ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》 作:ほしな まつり
五月も半ばを過ぎ《現実世界》とはリンクしていないはずなのに、このA.L.O内を吹く風は心なしか爽やかに感じるし二十二層のログハウスから見える木々の葉も新緑色に輝いて見える。
今日は数日遅れてしまったがリズベットの誕生日を祝う為に仲間達が集いアスナが手料理を振る舞っていた。
「ありがと、アスナ。こんなに準備してくれて。誕生日当日に家族と外食した時より豪華だわ」
キャメル色のツインテールとサフランイエロー色のポニーテールが同意を示すように激しく振り動く。
「コース料理作れちゃうなんて、さすがアスナさんです」
「そこでなんでお兄ちゃ…キリトくんがドヤ顔で頷くのっ」
「このメインディッシュの肉、調達してきたのオレだし」
仕留めるの結構苦労したんだぞ、と自分の皿の上の最後の一切れとなったS級食材のソテーをフォークで突き刺しパクリと口に放り込んで満足げに咀嚼しつつ、うんうんと味を噛みしめているキリトの隣で嬉しそうにアスナも頷いている。
「キリトくん頑張ってくれたのよね」
「ああ、アスナがどうしてもっ、て言うからさ」
互いを見て笑い合う二人の姿に肉料理の口直しを装って、リズがゴクッとグラスの水を飲み込んだ。どうやらこのほっぺたが落ちそうなくらい美味しく調理されている肉は誕生日を迎えたリズの為に頑張ったのではなく、リクエストしたアスナの為に頑張って捕まえてきた獲物らしい。アスナは誕生日を祝う料理の食材としてキリトに頼んだのだから最終的にはリズの為、と言えなくもないが、キリトの顔はアスナに頼まれたからが半分、自分も食べたかったからが半分としか思えない表情だ。
「あとはデザートにパイがあるの。アイスも添えて持って来るね」
イスから立ち上がりながら何気なさを纏ったアスナの発言にリズ、リーファ、シリカの女子達三人が一斉に目をむいた。
「アイスッ!?」
「アイスッ!?」
「アイスッ!?」
その反応に、期待通り、と軽く小悪魔的にほくそ笑んだアスナは「そのまま食べて待ってて」と四人に食事の続行を促した後、キッチンへと消えていく。そうなると質問できる人物はひとりしか残っていない。
「キリトっ、今、アスナが言ったアイスって……作ったの!?」
「まぁ、そうだな」
またしてものドヤ顔だが、今は目を瞑ろう。
「アイスってA.L.O内には存在してなかったと思うけど……アインクラッドには普通にあったんですか?」
A.L.O歴は一番長いリーファだが新実装された浮遊城事情は詳しくないので今日の主役であるリズに聞けば、ブンッブンッと風が起きそうな勢いで頭が横に振られる。
「そんなの、情報としても私は知らないわよ」
「私も初めて聞きました」
ちょっと呆けたままのシリカが添えた。そこへ少々もったいぶった様子のキリトがゆっくりと口を開く。
「材料を揃えるのは難しくなかったんだ。牛乳や卵、砂糖……あと何だっけ?……とにかく問題は冷凍庫がないって事で……」
「この世界には冷凍庫どころか冷蔵庫もないものね」
「だからオレが五十五層にある山の頂上まで行って雪を取ってきてさ」
確かあそこには旧SAO時代からモンスターの宝庫と言われていて最終的にはフィールドボスのアイスドラゴンをどうにかしないと氷は持って帰れないはずで……とても「ちょっと雪山まで行って来たんだ」みたいな軽い口調で語られていい場所ではない、とリズはこめかみをグリッ、と指先で揉んだ。しかし今日の主役の懊悩を置き去りにキリトの説明は続く。
「それでアイスは出来たんだけど、今度はそれを食べても味覚再生エンジンが冷たいって感覚を十分に伝えきれなくて。そこからアスナ、頑張ってたなぁ」
要するに今日はメインからデザートまでキリトとアスナ、二人の協力の下に出来上がった料理というわけだ。どうりでアスナが始めから「キリトくんと私からのお祝いだから」と言っていたはずである。
早くもメインディッシュを綺麗に完食したキリトがその皿を持って立ち上がり「ただ氷が大量に必要だからあまりたくさんは作れないらしい」とその貴重さを告げながらアスナがいるキッチンへと入っていくのを見送った三人は「何か手伝おうか?」と問いかけている声を小さく聞いてから顔を見合わせた。
「お醤油が出来たって聞いた時も驚いたけど……さすがアスナね」
「もしかして私達、もの凄く貴重な物を食べてるんじゃ……」
「アスナさん手作りのコース料理ってだけで既にかなり貴重ですよ」
三人は申し合わせたように銘々の皿に残っている肉や付け合わせ、そこにかかっているソースに視線を落とす。脳天気に「美味しい、美味しい」とほいほい口に運んではいけなかったのかもしれない。
「……もうほとんど残ってないけど、味わって食べるわ」
こくり、と頷く三人の脳裏には自分達よりもパクパクと勢いよく美味しい料理を口に放り込んでいるキリトのお日様みたいな笑顔が浮かんでいて……たまに「んまいっ」と同じ言葉ばかりを合いの手のように挟みながらアスナの手料理を当たり前のように食べている姿に「ふぅっ」とやるせない息を吐き出したのだった。
一方、自分の食器をキッチンまで運んだキリトは「手伝おうか?」と申し出たものの、これは手伝わないほうがいいやつだな、と即座に切り替えてまずは持って来た空のメインプレートをシンクに置いた。なぜならアスナは今、まさにこんがり焼き上がったアップルパイを切り分けている最中だったからだ。《現実世界》のアップルパイもホールを切るのは至難の業。力任せにナイフを入れればサクサクのパイ生地が粉々のボロボロという悲惨な状態になるのだから《仮想世界》で料理スキルのないキリトが手を出せるはずがない。
それをアスナはサクッ、サクッ、と手際よく均等に切り分けており、断面も見事なものだった。
一旦手を止めてこちらに微笑み、「お皿、取ってくれる?」と頼まれたので「おう」と応えて既に人数分重ねて置いてあるデザートプレートを彼女の近くまで移動させ一枚ずつ差し出してパイが乗るのを待つ。全ての皿にパイが配られると「あとはアイスね」と言いながらアスナはこのキッチンには不似合いな巨大サイズの箱の蓋を開けた。中にはキリトが取ってきた大量の万年雪が詰まっており、その中心に小さな容器が入っている。
それを丁寧に取り出し大きめのスプーンを慎重に差し込んで、ホッと表情を緩めた。
「うん、ちゃんと良い固さになってる。みんな美味しいって言ってくれるといいけど」
珍しくも自信がなさそうな発言にキリトは首をかげてアスナを見る。
そもそも料理スキルをコンプリートしたアスナの作る物が不味いわけがないし、それはキリト自身が一番よく知っている事だ。
「リズ達も今日の料理のサラダやスープ、もちろんメインディッシュだって全部美味しいって言いながら食べてただろ?」
確かにアイスは成功してからまだ日が浅いメニューかもしれないが、それにしてもアスナが自分の料理の仕上がりに弱気なのが意外でキリトはその真意を測りかね、問いかけるように目を合わせる。
「私の料理を一番食べてくれてるのがキリトくんでしょ、だからつい、きみ好みの味付けにしちゃうくせがついてるんだもん」
困ったような照れ笑いを浮かべたアスナは「だからもしかしたらアイスが甘すぎるかも。でもパイは結構甘味を抑えたから……」と呟きながらアイスをすくってパイに添え始めた。一方、キリトの方はと言えばアスナの発言にジワジワと嬉しさが染み出してくる。今まで彼女の作った物なら何でも「美味いっ」と食べていたが実は知らず自分好み仕様になっていたと明かされれば「へぇ」という単純な相づちさえニヤニヤが止まらない。
そんな顔が近づいてくればアスナも居心地が悪くなり突発的に浮かんだ話題を口にしてしまうのも仕方のない事で……。
「そ、そう言えばキリトくん知ってた?、今日は『キスの日』なんだって」
「『キスの日』?」
「うん。その理由が面白くて。実は日本でね…え゛?、んンっ!」
まだ説明も序盤の序盤なのに何の前触れもなく両頬をキリトの手の平に包まれ、クイッ、と首が回り唇が塞がれる。いや、塞がれただけでなく、話途中だったせいで中途半端に空いていた隙間からすぐに舌が這入ってきた。色々な意味で押し返そうにも両手はアイスの盛り付け途中で動かせないし、咥内は押し返すどころかまるで自分の舌をアイスと間違えているのかと疑うくらい彼の舌に執拗に舐められている。
突然、理由のわからない行為に驚きで見開いたままのはしばみ色が上機嫌に細まった濃墨色の瞳を捉えた途端、むむっ、と眉間に深いシワが寄れば、仕方ないな、と言わんばかりの仕草で唇が開放された。
「はふっ……もぅっ、いきなりどうしたの、キリトくん」
今はリズの誕生日を祝う食事会の最中だ。そして最後のデザートのアイスはリズに驚いて欲しくて、喜んで欲しくて、この日に間に合うよう毎日のように試行錯誤していたのはキリトも知っているはずなのに、このタイミングで「なんで?!」という疑問は簡単には消えてくれない。一旦手元の盛り付けられたアイスが崩れていないのを確認して心を落ち着かせる。確かに『キスの日』だとは言ったけれど……自分は別に……俯いていた視線を上げながら眉根は寄せたまま…「キスして…
欲しくて言ったんじゃないのにっ」
こういう時、いつもはキリトくんのしゅんっ、となった顔にほだされて許してしまいがちだけれど、今回はちゃんと言うわ、とアスナはスプーンを持っていた手に力を込めた。キスは嬉しいけど時と場所を考えてほしい。すぐそこのリビングには友人達だっているんだから。
けれど、ちょっとお怒りモードで口をすぼめたアスナを前にいつもとは違う反応だと気付いたはずなのに、なぜかキリトの余裕の笑みは変わらない。それどころか楽しげな声をひそめてきた。
「だってアスナ、キスするの好きだろ?」
「…す、好きって…」
「よく『キスして』って言うし」
ふへ?…と一瞬身に覚えのない言葉に反論しそうになったが、キリトの表情から何かを察してカァッと顔が真っ赤に茹だる。
「それはっ」
二人きりの時の話で、もっと言えば肌を合わせている時の話だ。理性が働かなくて思うままに願いを口にしてしまうからその時はあまりよく覚えてないのに後になってから鮮明に蘇ってきて悶絶するやつ。けれどそれだってちょっと冷静に思い返せばアスナから強請られたくてわざとじらしているだけで、本当はキリトも喰らいつきたい衝動を堪えているのだとわかりそうなものだが……とにかくそれを持ち出されるとアスナに勝ち目はない。
それでもキリトの言い方に、いつでも、どこでも、誰とでも、みたいな女の子だと思われては困ると焦りが羞恥を追い越した。
「嬉しいのはただのキスじゃなくて……キリトくんとのキスだからなのっ」
持っていたスプーンを置いて両の手をギュッと握りしめ、必死に言葉を重ねれば重ねるほどキリトの機嫌が上昇していくのを不思議に思うが、今はそれよりも説明と説得が優先とばかりに半分泣きそうな声で強く言い切る。
「でも今のは違うからっ」
きっぱりとキス要請の否定を聞いたにも関わらず、涼しげな顔のまま反省の色もなくキリトは「ふーん」と軽くいなしてから、ずいっ、とアスナに顔を寄せた。
「じゃあ、返してもらおうかな」
「え?」
「だから…欲しかったんじゃないなら返してくれよ、キス」
「ほら、早く」と言ってどんどん近づいてくるキリトの顔は意地悪くも心底楽しそうで、そしてとってもわくわくしているのが丸わかりで、アスナは軽く混乱する。自分はそういう事が言いたかったわけでも、したかったわけでもない……はずだ。
それなのに、なんで、今、私はキリトくんにキスを迫られているの?……キスって欲しくなかったら返すものだっけ?……キリトくんからのキスをいらないなんて思ったことないのに……でも「欲しかったんじゃない」って言っちゃったし……
と思考は疑問と常識と感情の間をグルグルと回り続け、止まる場所も見つからないまま最後はそれさえも放棄して鼻がくっつきそうな程の距離にあるキリトの低くて甘くて優しい声が「キスして、アスナ」と乞われたのを合図にアスナもまた自らの本能に従って両手を伸ばした。
ほっそりとした白い指が柔らかくキリトの頬に触れる。
引き寄せる力は必要なくて目を瞑っていても磁石のように唇が重なった。
ただ、いつもならすぐにアスナの唇のあわいをノックするようにつついてくるキリトの舌先が一向に出てきてくれない。じれたアスナは自ら唇を小さく開いて餌を求める雛のごとく密着している上唇を緩く食んでみるがそれでも応答はなく、少し寂しくなってしゃくり上げるような声が「んくっ」と漏れる。
それから「返して」と言うのならいつもキリトくんがしてくれる様にすればいいのかな?、と今度は思い切って彼のあわいまで舌を伸ばしてみた。閉ざされたままの場所をそっと舐めてみる。隙間が開かないかと呼びかけるように舌を動かすが少しカサついている唇は頑なで段々とアスナの眉尻が下がるにつれその動きもゆっくりになり……眉がハの字に落ちきる寸前、今気付いたみたいにひょこりとキリトの舌が出てきてアスナのそれを絡め取った。まるでベテランの釣り師が棹を上げるタイミングを計っていたかのような絶妙さでしっかりと捕獲すれば抵抗することなくその愛撫を受け入れてアスナの方も再び愛しさを返す。
そうやって深くて熱い濃厚なキスを交わしていた二人だったがデザートを待たせている事を思い出したアスナがどうにかキリトから離れ、していないはずの乱れた呼吸を整えながら「キスを返す」という目的は十分達成しただろうと思っていたのに、黒い瞳に仄暗い熱を宿したままのキリトが意味深にふっ、と笑って「まだ足りないから残りは三人が帰ってからだな」と告げていた頃……
「リズさん、アスナさん達ちょっと遅くないですか?」
アイスクリームの登場を心待ちにしているのは三人一緒なのだがキッチンに籠もってしまったのがアスナとキリトの二人という点で単純にデザートの準備のみをしているのかどうかはアヤシイと推測したリズは「私もお手伝いしてきます」と立ち上がりかけたシリカの服の裾をひっぱった。
「やめときなさい。私の索敵スキルがキッチンには近づかない方がいいって警告音を発してるから」
そう言われてシリカは「リズさんて索敵スキル、取ってましたっけ?」と今度はツインテールをふわん、と揺らした。
お読みいただき、有り難うございました。
リズ、ハピバの話でもありますっ(多分)
そして「アインクラッドでキリト達、アイス食べてますよ」だったら
ゴメンナサイ。