ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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お久しぶりでございます。
勝手に夏休み、いただきましたっ。
今回は和人(キリト)視点の【いつもの二人】です。


【いつもの二人】衣替え

四月からこの帰還者学校に通い始めて約二ヶ月。季節は春から夏へと移り変わる途中、《仮想世界》では再現が難しい気象状況のひとつ、だがもし再現に成功したとしてもプレイヤーからは確実にブーイングが起こりそうな湿度の高い気候に突入していた。

 

「……蒸し暑い」

 

朝見た天気予報だと今日は夕方から雨でしかも気温は例年より高め、時期的にはまだ少し早いはずだが梅雨を思わせるには十分で、久々に体感するこの独特な湿気にオレはうんざりしながら廊下を移動していた。

二年間ほど気候を完全にシステム管理されていた世界に閉じ込められていたせいで頭では覚えていたが身体は久しぶりの感覚にすっかり戸惑い、早くも弱音を吐きそうになっている。ちょうど数日前から制服の着用が冬から夏へと移行する期間に入ったのでオレはこれ幸いと今日はブレザーも羽織らずワイシャツも半袖にして既に完全な夏服状態だ。周囲の生徒達の中にはさすがに上着は着ていなくとも長袖の生徒もチラホラいて……「よく暑くないな」と思った後、追いかけるように「そっか」と納得する。

長袖着用の生徒の殆どが女子だったからだ。

多分登下校で使う公共交通機関や学校の教室内の冷房対策なんだろう。

何日か前、校内で本格的にクーラーが稼働し始めた頃、アスナが珍しく苦笑いを浮かべて「設定温度がね、やっぱり人数の多い男子基準なんだよね」とぼやいていた。

この学校の生徒の男女比は旧SAOのプレイヤー比率とほぼ同じらしいから推して知るべしである。

その時に見せてくれた冷房対策がアスナの持ち物らしく薄いけれどしなやかな生地で一目で安価ではないと分かる爽やかなミントグリーンのカーディガンだった。

確かに栗色のロングヘアにミントグリーンはよく似合っていて隣にいるオレまで涼やかな気分になったから今日みたいな日は一刻も早く中庭へ行き、あの色合いとアスナの笑顔を見ればこのジメジメ気分も吹き飛ぶだろう、と一層足を速めると、屋外へ通じる辺りで少人数のグループのいくつかがザワついているのに気付く。

しかしオレはその横を当たり前のように通り過ぎ……と言うのも、これは先にアスナが到着している時に見るいつもの光景だからだ。

かつての閃光サマはその二つ名を知る者からすれば二度見したくなるほど信じられないくらい楽しそうな様子で学校生活を満喫していて、屈託なく笑い声を上げたり、無邪気に驚きで目を丸くしてみたり、中でも料理上手というのは周囲にとってかなり衝撃的だったらしく、そのスキルを存分に生かした弁当を二人分抱えて中庭でオレの到着を待つ姿というのが一部のファンから「中庭の妖精」とか「愛妻と愛妻弁当の最強セット」などと言われて今でものぞきに来る生徒が一定数いるのだ。

だから当初は人(オレ)待ち顔のアスナの元へ近づく者がいないのが不思議だったが「遠巻きに全体像が拝めるのがいい」とか……拝むって?……「日なたぼっこしてる猫みたいで近づけない」とか……猫?……「せっかくのふにゃふにゃ姫先輩を観察し放題なのにその視界に他のゲミンが割り込んできたら皆キレる」とか……微妙に共感できない単語は混じっていたが大まかなところでは同意の理由だったから最初の頃はそんなアスナをオレも少しの間観察する側に回っていたのだが、調子に乗ってやり過ぎたせいで「今度やったらお弁当作ってこないからっ」と死刑判決に等しい宣言をされてしまって以来、中庭へ着いたら速やかに彼女の元へ馳せ参じることにしている。

だから遠巻きに眺めている生徒達の口が通常と違う驚きと戸惑いの形だった事に気づくはずもなく、オレは一直線に中庭の待ち合わせ場所を目指して……到着する数歩手前でピタっ、と足を止めた。

 

「あ、キリトくんっ…………どうしたの?」

 

いつもの場所、今の時間帯、木陰になってるベンチに腰掛けているアスナはいつもの様にオレが「疲れた」の慣用句と共にすぐさま隣に収まらない事を不思議そうな角度に顔を軽く傾けてこちらを見ているが……オレはその何十倍もの重たい視線で彼女の全身を下から上へ検分していた。

どうしたの?、はこっちが言いたい。

なんでいきなり半袖なんです?!

自分もちゃっかり半袖なのだが、それはこの際置いておいて、今日は午前中アスナと授業がかぶらなかったせいでオレはこの昼休みが初見なわけで、別に女子の制服の夏仕様は知っているからそれ自体に驚く要素はない……ないはずなのにオレと違い普段から着崩すことをしなかった為にかっちりブレザーで隠れていた部分等が、なんと言うか、一気に色々見えてしまっている。

冬服の時はタイツを着用している事が多かったが、今日はハイソックスでもなく踝までしかない靴下でスカートの裾から伸びている脚線美はさらに好ましい弾力感まで見せつけているし、ウエストの細さも隠すものがなく、そこから一気に胸へと駆け上がればその膨らみはまさに豊満という表現でしか言い表せないボリュームを惜しげもなく晒している。そして袖から下のすっきりとした白い腕はただ真っ直ぐに細いのではなくほど良いメリハリを伴ってるが、だからと言って決して固い筋肉などではなく手の平に吸い付くようなしっとりとした柔らかな触感を想像させるには十分な曲線で……総じてオレだけが知っているはずの素肌が丸見えになっているのだ。

まぁ、アスナの肌でオレが知らない部分はないのだが……それはそれ、これはこれ。

そして極めつけは、だ……

 

「アスナ」

 

オレは未だ小首をかしげている彼女の隣、それはもう密着する距離に腰を降ろして顔を近づけた。

さっきまで散々「蒸し暑い」と言っていのも忘れ、アスナの腰から太ももにかけてぴたりと身体を寄せる。

突然急接近してきたオレに驚いたんだろう、「え?」と上体を反らして離れそうになる顔を追いかけ、ほっそりとした首筋やじんわりと汗をかいている首筋を凝視した。

そう、今の彼女はトレードマークとも言うべき長い髪までひとまとめに結い上げているのである。

ゴクリ、と喉が鳴って、これはマズい、と吐いた溜め息が首元を擽ったのか「ひゃっ」と引き攣った声が合図のように色素の薄い肌が熱を帯びた色に変化していく。

 

「アスナ、髪、ほどいていいか?」

 

オレの願いを聞いて瞬時に息を呑んだのがわかった。

 

「……キリトくん……それ、ってどういう意味か、わかって言ってる?」

 

もちろんっ。髪を下ろせば他のヤツにこれ以上肌を見られないだろ?、と言いそうになったところで別の意味に気付く。

女性の結っている髪を男性が解すのは……まぁ、そういう男女の行為前提の場合もあるわけで……でも今はストレートに彼女の肌をこれ以上人目に晒したくないからなのだが……この距離感だといまいち説得力がないな、と自覚はしたものの、さすがに学校の昼休みに中庭でアスナとどうこうなんて出来るわけもない。

 

「ご、誤解だ、アスナ。オレはやましい気持ちなんてこれっぽっちもなくて、ただ単純に……って、アスナさん?」

 

彼女はぎゅっ、と握った両の手をぷるるっ、と震わせると、むぅっ、と眉と唇で不満を表して自らも顔を寄せてきた。

 

「髪おろすと、暑いのにっ」

 

……なんか予想してたのとは違ってアスナはぷんすか頬をリスみたいに膨らませ「汗でべとついてくっついちゃうんだから」と懸命に説明していて……うん、それはオレもよく知ってます、は言わない方がいいんだろうな、と思いながら脳裏では一瞬だけシーツの上に広がる栗色の髪が汗ばんだ細い首に絡んでいる情景が浮かんで、慌ててソレを追い払う。取り敢えず「あー」とか「うーん」で間を持たせてからひねり出した案を恐る恐る口にした。

 

「三つ編みで片方に寄せるとかは?、ほら、この前の週末の時みたいなヤツ」

 

それはいつものように二人で出掛けた時の話、後頭部の髪は何やら複雑に編み込んでいて途中から三つ編みで片方の肩にかかっていたのを思い出したのだ。

 

「あー、あれね……キリトくんああいう髪型が好きなの?」

 

アスナがちょっとだけ意外そうに目を見開いている。

その反応の通り、正直言ってオレは女子の髪型に何の興味もない。妹の直葉は剣道で面をつけるからと常に手入れが楽なショートカットにしていて、その反動、とまでは言わないが《現実世界》で伸ばす気にならないからリーファの時はロングヘアにしているらしく、だからと言ってどっちが似合うとかは思ったこともない。ただアスナに関してはどんな髪型でも何も感じない、ではなく甲乙なんて付けられない、が本音だ。

いつもの見慣れた髪型だってアスナらしくて安心するし、何も付けていない時は素肌に流れ落ちる絹糸のような輝きにいつだって目を奪われる。

ただ今はとにかくその首元だけでも隠して欲しくてオレは曖昧に「そうかも」と返事をしてみた。

だが悲しい事にこの程度の誤魔化しが通じる相手でないことはオレが一番よく知っている。

アスナは「ふーん」と全く信じてない声を発すると、いきなり両腕で、がばっ、とオレの腕を抱き込んできた。

 

「っな、ど、ど、どうしたんだよ?」

 

不覚にも心臓が大きく跳ねる。

当然、彼女の腕の感触以外にも薄着になった為によりダイレクトに胸元の好ましい弾力が感じられて、もう一度ゴクリ、と喉が鳴った。

 

「キリトくんだって……」

「オレ?」

 

そっ、とアスナの白くて細い指先がオレの喉元を撫でる。

これはオレがいつも彼女の首筋に触れる時の仕草によく似ていて、なるほどこれはむず痒くなるなぁ、とじれったさを実感していると、なぜか目元をうっすらと染め上目遣いで軽く睨まれた。

 

「ネクタイはどうしたの?、それに、こんなに開けて……」

 

そこまで言われて指と視線の意味を理解する。

 

「午前中の最後が体育だったんだよ。それで急いで着替えたから…」

 

普段ならワイシャツの第一ボタンは外しても、いちをネクタイは着けているが今は第二ボタンも留めていない状態で……タイは……どこにやったかな?、カバンの中か?

 

「それに、なんか、こんな風に腕を出してるのが………だし」

「え?、よく聞こえなかった。……アスナ?」

 

こんな至近距離で会話しているのに最後の方は随分と小さい声でごにょごにょ言うので聞き返せば、不意にオレの腕を抱える力が強まって……結果的に谷間に埋まった。オレの理性を試すのはやめて欲しい。

 

「わかってるんだよ。もう夏服でいいのは。でも、その…」

 

なにやらもじもじしている彼女の様子からオレは目一杯頭をフル回転させる。そしてひとつの答えを導き出した。

 

「ああ、そっか。移行期間に入った途端、男子はほとんどブレザーなしの半袖になったもんな」

 

教室内の殆どが男子という環境では女子校育ちのアスナの目にはさぞ新鮮に映ったことだろう。

 

「……うん。それは…ちょっと驚いちゃったけど…キリトくんは昨日まで長袖だったでしょ?」

 

それについては特に理由があったわけではない。長袖でも腕まくりをしてればそれ程変わらないと思ってズルズルと衣替えを引き伸ばしていただけだから。と言う事は、だ……中庭で待っていたアスナの元へいきなり半袖のタイなしでしかも襟元もだいぶだらしない状態で現れたオレはどう映ったのか……ははーん。

アインクラッドでは防御力の面から常に長袖だったし、コートも着用していた……けど…

 

「ログハウスで過ごしていた時、夜は半袖で寝てただろ?」

 

ボンッ、と彼女の顔が沸点を超えた。

あのデスゲームの世界で無防備な姿になれるのは互いが傍にいる時だけだったから新婚期間はオレもアスナもかなりラフな格好をしていて、特に寝室で過ごす時なんかアスナの布面積少なかったよなぁ、と思い返したが、お互いすぐに全解除してたから今更オレの腕とか胸元なんて見慣れてるはずでは?、と首を傾げると、またもやもじもじアスナさん降臨である。

 

「あの頃は……ほら、身体データが…」

「そうだった。オレもアスナも中学生の時の体格だったもんな」

 

それであれだけのボディラインを有していたのは驚愕に値するが、確かに今のアスナの方がさらにメリハリのついた肢体へとバージョンアップしているし、そう思うとオレも身長以外で少しは成長しているのか?、と改めて埋もれていない方の腕を見てみるが《現実世界》ではひ弱なゲーマーを自負しているせいか、今ひとつ実感がない。

 

「キリトくんの方が先に《現実世界》に戻ってたし、ジムにも通ってたんでしょ?、それに最近はバイクに乗ってるせいかな…」

 

だからオレの腕をギュウギュウして忍耐力を試すのはするのはやめてもらえませんか?、アスナさん。

体力回復が目的で通っていたジムだったし、元より筋肉がつきにくい体質らしく、いくら鍛えてもムキムキになる気配すらなかったオレの腕をアスナがそっと撫でる。

 

「うん、やっぱりあの頃とは違うよ」

「アスナが言うんなら、そうなんだろうな」

 

なにしろ旧SAOと今のオレの身体を一番知ってるわけですし、の意味を込めて笑えば、しっかり気付いたらしく「もうっ」と照れながら怒るという器用な表情で睨んでくるが、それを言うなら彼女の肌を隅から隅まで知り尽くしているオレにも同じ事が言えるわけで……。

 

「アスナだって…うぐゅっ」

 

何を言おうとしたのか素早く察知した彼女の手の平によってそれ以上は発せずに終わる。

 

「余計な事は言わなくていいのっ」

「……ふぁい」

 

とは言えやっぱりこのまま、と言うのは受け入れがたくてオレの口を塞いでいた手が離れてから未だ居残っている周囲の生徒達をざっと目だけで確認し「いい加減どっかに行ってくれ」とうんざり気味に思ってから「あっ」と次の懸念が頭に浮かんだ。

 

「そう言えば月末から体育の授業が水泳になるって…」

「うん、そうだってね。お天気と気温や水温にもよるみたいだけど」

 

制服が半袖になって髪をまとめ上げているだけでこの観衆だ、水着姿なんてなったら……と容易に想像出来る光景が脳内再生されて眉間に皺が寄る。だけど水着姿にはならないでくれ、なんて言えるわけもなく、うんうん唸っているとアスナが覗き込んできた。

 

「キリトくん知ってる?、《ALO》でも水着が実装されるって。ユイちゃんにも用意してあげたいな」

 

アスナの笑顔を見ながら「確かシルフ領のトゥーレ島にプライベートビーチがあったはず」と《ALO》での懐具合の計算に脳を切り替えてから、うん、と頷く。

 

「シルフ領に貸し切りに出来る砂浜があるんだ。水着が手に入ったら行ってみるか?」

「ほんと?、楽しみ!。でもその前に学校の授業で使う水着を用意しなきゃだね」

 

と言う事は水泳の授業で着る水着は新調しないとサイズが合わないのだろうと推測できて「まぁ、そうだろうな」と密かに頷いてからひとつの誘いを口にした。

 

「なら今度の週末は水着を買いに行こうぜ。日焼け対策に羽織る物とかも必要だろ?、オレもさすがに中学の時のは使えないしさ」

「だったらキリトくんの水着は私が選んであげるっ。くまさんアップリケの付いたのがあるといいね」

「そ、それは勘弁してください。オレはサイズさえ合えばあとは黒いシンプルなやつで」

 

要はいかにアスナに肌を露出させない格好をさせるか、が目的なんだからオレのはごく普通のでいいんだ。とりあえずこっちの世界での水着は監修の権利を手に入れたし、《ALO》の方はビーチを確保すれば目にする人間を限定できるだろう。一通りの対策を施したところでオレはやっぱり気になってしまう彼女のうなじをチラリと盗み見た。

木陰とはいえ暑さをしのぐには十分とは言えず、さっきよりも後れ毛がしっとりと白い首筋に張り付いていて喉の奥が妙な乾きを覚える。それを誤魔化すように咳払いをしてから未だオレの腕にしがみついているアスナへ今後の相談を持ちかけた。

 

「夏場だとこの中庭も暑いだろうから、涼しくなるまでカフェテリアで食べないか?」

「そうだね。お弁当の中身も気をつけてるけど傷んだら大変だし」

「こういう時は《仮想世界》の方が便利だよな。アスナの料理、耐久値長いし。でもそうなると夏休みもあるから《現実世界》ではしばらくアスナの手料理食べられないんだな」

 

自分から言い出したくせにそれはそれで何と言うか飢餓感が湧き上がってくる。

 

「週末、お買い物した後ごはん作りに行こうか?」

 

きっともの凄く情けない顔になっていたんだろう、彼女の顔にはありありと「しょうがないなぁ」と言いたげな笑みが浮かんでいて、オレは一も二も無くウンウンと首を縦に素早く振り動かした。

しかしそのせいで再び襟元のだらしなさが気になったのだろう、アスナの眉がピクりと動きオレの片腕にかかっていた好ましい圧が和らぐと同時に白魚のような指がこちらに伸びてくる。

 

「ボタン、いい?」

 

第二ボタンを掛けてくれようとしてるのが分かって、つい口の端があがった。

 

「アスナにボタンはめてもらうの新鮮だな。外されたことは何度もあるのに」

「ぅなっ!!」

 

途端に手を震わせる様を可笑しく感じながら、週末、どうせ母さんやスグは遅くなるんだろうから今度はボタンを外してもらおうと心に決めるのだった。




お読みいただき有り難うございました。
これで『Extra Edition』に続く感じでしょうか。
ユイちゃんの水着も可愛かったですよね。
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