ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》 作:ほしな まつり
もう言い訳もありません……
今年ラストの投稿です。
十二月三十一日大晦日……ここALOでは年越しイベントのひとつとして花火が打ち上がる事になっていた。時間は《現実世界》の午前零時より一時間ほど前で、このイベントを楽しんでからログアウトしてもリアルで年越しに間に合うよう配慮されている。
今年のラストイベントのせいか集まった妖精達は予想以上に多く、キリトはゆっくりと周囲を見回して隣にいる妹のリーファにボソリと溜め息のような声を漏らした。
「思ってたよりも盛況だな」
「そうだね。明日から…って言うか、もうあと三時間後から?、新春イベが始まるから、大勢で短時間に楽しめる花火だけっていうのが逆に良かったんじゃない?」
「なるほど」
妹の分析にキリトは素直に頷く。
すぐ後ろにいるクラインは数日前の仕事納め後、ほぼログインしっぱなしだったらしくこの花火を観たら寝正月を決め込むと宣言していたし、逆に大晦日まで店を営業していたエギルは時間的に参加できるのはこのイベントだけ。明日は初詣客目当てに早めに店を開けるとかであまりのんびりはしていられない。リズとシリカはこの後、《現実世界》で家族と年越しをすると言っているし、シノンは時給が良いからと年末年始にバイトをぎっちり入れていて「行けたら行く」パターンだったが、今現在ログインしていないのでどうやら花火見物は諦めたらしい。
「リーファは花火の後、このままALOで過ごすのか?」
「うんっ、でも私も元旦に学校の友達と初詣の約束してるからあまり遅くならないうちにログアウトするつもり。お兄ちゃ、じゃなくてキリトくんは?」
「オレは……」
考えるよりも先にリーファとは反対側の隣を見る。
いつも視界に捉えているアトランティコブルーの長い髪が今はない。
視線の探し物に気付いたのか背後からクラインの気遣いの欠片もない声が勢いよく飛んで来た。
「アスナも来られればよかったのになっ」
悪気がないのはわかっている。もしかしたらクライン流の元気づけだったのかもしれない。しかしそんな声をかけられたキリトは中途半端に開いていた口を静かに閉じた。無自覚だったのか、と彼を囲むように立っている他の仲間達は苦笑いしかでない。
もしもキリトが妖精種族をスプリガンではなくケットシーを選んでいたとしたら確実に黒い尻尾と尖った大きな黒耳が力無く垂れ下がったことだろう。本人は気付いていなかったのかもしれないが、それくらいこの場はおろか《現実世界》でも会える距離にいないアスナの不在はキリトから生気を奪っていた。
「そう…だな……。アスナも残念そうだったし……花火、見せたかった」
誰に向けているでもない独り言のような声にクライン以外の仲間達の耳は「見せたかった」の真意が「一緒に見たかった」のだと察している。そこで少しでも明るい話題を、と年長者であるエギルが思い出話を口にした。
「旧SAOでもやったな、カウントダウン・パーティーで花火……あれは第五層だったか」
その話題にすかさずリズがのっかる。
「そうそうっ、私も見に行ったわよ。あの時もすごい賑やかだった。確か五層が攻略された日でもあったのよね。それもあって本当にみんなお祭り気分で、あんなに沢山の笑顔久しぶりに見たから花火とあわせてすごく良く覚えてるわ」
「その第五層攻略の一番の功労者がコイツだよ」
片目を瞑って口の端を上げ、親指でキリトを指せば一瞬驚きで目を丸くしたリズが、「ふぅーん」とやわらかく笑った。
「そうだったの」
けれどキリトはぼんやりとした顔まま「あれは……」と小さく口を開く。
「アスナがいてくれたから」
その一言でまたもや空気が微妙なものに戻る。
キリトの背後にいるリズとエギルはどうせ聞いちゃいないだろうと思いつつも声を潜め顔を寄せ合った。
「なーんでこんな感じになっちゃってるのよ。アスナが年末年始に居ないのは去年もだったでしょ?」
「多分アレだ。夏に二年間離ればなれだっただろ。そん時の感覚がぶり返してるんじゃないか?」
「その後二百年ほど一緒だったって聞いたけどぉ?」
皮肉めいた口調で語尾も自然にうねると言うものだ、プラマイゼロどころか大幅な加算である。
「そうらしいが、その時の記憶はないって話だから……まぁ、どう足掻いても会えないのがこたえてるんだろうな」
んな大げさな、と正直リズは思ったが後ろから見ても明らかにしょんぼりオーラを背負っている黒の剣士を見れば彼にとってアスナがどれほど必要不可欠な存在なのかを再確認させられる。それはエギルも同様らしく年長者として、又話を振った責任も感じてなのか再び話題を花火に戻した。
「俺は花火の時、古城遺跡の前庭に設置されたパーティー会場で屋台をだしてたんだが、キリト、お前来なかったな。参加しなかったのか?」
「あの時は……その古城の四階にあるテラスから見てたんだ。花火も街の賑わいも……アスナと二人で」
ここにいるメンバーで唯一虜囚となっていなかったリーファが一連のやり取りを聞いて、お手上げの意味でおでこに手の平をあてる。
シリカとリズは口元を痙攣させ、エギルに至ってはもう何も言えず匙を投げたように禿頭を左右に振った。
そして花火を待ちわびていたせいで会話も空気も全く感知していなかったクラインの「始まったぞっ」という浮かれ声が響いた後、妖精達の頭上にある夜空には幾つもの大輪の花が咲き誇ったのである。
結局、花火が打ち上がっている間もキリトの夜色の瞳には、その輝きが反射しているだけでそこに興奮も高揚も混じりはしなかった。あっと言う間に打ち上げは終わり観客達それぞれが次の行動に移ろうとしている時、リーファがキリトのコートの袖を引っ張る。
「ねぇ、キリトくん。新春イベが始まるまでログハウスで時間潰していい?」
その言葉で何かを思い出した様子のキリトはひとつ頷いてからどうでも良さそうな口調で逆に問いかけた。
「そうだ…アスナが…もしログハウスで過ごすなら、って、ミネストローネとキッシュを焼いてったんだけど…食べるか?」
その誘いにリーファはもちろん、《現実世界》に戻るはずのリズとシリカの目ですらキラーンッとSEが鳴るほどな輝きをみせる。
「もちろん食べるわっ」
「絶対たべますっ」
「……お前達はログアウトして年越しするんだろ?」
「速攻で二十二層に行けば大丈夫よっ」
「花火、意外と早く終わりましたから、まだ時間ありますっ」
諦めたように息を吐いたキリトは次に大きな欠伸をしているクラインに「どうする?」と視線で問いかけると、案の定……「アスナの料理は食いたいけど、今はもうダメだ。食い気より眠気が限界だ」と予想通りの返答。そうか、と続いてエギルを見る。
「俺は時間あるが……アスナのやつ、そんなに作っていったのか?」
「ああ。ミネストローネは鍋いっぱいあるし、キッシュは二種類。知ってるだろ?、アスナの料理って耐久値が驚くほど長いんだ」
料理スキルをコンプリした恩恵だろう。そしてそれらの料理は自分が留守にしている間でもログハウスを訪れる仲間達に振る舞う分と年末年始を一緒に過ごせないキリトへの心遣いに違いない。
年末ギリギリまで都内の有名予備校の冬期講習に通っていたはずだから京都行きの準備時間も取れなかっただろうに相変わらず出来た嫁である。食べなくてもわかるがやっぱりちゃんと「美味かった」の感想を伝えてやりたくてエギルは「そいつは楽しみだな」と目を細めた。
リズやシリカに「はやくっ、はやくっ」と急かされながら二十二層にある森の家に到着したキリトはこのメンバー内で唯一玄関の扉を開けられる家主としてカチャリとロックを外す。キィッと木製のドアを開け背後にいる女性プレイヤー達からの圧に辟易しながらも足を踏み入れようとして……固まった。
当然後ろからは動きを止めてしまったキリトへの疑問と不満が漂ってくるが、そんな物、今のキリトに感じ取る余裕はない。
ログハウス内にある家財は椅子でもテーブルでも食器でも、壁に掛けられているフォトフレームまで、そのほとんどはアスナが厳選した品なのだが中でも特にお気に入りなのがペチカで、そもそも家の購入以前から希望に上げていたくらいなので思い入れは特に強い。そのペチカが誰も居ないはずの薄暗い家の中、赤々と火を燃やしているのである。
「なぜ?」という思考を妨げたのはキッチンの明かりとそこから漂ってくる匂い、それにカタッ、コトッ、と何かが動いて生み出される音だ。
瞬時にキリトの止まっていた時間が数倍速になって戻ってくる。
ダッ、と瞬間移動じみた早さでキッチンに駆け込んだかと思えばすぐに「きゃぁっ」と高い悲鳴が響いた。
キリトの後ろにいた仲間達は困惑した顔を互いに見合わせた後、代表するようにリズが口を開く。
「……今の声…アスナよね?」
親友の声を聞き間違えるはずはないと思うがアスナは年末年始《現実世界》の結城家の本家がある京都に滞在中で、古式ゆかしい離れで寝泊まりしている為《仮想世界》へのダイブが出来ない状態のはずなのだ。
けれどもしアスナだったら、今、キッチンにはアスナ欠乏症のキリトと二人きりなわけで、別人だとしたらそれはそれで物騒な展開になっているはずだから、とリズは頼れる存在に状況確認を依頼した。
「エギル、お願い、見て来て」
まぁ、そうなるよな、と思っていたのだろう、複雑そうに腹をくくった顔のエギルが渋々ログハウスに足を踏み入れる。
先にリビングの明かりをつけてからキッチンに向かい様子が見える位置に立ち止まると顔だけをゆっくりと回しリズ達に手招きした。その表情から危険はないと判断できるが、それ以上の情報は読み取れない。
恐る恐るリズ、シリカ、リーファがひとかたまりになりエギルの後ろからキッチンを覗き込む。
と……そこにはアスナの背中にぴたりとくっついてその細い腰に両腕を絡ませアトランティコブルーの髪に顔を埋めているキリトと、この状況に対する戸惑いと出来れば友人達には見られたくなかったが合算され、結果壮絶に困り顔のアスナがいた。
「ホントにアスナ!?」
「……こんばんは、リズ、シリカちゃん、リーファちゃん。それにエギルさんも。花火、もう終わったんだね」
「うん、そう。花火は一斉に打ち上げた感じで、迫力は凄かったわよ。それで新春イベまで時間が余ってるリーファに付き合って、それにアスナお手製のスープとキッシュがあるってキリトから聞いて……って、アスナ、なんでいるの?!」
「そうですよっ、アスナさんっ。もしかして東京に戻ってきてるんですかっ?」
「そうなの?、それなら教えてよねっ」
「花火だって一緒したかったですっ」
ぽんぽんと三つの口から言葉が飛び出してくるのを答える暇なく聞いていたアスナは困り顔を益々濃くして「ごめんね」と返す。
「違うの。リアルではまだ京都にいるの」
「でもネット環境が整ってないって言ってたわよね」
「うん。京都の結城家に来たのは一年ぶりだからもしかしたらダイブ出来るようになってるかも、って思っていちをアミュスフィアも持って来たんだけど、やっぱり無理で」
「なら、どうやって?」
そこまでリズと会話を交わしたものの、どうしても背中に張り付いているキリトが気になるのか、そっと首を回し「キリトくん」と呼びかけるものの反応はない。ふぅっ、と諦めの息を吐いたアスナは視線をリズに戻した。
「結城の家は変わってなかったけど、本家の近くにある小さな神社のすぐそばにネットカフェが出来ててね。それにミネストローネの仕上げに用意しておいたスパイスを入れ忘れていたのを思い出して……」
「それじゃあ今はネカフェから?」
「大晦日から元日はオールナイトで営業してるんだって。でも本家から出てくる時、初詣に行って来ますって言ってきちゃったからあまり長くはいられないの。地元の人達しか来ない神社だけどそれなりに人出はあるから参拝前に短時間なら大丈夫だと思ってダイブしてるんんだけど……」
「つまり初詣に近所の神社へ行ったけどちょっと混んでたから時間がかかったってことにしたいのね」
ちらりと視線を外して《現実世界》の時刻を確認したらしいリズにアスナは頷く。
「だからスパイスを入れたらすぐログアウトするつもりで……けど皆に会えると思ってなかったから驚いちゃった」
「私達もビックリよ。花火の後キリトからアスナの手料理があるって聞いて全速力でここまで飛んできてよかったわ」
「でもせっかく会えたのに私はそろそろ戻らないとなの。リズ達はゆっくりしてってね……あっ、もうすぐ日付変わるねっ」
アスナはゆるく振り返りもう一度「キリトくん」と最愛の名を口にしてから優しく目を細めて微笑んだ。
「年が明けていちばん最初の挨拶、キリトくんとしたいな」
効果はてきめんだった。
今の今まで石のように動かずアスナの背中に張り付いていたキリトがもぞり、と動いて顔を上げる。少しむずがっている顔はまだまだアスナが足りていないと言いたげだが「ねっ」と笑顔で促されば渋々一旦身体を離して彼女の身体をくるりと回し再び腰を抱き寄せて……新しい一年が始まる瞬間、こつりと額を合わせた。
「明けましておめでとう、アスナ」
「明けましておめでとう、キリトくん。今年一年も宜しくお願いします」
「うん…オレのほうこそ、今年もまた一緒にいて…ください?」
「ふふっ、もちろんだよ」
新年の挨拶を交わしているだけなのに、二人の距離がゼロと言う事もあって直視しずらいのかシリカは両手で顔を覆い、リズはそっぽを向いている。彼女達の反応にエギルは小声で「おいおい、アンダーワールドでもキリトが覚醒した時に見た光景だろう?」と言っているが帰還者学校でもそうだが、何度見ても二人のイチャこらぶりは慣れるものではないらしい。
アンダーワールドで同じ地にいなかったリーファだけが「キリトくんが目覚めた時は大勢のアンダーワールドの人達もいたはずなのにアスナさんの事となると大胆と言うか、周りが見えていないというか……」とぶつぶつ漏らしている。
第三者が口を挟まなければいつまでもそうしていそうな二人に痺れを切らしたリズが肘でエギルを突っついた。
「っう゛!………あー…アスナ、そろそろ戻らないとマズいんじゃないのか?」
余計な事を言うなとばかりに射殺しそうな闇色の目がエギルに向くが、さすがは大人の頼れる兄貴的存在、苦笑ひとつでそれをかわし、ゴホンとわざとらしく場をしずめる。
「今ならその神社も初詣で多少の賑わいはあるだろうが、アスナも言ってただろ?、地元の住民しか来ないって。ならすぐに人の往来はなくなるぞ。キリト、お前はこんな真夜中に人気の無い道をアスナひとりで歩かせる気か?」
ハッ、と顔つきを変えたキリトが触れ合っていた額だけを離して緊張感のある声で「ユイっ」と娘を呼び出した。
すぐさま目の前にピクシーサイズのユイが黒髪を揺らして現れる。
「はいっ、パパ。明けましておめでとうございますっ」
「ああ、おめでとう。今年もよろしくな。それで早速なんだけど、今《現実世界》にいるアスナの居場所、わかるよな?」
「携帯端末の場所でいいですか?」
すぐにアスナと視線を合わせ、こくん、と頷くのを確認してから「そこでいい」と断言すれば「はい。わかります。京都府内のネットカフェですね」と打てば響くような正解が返って来る。
「いちをその店内の防カメをハッキングしてスタッフや他の客に妙な動きがないかチェックしてくれ」
「わかりました」
「え?、ちょっ、キリトくん?!」
「それとこれからアスナがそこから近くの神社へ行って結城家へ戻るまで周囲の警戒を頼めるか?」
「了解です、パパ」
「キリトくん…私、子供じゃないんだから」
「子供じゃないから用心するんだろ。いいか、アスナ、家の中に入るまで絶対端末を手放すなよ」
「もうっ……ユイちゃんまで巻き込んで」
ユイはすぐにハッキングに取り掛かる為姿を消してキリトとアスナの会話に割り込んでくる気配はない。
アスナへの防犯対策に頭をフル回転させているらしいキリトの表情にさっきまでのぼんやりは跡形もなく消え去っていて、ついでにここまで一緒に飛んで来た仲間の存在もほぼ忘れ去っている。
「ユイならハッキングからチェックまで一分もかからないと思うから……」
そう前置きした後、途端に草木の葉茎が萎れるようにキリトの眉が力をなくし声に情けなさが滲み出た。
「アスナ、いつ頃京都からこっちに戻ってこれる?」
もう時間がないから一番知りたい質問が一番最初に出てきたのはわかるが、これまた彼をよく知る者達の耳には「こっち」の真意が「オレの所」であるのは明白だ。アスナもまたその意図に気付いたのか、同じように眉をハの字に下げて「冬期講習の後期が始まる前日なの」と、要するに東京に戻って来ても翌日から予定が入っている事を明かす。
「でも戻って来れば夜はA.L.Oにダイブできるよ」
明るく告げてみるもののそれでもキリトの眉は持ち上がることなく、ちらりとリズ達を見る目は「どうせこいつらも一緒なんだろ」と言わんばかりだ。そこに対抗心を燃やしたリズがニヤリと不敵に笑う。
「アスナっ、私、冬休みの課題で教えてほしい所があるのよね」
「あ、じゃあ戻って来たらここで一緒にやる?」
「ほんと?、助かるわぁ」
それなら、とシリカがちいさく挙手をした。
「あ、アスナさんっ、私も、冬のコートを買おうと思って迷ってるんですけど、一緒に選んで欲しくて…」
「うん、戻って来たら候補を見せてね」
「はいっ、ありがとうございますっ」
「アスナさんっ、アスナさんっ、剣の扱い方、教えてくれる約束ですよねっ」
「そうだったね。リーファちゃんなら空中戦でスピードをのせた突技、すぐに上達するよ」
独り占めなどさせてなるものか、と次々にアスナとの約束を取り付けていく少女達にエギルがボソリと「キリトもキリトだが、お前達も大概だな」と虚無顔になれば今度は渡すものか、とキリトが更にアスナを抱き寄せる。
「えっと、キリトくん、ごめんね。本当にそろそろ時間が…」
「あー…あと三分、いや二分、一分でいいから」
往生際の悪い焦り顔に少女達三人までも、しらっ、と目を細めたが、当のキリトはくるりと真剣な顔をエギルに向けて「後は頼んだ」と抱擁を解きアスナの手を引いてキッチンから移動を始める。
「おいおい、どこ行くつもりだ?」
「アスナは寝室からログアウトさせる。スープでもキッシュでも好きに食べててくれ」
《現実世界》で飲食店を営んでいるエギルならアスナほどでなくても上手くやれるだろうと判断されたようだが指名された故買屋は「オレはこっちじゃ料理スキルなんて取ってないんだぞっ」と主張してみるもののキリトの足が止まることはない。
戸惑うアスナを半ば強引に寝室の扉の向こうへと押し込めながら時間が惜しいのか二言三言会話を交わしている様子を見ていると最後に、ポッ、と彼女の頬が淡く染まり、その瞬間リーファが低い唸り声が「え゛えっ?」と飛び出たがすぐに二人が入った寝室の扉は閉まってしまった。
エギルは「まいったな」と言いながらもさっきまでアスナがいた大鍋の前に行き、温め直すために調理器具を操作しながら二人が消えた扉を見る。
どうせキリトもわかっているのだろう、アスナがこっちにいられる時間はもう一分もないはずで、それなら二人きりにしてやってもいいと思うしわざわざ人目を避けた所をみると……「一応はアイツもわきまえてるんだな」とそこだけが声に出た。
アスナを抱き寄せたり額を合わせたりは人前でも気にしないようだが、それ以上の行為は…と言う事だ。
しかしそこで意外な人物から反対意見が飛び出す。
「わきまえてないですよっ」
リーファがぷんすかと頬を膨らませて目を吊り上げていた。
自分達に一言もなくアスナを連れ去られて唖然としていたリズとシリカが二人の消えた寝室の扉から視線を移しエギルと一緒にリーファを見れば、彼女は唇を尖らせて「寝室に入る直前の会話、聞こえちゃったんです」とこっそり手品のタネを明かすみたいに三人に向かって前屈みになる。
『あっ、ねぇキリトくん、冬休み最後の週末は講習会も終わってるから少し遅くなっちゃったけど、どこか初詣に行かない?』
『週末って……アスナ、土日どっちも空いてるのか?』
『うん、両親も兄も不在だからゆっくりできるよ』
『なら、土曜日に初詣へ行ってそのまま泊まってけよ。ウチも母さんは会社の新年会でそのまま泊まりだし、スグもいないから』
『ぇっ?!…あ、そうなんだ……うん、じゃあ……お邪魔しようかな…晩ご飯作るねっ』
「って……私っ、その週末は他校との合同冬合宿で、ものすごくハードな練習スケジュールなのにぃぃぃっ」
シルフゆえの聴力の良さがあだとなったようで不満を爆発させている彼女を眺めつつリズはその週末、二人が《仮想世界》にやって来ない事を予期して「早めに課題見てもらわなくっちゃ」と算段したのだった。
お読みいただき有り難うございました。
エギルの言っていた第五層の花火は映画『冥き夕闇のスケルツォ』の終盤の
ヤツです。
終盤の展開は原作とちょっとだけ違ったので……でも花火はあったはず。
では今年もお読みいただき有り難うございました。
来年もよろしくお願い申し上げます。