ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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すみませんっ、遅刻しましたっ。
全て夏の暑さのせいなんですっ(と責任転嫁)
そんな暑い夏休み終盤の和人と明日奈のお話です。


キスの味

窓から差し込んでいた夏の陽射しがようやく眩しさを潜め始めたものの、まだまだ夕方とは思えない明るさを保っている頃、和人は自室の机に向かい全くヤル気の無い目で夏休みの課題が映っているPCモニターを見ていた。もちろん、見ているだけでは課題は終わらない。それでも全く関係の無い画面に切り替えたり、あまつさえVRの世界に逃げ込んでしまうのはよろしくない、くらいの判断力は残っていたから頑張って椅子に腰掛け、課題のファイルを開いたのだ。

未だ片付いていないのは全体の四分の一くらいだろうか。しかし夏休みは全体の八分の一ほどしか残っていない……。

 

『「夏休みの宿題」なんてモンは提出日に間に合えばいいんだろ?』

 

頭の中でクラインの声がする……気がするが、残念な事に提出日は夏休み明けの初日なのである、全科目。

 

『だからちょっとずつでもやらないとね』

 

今度はアスナの声だ。和人だって全く手を付けてなかったわけではない。それこそ「ちょっとずつ」やってはいたのだ。ただその量が本当にちょっとすぎて終わらなかったのである。しかも後回しにしたのは今の自分の知識だけでは終わらない物ばかりだ。要するに仕上げるには時間がかかる「面倒くさいやつ」ばかり。

ここで一言「ユイ」と呼びかけるのは簡単だが、それではいかにも娘を便利な電子辞書か検索サイト扱いをしているようで、さすがにそれは父親の沽券に関わると頭を振る。だから、と言うわけではないが今日はこれから頼れる恋人がやって来てくれる。

娘に助けを求めるのはNGだが、恋人ならOKだ。何なら「恋人」という関係性が出来上がる前から「うげっ」と思った時には「アスナ」と呼んでいた気がする。

それでもまぁ、折角桐ヶ谷家の自室まで来てくれるのだから課題処理にかける時間は短い方がいいと自らを鼓舞してPC画面を覗いたわけだが……結局本音は「アスナ、早く来ないかな」だった。

この心の呟きはなにも課題の為だけではない、ここ一週間以上彼女とまともに顔も合わせてなければ声も聞いていないからだ。

だから今日は朝から時間ばかり気にしてしまい余計に課題が進まない。

こうなったら男らしく、潔く、明日奈が来てくれるのを待とう、と和人が情けない英断を下した時、隣の部屋から妹の悲痛な声が壁を通り抜けて響いてきた。

 

「おにーちゃーん。助けてぇ……腕が、からまっちゃったー」

 

壁越しのせいか、ありえない言葉に聞こえてしまったが、とにかく直葉からのエマージェンシーコールには違いない、と和人はすぐさま廊下に出て隣の妹の部屋の扉をノックする。

 

「スグ?」

「助けて、お兄ちゃーん」

 

またもや救助を請う声が聞こえたので「入るぞ」と断ってからそっと扉を開いて中を覗き込むと……確かに妹の腕は絡まっていた。

 

「お前……器用だな」

 

いや、不器用なのか……と反する思考を交差させて涙目になっている直葉の格好をしげしげと眺める。

シルフのリーファを彷彿させる新緑色の生地に大柄な花模様が全体に散りばめられていて、彼女らしい華やかで楽しげな雰囲気の浴衣だ。その背中側には巻かれている途中の褐色の帯と直葉の腕がわけがわからなくなった状態でまさにからまっている。机の上にある携帯端末画面では和装美人が笑顔で帯の巻き方を解説しつつ自らも着付けをしていて『〜これで出来上がりです』という優しい声が空しく聞こえていた。

和人からのあからさまな呆れ顔と呆れ声に直葉は「だって!」と反論する。

 

「道衣なら着慣れてるし、あとは帯さえ頑張れば一人で着られると思ったんだもんっ」

 

道衣と浴衣を一緒にするあたりから間違っている気がするけど、それを理路整然と説明できるほど和人も詳しくないので「そっか、そっか」となおざりに答えて、からまっている帯に手を伸ばした。

帯を何とかすればあとは直葉の腕だけだ、自分でほぐせるだろうと思ったのだがこれが思ったほど簡単ではなく胴体に巻き付けるはずの帯が完全に腕に巻き付いている。

 

「一体どうすればこうなるんだ?」

「自分でもよくわかんない」

「……そっか」

 

珍しくしょんぼりとした妹の声に和人は揶揄い気分をひっこめ、改めてこんがらがっている帯と腕を観察した。かなり複雑に絡み合っているが帯の端を見つければそこが糸口になってくれるはず、とあっちこっち引っ張ってみたり動かしてみたり……

 

「おっ、お兄ちゃんっ、腕っ、腕っ、ちょっと痛いっ」

「あ、悪い」

 

直葉の腕を巻き込んで固結びならぬ複雑結びになっている帯に集中しすぎて、腕の可動域を考えずに動かしてしまった和人は慌てて持ち上げていたそれを元に戻し別の場所から解除を試みる。

 

「あ、なんとかなりそうな気がする」

「ほんとっ!?」

「ああ。ここから引っ張り出して、ここに通して……」

「あ、なんか締め付けられてた腕がゆるんできたっ」

「だろ?……だいたい後ろ手で帯を結ぶって着慣れてる人がやるんじゃないのか?、毎年年始に京都で着てるアスナだって浴衣帯でも前で仕上げてから背中に回してるんだから…」

 

そこまで言って、はむっ、と秒速で和人が口を閉じた。

入れ替わるようにして直葉のいつもより低い声がゆっくりと「お兄ちゃん」と和人を呼ぶ。

 

「なんでアスナさんの着付け知ってるの?」

「…違う、間違えた。背中に回してるっ、て言ってたのを覚えてたんだ」

「へえぇ、そうなんだー」

 

全く信じていない声である。けれどこれ以上追求しても藪蛇だと思ったのか「明日奈の浴衣」で思い出した話題を振ってみた。

 

「そう言えば、お兄ちゃん達、先月都内のお祭りに皆で行ったんだよね」

「ああ」

「いいなぁ、私も行きたかった」

「でもお前夏季合宿中だっただろ」

「そうなんだよね。だから今晩は目一杯楽しむっ」

「え?、今日、祭りなんてあるのか?」

「……お兄ちゃん、なんで私がこんな格好してると思ってるの?」

 

兄の沈黙に直葉は特大の溜め息をつく。

 

「隣町で毎年やってる花火大会、今夜なんだよ」

「へ、へぇ。よく知ってるな」

「地元の友達が教えてくれたの、だから今夜は久々に同中の子達と集まるんだ」

 

直葉が今の高校に進学したのは剣道の強豪校だったからなので、同中の子がいない。懐かしい友人達と会える嬉しさにうきうきとした雰囲気の直葉だったが今度は和人が冷めた目になった。

和人にとって「地元の友達」や「同中」は全く縁の無い言葉だ。今現在、交流を持っている同年代の友人は旧SAOや新生ALOで知り合ったプレイヤーか帰還者学校の生徒で当然地元の情報が回ってくるはずもなく、そう考えると自分の妹のコミュ能力の高さは尊敬しかない。

 

「それで浴衣なのか。でも帯結びはどうするんだ?」

 

暗にもう一度チャレンジするのか?、と問いかけたのだが直葉は顔だけを捻って伺うように和人を見た。

 

「さっきの結び方の動画、お兄ちゃんも見てよ」

「うぇっ!?、まさかオレに結び方を習得させる気か?」

「だって私だけじゃ無理だもん」

「浴衣を諦めるって選択は……?」

「やだっ、絶対、浴衣で行くっ」

「あーはいはい。ならオレがこれから習得するよりも……っと、ほらっ、帯、外れたぞ」

「ありがとうっ、助かったー」

 

ようやく自由になった両腕をぐるぐると回して開放感を味わっている直葉の隣で、和人は自分の携帯端末を取り出し慣れた仕草で相手を呼び出す。すぐに応答があったのだろう柔らかな声で相手の名を読んだ。

 

「アスナ?、今どこ?…………スグが浴衣着てこれから出掛けるんだけど帯、頼めるか?…………ん、じゃあ待ってるから」

 

通話が終了したのを待ってから直葉が「お兄ちゃんっ」と驚きつつも期待に瞳を輝かせている。

 

「アスナさん、来てくれるの!?」

「ああ。もともとオレの夏休みの課題を加勢してくれる約束だったんだ。もう駅からこっちに向かってるってさ」

「よかったっ、これで浴衣で行けるっ」

 

それなら、と明日奈が到着するまでに持ち物や下駄の準備を終わらせようとバタバタし始めた直葉を見て、やれやれ、と和人が苦笑いを浮かべた数分後、連絡を受けて急いだらしい明日奈が息を切らせて桐ヶ谷家に到着した。

 

「こんにちは、キリトくん。お邪魔します。直葉ちゃんは二階?…時間、間に合いそう?」

「急かせて悪かったなアスナ。スグなら一階の和室にいる」

 

立て続けに喋ってくる明日奈を苦笑いで和室まで案内した和人が廊下から「スグ、アスナ来たぞ」と声を掛けると中から浴衣姿の直葉が顔を出す。

 

「お待たせ、直葉ちゃん。早速始めよっか」

「宜しくお願いします、アスナさん」

 

帯を締めるだけとは言え女の子の身支度だから、とやんわり明日奈は和人を手の平で制して自分だけ和室に入り「後は任せて」と笑って障子を閉めた。和人も自分が居ても邪魔になるだけ、とわかっているので頷きひとつで妹を託し明日奈に冷たい飲み物でも、とキッチンに向かう。

背後では「可愛い柄ね」などとはしゃぐ二人の声が漏れ聞こえていた。

 

 

 

 

 

数分後、文字通り、あっと言う間に直葉の浴衣姿は完成して「行ってきまーす」と言う笑顔を和人と明日奈は玄関先で見送った。浴衣帯としては一般的な蝶結びに少しアレンジが加わった華やかな蝶が直葉の背中を彩っている。その蝶が見えなり、下駄の音も聞こえなくなると和人は隣にいる明日奈に「助かった。お疲れ様」と労ってから改めて「先に部屋に行っててくれ」と二階を指さした。

言われたとおり明日奈が階段を上がり和人の部屋のドアを開ければそこには既に冷たい麦茶の用意がしてあって、加えて少し遅れてやって来た和人の手にはピッタリと蓋が張り付いた安価なブラスチックカップがふたつ。

 

「なぁに?、それ」

「市販のやつだけど、レモンのかき氷。オレが連絡した後、急いで来てくれたんだろ。水分とか補給せずに直葉の帯やってもらったから、よかったら…これ、直葉のお気に入りで結構美味いんだぜ」

「ありがとう。けど食べちゃっていいの?」

 

お気に入り、と言うなら直葉が楽しみにしている物ではないのだろうか?

 

「その直葉からなんだ。アスナが来るの待ってる間に頼まれた。きっと余裕無くて言うの忘れちゃうから、って。蜂蜜漬けのスライスレモンが乗っかっててオレも好きなんだけど……いつもなら自分の分は絶対くれないのに、浴衣、よっぽど嬉しかったんだな」

「浴衣帯ってそんな大変じゃないのに。返って申し訳ない気が……」

「アスナはそうなんだろうけどさ……」

 

記憶を探る目をした後「先月の祭りの時も手早く直してたもんなぁ」と感心したように呟かれて、咄嗟に「あっ…あの時は本当に簡単な結び方だったし……」と謙遜した明日奈がったが……そもそも着崩れた原因は目の前の和人だ。

先月、リズやシノン達と一緒に行った祭りは人出がもの凄くて、更に明日奈の浴衣姿が妙に色っぽかったせいか和人が隣にいるにも関わらず声を掛けてくる男達が何人もいた。結局、途中でリズ達とははぐれてしまい二人きりになったのだが、それまで散々見知らぬ男達の視線に晒されていた事で色々我慢の限界だったらしく、漆黒の瞳から熱の籠もった独占欲やら所有欲が溢れ出てしまったのである。

和人としてはいちを祭り会場内であったし、明日奈も浴衣だったし、帰りにはリズ達と合流しなければならなかったのでかなり自制はしたつもりだったが……結局、半ば明日奈に怒られる形で抱擁を解いた時には、浴衣はもちろん帯も軽く手直しする程度では済まない状態で、ぷんすか、と頬を膨らませながら結び直す彼女の手際の良さに反省も忘れて「おおっ」と見物したのだ。

ただ、あの時の話で再び明日奈のご機嫌を損ねるのはマズイと和人は少し焦ったように笑顔を取り繕う。

 

「それに今日まで大変だったんだろ?、夏期講習。最終日終わりにそのままウチまで来て貰ったお礼も兼ねて…」

 

直葉からの感謝のかき氷にちゃっかり自分の謝意まで込めてしまった和人の言葉には苦笑いだったが、ここ十日間ほどは本当にキツかったので、乾杯のようにかき氷容器を顔の高さままで持ち上げた彼に倣い自分の分を受け取った明日奈もちょこんっ、とカップ同士をくっつけて「お疲れさん」「ありがとう」と言い合う。

溶けてしまう前にと、早速蓋を開けると綺麗な真円の薄切りレモンが更なる蓋のようにかき氷の上部を覆っていて、スッキリとした中に蜂蜜特有の甘い匂いが混じって鼻腔を刺激すれば忘れていた喉の渇きが強く蘇ってきた。まずは水分が欲しくてレモンをスプーンでぺらんっ、と持ち上げ、その下の氷をひとすくい。

ぱくり、と口に運ぶと氷のキンッとした冷たさに爽やかなレモンの風味が合わさって一気に口内の温度が下がり爽快な酸味が広がる。

 

「んーっ、美味しいっ」

「よかった」

 

美味しさと冷たさを表している、ぎゅっ、と閉じられた目と口元に和人は優しい視線を送った。こんな風に同じ空間に二人で同じ物を味わうのが随分と久しぶりな気がする。

それは明日奈が今日まで都内の有名予備校の夏期講習を受講していたからだ。そこは夏期講習といえど受講生に一定の学力が求められ、更に講習開始前にクラス分けの実力テストまである。講習が始まれば膨大な量の宿題は当たり前で、予習もしなければ授業について行けないし、毎日小論文の提出まで課せられているのだから流石の明日奈も《仮想世界》にダイブする時間はもちろん和人とビデオ電話をする余裕さえなかった。

和人の方も、受講試験合格の話からその後続く講習内容を聞いて唖然としたまま、これは終わるまで無理だな、と悟り一日おき程度に短い文章を端末に送り合う程度で明日奈のいない日々を過ごしていたので今日は待ちに待った明日奈補充の日だ。

とは言え自分の課題が終わっていないのも事実。彼女も今日まで色々無理をして張り詰めていただろうから、あまり欲張るわけにはいかないと思っている。

 

「直葉ちゃんにお礼言わないと。今夜は隣町まで行ってるんでしょ?」

 

和室で帯を締めている時に花火大会の話を聞いたのだが詳しい場所までは知らないし、旧友と積もる話もあるだろう、地元だからそのまま場所を変えて盛り上がるかもしれない。明日奈が桐ヶ谷家にいる間に帰宅してくれれば直接言えるだろうが、こればかりは和人にも予測が付かないから「帰りが遅くなるようだったら、代わりに言っておくよ」と約束する。

 

「隣町って言ってもここから割と近くなんだ。ちょっと大きな川があって毎年そこで打ち上げてるんだけど、オレは今夜が花火の日だって知らなくて……ごめんアスナ、行きたかった?」

 

過酷な夏期講習の終わりに花火大会が待っていると思えばモチベーションも変わったかもしれない、と今更ながらに少し後悔のような気持ちが湧いてくるが、和人には直葉のように地元情報を共有するような友人知人はいないし直葉の花火行きも昨日の夜に急遽まとまった話らしい。しかし明日奈は迷う素振りすら見せずにすぐさま首を横に振った。

 

「花火も好きだけど、今はキリトくんと過ごせる方がいいよ」

 

講習が始まる前から今日まで和人とはゆっくり会話も出来ていないし、それに先月の祭りほどではなかったとしても花火大会だってそこそこ人出は多いだろう、講習中も見知らぬ大勢と一緒に教室に押し込められていたから正直、今は二人だけの空間を心が切望している。

 

「そうか?、ならいいんだけど」

 

気を遣ってないか、と明日奈の顔をジッと見ていた和人だったが、そんな視線に気付く様子もなくかき氷カップにいそいそとスプーンを入れる彼女の笑顔は本物で、つい魅入っているとスライスレモンを持ち上げようとする瞳は真剣さが強くなり、それをパ゜クッと口で咥えた瞬間の溶けるような表情にこちらも自然と頬が緩む。

 

「ほんとだ。このレモン美味しい。もう少し小さく切ってから蜂蜜漬けにして炭酸ゼリーに入れてもいいかも」

 

それは是非食べてみたい、と彼女に向ける目が懇願一色になった時、遠くの方から地鳴りのようなドンッという重低音が聞こえて二人同時にカーテンの閉まっている窓方向に顔が動いた。

 

「今の音、もしかして花火?」

 

既に腰を浮かしかけている明日奈と違って和人は「そうだろうな。ちょうど開始時間だし」と落ち着きを取り戻し自分のかき氷を口に運んでいる。

 

「このお部屋から見えないの?」

「音は聞こえても……」

「ちょっとカーテンから覗いていい?」

「アスナ、やっぱり行きたかったんじゃないのか?」

「そうじゃないけど、音が聞こえたら見えるかどうか確認したくなるじゃないっ」

 

カップをテーブルに置いた明日奈が素早く窓辺に近寄ってカーテンの隙間から覗けば外はいつの間にかすっかり夜の帳が下りていた。そんな後ろ姿を少々呆れ顔で見つつかき氷のスライスレモンの甘酸っぱさに口を尖らせていた和人だったが、彼女が窓に顔を近づけたまま「あっ、光ったかも」と発した興奮気味の声に「ほんとか?」とようやく立ち上がる。

 

「あっちの方角であってる?、ちょっと光った気がするんだけど」

「うーん、この部屋の窓からだとちょっと無理じゃないか?」

「でも……あっ、ほらっ、音が聞こえた後…やっぱり光ったっ」

 

窓から視線を離さずに手招きだけする明日奈の隣へと移動した和人は出来るだけ彼女と同じ状態で見る為にかがんで寄り添い音を待つ。

 

「…………待ってるとなかなか聞こえないな」

「おしまい、って事はないわよね?」

「まさか」

 

いくら地方の花火大会とは言え始まって十分で終わりだなんて、直葉が帯と格闘した時間の方が圧倒的に長い。

すぐ隣で「うーん、まだかな?」「本当に光ったんだから」とはしばみ色の瞳をそわそわと揺らしている恋人の横顔を久しぶりに近距離で眺めていると、ようやくドンッという低音に続いてパチパチパチと弾ける軽音が耳に届く。一拍置いて明日奈が「あっ、見て見てっ、キリトくんっ」と弾んだ声に花火にも負けないほど煌めく瞳はすぐ触れられる距離にあって、引き込まれるように顔を近づけて「アスナ」と囁くように呼べばちょっと得意気な笑顔がこちらを向いて、さらりと流れる髪、ふわりと香る彼女の匂い……目を瞑って閉じ込めるように距離を無くす。

瞳を大きく見開いているだろうな、という予想は多分間違っていない。

唇を重ねた瞬間に細い喉の奥から「んん゛っ」と驚いているのに綺麗な高音が耳に飛び込んできたからだ。

逃がさないと唸る本能で華奢な腰に回した手は更に強く抱き寄せ、反して絹糸のような手触りの髪は受け入れて欲しくて優しく撫でる。

「んっ!?、んぅ〜っ!?」という疑問なのか抗議なのかわからない声も口から出ることは叶わず、美味しく和人に食べられた。

一方、普段から咄嗟の判断力が抜群に良い明日奈は、こと和人に関しては「判断を下す」というプロセスすら省いて自分に求められている役割を瞬時に見極め行動に移すけれど、今回のキスは完全に不意打ちで思考も何もかも止まってしまっている間にしっかりと身体ごと捕縛が完了している。

花火の光かどうかを見て欲しかったのに、と驚きの次にちょっとだけ恨めしい気持ちがやって来るものの、どこか必死さが込められている仕草がなんとなく旧SAOでキリトが血盟騎士団に入団した後、とある凄惨な出来事から責任を感じたアスナがもうキリトとは会わない決意を口にしようとした時に似ている気がして、あの時と同じように次第に力が抜けてく。

そして唐突に中学生の頃、クラスが同じというだけの女子達が休み時間、自分の近くで「ファーストキスの味」について喋っていたのを思い出した。あの時は唇を合わせるだけの行為でなぜ味覚の話になるのか、ちょっと不思議に思ったけれど今ならその答えも、キスから始まるその先も全部目の前の少年が与えてくれて……ただ、その時の彼女達の会話では確か「ファーストキスの味」は……

 

「レモンの味がする」

 

思っていた言葉そのままを和人が吐息に混ぜてちょっと不機嫌に告げた。思わず、くすっ、と笑えば何を勘違いしたのか噛みつくように再び唇を奪われてすぐさま咥内を支配される。

歯列はもちろん頬の裏から上顎も、戸惑う舌先は特に念入りに、それから奥を絡め取るように何度も往復されて更に支配域を広げようと言うのか後頭部を支えている手にぐっ、と力が籠もって唇をぐいぐいと押し付けられた。出口を塞がれたあえぎ声は喉の奥で鳴り響き、そのまま和人の内に吸い込まれて余計に熱情を煽っている。

結局あの世界で交わしたキリトとのファーストキスも、《現実世界》での和人とのファーストキスもレモンの味なんてしなくて中学のクラスメイトの話はすっかり忘れていたのに、今は互いにレモンのかき氷を食べていたからその味が残っているのは当たり前で、それを笑ったわけではないのにまるで全てを舐め取るみたいに隅々まで這わせてくる舌の熱さに、ぞわり、と痺れが背筋を上ってくる。

もう息が……と思った時、唇が解放され同じように余裕のない息づかいのまま和人の目が意地悪く笑った。

 

「やっとアスナの味になってきた」

「わ、私の味って…!?」

 

呼吸の苦しさよりも恥ずかしさで顔が火照る。

 

「いつものアスナの味…オレだけが知ってる…甘くて……アスナだって知ってるだろ?」

「え?」

「オレの……」

「っん、あッ!?」

 

言うよりも早いと考えたのかもう一度繋がった唇からするりと舌が這入ってきてさっきよりも執拗に明日奈の舌ばかりが丹念に愛撫され、徐々に味覚が反応し始めた。翻弄されるばかりで思い至らなかったそれに明日奈もまた納得する。

軽く連絡は取っていたがこんな風に触れ合えるのは久々で互いを夢中で味わっていると和人の手が不埒な動きを見せ始めた。

ハッ、と気付いた明日奈が慌てて力を入れて腕を突っぱねる。

 

「ダメっ…だよ」

 

語尾で勢いが萎んでしまったのは明日奈もうっかり受け入れてしまう方向に心が流されるところだったからだ。

それでも、と目にも力を込めて睨むように返せば、しゅんっ、と垂れた耳が見えるような気がするほど和人の眉がハの字に下がっているけれど漆黒の瞳の奥には未だ仄暗い熱が宿っている。

 

「夏休みの課題、残ってるんでしょう?」

「…………ぁぁ」

 

もの凄く小さな肯定の声。

 

「それを終わらせなきゃ、ね?」

「終わらせたら、いいのか?」

「え?」                                                                                                                                                                                              

 

いい、って何?、と問い返す前に「でもその前にもうちょっとだけ」と距離が無くなった時、窓の外からはドンッという音がして、テーブルの上のカップの氷はレモン水になりかけていた。




お読みいただき、有り難うございました。
夏祭りの話、ありましたっけ?、と思われそうですが
ありませんっ(苦笑)
ただ時系列無視でUPしてもいいな、とは思ってます。
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