ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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遅刻しましたっ、ごめんなさいっ
今回は『劇場版SAO -プログレッシブ-冥き夕闇のスケルツォ』公開間近と
言うことでご本家(原作)さまのプログレッシブ4巻のエピを交えたお話です。


別々NG

ALOの空中都市、イグドラシル・シティにあるNPC経営のレストランの扉に「只今貸し切り中」の札がかかっているにも関わらず、キィッと僅かな音を立てて、そっ、と入って来たウンディーネの少女がいる。

一番近くにいた大柄のレプラコーンの少年が素早く彼女に気付いて手招きした。

 

「こんにちは、アスナさん」

「ケフェウスさん。遅れてゴメンね、話し合いはどこまで進んでる?」

「大丈夫だよ。序盤も序盤。まだメンバー紹介すら終わってないから」

 

それって始まったばかりの状態から進んでないってこと?、と首を傾げるとケフェウスは苦笑いと一緒に肩をすくめる。すると理由を聞こうとしたアスナの耳に少し高めの揶揄うような口調が入って来た。

 

「ブラッキー先生とか呼ばれてるのにそんな事もわからないわけ?」

「言っとくけど、その呼び名、オレを敬ってるわけじゃないから」

 

声の方を見れば店内にいる妖精達全員も同じ向きで、その視線の先にはいつものロングコートを羽織ったままイスに座っているキリトが、彼の前には今回の集まりのリーダー役を務める小柄なケットシーの少女が立っている。

あの場に行った方がいいのか逡巡したアスナだったが、状況を把握していない自分が加わるのは余計に場を乱しそうだと思いとどまって、どうぞ、とすぐそばの空いている席に誘ってくれたケフェウスに礼を言い一旦身を落ち着けた。

 

「どうなってるの?」

 

改めて聞けば彼は薄く笑って「こうなるかな、とは思ってたんだ」とアスナだけに聞こえるよう少し顔を寄せてくる。

 

「今回のクエストに複数のギルドから人数集めて挑む理由は二箇所にいるモンスターをほぼ同時に倒す為だったけど、情報が更新されてね」

「へぇ」

「モンスターの片方はとにかくデカイ、なのに柔らかいらしい」

「柔らかい?」

「そう、どうやらゼリーみたいにブヨブヨなんだ。逆にもう片方は固いけど攻撃に応じて小さく分裂する」

「それぞれやっかいね」

「だからメンバーの装備とか戦闘スタイルを考慮してバランス良く二つのグループに分ける事になってさ。それで始めにデカデカモンスターに挑むチームから自己紹介を、ってなったんだけど、キリトくんがこのメンバー分けに異を唱えてマイマイともめてるのを誰も止められず今に至ってるんだ」

「ちなみに私はどっち?」

「アスナさんはマイマイと一緒でチマチマモンスターの方。で、キリトくんはデカデカモンスター」

 

なるほど、とアスナは納得の頷きをした。

多分、だけれどゼリー状なら矢が刺さっても大したダメージは与えられないだろうし、同様に突き技が得意なアスナも比喩ではなくぬかに釘となりそうだ。それなら弓矢使いのマイマイと細剣使いのアスナが同じチームで分裂したチマチマモンスターを各個攻撃した方が効率は良いだろう。

反対にキリトの剣技ならゼリー状でも少しずつモンスターの体をそぎ落とせるかもしれない。

 

「妥当なチーム分けだと思うけど」

「そうなんだけどね。キリトくんがアスナさんと別々は嫌だって」

「えぇっ?!」

 

思わずキリトの方に顔が向く。

彼の方は無愛想な表情で今回の作戦指揮を執るマイマイと言い合いを続けているけれど、そんな姿でも目に入れば感情エフェクトによって頬がほんのりと色づき、恥ずかしのに嬉しいが隠しきれず口角が徐々に持ち上がる。確かに他のギルドと合同でクエストに臨む時は常に行動を共にしていたが、そこまではっきりと言ってくれた事なんて……と思って、アスナはまだ自分が旧SAOの低層で必至にキリトと対等な関係を築こうと焦っていた頃の記憶が浮かび上がった。

それは本当に他意のない純粋な疑問が発端で……

 

『どうしてキリトさんはギルドに入らないんですか?』

 

当時、最前線で攻略を進めていた二つの主力ギルドリーダー達が向ける《黒いビーター》への感情も思惑も知らない、鋼鉄製プレートアーマーに身を包んでいた少女が発した問いに、彼は面倒な説明を省きに省いた結果、こう答えた。

 

『それは、オレとアスナが別々じゃないとギルドに入れないとか言ってるからだ』

 

あの時はただただ恥ずかしいしかなかったアスナだが、裏を返せば恥ずかしいだけで反発はなにも湧かなかったから、きっと当時からキリトに対する特別な感情が自分の中の気付かないところに小さく宿っていに違いない。それでも結局その後キリトとアスナのコンビは解消されて、少ししてからアスナは《血盟騎士団》に入団しキリトはソロプレイヤーのまま、それでもフロアボス攻略の時には必ず顔を合わせていたけれど二人の仲は以前のような物ではなくなっていて……それが再びパーティーを組む関係になり、果てには夫婦という互いに唯一無二の存在となるのだから虜囚の二年間も振り返れば随分変化に富んでいた。

今は恋人というある意味何の制約もない肩書きだが、それはルール的にそれ以上が望めないだけで二人共これから先ずっと一緒にいるのは当たり前の決定事項になっている。

とは言えそれは互いの人生の有り様の話で、ゲームのクエストにまで及ぶ話ではないと思うのだが……それにアスナでさえ妥当と判断した作戦にキリトが自分の個人的な感情で否を唱えるのも珍しい。

いまひとつ腑に落ちなくてキリトの様子を観察していたアスナが軽く「うーん…」と唸り自らもケフェウスに顔を近づけた。

 

「あの二人、知り合いだった?」

 

マイマイに対するキリトの態度がどうも「はじめまして」の相手にとるような感じではないのだ。

するとケフェウスは苦笑を継続したまま「さすが、アスナさん」と賛辞を口にしてから更に声量を落とした。

 

「実はちょっと前にカフェテリアで険悪ムードになったんだよね」

「カフェテリア?……って…………学校の!?」

 

用心して唇を読まれないよう手で隠し、肩が触れ合いそうな位置まで距離を縮める。

実はマイマイもケフェウスも《現実世界》ではキリトやアスナと同じ帰還者学校の生徒だ。だから今回の大人数でのクエスト攻略もマイマイから学校で声を掛けられ、それをアスナがキリトに相談して参加を決めたわけなのだが思い返せば「キリトくんにも聞いてからお返事するね」と答えた時、マイマイが瞬間フリーズしたような気もする。

しかし剣士であろうがヒーラーとしてであろうが、アスナはキリト抜きで他のギルドとのモンスター攻略には加わらないと決めているので、すぐに「そっか、そうなんですね」と言って「絶対一緒に攻略しましょうねっ」と手を振りながら去っていったのだが……帰還者学校の生徒ならキリトがあえて自らをβテスターとチートの意味を併せ持つ《ビーター》と名乗った真意を知らないまま、彼に良い印象を持っていないのかもしれない、とアスナは考えた。

するとケフェウスもまた口元を誤魔化すようにグラスを持ち上げて「一方的にマイマイが敵視してるんだよね、キリトくんの事」と言うので説明をしようと口を開きかけたのだが「アスナさん大好きっ子だからなぁ」と呟かれて「へ?」と思考が停止する。

 

「実はね、僕とマイマイ、旧SAOでは一時期《DKB》にいたんだ……って言っても本当に短期間だったし、このALOではキャラをリセットしたから…外見も《現実世界》の姿とは全然違うだろ?」

 

「キャラ名も変えたし」と語られた初めて知る事実にアスナが驚きで声も出せずにいるとケフェウスは少し懐かしそうな目をして「あれは第三層に到達した頃だったかな」と言葉を続けた。

 

「アスナさんが《DKB》に入るって噂が流れて……案の定、マイマイが大喜びしたよ」

 

なんだか頭痛を耐えるような仕草をしたケフェウスが痛みを逃すように、ふぅ、と息を吐く。

確かに当時キリトとアスナがもしギルドに、もっと言えば《DKB》か《ALS》に加入するなら云々の話はあったが元々二人共ギルドに入る意思はなかったし、特にアスナが《DKB》に入ると誤解されるような言動に覚えはないのだが、思い当たる節と言えばあの時の一件しかない。

 

「結局、その話は噂でしかなかったし、それからすぐ僕達はギルドの雰囲気が合わなくて抜けたんだけどね、後になってキリトくんがアスナさんとの別々に難色を示したからだって聞いてマイマイが大激怒さ。それからアスナさんは《血盟騎士団》のサブになっただろ。本音を言えば僕もマイマイもあの騎士装にはすっごく憧れたけど流石にレベルが違いすぎて無理だった」

 

かなり誤解と思い込みによる遺恨のような気がしなくもないが、マイマイがキリトに対して悪印象を持つ理由は判明した。ならば次はカフェテリアの話だ。

 

「で、たまたま偶然なんだけど、この前お昼にフェテリアの長テーブルでキリトくんとすぐ近くになって……」

 

と言う事はアスナと昼食を一緒出来なかった日の話なのだろう。混雑時だと窓際のボックス席はすぐ埋まってしまうし、大人数だったり逆に一人や二人なら中央の長テーブルを相席のように利用するのが暗黙のルールになっている。

 

「マイマイが今夢中になってる恋愛ドラマに、主役の恋人同士の二人が彼氏の方は諦めていた海外赴任の話が復活して、彼女の方は仕事で初めてチームリーダーに抜擢されて、さあどうするのか?、っていう選択を迫られてるのがあるんだ。男性が海外赴任を辞退するのか、女性が仕事を辞めて彼氏に付いて行くのか、それとも数年間の遠距離恋愛、もしくは別れを選ぶのか、で……」

「マイマイの予想は?」

「仕事を諦める、は論外だね。互いにスキルアップして見違える姿で再会し、もう一度恋に落ちるのが理想らしいよ。相手の将来を尊重し合って一旦は別れるけど最後にはやっぱり結ばれる、って運命的なやつ?……でも今思うと、僕への喋り方がちょっとわざとらしかったからキリトくんの存在に気付いてたのかも」

「あえて聞かせたかった、とか?」

「多分。それで少しは溜飲が下がったんだろうね。意外だったのはマイマイの言葉にキリトくんが反応した事かな」

 

それはアスナも同意見だった。キリトは面識のない人間に積極的に話しかけるタイプではないからだ。

 

「たった一言だったけど」

「なんて?」

「マイマイが『好きな人の幸福を思えばこそ、それぞれの道を行くべきなんだよっ、絶対にっ』って言った時、キリトくんが後ろを通り過ぎながら『絶対とは限らないだろ』って」

 

あぁ、とアスナまでも微苦笑を浮かべる。

確かに客観的に見て「絶対」は言い過ぎかもしなれないが、そこは本人の主観だしドラマの話なんだからわざわざ否定しなくてもいいだろうに、キリトにしてみればアスナの可能性を自分が奪っているという負い目が未だに残っているのかもしれない。それは和人の進路希望が国内に変わった為二人でサンタクララへ、という未来はなくなったが、それでもつっかえながら明日奈に告げた「俺、やっぱり、アスナがいないとだめだ」という言葉が継続中なのを意味している。

それはそれで嬉しいんだけど…私の気持ちはちゃんと伝えたはずなのに、と妙なところで臆病になる恋人を見れば交わす言葉も尽きたのか、今は無言で互いの顔を見合っていた。

 

「はぁっ、そっちのデカデカモンスターチームにもヒーラーはいるんだから問題ないでしょっ」

 

痺れを切らしたようにマイマイが説得を試みる。

 

「聞いて驚きなさいっ、なんとっ、次期ウンディーネ領主も狙えるくらいハイスペックのヒーラー、さっちゃんがそっちのチームよっ」

 

さっちゃん、って……と場の全員が口を半開きにした。

 

「狙えるけど、本人が全く狙う気ないの知ってるくせに。ああいう言い方するのマイマイの悪い癖だよね」

 

同じウンディーネだからアスナも知っている、さっちゃんことサーテインという水妖精は超が付く高位回復魔法の使い手だ。術式展開の早さもその有効範囲の広さも群を抜いている。ただ本人がいかんせん引っ込み思案な性格なので「後方支援がいいからウンディーネを選んだ」というちょっと残念な動機のヒーラーだから当然領主なんて最前面に出る役職、頼まれても断固拒否を貫くだろう。

だから、と言うべきか、当然見知らぬプレイヤー達との合同クエスト攻略には及び腰になる。今日の攻略会議に遅れてやって来たアスナはサーテインの存在に気付いていなかったらしく嬉しさに目を細めた。

 

「わぁ、今回はサーテインさんも参加なのね」

 

実は以前、一度だけ同じクエストに挑んだことがある。その時はずっと剣を握っていたのでヒールしてもらう立場だったが、確かにサーテインが後方に居てくれると安心感は絶大で、余裕があったら自分もヒーラーとして並び立ち一緒に回復魔法の立体的な多重展開が出来そうだと考えるだけでも楽しかった。

けれど今回、マイマイによるとサーテインはキリトと同じチームらしい。ちょっと残念だけどサーテインがいるならキリトのヒールは安心して任せられる。

一方、いきなり「さっちゃん」と呼ばれて言い争いの渦中に強制登場させられたサーテインは店内の一番隅っこで自分を見る目の多さにおののき、注文したカップで顔を隠したまま小さく手を上げて「が、がんばります」と蚊の鳴くような声を発していた。いちをこれでサーテインの自己紹介はクリア扱いになったのだろう、マイマイがふんぞり返って、どうよっ、と得意気な笑みでキリトを見ている。その仕草に「はっ」と小馬鹿にしたような小さな息を吐き出したキリトがようやく今回のクエスト内容に触れてきた。

 

「ちなみにモンスターを同時に倒さないとどうなるんだ?」

「どちらか一方が倒されても片方が戦闘中だと奥の扉が開かない。場所が離れてるから加勢にも行けないし」

「それなら片方のモンスターだけに戦いを挑んだ場合は?」

「それが今までの敗因ね。最初の頃は入り口が二箇所もあるなんてわからなかったから一体のモンスターに全力で挑んでる途中に別のモンスターが現れて大パニック。多分入り口は同時に開くけど一定時間侵入者がいないと閉まってモンスターは反対側に転移してくるみたい。加えて戦闘時間にもタイムリミットが設定されてるからタイプの違うフロアボスレベルのモンスター二体を相手に時間切れで終わったギルドも少なくないって」

 

だから二グループに分けてそれぞれを倒すのが一番確実なの、と出来の悪い生徒を指導する教師のような口ぶりでマイマイが締めくくる。当然、ここに集まっているプレイヤーの誰もが納得する戦略だ。

しかしキリトはマイマイの説明を聞いてもまだ口をへの字にしままうーん、と考え込んでいる。

 

「けど、確かその作戦で前回、大規模ギルドが失敗してるよな」

 

今度はマイマイが「う゛っ」と苦い顔で口を閉じたがすぐに勢いを取り返した。

 

「あのギルドよりこっちのメンバーの方がレベルは上だからっ、それに全滅にならない作戦を考えてあるしっ 」

「どんな?」

「後半は時間との戦いにもなるからハイレベルのプレイヤーを優先的にヒールするの。アスナさんとか……それにアンタとかねっ、キリトさん」

 

不本意そうだがキリトの実力は認めているのだろう、黒いスプリガンから視線を外しそっぽを向いたままマイマイが「そうすれば絶対倒せるっ」と断言する。

すると呆れた声で「また、絶対か」と小さく言った後、とっくに気付いていたらしく出入り口付近にいるアスナをチラリと見て不敵な笑みを浮かべた。反対にアスナはぞわり、と嫌な予感と同時にキリトからどんな奇想天外が飛び出してくるのかという期待めいた感情が混じり合って妙な高揚感が背筋を這い上がってくる。

けれどキリトはすぐにマイマイへ視線を戻し静かに言い放った。

 

「オレはあえて一箇所のみ全メンバーの投入を提案する」

 

店内が嵐に見舞われた森のごとく一斉にザワザワと低く揺れ動く。当然この提案に青筋を立て全身を震わせたのはマイマイだ。

 

「あのねぇ、私の話、聞いてなかったのっ?!、同時に二体なんて無理っ!、言ったでしょ、タイプが全然違うって。それぞれのモンスターに適したチーム編成にしてるんだから場所を一箇所にしたら混乱してまともに戦えるはずないっ」

「戦闘時、この人数全員へ的確な指示が出せればいいんだろ?」

「そんな事がっ…」

 

マイマイの言葉をキリトが遮る。

 

「できるさ。ここに旧SAOのフロアボス攻略戦で何度も陣頭指揮を執ったプレイヤーがいるんだから」

 

その言葉に場の動揺が一瞬で静まり引き寄せられたように全員の視線が一人のウンディーネへと集中した。

 

「…え?」

 

アスナが出来損ないの笑顔という珍しい表情で固まっている。

多分何かとんでもない事を言い出すんだろうな、と…そんな予感はあったが、まさか自分に丸投げされるとは思っていなかったアスナが硬直から抜けきらない間に再びマイマイから怒声に近い困惑が叩きつけられた。

 

「アスナさんは細分化するモンスターへのメイン戦力なのよっ、さらに全体の指揮なんてっ」

「知らないのか?、アスナが旧SAOのトップギルド《血盟騎士団》のサブリーダーだった事。だからボス戦でも指示を飛ばしながらトッププレイヤーとして戦ってたぞ」

「知ってるわっ、だけどっ」

「考えてもみろよ。あの世界だったら攻略組か《血盟騎士団》にでも入らないとアスナの指揮下では戦えなかったんだぜ」

 

そっと足元から生ぬるい風に煽られたように動揺が伝播していく。

集まっている妖精達の顔に次々と興奮が宿っていくのを眺めていたケフェウスが「なるほどね」とちょっと悔しそうに口の端を上げた。

 

「アスナさんが仕切るモンスター戦、まさに疑似体験ができるってわけだ」

 

旧SAOの元プレイヤーなら〈血盟騎士団のアスナ〉を知らない者はいないし、戦闘職だったらなおのこと〈攻略組〉に羨望を抱いていた者は多い。それに元プレイヤーでなくても新生アインクラッドにおけるフロアボス攻略でのアスナの指示の的確さは有名だ。

 

「でもっ、それじゃあアスナさんの負担がっ」

 

悪あがきともとれるけれどマイマイからは純粋にアスナを気遣う思いが滲み出ていた。

 

「オレがフォローに入る。間違っても作戦指揮者のHPがゼロになるなんて事態にはしない。それこそ絶対に」

 

宣誓とも聞こえる真摯な声を前にそれ以上被せる言葉が見つからないマイマイだったが、それでも何かないかと泣きそうな顔で必死に思案しているのがわかる。

別にアスナに指揮権を取られるのが嫌なわけではない。そもそもこのクエストに誘ったのだって本気でクリアしたいからと旧SAOでは叶わなかった共闘がしたかったからだ。だから一生懸命作戦やチーム分けを考えたのによりによって「黒の剣士」にそれを否定されもっと魅力的な提案をされた事が悔しくてならない。それにこっちから誘っておきながら一番しんどい役割を担わせてしまっていいのだろうか、という躊躇いもある。けれど本心を言えばマイマイもアスナの指揮下で戦ってみたいのだ。

それはここに集まっている妖精達も同じらしく皆小さな声ではあるが耳に入って来るのは喜びに近い戸惑いと興奮の声ばかり。

だからと言って黒いスプリガンに対して素直に肯定はできず眉間に皺を寄せてしぶしぶの態でマイマイが「わかった」と了承すると、キリトはすぐさま「アスナっ」と彼女を呼び寄せようと声を張った。

名を口にされてしまえば応えないわけにはいかず、けれど私が言い出したんじゃないんだからっ、を表すためにゆっくりと立ち上がる。

だが、ここでアスナが一言、否を唱えれば全て振り出しに戻り作戦はそれぞれ二拠点の同時攻略になるだろうし、何よりここまで高まった気運も一気に萎むわけで、少々ご立腹なご様子のウンディーネさまが呆れの溜め息をひとつ吐く間、誰も声を発することができず、ただ、ゴクリ、と唾を飲み込むESだけが店内のどこからか聞こえてきた。

コツッ、とブーツの踵が床をこする。

 

「……片方のモンスターと戦闘を始めた後、もう一体が合流してくるまでの正確な時間は調べられる?」

 

急いでコクコクと頷いたマイマイがすぐにホロウィンドウを出してどこかにメッセージをおくった。

その間も、コツッ、コツッ、と規則正しく音は響き続ける。

 

「それとここに集まっているメンバーの戦闘スタイルや主要武器の詳細なデータも見ていい?」

 

それにもコクコクと頭を振ってウィンドウを操作した。

そしてアスナはキリトの目の前に到着すると片手を腰に当て「あのねぇ」と上から軽く睨み付ける。けれどキリトにしてみればアスナからの今にもお小言が降ってきそうなオーラでさえあの二年間も含めてすっかり慣れたもので、余裕ともとれる笑みを続けているから怒る気も失せてしまうのだろう。

 

「…勝手に、もうっ」

「できるだろ?」

 

躊躇すら可能性に入っていない絶対的な信頼にアスナは改めてマイマイに顔を向けた。

 

「いいの?」

 

コクコクコクっ、今日イチ高速で頭を振っている。目元や頬がうっすらと赤くなっているのは頭のふりすぎではないはず。口元だってうずうずと喜びにうねっていた。

それらを視認してからアスナは黒ずくめのスプリガンへさっきの問いの答えを口にする。

 

「できると思うけど…キリトくんはフルでフォワードだから頑張ってね」

 

綺麗なアトランティコブルーの瞳が全く笑っていない。「それと」と続けたバーサクヒーラーの二つ名を持つウンディーネは店内を見渡して妖精達全員の顔を覚えると唇に緩やかな曲線を描いた。

 

「突入するのはデカデカモンスターの方から。チマチマモンスターが転移してきたタイミングで陣形を素早く切り替えて、二体のウィークポイントや攻撃パターンが判明したり戦闘形態が変化した時点でその都度こちらもフォーメーションを変えます。多分ここにいる全員、HPはほとんど残らないギリギリの戦いになると思うから…」

 

ニコリとまさに花が綻ぶような満面の笑みなのに、それにそぐわない不穏な言葉がくっついてくる。

 

「全員死ぬ気で私の指示に付いて来てね」

 

そう、アスナなら最初からHPがゼロになるプレイヤーが出るかもしれない作戦は立てない。いくらここが普通のゲーム世界でも、HPがゼロになったところで《現実世界》の身体には何の影響が出なくても。

事前に収集した情報から堅実な作戦を練り、それでいて実際の戦いの場では状況に応じて臨機応変な対応をみせる。それが出来るのも広い視野と常に冷静で鋭い観察眼、頭の回転の速さと天性の勘の良さに加えて文字通り命を賭けたボスクラスのモンスターとの戦闘経験が豊富にあるからだ。

だから彼女の指示なら、と全員クリアの期待とやる気が身体の奥底から湧いてくる。

 

「やってやるさ」

「ああ、やるっきゃないって感じだもんな」

「なんか、私、震えてきた」

「攻略組のメンバーってこんな気持ちだったのかもね」

「くぅっ、《血盟騎士団》副団長の指揮で戦えるってスゲー」

 

妖精達の口から次々に奮起の言葉が溢れ出てくる。

それを頼もしく聞きながらアスナは腰を屈めてキリトにだけ聞こえるよう声を潜めた。

 

「こんなやり方、今回だけだからねっ」

「わかってる。だけどアスナだっていくらクエストクリアの為でもヒール対象に順位を付けるのは嫌だろ?」

「それはそうだけど」

「それに、ほら、前に言ってた回復魔法の多重展開だっけ?、あれが出来るんじゃないかと思って」

「……覚えててくれたんだ」

 

「それに…」と一旦口を閉じたキリトはすっ、と温度を下げた目で他の妖精達と笑顔で語り合っているマイマイを一瞬視界に収めてからプイッ、となんでもない方向に顔を背ける。

 

「オレとは別々なのにアイツがアスナと一緒のチームなんて……」

 

続くべき感情表現に戸惑って、結局言葉が定まらないまま再び口を閉じてしまったキリトの尖った耳の先が赤く染まっているのに気付いたアスナはぷっ、と噴き出してから「大丈夫」と慈愛に満ちた声で告げた。

 

「どこまでも、きみと一緒だよ…きみを守るから」

「ああ、オレもアスナを守るよ」

 

互いに守り合う存在なんだから別々になんかならない、と微笑みを交わしながら誓う二人だった。




お読みいただき、有り難うございました。
挿入したエピ、映画で入ってるかな?(苦笑)
あまりストーリーに関係ないからカットされていそう。そもそもキリトとアスナが
別々のギルドに加入するなら云々はその前の3巻のエピなので……うんカットだろうな。
原作未読の方へ…《DKB》と《ALS》と言うのは旧SAOで攻略初期の二大ギルドだった
〈ドラゴンナイツブリゲード〉と〈アインクラッド解放隊〉の略称です。
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