ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》 作:ほしな まつり
只今立て直し中なので……気長に待っていただけると。
お茶でも飲んで……あ、お茶請けに短編、置いておきますね。
カレンダーの日数的には長かったが、体感的には短かった夏休みも終わり、まだまだ「夏」と称して差し支えない気温でも容赦なく学校に通わなくてはならなくなってから半月ほどが経った頃、その日は朝からなんとなく和人の周辺がザワついていた。
特に身に覚えもない為放置していたが、クラスメイトはもちろん休み時間に教室を出れば廊下でもチラチラと視線が絡んでくる。さすがに顔をどうにか覚えている程度の生徒にまで盗み見るように意識されれば理由が気になってくるが、さりとて挨拶すら交わした事のない生徒に問いかけるほどのコミュ力もない。
だから和人は急いで教室に戻り自分と同じ『ネットワーク研究会』に所属している佐々井を捕まえた。
「佐々、オレ、なんか皆から見られてる気がするんだけど」
これが誤解だったらとんだ自意識過剰くんである。ところが佐々井は少し目を丸くして「ほぉっ、思ったより早く気付いたな」と逆に感心したような顔で、和人の肩に、ぽんっ、と手の平を置いた。
「カズ、お前昨日の日曜、姫と会っただろ」
「うん、まぁ。けどなんで知ってるんだ?」
会ったと言っても一緒に出掛けてたわけではなく、和人以外の人間が全員留守にしていた桐ヶ谷家で、いわゆるお家デートというやつだったのだが……それをなぜ佐々井が?、と言うかそれが視線の原因ならクラス中、いや学校中が昨日、アスナが家に来た事を知っているのか?、と若干頬が引きつれる。
「まあな、俺はカズがどういうヤツか知ってるから今更驚きも何もないけどさ。そうじゃないヤツからしたら意外なんだろうな」
「さっぱり話が見えない」
「だからカズって一見大人しそうって言うか優しげな雰囲気だろ」
「いや自分じゃそういうのわかんないけど」
「あの鋼鉄の城でソロプレイヤーだったのは結構知られてるから、モンスター相手の戦闘だとスゴいんだろうなとは思われてても……うん、まぁ、これ以上は俺の口からはちょっとな」
「おいっ、最後まで言えって」
「ちなみに今日の昼は姫と食べるのか?」
「ああ」
「ならその時わかるって。でも……ほどほどにしとけよ」
「だから何がだよっ」
結局肝心なところは何も分からないまま「あ、先生来たぞ」といつの間にか授業時間に突入していた事に気づかされて渋々席に戻った和人は昼休みに入った途端明日奈との待ち合わせ場所へダッシュしたのだった。
「あれ?、キリトくんの方が早いの、珍しいね」
「よ、アスナ。ちょっと相談って言うか気になってる事があってさ」
「ふぅん。ならお昼食べながら聞くから早く行こ」
促すようにいつもの昼食場所である秘密の庭へと足を向けた明日奈の後ろ姿を見た和人は「あっ」と何かに気付いたように彼女の肌の一点を見つめた後、納得と脱力を混ぜ合わせた声を「あぁぁ」と落とす。
「えっ?!、なに?、どうしたの??」
驚いて振り返った明日奈に「謎が解けた」とだけ伝えて二人きりになれる場所へと到着しても腰を落ち着かせていつものように彼女から弁当を受け取れば問題の説明よりも本能的な食欲がそれを上回ってしまう。
とりあえず空腹が収まるまで話は後回しなのね、とその食べっぷりから察した明日奈もクスっ、と笑ってから昼食を口に運び始めた。しばらくすると「ふぅっ」と言う満足げな吐息の後に「ご馳走様でした。今日も美味かった」と幸せそうな笑顔がこぼれている。
「よかった。それで、さっきの相談?、て言うか謎?、ってなぁに?」
「そうだった」
和人より少し遅れて弁当を食べ終えた明日奈が片付けをしながら問いかければ、そのまま午睡に入ってしまいそうな顔が慌てて引き締まった。
「アスナ…左肘の少し上のとこ、赤くなってる」
指摘されて急いで腕をひねってみるが制服の半袖からちょっと下の微妙な位置で鏡がないとしっかりと確認できない。ならば、と右手で触ってみればなるほど微かな違和感があった。
「虫刺され…かなぁ。全然気付かなかったよ」
本人がそう言うのなら明日には消えてしまうくらいの些細なものなのだろう。ただ彼女の肌が薄く透明感のある乳白色なだけに小さな赤も際立ってしまい……
「で、だ。今朝からその赤みに気付いた生徒達が、その原因がオレだと思ってるらしい」
「え?…………ええーっ!!」
言わんとしている事を理解した明日奈の顔が一気に腕の赤みよりも赤くなる。
「こんな理不尽なことってあるか。アスナから散々制服で隠れないところはダメだって言われていつも我慢してるのに」
むぅっ、と本気でむくれている和人だが当の明日奈はそれどころではない。
和人の話が本当なら自分は気付かないまま朝から周囲に誤解を生み続けていた事になる。思い返せば教室で「おはよっ」と背後から声を掛けてきたリズの視線もなんだか生温かかった。
なんで教えてくれなかったのよっ、リズぅぅ……と親友をちょっと恨みながら明日奈は「そうだっ、絆創膏っ」とひらめいた後「教室の鞄の中だった……」と項垂れている。
この昼休み中に保健室に貰いに行ってもいいが、それはそれで新たな誤解者を増やしそうで怖い。
「それにオレだったらもっとちゃんとやるし」
ちゃんと、ってなに?……なんて疑問は口にしちゃダメなやつだ。
赤みの理由における周囲の勘違いについては和人も明日奈と同様、被害者側のはずなのに不機嫌の理由に全く同意出来ない。
そして更に追い打ちを掛けようというのか、どうすればいいの?、と一人で盛大に悩んでいる明日奈の耳に隣からトンデモ発言が飛び込んで来た。
「今ならオレの方にアスナが付けた痕があるのにな」
そう言って左胸の心臓より気持ち上をシャツ越しにトン、トンと叩けば明日奈の全身がびくッと震え次には一瞬で発火して深紅に染まる。あわあわと目を回しながら「だって」とか「それはっ」とか意味を成さない言葉をぽろぽろ零している姿を眺めつつ和人は昨日の光景を思い出して意地の悪い笑顔になった。
別に昨日はそういう行為が目的で明日奈を自宅に招いたわけではなかったのだが、彼女に助けられながら提出期限間近の課題をやり終えた開放感とその後旧SAOのログハウスで過ごした二週間の濃厚な思い出話を交わした流れで二人の間に流れる空気が徐々に甘くなり自然と唇が重なって……離れた時には呼吸も荒くなっており、そんな息の仕方でさえ和人を煽るには十分で、そのまま己の唇を細い首筋に埋めようとした時だ、明日奈から『ダメ』を言い渡されてしまったのである。
『痕…つけちゃ……』
『ここなら大丈夫だろ。アスナ、制服着崩したり…しないから』
『でも…』
いつもなら流されてくれるのに服で隠れる場所さえむずがる理由はまだキスをしただけだから十分に理性が残っているのだろう、とは推測できるものの和人のスイッチは入ってしまっている。それでも彼女が本当に嫌がる事はしたくなくて懇願するように『アスナ』と熱っぽく名を呼べば酸欠で潤んだ瞳のすぐ上には細い眉の端が困ったように垂れ下がっていた。
『あのね…思い出しちゃうの』
出来れば打ち明けたくない話なのか、遠回しな言い方に無言で和人が小首をかしげると、少しずつ明日奈の口から言葉が押し出される。
『お家で…着替える時、とか……あの…鏡で…見えちゃうし』
ああ、なるほど、と今度は軽く頭を上下させた。要は自分の身体に散っている紅痕で、付けられた時の情景が赤裸々に脳内再生されてしまうと言いたいのか、と気づき嫌がられているわけではないのだと安心して「ふっ」と息が漏れた。
『っ、笑わないでっ……ホントに、本当に…恥ずかしいんだから』
別に笑ったわけじゃないけど、と弁明するより自分の独占欲を抑えきれないせいで付けてしまう痕が、明日奈が家に帰った後でも思い出して貰えるきっかけになるなら常に傍に存在しているようで嬉しさが勝る。
けれど明日奈としては自分の羞恥心が軽んじられていると受け取ったようで、しばらく俯いていた顔が持ち上がってみるとそこには決意を秘めた瞳がやる気でみなぎっていた。
『だったらキリトくんに付けてあげるっ』
『へ?』
『そうすれば恥ずかしい私の気持ちわかるでしょっ』
ちょっと待て、アスナがオレの肌にキスマークをつける?……今夜風呂に入る時、鏡に映った痕を見たってニヤけるしかないけど……と妙な方向に狼狽えている和人をキスマークへの戸惑いと勘違いした明日奈の行動は早かった。『ほらね。肌に赤い痕があるって困るのよ』と言いながら和人のシャツのボタンを二つほど外して『この辺なら制服で見えないかな』と素早く唇を押し当てる。
開いたシャツを握りしめながらしばらく、んむっ、んむっ、と一生懸命上唇と下唇を動かしている様子に和人があっちこっちむず痒くなってくるのを必死で我慢していると、息が苦しくなったのか『ぷはっ』と明日奈が顔をあげ、同時に予想していたような痕が付いていない事に再びへにょり、と眉尻が下がった。
『……なんで?…』
『アスナ、もっと強く吸い付かないと』
『……そんな事したら、キリトくん、痛くない?』
痕を付けられる側の気持ちを分からせるためなのに気遣いをみせる明日奈の言葉に和人は黙って目を閉じ斜め上を向く。
これ以上彼女から何かを聞かされたり見せられたりしたら色々と止まらなくなる自信しかない。
けれど明日奈にしてみれば顔すら合わせてくれなくなった理由は全く不可解で、『キリトくん?』と心配げに呼ばれれば応えないわけにはいかず……和人は観念して視線を下げた。
『オレは…その、毎回アスナに痛い思いをさせてるわけなんだけど……』
『…………うん。でも……嫌なわけじゃないの……ただ、やっぱり恥ずかしいの』
嫌ではない、と言質を取った和人が内心でガッツポーズを決める。
それに鬱血痕は所有欲の証だ。明日奈から言葉では『私はきみのものだよ』と貰っているが、それが目に映る形で自分の肌に刻まれるなら見て見たい、と和人は囲い込むように彼女の小さな頭を抱きかかえた。
『オレもアスナにされるなら嫌じゃないから、もっと思いっきり吸っていいよ』
……という経緯で今現在和人の肌にはひとつだけ明日奈が付けたキスマークが赤々と存在するのである。彼女の目論見通り、その痕を見て和人が羞恥心で身悶える……などという事は一切なく、逆に痕を付けた側の明日奈がそれを見て『もう絶対やらないからっ』と羞恥に震えていた。
ご機嫌を損ねてしまったので昨日だけは彼女の肌に朱を散らすのは控えたのだが……オレがやったんじゃないのにオレのせいだと思われるなら、もう我慢しなくていいんじゃないか?…などと不埒な事を和人が考えてるのを明日奈が知るのはもう少し先の話になる。
お読みいただき、有り難うございました。
ちうぅぅっっっ、って一生懸命吸ってる明日奈さん
可愛いかもしれない