ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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いつもの日より一日遅れの一時間遅れでお届けです。
キリトとアスナがアンダーワールドに残ってそれほど月日が経っていない頃の
お話です。


〈UW〉ネーミング・センス

キンッ!……キンッ!……ッキーンッッ

 

硬質な何かが鋭くぶつかり合う音が広範囲に響き渡る。

その音源に誘われるように白亜の塔にいた神聖術師や騎士達は次々とセントラル・カセドラルの前庭広場に足を向けた。

……と、そこには真っ黒な疾風と真っ白な疾風が間合いを取りつつも時折更に速度を上げ磁石で引き寄せられるように衝突し、その都度彼ら彼女らの耳に届いた高音質な打撃音が打ち鳴らされれば、一拍遅れてもの凄い風圧が襲いかかってくる。

 

「……え?、なに?」

 

爆風に乱れる髪を押さえ、その場に踏ん張るように上体を前傾姿勢にした騎士が目を凝らした。

二つの疾風がザッと急制動をかけて距離を取って向かい合ったまま動きを止めると、ようやくそれらが人の形をしていたのだと認識する。

 

「代表剣士様と副代表剣士様!?」

 

そう、その二人は方や黒を基調とし修剣士のデザインと酷似した黒衣を纏っている人界統一会議の代表キリトともう一人は正反対の色をまるで女神のごとき優麗さで身に包んでいる副代表のアスナだった。

互いに己の剣を構えたまま、静かに相手の出方を覗っている。

 

「あれだけの打ち合いをして全く息が上がらないのはさすがね」

 

少し離れた場所で独り言のように小さくつぶやく声の主は整合騎士団団長のファナティオ・シンセシス・ツーだ。そして彼女の元に二人の少女が駆け寄ってきた。

 

「ファナティオ様っ、これはいったい…」

 

整合騎士を目指し見習いとしてセントラル・カセドラルで生活しているロニエ・アラベルとティーゼ・シュトリーネンである。元々、北セントリア修剣学院で傍付きをしていたからだろう、普段は比較的キリトの周辺にいる彼女達だが今、目の前で行われている事態は知らされていなかったらしい。

 

「よく見ておきなさい。整合騎士と同等かそれ以上の剣士二人の研ぎ澄まされた剣技を」

 

整合騎士が整合騎士たる所以は神器とも呼ばれる唯一無二の武具を使い武装完全支配術を扱えるかどうかだ。そこに到達する為に剣士としての剣術が優れているのは当然だが相手が強ければ強いほど剣技のみで戦うことはまずない。

けれどキリトもアスナもひたすらに剣だけを振るい相手を打ち負かそうとさっきから斬撃と刺突を繰り返している。

 

「互いに技を出そうと思っても出せないのよ」

 

珍しくファナティオの顔に無邪気な笑みが花開いた。

 

「代表殿が技を発動させようとすれば素早く副代表殿が切り込み、逆もまた然りであの重い剣を受け止めた後ではすぐに技の初動に入れず、結局お互い純粋な打ち合いになってしまうのね」

 

多分、だが剣技のみという取り決めを事前に交わしているらしく、それが証拠にキリトは心意で何かしらの攻防をする事はく、アスナの方も固有能力の《無制限地形操作》を試みる様子はない。加えて二人とも術式を唱える素振りすらないのはロニエとティーゼにも察せられた。

黒と白の回旋曲のごとき戦いを眺めながらファナティオは口元に笑みを浮かべたまま懐かしげに目を細める。

 

「代表剣士殿と私が初めて剣を交えた時も連続技の応酬になったけれど……これはこれでまた見応えがあるわね」

「どういう…意味でしょうか?、ファナティオ様」

 

ほんの一瞬だけ二人の剣戟から目を離して騎士団長に問う。

 

「初戦の場合、とにかく相手の動きを封じるために己の剣速を上げるわけだけれど、あの二人の場合は互いの考え方や戦い方の癖、次の動きが予測できてしまうのね。早さよりもタイミングを重視して封じ込めに行ってるから……」

 

可笑しそうに手を口に当て「あれでは決着がつくかどうか」と笑っている隣では騎士見習いの二人があんぐりと口を開けていた。

 

「ウソ、あれで……速度を抑えてるなんて……」

「私、お二人を目で追うのがやっとで剣先なんて全然見えてないのに……」

 

もしも初対面であの二人のどちらかと相対すれば自分達は更なる神速の剣を浴びるというのか……。

ゴクリ、と唾を飲み込み、畏怖とも憧憬ともとれる瞳でこの世界の最高レベルと言って間違いない剣技に釘付けになっている少女達の顔を今度はファナティオがチラリと見遣る。

この二人は己が女だからという理由で剣勢に迷いが出ることはないのでしょうね……と、かつて女である呪縛に囚われていた自分を思い出し、続けてキリトの言葉が脳裏に浮かんだ。

 

『あんたが女だからって手を抜く気はさらさらないぜ、これまで何度も女剣士に負けてるからな!』

 

言い放ったキリトの顔は真剣そのものだったが、声にはどこか切なさが滲んでいたのを覚えている。今まではその負けがよほど悔しかったのかと思っていたが、こことは違う世界からキリトを追ってたった一人でやって来たと言うアスナに再会してからはそんな声を聞く機会もなくなったので……つまりはそういう事なのだろう。

広間に集まった衆人は比翼の舞にも見える息の合った剣戟の行方をただ見つめるしかないが、その剣舞の使い手達の表情を捉える事が出来るファナティオ以下、高位の剣士や術師達には二人の口元が興奮と喜びの形を成していると気付く。

キリトの黒衣の裾が翻り、アスナの髪に結ばれた白いリボンが揺らめく。《夜空の剣》を持つ手を斜め前に伸ばし狙いを定めたキリトが、カッと地を蹴ると同時にアスナもまた体重を乗せた踏みだしで初速を最大限に引き出し《ランディアンドライト》を真っ直ぐに突き出した。

何度目かわからない剣と剣がぶつかり合う高い金属音が二人を遠巻きに囲んでいる全員の耳を痺れさせる。

遅れてやって来るのは剣圧に押し出された空気で、それが分厚い塊となって二人を中心に円を広げた時だ、前庭の手入れの為に置いてあった空の荷車が堪えきれずにガタリッと横倒しになりそのままズズーッと押し流される。

そして運悪くその先にいたのが必死に諸々の圧から身を守ろうとしていた小柄な見習い術師の少女で……彼女は自分に迫ってくる荷車の存在にも気付かずに背を丸め頭を抱え込んでいた。

 

「あぶないっ!」

 

それに気付いたアスナが身体を反転させて流星のごとき早さで駆け出し荷車よりも先に僅差で彼女の元に辿り着く。とは言え勢いを付けた荷車はすぐ目の前だ。見習い術師の少女の身を庇おうと彼女に覆いかぶさった時、バンッ!!、と大きな衝突音が耳の脇で破裂した。

何が起こったのか分からず大きな破壊音に思わず身体を縮こませたが足音と共に飛んで来た「アスナっ」という声にゆっくりと顔を上げてみると、視界いっぱいにキリトの作り出した心意の手が大きく大きく広がっている。

 

「キ…リトくん……」

 

荷車が完全に止まった……と言うより見事に破砕されたのを確認して半透明の巨大な手は消え、代わりに駆け寄ってきたキリトが片膝を突いて心配そうな顔を寄せてきた。

 

「ケガはないか?」

「…うん」

「ったく、いきなりもの凄いスピードで飛び出していくから焦ったよ……《無制限地形操作》が間に合わなくてもオレの心意でなんとでもなるのに」

「……だって、今日の手合わせは剣のみ、って約束だったでしょ。だから、つい……」

 

咄嗟の事で考えるより先に身体が動いてしまったらしい。

落ち着いてみれば少女の身代わりに荷車に衝突される状況だったのだと気づきキリトの焦り顔を見て「ごめんね」と謝罪が自然と声になった。

もしアスナがケガをしても自分で直ぐに元通りに治せるのに、とか、キリトがヒールすればいいのに、なんて考えはこの二人にはない。たとえ一瞬でも相手が傷を負う事はお互い自分の身以上に心が痛くなるのを知っているからだ。

 

「普段はオレより冷静なのに……そういうとこ、変わらないよなぁ」

 

これまでのどの出来事を指しているのか…いくつか身に覚えがあるアスナが「うっ」と唇を凍らせると、それをほぐすように優しくキリトの指が頬を撫でる。

呆れているような、諦めているような、それでいて嬉しそうに目を細めながら触れてくるので、きっと「そういうとこ」は変えなくてもいいのだとアスナもまた口元を緩めた。

飽くことなく柔らかな頬に指を滑らせているキリトとそれを嬉しげに受け入れているアスナの二人の姿に居たたまれなさを覚えた衆人達が徐々にその場から離れて行く。そして最後に残されたのはファナティオから「後はよろしくね」と事後処理当番を任命されたロニエとティーゼだ。

どっちが声をかけるのか、互いに肘で突き合っていると未だアスナの身体の下にいた見習い術師の少女が真っ赤な顔でこちらを見ている。まずはそっちからね、と二人は並んで少女の前に両膝をついた。

 

「大丈夫ですか?」

 

キリトとアスナが守ったのだからケガはしていないと思うが、それにしてはさっきから必死に口をパクパク動かしている。

少女に代わって反応を示したのはアスナだ。

 

「あっ、ごめんなさいっ。ずっと抱きついちゃってて……苦しくなかった?」

 

我に返ったように、パッと少女から離れると、すかさずキリトが手を差し出してくれる。その手を取って立ち上がり振り返れば、少女もロニエとティーゼの手を借りて起き上がったところだった。

 

「ああああ、有り難うございましたっ、副代表剣士様っ」

 

ポッキリと身体を折って頭を下げている姿は元気そのもので、ほっ、と安心したアスナが「こちらこそ、怖い目にあわせちゃって……」と言っている間に少女は脱兎の如くその場から逃げ出していく。

「え?」と戸惑いにその必死な後ろ姿を呆然と見送ってしまえば騎士見習いの少女二人がウンウンと納得の顔を振り動かした。

 

「私達ほどアスナ様に免疫がないんです」

「私達みたいにお二人の親密ぶりへの耐性がないんです」

 

総括するとステイシア神の降臨とも言われているアスナに密着され、その彼女を愛でる代表剣士キリトとの雰囲気にあてられ、とてもではないがこれ以上この場に留まっていられなかったというわけだ。

ただアスナ自身はティーゼとロニエから説明を受けても「そうなの?」と首を傾げている。キリトと違いこの世界にやって来てまだ日も浅く、加えてログイン時に上空から降下しながら創世神の固有能力を使ったせいか、恭しい態度で接してくる人がほとんどで下位騎士や見習い術師からは遠巻きにされがちなのだ。

嫌われてはいないとわかっているが、もっと気軽に話したいのに、とちょっと寂しそうな顔のアスナを見てロニエはそそっ、とキリトに近づいた。

 

「キリト先輩、リアルワールドのアスナ様ってどんなお姿なんですか?」

「どんな、って……まったく同じだけど」

「同じ……」

「創世神ステイシアのスーパーアカウント…って、あー、……えーと、……なんて言えばいいかな。ステイシア神の人形(ひとがた)にアスナの魂を入れた?……そんな感じだから」

「でもお姿はアスナ様なんですよね?」

「ああ。頭のてっぺんから足のつま先までフルトレース……じゃなくて完全再現されてる……髪の毛がちょっと長いかなぁ」

「違いは髪の長さだけ……」

 

念を押すような声にキリトは無言で首肯する。反して予想外の答えを得たロニエと二人の会話を聞いていたティーゼは改めて驚きの目でアスナを見た。絵画から抜け出してきた女神そのものだと噂されている美貌はアスナ本来の姿だと証言されたわけで、先の異界戦争で空から降臨した時のアスナの御業やその剣技を目にしていない者達にまで敬遠されているのはその人間離れした容姿に起因している所が大きいのだが……なるほど、元々の姿なら本人はあまり意識していないのかもしれない。

 

「……もしかしてアスナ様ってご自分の容姿がどれほど相手を緊張させるか気付いてないんですか?」

 

今でも不意打ちでアスナから距離を詰められると思わず心臓が跳ねてしまうキリトが照れ隠しのようにぽりっ、と頬を爪で掻く。

 

「そうかもな。自分に視線が集まる事に慣れきっているというか……」

「うわぁ……」

 

アスナの人となりを知らなければ高慢な人物像を描きそうな発言だが、彼女の場合はその外見の他に上品な所作であったり、慈愛の籠もった笑みだったりが付加されてよりいっそう周りの目を惹きつけてしまい、当然それも本人は意図して行っているわけではないから始末に負えない。

自制して下さい、って言うのもへんだし、そもそも自分達だってアスナに好意はもちろん尊敬や憧れを持っているので二人は互いの顔を見て頷き合い、アスナの前へと移動した。

 

「見習い術師って結構忙しいんです、アスナ様」

「気になるようでしたら、後で私達が様子を見に行って来ますから」

 

私達なら目の前に二人並んで立ってもかの見習い術師の少女が緊張する事はないし、と少しだけ遠い目になる。そんな二人の気遣いに笑みを取り戻したアスナは「ありがとう、でもいいの」と謝絶を口にした。

 

「私がまだ《セントラル・カセドラル》に馴染んでないからなのよね」

 

アスナ様がどれほど馴染まれても、こちらはその可憐さに慣れる気がしませんけど……と思っていたところにキリトが口を挟む。

 

「そうそう、それで剣の方はどうだ?」

「うーん。こっちもまだね。もうちょっとって感じかな」

 

いつの間にか鞘に収まりその細腰に寄り添っている《ランディアンドライト》へと視線を落とすと、キリトもまた剣を見つつ顎に手を当てて「うーん」と唸った。

 

「アスナが今まで使っていた剣よりちょっと大振りだもんな」

「うん。だから今ひとつ感覚が掴みきれなくて……でもかなり使いこなせるようになってきたよ」

「ちょっと削ってみるか?」

「えっ?!……できるのっ?」

 

だってこれ、《創世神ステイシア》の標準装備だよ?、と目で訴えているとキリトの口の端が悪戯っ子の形になる。

 

「北セントリアの第七区に腕の良い金属細工師がいるんだ。オレの剣を一年かけて作成してくれた人で…」

「い、いちねんっ!?」

「だけど剣にするまでに黒煉岩の砥石を六枚もすり減らしたからって、ずっとオレの事《キリ坊》って呼ぶのは勘弁して欲しいけど」

 

実に不本意だと顔をしかめているが、その細工師の心安い意趣返しだとわかっているのか口元は弧を描いたままだ。キリトに対して親しみを込めた呼び名を口にしている自分の知らないアンダーワールド人に興味を抱いたアスナははしばみ色の瞳を輝かせる。

 

「……剣はこのままでいいよ。だいぶ慣れてきたから。でもその細工師さんには会ってみたいな。他にも、北セントリアにはキリトくんがお世話になった人達がいるんでしょ?」

 

北セントリアはもちろんキリトが親友と一緒に巡った場所は全部行ってみたいと前々から思っていた。その工匠のように、多分彼の無茶無謀に振り回されたのは一人や二人ではないだろうから感謝と謝罪を伝えたいし話も聞きたい、とアスナは目の前の少年が本当にこの世界でたくさんの人達と関わりながら二年間を生きていたのだと実感する。

 

「まぁ、アスナがそのままでいいって言うなら……そうだな、今のままでも全然勝てる気がしないし」

 

確かに先程の手合わせでも手を抜いていたとは思えなかったし、結局勝敗もつかずで終わってしまった。

それなのにキリトの言葉にアスナの頬は不満げに膨らむのだ。

 

「そんな事言って…キリトくん、剣一本しか手にしてないしっ。私、デュエルで負け越してるのキリトくんだけなんだよっ」

「だったらオレだって、勝率が一番低いのアスナだぞ。それにアスナの方こそ十一連撃使ってないだろ」

 

妙な言い合いに発展してしまった二人の姿が視界に収まる位置に立っていたロニエとティーゼはこの不毛な口論を止めたくて「あのぅ」「えっと」とおずおず声を発した。このまま黙って聞いていたら結局「私よりキリトくんの方がすごいもん」とか「オレよりアスナの方がすごいって」みたいな犬も食わないヤツになる確信があるからだ。

 

「そうだっ、アスナ様の十一連撃ってどうやって習得されたんですか?」

「あ、それ、すごく聞きたいです」

 

問われて途端に声の勢いをなくしたアスナは代わりにふにゃり、と寂しげに微笑んだ。

 

「その技はね、《マザーズ・ロザリオ》っていう名前で、私の大好きな友達から受け継いだものなの」

「《マザーズ・ロザリオ》……優しい響きの技なんですね」

「ならアスナ様はその方から剣を習ったんですか?」

 

しかし今度もアスナは静かに首を横に振ってから、どこか遠くを眺める。

 

「私に剣の持ち方を教えてくれたのは……学校の友達だったな」

「学校……」

「私達やキリト先輩がいた修剣学院のような所ですか?」

「そういうのとはちょっと違うと思うけど、最初の構え方や振り方は彼女からで、でも剣士じゃなかったから……ちゃんと剣を教えてくれたのは…………うん、キリトくんだよ」

「えっ?!、キリト先輩がアスナ様に剣の指南を?!」

 

その結論を聞いて慌てだしたのはキリトだ。

 

「ちょっと待ってくれ。別にオレが指導したわけじゃ……」

「だったらアスナ様も私達と一緒ですねっ」

 

キリトの否定を照れ隠しか何かと思っているのか、見習い剣士の二人は「わぁっ」と顔を喜び一色に染めるが、その反応にアスナが、はて?、と首を傾げる。

 

「一緒、ってなにが?」

「キリト先輩から剣を習ったならアスナ様の剣術も《アインクラッド流》なんですよねっ」

 

アスナの頭の中で聞き慣れた、それでいて聞き慣れない単語が木霊した。

 

アインクラッド流、アインクラッド流、アインクラッド流……

 

高速で、がばッ、とキリトの襟元を両手で掴むと同時に顔を引き寄せる。ちなみに引き寄せた顔は悪戯がバレたのかバレていないのか判断できず反応に困っているどっちつかずな感じで若干引き攣っていた。

純粋に喜色を放っているロニエとティーゼを気遣い、小声ではあるが鋭い声がまっすぐ突き刺さる。

 

「どういうこと?、キリトくん。アインクラッド流ってなあに?」

 

笑顔が全く笑っていない。

これはあれだ「怒らないから言ってみて」って正直に話したら怒られるやつだ、と本能が告げているが誤魔化す方法も思いつかないので正直に小声で答える。

 

「この世界には剣術に流派の名前が付いてるんだよ。でもオレのは独自だから…」

「それで《アインクラッド流》って名乗ったの?」

 

至近距離なので可動域が狭く、微かに頷くキリトの顔はどことなく自慢げで、本人がかっこいいと思っているのが分かりアスナは言葉を失った。

まぁ、悪くはない。悪くはないけどちょっと直接的すぎやしないだろうか?……何と言うか「私だったら違う名前にしたかも」と思いつつアスナはふぅ、と息を吐いた。それでもSAOにログインする前から他のゲームでも剣士としてプレイしていたキリトが自分の剣術をアインクラッド流だと言うのなら、それに自分と出会った特別な場所の名前ならアスナに否の気持ちは生まれない。

それでも素直に自分も《アインクラッド流》だと認めるのは面白くなくてアスナはキリトから一歩分離れてから意味ありげに「ふーん」と唇を窄ませた。

 

「キリトくんは《アインクラッド流》なんだぁ」

「あれ?、アスナ様は違う流派なんですか?」

 

驚いて問いかけてくるティーゼに「どうしよっかなー」という目で人差し指をおとがいに当てて首を傾げているとキリトの唇がわなわな震え出す。

 

「え?、アスナ?、アスナさん?」

 

この世界では流派が違うと何かと対立が起こりやすいのだが……修剣学院で己の流派に対する誇りと絶対的な自信を持つ者同士のもめごとに何回も巻き込まれていたキリトとしては自分とアスナが違う流派に属するなんて事態は本能的に拒否感が膨れあがる。勝手に流派の名前を決めたのは悪いと思うがあの場にアスナはいなかったし、咄嗟に口から出てしまったのが「アインクラッド」で……とにかく言い訳と言うか説明を聞いてもらわないと、とキリトは離された一歩分の距離を速攻で詰めた。

 

「アスナ、話を聞いてくれ」

 

言うなり抱き上げてふわりと浮上する。いつの間にか黒い上着が羽のようにはためいていた。

 

「ふぇ!?、キリトくん?」

 

ちょっとじらして困らせてみたいと思っただけなのに、存外に真剣なキリトの顔が目の前にあって逆にアスナがあわあわと混乱したが、既に急浮上後で見習い術師の少女二人が自分達の名を呼ぶ声は小さい。

地上に取り残された二人は一瞬で飛び去ってしまった代表剣士と副代表剣士の姿が見えなくなると申し合わせたように揃って「あーあ」と呆れにも似た声を漏らしたのだった。




最後までお読みいただき、有り難うございました。
見習い術師後談
「副代表サマに庇って貰っちゃったっ!、すっごくいい匂いがしたっ」
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