっきまでキリトの声が聞こえていたスピーカーから入れ替わるようにしてよく知った声が響いてきた。

 

『……うーん、ホントにまっ暗なのね』

「アスナさん……」

『比嘉さん?…よね』

「大丈夫ッスか?」

『えっと、とりあえずどこも痛い所とかはないけど……って言うか身体を認識できないし』

 

ここからが勝負だ、と比嘉は唾を飲み込む。

自分のコピーは一分と持たなかった。他者の場合でも平均して三分、五分を超えたコピーは星王キリトしかいない。

今の彼女は星王妃アスナのコピーではなく、二百年分の記憶を消去された、言わば普通の女子高校生の魂の複製体でしかないのだ。

 

「アスナさん、落ち着いて聞いて欲しいッス……」

 

果たして結城明日奈のコピーは受け入れてくれるのか……星王キリトのためにも祈るような気持ちで彼女が複製体であると告げようとした時、それよりも早くスピーカーから安堵の息が漏れ聞こえた。

 

『比嘉さん。コピーは成功したみたい』

「え!?…それじゃあ」

『私はコピーでしょ?。うん、なんだか変な感じだけど、すぐに慣れると思うわ』

 

比嘉のすぐ近くにいるアスナも、ふぅっ、と大きく肩の力を抜いたのがわかる。

 

『こういう事もあるかな、ってずっと思ってたから……それで、ここにいればいいのかしら?』

 

ちょっと不安が混じり始めた声に「大丈夫よ」と同じ声が励ました。

 

「いつだってキリトくんは私を見つけ出してくれたでしょう?」

『そうね。キリトくんと一緒なら私は大丈夫』

 

二人のアスナが共通の記憶に頬を緩めていると『あっ』と喜びで一杯の声が上がる。

 

『迎えに来てくれたみたい。それじゃあ、そっちのキリトくんをよろしくね』

「うん。アナタもキリトくんと仲良くね」

 

そしてスピーカーからは何も聞こえなくなった。

アスナのフラクトライトをコピーしてからゆうに五分が過ぎていた事に気づいた比嘉もまた、ようやく、はぁっ、と深い息を吐き出したのだった。




お読みいただき、有り難うございました。
キリアスか?、と問われれば(星王)キリトとアスナですね。
あまりご本家(原作)さまの今後の展開予想はしないつもりですが……
いえ、絶対こんな展開にはならないだろうし……キリアス推しで
こんな展開になったらいいなぁ、という願望話です(苦笑)
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