ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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ちょっと久しぶりのアンダーワールドでのお話です。


〈UW〉代理講師

セントラルカセドラルに新設された大図書室ではいつも通り神聖術師団の見習い術師の為の講義が、いつも通りではない状況で行われていた。

いつもなら表情を変える事なく淡々と正しき道のど真ん中を歩き、見習い術師達がその背を必死に追いかけていくような講義を展開する神聖術師ソネス・フリアが今日に限って代理講師を立てたのである。

もちろん今までもソネスが不在の時はあった。

なにしろ彼女の一番の目的は先代司書が管理していた神聖術の術式を解析する事である。毎回毎回見習い術師達の為に時間を割いていたのでは仕事が進まない。

そんな時は山ほどの課題が出されて、ぶっちゃけこの課題に取り組むくらいなら彼女の講義を泣きそうになりながらも受けた方がましだと思わせてくれる量なのだが……だから今日の講義に代理講師がやって来ると知って見習い術師達は身構えた。あの司書が自分の責を任せるほどの人物だ、多分、きっと、絶対、泣かされる……。

だから大図書室で見習い術師達は全員背筋をぴーんっ、と伸ばして代理講師を待った。

一瞬の静寂の中、コツ、コツと響くヒールの音……果たしてそこに現れたのは、白地に褐色の飾りが付いたショートブーツ、そこから伸びるのは白いタイツを履いたすらりと細い脚、どうやらミニスカートも白っぽいから女性であるのは間違いなさそうだが判別できるのはそこまでで、そこから上はすっぽりとこれまた白、と言うか少し光沢のある真珠色のフード付きマントに覆われている。

怪しい、怪しすぎてなんだかもう泣きそうだ。

だが戦々恐々としていた大図書室の空気を鈴を転がすような声が一変させる。

結果、見習い術師達は嬉し涙を流すという泣き顔を晒すことになった。

とにかく代理講師の講義は分かりやすい。展開も応用もまるで自分が組み立てたかのように頭に入ってくる。それなのに代理講師は「ソネスさんがしっかりと皆さんに基礎という土台を徹底させているからですね」と謙遜じみた言葉まで挟んでくる。

確かに『基礎は重要です』『基本です』『要です』と何度も繰り返され、それって同じ意味ですよね、と見習い全員が何度も心の中で突っ込みながら、来る日も来る日も常用紙が破れる一歩手前まで基本の術式を書き、書き、書き、術式を唱え、唱え、唱え、うっかり間違えれば連帯責任と言われて再び書き、書き、書き、唱え、唱え、唱え、そうやって身体にたたき込んできた日々は無駄じゃなかったっ、と彼ら彼女らは心の拳を高々と上げた。

それくらい徹底的にやったお陰だというのは理解しているけれど、それにしても『わかるって楽しい』が溢れた講義に誰もが夢中になった。もし可能ならソネス司書の講義の半分くらい受け持って貰えないかな、と、もしも、もしも可能ならソネス司書と交代してもらっても全くこちらは問題ないし、その方が司書も自分の仕事に没頭できるんじゃないかな…などと勝手な空想を練りながら顔の見えない代理講師の声に頷いていると、そぅっと大図書室の後ろの扉から一人の局員が入って来る。

一番後方の席にいた見習いのイハル・ダーリクが目聡く気付いて様子を伺っていると、バチッ、とその局員と目が合ってしまったお陰で、彼がそそそっ、と近づいて来た。

 

「なにか…」

 

御用ですか?、と尋ね終わる前に局員も声を潜めて「あの…」と切り出してくる。

 

「講義を終わらせて欲しいのですが…」

「えーっ、ダメですよぅ」

 

口を挟んできたのはイハルの隣にいたマシオム・トルゼールだ。

十三歳のイハルよりひとつ年上なのだがこのセントラル・カセドラルへ神聖術師になる為に入塔する前から同じ北セントリア支教会でブラザー見習いをしていた少年は良く言えば人なつこい性格、違う言い方をすれば馴れ馴れしく直感で物を言う性格であるため局員に手をふりふり「ダメ、ダメ」を繰り返した。

 

「まだ講義が終わる時間じゃないし、それにこの代理講師さん、すっごく分かりやすいんだから」

「で、ですが、今日の会議のお茶菓子が…」

「お茶菓子のために講師さんを連れて行くの?、絶対ダメでしょ。そんな事したらここにいる見習い術師達全員が暴れ出すと思うよ」

「ひぇぇっ」

 

そもそも色々と意味不明が多すぎる。

なぜ局員が神聖術師を呼びにくるのか……そこはまぁ誰かに頼まれたとか、局員と術師合同の会議もあるかもしれないので譲歩するとして『今日の会議のお茶菓子』……優雅かっ!!

『今日の』が付いている時点で茶菓子付き会議が珍しくないと予想され『頭のてっぺんから足の爪の先まで真面目が詰まってんの?』とマシオムに評されたイハルすら内心「え゛えー」と思った。

呆れと羨ましさと代理講師さんは渡さないぞっ、という、総じてこの場からの撤退を強く要請する少年達の気迫に負けたのか、気弱そうな局員は項垂れて小さくボソボソ「どうしよう、エントキア様がすごく楽しみされているのに……」と古参の上位整合騎士の名を口にしたような気がしたが、二人共聞き間違いだと思い流す。

 

「講義が終わったら代理講師さんにお伝えしておきますから」

 

そうイハルに微笑まれ、マシオムからは「ゴー、アウェイ!」と言わんばかりに入って来たばかりの大図書室の扉を指し示されてしまえば眉をハの字に垂らした局員はすごすごと退場するしかなかった。

その後、順調に講義は続き件の代理講師がちょっとはにかんだ様子で「私もね、普段は司書さんにたくさん教わっているんだけど、それをこうやって皆さんに伝える立場になるとより理解が深まるっていうか……ソネスさんの代理なんて務まるかな、って不安だったの。でもお互いにすごく勉強になるのね」なんて明るい声で言われたら、もう全員「これからもずっと一緒に勉強しましょうっ」と心の拳を互いに固く握り合っていると次に大図書室の扉を開いたのはレンリ・シンセシス・トゥエニセブンだ。

顔の両脇で小さく結んだ若葉色の髪が、ひょこっ、と揺れて見習い術師達とそう変わらない面立ちが扉の向こうから覗いており「あの…」と発した途端、近くで熱心に講義を受けていたはずのレーノン・シムキが素早く反応する。

 

「レンリ様っ」

 

言ってから慌てて自分の口を自分の手で蓋をした。素早く周囲に目をやって気付かれなかった事を確認し、バレないように静かに席を離れて扉の所まで行くと頬を染めて「どうなさったんですか?」と小声で尋ねる。

レンリは整合騎士の中でもダントツに若く物腰も柔らかい。見習い術師達にも気さくに話しかけてくれるので特に女子の間では人気が高いのだ。普段は率先して人前に出るようなタイプには見えないのに、いざ戦いの場になると全身を使って神器『雙翼刃』を扱う姿が、いわゆるギャップ萌えというやつらしい。加えて整合騎士見習いの少女に一途な想いを抱いているという点でも好感度は抜群である。本来なら番号持ちの上位騎士なのだからもっと堂々としていればいいのに大図書室にいる三十名もの見習い術師達の視線は浴びたくないのかレンリは扉までやって来てくれたレーノンに「頼みがあるんだけど」と切り出した。

 

「今、代理で講師をなさっている方に伝えて欲しいんだ。今日の会議が予定より少し早く始まりますから、って」

 

レーノンは舞い上がった。憧れのレンリからお願いをされたのだから。

レーノンもイハルやマシオムと同じ北セントリア支教会でシスター見習いをしていたがこの白亜の塔に来るまでこれ程近くで整合騎士を見たことはなく、しかも皆が憧れているレンリからの頼まれ事である。当然一も二もなく「わかりましたわっ」と胸を張って引き受けた。だからもちろん気付いていない。整合騎士であるレンリが今日の代理講師に敬語を使っていること……そもそも整合騎士が会議時間の変更伝達などという雑務をしている違和感に……。

 

「ありがとう、じゃあ頼んだよ」

「はいっ、お任せ下さいっ」

 

安心した笑顔で扉を閉めるレンリを見送ってからレーノンはスキップしたい足を必死に堪えて元の席に戻った。両手で口を覆って、むふふっ、と漏れ出そうな嬉しさを閉じ込める。もしも他の誰かに「どうしたの?」と聞かれたら絶対自慢したくて喋ってしまうし、そうなれば「私が伝えてきてあげるっ」と大事なお役目を取られてしまうかもしれないから上下の唇を全力でくっつけた。

私、今日はもう術式しか口から発しないことにしますわ、と誓いを立ててレーノンは沈黙を守り通したのだった。

だから当然の如く代理講師は局員が会議のお茶菓子について訪ねて来た事も、その会議の開始が早まった事も知らずに講義を続けた。

その後、カセドラル五十階《霊光の大回廊》にある円卓に各局長や整合騎士達が集まりつつある頃、そのうちの何人かがそわそわと入り口を見続けても目当ての人物は一向に現れず業を煮やしたかのように黒い髪をくしゃりと掻きむしった少年が飛び出して行ってから一呼吸の後、まるで空でも飛んで移動してきたかのような短時間で大図書室の扉は開かれた。

 

「悪いっ」

 

その第一声に講義を聴いていた後部座席半分ほどの見習い術師達は迷惑そうに「悪いと思うなら静かにして欲しい」という顔で振り向いたが声の主が他ならぬ代表剣士だと気付いて「あれ?」と意外そうな顔に転じた。

ここにいる全員が多少なりともこのセントラル・カセドラルのトップである代表剣士と面識があるのは、この少年がわりとどこにでも出没するからだ。時には工廠で、時には大食堂で、時には中庭で……ただしこの大図書室で見たことがある者はごく少数で、その理由は代表剣士にも容赦なく厳しいソネス司書の存在故なのだが、とにかく振り返ったほぼ全員が「あ、代表剣士様だ、珍しい」と思ったわけだが、次には結局「静かにして下さいよぅ」に戻る。

代表剣士の権威はどこに?、と思わなくもないけれど当の本人がそれを放棄しているので見習い術師のひとりが臆せず声をかけようとして……しかしその前に代表剣士は、キリトは、自分の入室に気付いて「どうしたの?」と講義を止め真珠色のフードが斜めに動く様を一心に見つめている見習い術師達を含めこの場にいる全員に向けて声を張り上げた。

 

「会議が始まるから、うちの副代……じゃなくて、オレのアスナ、返してもらっていいかな?」




お読みいただき、有り難うございました。
見習い術師達三名はご本家(原作)さまに名前(と年齢、出身)だけ登場している
少年少女を使わせていただきました。
性格とか口調は勝手してます。
あとエントキアがアスナ手製の茶菓子を気に入っている(らしい)事もご本家さま参考。
今年最後の投稿が文章量とか砂糖量少なめで申し訳ありませんが、引き続き
来年もよろしくお願い申し上げます。
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