ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》 作:ほしな まつり
「お待たせ、キリトくん」とギラギラ太陽の下でも涼しさをそよがせる声が耳に届いて、荷物番と称してビーチマットに寝転んでいたキリトは閉じていた瞼と一緒にガバッと起き上がった。
「サンキュー、アスナ。結構混んでただろ」
「うん。でも店員さんが手際よく作ってくれてたからそんなに待たなかったよ」
アスナの手は両方とも大きめの耐熱カップで塞がっていて、中身はこんもりと盛られたかき氷。それぞれ山頂は赤と緑に分かれており、彼女は緑に色づいている方をすいっ、とキリトに差し出した。
「はい。シロップはメロンでよかったのよね?」
「お、美味そう。今日はなんだかメロンの気分なんだ。アスナのは……イチゴか?」
「そうっ」
大事そうに自分のかき氷を両手で持ち直しキリトの隣に座ったアスナは真っ赤に染まっている氷部分を見て嬉しそうに微笑む。
「私、こういうの初めてなの」
「こういうの、って……かき氷を買ってそのまま外で食べるのが?」
「うん。夏になると話題のお店が紹介されてる動画とか食べた人がアップした画像は見るけど、そういうかき氷ってちゃんとした器に盛られてお店のスタッフさんが運んできてくれるし小さなデコレーションケーキみたいに見た目も豪華でしょ?」
「そうだな。値段も立派だし……贅沢なかき氷って感じだよな」
「あれはあれで食べてみたいけど、こんな風にシンプルに目の前で氷を掻いてもらって好きなシロップをチョイスして出来上がり、っていうのも手軽なファストフードっぽくていいなって」
幼等部から私立のお嬢様学校に通っていたアスナらしい感想だ。鋼鉄の城に囚われるまでは街中にあるハンバーガーショップにも数える程しか行ったことがなかったらしく……ただその数回の記憶だけで旧SAOでは自ら開発した醤油を使い和風ハンバーガーをキリトに振る舞ったのだから元来味覚が鋭いのだろう。
「あれ?、じゃあ、このいかにも、な人工甘味料のシロップも初めて?」
「出店のテーブルにね、シロップの入ったおっきなガラス瓶が種類別にどんっ、どんっ、って並んでて……どれもすごい色でちょっとびっくりしちゃった」
確かに屋台のかき氷シロップは強烈な蛍光色なので初めて見たのなら……と想像してアスナと同様に目を丸くしただろう一緒に買いに行ったはずの二人の存在を思い出す。
「で、ユージオとアリスは?」
「それが……ユージオくんはシロップを青色の『ラムネ』にする、ってすぐに決まったんだけどアリスがなかなか決まらなくて……」
アスナがちょっとだけ苦笑いをこぼした。
「私が一番先にキリトくんと自分の分を買っちゃったからユージオくんが溶ける前に持って行きなよ、って言ってくれたの」
「それでユージオはアリスに付き合って決まるまで待ってるわけか。ちなみにあと何味があったんです?」
うーんとね、とおとがいに人差し指を当てたアスナが記憶を掘り起こす。
「今挙げた以外にはレモンとブドウと……あとピーチにオレンジやマンゴーもあったかな」
それだけ種類があれば迷うのもわからないでもない、とキリトは軽く「へぇ」と呟いてから買ってきてもらった自分のかき氷を見た。とりあえず自分の正直な感情に従って「メロン!、なかったらレモン!」と第二希望までをアスナに伝えておいたのだが昨今は大衆向け海水浴場のかき氷と言えど随分とサービスが充実しているらしい。
「どうしたの?、他の味の方がよかった?」
緑色に染まっているかき氷の一角を見ていたらアスナが横から覗き込んできた。要望通りにしたのだから気にする必要はないのに少し不安にさせたのだと気付いて慌てて首を横に振る。
「そうじゃなくて……混ぜたらどんな味がするのなかぁ、って思ってさ」
途端に「え……」と表情が固まったアスナの顔が引くように遠のいていく。
「混ぜるって……何と何を?」
「そこは適当に色々と……」
味覚が敏感なだけに想像だけで何やらとんでもない味を口にしてしまったらしくアイドル級の顔が「うっ」と言う呻き声と同時にしかめっ面になった。
「昔、小さい頃、スグと家でやったんだよ。買ってあったシロップ全部かけてみよう、って言って」
「キリトくんのおうちにはかき氷器があったの?」
「ああ、小さい家庭用のが。夏休みの間はそれでかき氷作って自分達のおやつにしてたからなぁ」
「楽しそうね……それで結果は?」
「……数種類のシロップを次から次にかけたら氷がどんどん溶けて、もの凄い色になって、それでも一口食べたんだけどさ。かき氷に対してシロップの量が多すぎて甘いだけで味なんて全然わからなかった」
真面目なトーンで「今なら先に混ぜたシロップを用意するか、かける場所をきっちり分けてから全部の氷をすくって食べればよかったって思うけど」と改善案を告げるキリトにアスナは「はぁっ」と溜め息のような呆れ声を落としてから「溶けちゃうから食べよ、キリトくん」と持っているかき氷にささっていたスプーンを手にする。
まずはてっぺんからが王道だろうと二人揃って山頂をすくって口に運んだ。
「んーっ、冷たいっ」
「やっぱり夏はこれだな」
一瞬で溶けてしまったが口の中にはシロップの甘さと氷の冷たさが残ってそこだけ太陽の熱が届かない別世界のようだ。一口味わえば止まらなくなり二人はしばらく夢中でかき氷を食べ進めた。
互いに中身が半分ほどになった頃、アスナがちらちら、と自分のかき氷を見ているのに気付いたキリトが不思議に思い首を傾げる。
「どうした?」
「へっ!?…えっと…あのね……キリトくんの方、どんな味かな、って……」
初めて食べるチープなかき氷だ、アリスほどではなくても他のシロップに興味があったのだろう。ラグーラビットの時みたいに「はんぶん」を主張できる理由がなかったからか「一口ちょうだい」を気軽に言い出せないところが育ちの良いアスナらしい。
彼女の目前に「かなり水になっちゃってるけど……」とかき氷の入ったカップを向ければ「わぁ、ありがとう」と言う嬉しそうな口元が視界に入ってキリトは動きを止めた。
「アスナの舌、真っ赤っかだな」
「えぇっ?!」
「多分オレの方は緑色になってる……だろ?」
「うわっ、どうしたの!?、その色!!」
んべ、と舌を出して見せれば案の定はしばみ色が大きく見開かれ驚きと気遣いが半々になっている。
「この手のシロップは色が舌についちゃうんだ。緑色のシロップがかかったかき氷を食べたから緑に……でも赤は一番違和感ないと思う」
「それじゃあユージオくんがかき氷を食べたら……」
「舌が青色になる」
……見てみたい気もするが見たら間違いなく噴き出してしまいそうだ。
「でもこの色、どうやったら落ちるの?」
いくら舌の色に近い赤色とは言え染まっていると知れば変に意識してしまい口の開き方もぎこちなくなる。それにまだかき氷は残っているのだ、食べれば食べた分色が濃くなってしまうのだろうか?、とアスナはカップの中に視線を落とした。
隣では曖昧な笑顔のキリトが自分の経験を語る。
「残りのかき氷を食べても舌に付く色はたいして変わらないよ。口をすすいだ程度じゃ落ちないけど普通に食事とかすればいつの間にか落ちてたなぁ」
と言う事は今晩の夕食をとるまで色づいた舌のままらしい。アスナはちょっと考え込んでから「うんっ」と勢いよく頷いた。
「これも海水浴の思い出のひとつよね」
初めてに戸惑いはしたもののよほど理不尽な事柄でなければアスナは受け入れると知っているキリトが改めて「で、こっちも食べます?」と再度自分のかき氷を彼女の前に差し出す。
「……でも、キリトくんのを食べると私の舌は……」
「赤緑色になる、かもな」
一口程度ではほとんど色などつかないと思うが、食べてみたい好奇心と舌に違う色が混ざる事への躊躇に挟まれているアスナが面白くてつい意地悪な言い方になってしまったキリトに更なる疑問が投げかけられた。
「この舌って色だけ?、味もついちゃったりしてない?」
……さすがにそれはないと思うが、…と言うか実はこういう蛍光色のシロップは香料が違うだけで実は全て同じ味らしいし、そもそも味を感知するための器官である舌自体の味を確かめる方法なんて……とそこまで考えて、何を思いついたのかニヤリと微笑んだキリトが今度はずずっ、と自分の顔をアスナに寄せる。
「確かめてみる?」
「ふぇ?」
「オレの舌がメロン味になってるかどうか」
「ど、どうやって…」
「アスナがオレの舌を舐めればわかるだろ?…ほら」
んべ、と舌を出す所作は先程と同じはずなのに纏う空気は夏空の爽やかさとは正反対で、アスナを見つめる深黒の瞳は陽光以上の熱を帯びている。
「え、でも……」
「パラソルで周りからは見えないし、早くしないとユージオ達戻って来るぞ」
それに互いの舌を摺り合わせるなんて今までも、なんなら昨晩も散々溺れた行為だし、と胸の内で付け足して、それでも尚こんな状況を利用してまで彼女を求めてしまう自分に軽く自嘲しつつ「ほら」と最後のひと押しをすれば、ゆっくりと距離が縮まり好奇心に負けたアスナの舌先が、ちょんっ、と触れてくる。
くすぐったいようなじれったいような、恐る恐るといった舌の動きに「本当に味見のつもりなんだな」と可笑しくなるが、そこがまたアスナらしくて、結果、余計にキリトを煽っていることに本人は気付かない。
だいたいそんな先っぽが僅かに触れる程度では味など分かるはずもなく、それでも恥ずかしさを我慢している涙目のまま何度かペロペロと試みても納得も出来ずにこれでもかと両方の眉尻が下がってしまえば、キリトの方も段々と物足りなさが募りプツリ、と何かが切れる。
いきなり放り投げる勢いでかき氷のカップをビーチシートの上に、自由になった手をそのままアスナの後頭部に回して「オレも、アスナの味見させて」と剥き出しになっている真っ赤な舌を己の舌で押し戻しながら唇ごと食らいつけば、互いに擦り絡め合って舌の色が元に戻った頃、それぞれのかき氷はすっかり色水となっていた。
お読みいただき、有り難うございました。
「ウラ話」は次回まとめて。